竜と戦った九人   作:小沼高希

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イス=サークァーンの尖塔 二

その大王(サークァン)がいた時期は、かなり正確にわかっている。歴史学と天文学による推計から議歴前千二百五十年前頃、イス=サークァーンの地に支配者が現れた。

 

その名前は、一般的にはジザンと呼ばれている。とはいえ当時の言語──原ドゥール語と呼ばれる──の記録は母音しか残っておらず、その母音も現在のドゥール語からみて大きく異なっていたとされているために正確な発音はわかっていない。

 

「王は民に呼びかけた。竜に殺されるだけで終わるのか、逃げ惑うだけで死を迎えるのか、と。王に従う二百人の兵が立った。彼らは死を恐れず、()()()()()とともにこの地に向かった」

 

老人はその王の名を()()()()()と伸ばして呼んだ。ドゥール語においては母音の長さはあまり重要視されない。そのため、強調のためにこのように語ったのだろう。

 

煉瓦に適切な粘土を産する地である川沿いの場所に兵たちは野営地を作り、最初に持ち込んだ煉瓦で拠点を作った。

 

その拠点で煉瓦を焼き、次にもっと大きな拠点を作った。それを繰り返し、人を集め、兵を増やし、そして塔となった街が生まれた。

 

「だが竜は黙っちゃいなかった。奴らは人間の驕りを打ち砕こうと、幾度も塔に挑んだ。その度にジーザーンとその忠実な兵たちは討って、討って、討ったのだ!」

 

酒盃を机に叩きつけるようにしながら、老人は言った。

 

「ここから南に歩いて見るといい、何百もの竜の骨が散らばる場所がある。それは敗れた者たちの無惨な骸だ!驕りは彼らにあったのだ!」

 

統率された弓兵は、一人が囮となって攻撃されているうちに残りの弓兵が攻撃するという戦法を取った。故に彼らは命知らずでなければならなかった。

 

これは、人間が最初に竜に対して圧倒的な勝利を収めた時であると言われている。ただ、その大王(サークァン)の死後、混乱は起こる。

 

「父は息子を刺し、娘は継母を切りつけた!竜のためなら命を捨てた兵も、人を撃つことにはためらいがあったのだ」

 

人々は互いに闘いあい、竜によって失われたよりも多くの人々が血を流した。塔は忌まわしきものとなり、人々は地の各地に散らばった。

 

それがイス=サークァーン(大王の土地)の伝説のあらましだ。西方の言葉で王のことをサルカンと呼ぶことがあるのは、この訛りだ。

 

この物語と似たようなものは、西方でも東方でも見られる。ドゥールではこれは奴隷を働かせて塔を作らせた悪王(ザイス・スルカン)がその塔の頂点から落とされて報いを受けた、という物語として語られることもある。リマーリベッケンが大男の背丈ほどもある油絵として描いたのはこの物語だ。

 

ただ、一説によればリマーリベッケンは本来の伝承を知っていた可能性があり、それを踏まえて落とされる王について複数の解釈ができるように作ったという話もある。ただ、これは本題ではない。

 

「……ところで、なぜそのような大王(サークァン)がいたとわかるのですか?」

 

歴史学を修めたものとして、ファルゼイはそう質問した。骨があったとしても、それは自然に死んだ竜のものの可能性がある。記録が残っているとしても、その記録が本当に当時に遡るかは別だ。

 

「ここで育てば嫌でも理解するさ、ここには偉大な王でしか成し得ないことがある」

 

何度似た質問を繰り返しても、老人はそのようにしか話さなかった。ファルゼイの手帳に残る走り書きの筆跡は、苛立ちのようなものが籠もった荒いものとなっている。

 

「おい余所者、爺さんをあまり問い詰めるな」

 

そうやって聞き出そうとするファルゼイを、老人の前に立った若者が止めた。腕と背中に良く筋肉のついた、労働者として働いただろう男だった。

 

「鉄道を引いて伝達人の職を奪い、書き留めて俺等から物語までも奪おうとするのか?」

 

語気強く言った彼であるが、ファルゼイの手帳を乱暴に奪うようなことはしなかった。この点は、ナクゥド国の文化における盗みとして扱われないように気をつけたのではないか、とファルゼイは分析している。

 

「いいかそこの細白っちいの、この爺さんは代々語り部だったんだ。何十年も聞き続けて、学び続けて、この街の物語を伝えてきたんだ」

 

「……そうだったのですか」

 

「ああそうだ、今じゃ飲んだくれの老いぼれだが」

 

「……君はかなり、正直な男なのだな」

 

「嘘は悪徳だ」

 

「いいことだ。そういう気高い精神は故国のヴォールでは失われつつあるからな」

 

直接彼がこういう事を言ったかは、実は定かではない。ただ、手帳にはナクゥド語でそのような文面が書かれていた。

 

その言葉の裏にあった意味は、僕にはわからない。軍人という身分を隠して情報収集をするという行動に対する呵責かもしれない。ナクゥド国で見られた人々に対する称賛からもしれない。

 

「……ところで、君にも聞きたいのだ。失礼になるかもしれないことは承知の上だ」

 

「何だ、下らないことなら店主に言いつけてここから追い出すぞ」

 

大王(サークァン)の偉大さを示す、証は残っていたのか?」

 

ファルゼイの言葉を聞き、若者はしばらく言葉を止め、大きく息を吸い、そして笑い始めた。

 

「そうかそうか!旅の人にはわからないのか!()()だ、()()こそがイス=サークァーンだ!全ての始まった地なのだ!」

 

ぽかんとするファルゼイを見て、老人は盃に残る僅かな酒を舌の上に雫として落とした。

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