side:颯真
俺の名前は四宮颯真。
「てめえ! うちの娘を傷物にしやがって!!」
「この落とし前どうつけんだ!!」
「お義父さん落ち着いてください!」
「「誰がお義父さんだ!!!」
四宮家直属の早坂家、四宮家三男・四宮雲鷹と戦う羽目になった男だ。
事の発端は些細な事だった。
アイがララライに行くようになってからララライから一刻も早く逃げるため、俺と奈央さんがアイの演技指導をしていた。特に大学生になった奈央さんは時間もある為積極的に動き、送り迎えや泊りでの指導までしてくれていた。
これだけ奈央さんが俺達に協力的なのは四宮家からの指示だけではない。俺との取引があるからだ。
奈央さんの実家である早坂家は何代か前に四宮家との争いで負けた名家。これだけ聞くと神木家と変わらないが、早坂家は四宮家に忠誠を誓ったことで状況が変わった。四宮家使用人のまとめ役となり、常に一定の影響力を保っている。当然、早坂家の人間の結婚は政略結婚が殆どとなり、恋愛結婚など存在しない。結婚後に仲を深めるか、外に愛人を作ることが普通になっている。
そんな早坂家の娘である奈央さんの結婚相手も決められている……のだが、彼女には恋人がいる。在学中に付き合いだした
こうして奈央さんは昔からの悩みの種がなくなったことで浮かれていた。家族から公認されてはいないが、公に恋人とデートやお泊りができるとかなり調子に乗って――いや、乗りすぎてしまった。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ごめんなさい。ちょっと体調が悪くて」
始まりは奈央さんの体調不良だった。四宮家のメイドであり、家族にも恋人の存在を隠していた程面の皮が厚い彼女だったが、アイが気づく程の体調不良に見舞われていた。
「大丈夫か? まあ正人さんの事もあるし、緊張の糸が切れたんだろ」
「そうね。ちょっと休もうかしら」
「私のベッド使っていいよ。それまで颯真と練習してるから」
俺との取引条件はいくつかあるが、それさえクリアできれば愛する人と一緒になれる。そのために頑張りすぎたんだろうと思っていた。俺もアイも奈央さんの世話になっていたのでおかゆを作ったり、色々と差し入れをしていた。正人さんも時々来ていた事で奈央さんも元気になった。
この段階ではただの体調不良だと思っていた。俺も無理をさせ過ぎたと思った程度で終わったんだ。
それからしばらく経った時、事件が起きた。
「うーん……なんか熱っぽい? 食欲もないし、体力落ちたのかな?」
「この間も吐き気が凄いって言ってたし、何か重い病気とかじゃないよね!?」
奈央さんの体調不良はしばらく続き、症状も酷くなっていた。
吐き気・匂いに敏感・貧血・眠気・微熱・立ち眩みなど……これらの症状に心当たりはある。というか最初から気づいてた。現実から目を逸らしたいし、誰にも気付かれずに解決すればいいな~と、思っていた。
「……奈央さん。最近、腹が出てませんか?」
「「失礼にも程があるでしょ!!!」」
そんな場合じゃねえんだよ。
「食欲ないのに太る訳ないじゃん!」
「デリカシーと言う言葉を調べて100回書き取りしてきなさい!」
「こっちは真剣なんだよ……ッ!」
まぁ、自覚がないって事はまだ大丈夫。直前まで自覚なかった女性もいるらしいし、そっちの方に話が進まないかなー……無理かー。なら、現実を直視する事から始めようか。
「とりあえず、この検査薬使ってください。話はそれからで」
そう言って奈央さんに――娠検査薬を渡した。直後、二人も色々察した。
「…………妊娠、してました」
「やりやがったな……」
「お姉ちゃん、おめでとう!」
俺とアイは真逆の感情を抱いた。
「良かった……」ポロポロ
奈央さんもそっち側か!
「クソが、妊娠なんかしやがって」
「ちょっと颯真! こんなおめでたい時に何言ってるの!」
「そうですよ。それとも、この子を堕ろせっていうの?」ウルウル
「それが皆にとって幸せなんだが」
「「最ッ低!!!」」
殴られた、しかも馬乗りになって。
取り敢えず正人さんに連絡することになり、俺は解放された。女性二人から冷たい目を向けられたのだが、俺が悪いのか? 正人さんも俺に同意してくれると思うが。
「このクソ野郎!」
殴られた。腰の入った一撃で顔面パンチされた。
「お、俺がおかしいのか?」
「「「テメェがおかしいに決まってんだろ!」」」
……心折れそう。
「男の子かな? 女の子かな?」
「赤ちゃん用品ってどこに売ってるんでしたっけ!?」
「妊婦って食べて良いものとか、薬とかあったよな!? それとも病院か!?」
「3人共、現実を見ようぜ」
「「「何だよ、冷血漢」」」
こいつら頭おかしいだろ。奈央さんが妊娠とか最悪の事態だと理解できてねーのか。
「どう説明するつもりだよ。大学とか、家族とか、仕事場とか」
「「「あっ」」」
「だから喜べねーんだろ。奈央さんは大学の授業や四宮家の仕事がある。産休育休でも使わないと大学も職場も長期休みなんて認めてくれないからな。しかも、産休やら育休取ったらバレねえはずがねーだろ」
冷静に考えて20歳とは言え学生妊娠だ。結婚どころか婚約すらまだの段階、相手の男も学生で妊娠したとしたら奈央さんの両親はキレるだろ。「俺の娘を傷物にしやがって!」とか言うだろうし、四宮家の仕事もあるから100パー堕胎させられる。
「早い方が負担も少ないし、堕胎の費用も医者も用意するから安心しろ。さっさと済ませな「嫌だ」……今、なんつった?」
「私は、産みたい」
「はぁ~。奈央さん、俺はあんたの事を賢い人間だと思ってたんだがな」
「颯真、お願い」
「アイもふざけた事言うな。状況分かってんのか」
「颯真君。この通りだ」
「正人さんも土下座なんてするな。良い医者紹介してやるから、安心して堕胎出来るぞ」
無言で頭を下げ続ける3人。俺だって愛する人との間に子供が出来る事は良い事だと思うぞ? 皆で祝うべきことだと思うが……奈央さんの状況が悪すぎんだよ。
「流石に腹引き裂いて胎児を取り出すなんて事させないが」
「「「怖い……」」」
「結婚も、婚約も、親に挨拶すらしていない男が自分の娘を孕ませたとなれば……正人さんを八つ裂きにする可能性は十分あるし……」
「え、どうすれば?」
「どうしようもない」
「契約履行してくださいよ。あなた、契約主義者でしょ」
「契約もクソもあるか。大学と職場と実家からバックレるしか思いつかん」
「これは縛りプレイってやつだよ! メンバーの誰かが言ってたけど、苦しい程楽しいって!」
「俺に
そんな変態とは絶縁しろ。
今回の奈央さん達がやらかした事って、いきなり納期が1/10に短縮されたとかのレベルだぞ? 「納品半年後の奴、来週に持って来て」とか言われる側の気持ちが分かるか? 絶望以外ねーよ。
「できなかったらアイさんとの事バラしますよ」
「それは卑怯だろ」
「そうしたらアイドル引退して、颯真と結婚♪」
「悪くないな」
「冗談ですから止めてください」
「颯真君。この通りだ」
また土下座する正人さん。もうこれ、俺が悪者じゃね?
「……分かったよ。何とかしてやるよ」
「ありがとう! やっぱり持つべきは権力のある友人だよ!」
「いや、そんな事思われてたの?」
奈央さんとの取引で俺の目的が果たされる事になっているから、結婚を認めさせるだけなら簡単だった。というか奈央さん達の妊娠をなかった事にするのだって簡単だ。寝ている間に堕胎させる事や薬で流す方法だってある。でもそれはしたくない。何故なら、それをやった瞬間アイに嫌われるからである。
「ったく、俺の人生どうなっちまうんだろうな」
「奈央を孕ませただと!?」
「俺の娘を傷物にしやがってぶち殺してやらぁあああ!!」
「落ち着いてください! お義父さん!」
「「誰がお義父さんじゃあ!!!」」
「やっぱりこうなったか」
あの後、さっさと奈央さんのご両親に了承を得るのが一番だと挨拶に行った。自分の娘の彼氏って事でキレかかっていたが、四宮家本家の雲鷹さんや俺も一緒に行ったから表面上は冷静に会話ができた。……雲鷹さんだけキレてたが。
奈央さんの両親が言うには早坂家が政略結婚をしていた理由は「生まれた時から使用人をしているせいで出会いがないから仕方なく……」というのが真相であり、あっけなくご両親からの許可が貰えた。むしろ「他の兄弟や親戚と違って行き遅れなくて良かった」と喜んでいたくらいだ。
ここで終われば両親公認カップルであり、この後妊娠バレしても誤魔化せるとほくそ笑んでいた。結婚前に妊娠しても、両親へあいさつに行き、婚約した後なら怒りが少ないと判断したからだ。正人さんが小言を時々言われるくらいで済むなら御の字だろう。
――と、思ったんだが。
「……奈央、これを使いなさい」
流石に分かるよねー。だって経験者だもんね。妊娠初心者と未経験じゃ騙しきれないかー。
「お、お母さん。それは何かな?」
「妊娠検査薬よ。今すぐ使いなさい」
「おいおい母さん。何でそんな物」
「黙れ」
「はい……」
四宮家の信頼する使用人達の長も妻には弱いらしい。……だが俺に勝てると思うなよ? こっちはドーピング対策を参考に俺の尿を容器に入れて奈央さんに渡してある。流石に男の尿で妊娠検査薬が反応する訳ないからな!
「使うときは全裸になって私の目の前でやってもらうから」
……不正対策はされていたか。
「お義母さん! いくら何でも恥ずかしいよ!」
「何を恥ずかしがっているの? 同性の親よ? 安心して。他の姉妹も呼ぶから」
「早坂さん。流石にやりす「黙りなさい」奈央さん。身の潔白を証明してくればいいだろ?」
「颯真!?」
無理だよ~。この人の目怖いもん。昔、赤ん坊にダイナマイト括り付けて敵対事務所に送りつけようとした時に怒った龍珠さんより怖いよ~。ってか、もう分かってるでしょ。奈央さん達が居なくなった瞬間逃げ出そうかな。
「あなた、そこのガキを捕まえていて」
「承知いたしました」ガシッ
「離せ! ってか自分の妻だろ、情けなくねえのか!?」
「ふざけるな!! 家族の争いであいつに逆らうなと俺のDNAに深く……深く刻み込まれてんだ!!!」
「どんだけトラウマ植え付けられてんだ……?」
どこも”家族”ってのは大変なんだな。
「戻ったわよ~」
「閣下! 罪人を捕らえておきました!」
「ご苦労」
もう早坂父が犬にしか見えん。それと奈央さん? 何故そんなに震えているの? 何故俺の陰に隠れたの? 何故正人さんも一緒に俺の陰に居るの?
「あなた、奈央がそこのクソ野郎に孕まされていたわ」
「クソ野郎ではなく正人さんです」
「どっちでもいいわよ! 今は奈央が孕まされた事の方が問題でしょうが!」
「母さん、俺も言いたい事が……」
「あなたは黙ってなさい!!」
「すみません……」
どうしよう。父親の威厳がないぞ。
「オイ、奈央ガ孕マサレタダト?」
「雲鷹さん、落ち着いて。これは早坂家の問題で」
「黙ってろ! 人の女に手を出して生きて帰れると思うなよ!」
「あんたは告白すらできなかっただろうが……」
「あなた、怒って良いから邪魔者を排除してクソ野郎を八つ裂きにしなさい」
「イエス、マム」
こうして冒頭の状態になった。
妻に脅された情けないが実力だけは超一流の父親、10年以上の片思いの相手が他の男に孕まされたと知ったストーカーは強い。単純に実力者の早坂父も凄いが、恋敵を殺そうとする雲鷹さんが厄介だ。完全にリミッターが外れて分身すら見えている。雲鷹さんは本気だ。
「お義父さん、落ち着いて!」
「オイ奈央! クソ野郎に孕まされたってのは本当か!?」
「……はい。でも、私はこの人とお腹の赤ちゃんを愛しているの!」
「そうか……だがな、俺はそいつを許さねえ。そいつみたいなクソ野郎が奈央を幸せにできる訳がねえんだよ!!」
雲鷹さんは俺に向かって殴りかかってきた。早坂父も「娘を不幸にするなら死ね!」と叫んでいる。いや、殺るならせめて正人さんでは!?
――その後、早坂父と雲鷹さんを殴り倒した俺は結婚の条件として『正人さんをサンドバッグよろしく、気が済むまで殴る』『正人さんを最低限奈央さんとお腹の子のATMとして機能できるレベルまで早坂家で鍛える』という事で納得してもらった。
……なんで他人の結婚の挨拶で殴り合いまでしないといけねーんだよ。腹いせに「雲鷹さんを誘惑する様に指示したのは四宮黄光だ。奈央さんを雲鷹さんの肉奴隷にしていう事を聞かせる計画だった」と嘘を吹き込んどいた。これで奈央さんへの好意が黄光への恨みに変わり、黄光が早坂家に睨まれる事になる。……ちょっとだけスッキリしたな。
・四宮颯真:四宮プロ所属。高校1年。奈央(妊娠済み)と正人の結婚を認めさせるために早坂家や雲鷹と敵対。正人を生贄に結婚を認めさせた。
・星野アイ:苺プロ所属。中学3年。奈央を姉として慕い、奈央の妊娠を喜んでいた。堕胎しろという颯真に軽蔑の目を向けていた。
・早坂奈央:大学2年。恋人の正人との子供を妊娠。両親に結婚を認めてもらう条件に正人を生贄に差し出した。
・四宮雲鷹:大学2年。10年以上片思いをしていた奈央が他の男と子供を作って結婚すると聞きNTRで脳が破壊された男。颯真の嘘により”四宮黄光絶対殺すマン”になった。
・早坂家:四宮家の使用人をまとめている家。孫の誕生は喜ばしいが、結婚どころか両親への挨拶をする前に娘を孕まされブチギレた。実は、奈央と正人が普通に結婚の挨拶に来れば認めるくらいにはまとも。孫の誕生に浮かれている。
――だが、娘を誑かした