怨敵と巫女   作:大紫蝶

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 遅れてすみません。

 3章に入る前に、『アイの出所』の補足回です。
 長くなったため、二回に分けて投稿します。

 また、今回は三人称視点となります。


番外編:アイと愛梨

 芸能界。

 この世で最も外見至上主義(ルッキズム)が盛んである伏魔殿。

 

 四宮颯真という最強クラスのチートでなければ、ルッキズムの魔力から、業界の”常識”や”暗黙の了解”から抜け出すことは出来ない。

 

 

 

 この世界に足を踏み入れた末路は追放・生贄が殆どである。

 

 大抵の者は業界のスタートにすら立てず、スタートに立った者の中で醜い蟲毒をさせられる。そして、一握りの人間以外は業界から追い出される。……最も、追い出された彼らは「この世の地獄を知らない」という意味では幸せだ。

 

 この蟲毒を生き残った者の大半がより強力な存在の生贄となる。男女関係なく搾取され、正常な精神を保っていられる人間は稀だ。”業界の常識”を覚え、自身より弱い生贄がやって来るまで、自身が搾取する側に回るまで耐え続ける日々を送る。

 

 ごく僅かな勝者である”搾取する側”になった者は天国だ。自身が何をしても許され、事実上の奴隷を買う事すら可能となる。ここに来るために多くの者が耐え忍ぶのだ。

 

 

 

 では、最強クラスのチートの恩恵を受けた者はどうだろうか?

 

 これはそんなチートの恩恵を受けた者達と受けられなかった者の話である。

 


 

 星野アイが劇団ララライに来てどれくらい経っただろうか。彼女は年の近い俳優・カミキヒカルから演技指導を受けていた。

 

 例え彼女が彼を嫌悪していても、事務所が契約している以上、ここから逃げ出す事は難しい。そのため、気持ちの悪い少年を相手にしながら笑顔で過ごしている……周囲に悪印象を抱かれないために。

 

「君さ、愛梨さんと何かあったの?」

「えっ」

 

 だからこそ、これは本来あり得ない事だった。星野アイがカミキヒカルに興味を持つ事は……彼のために動く事は。

 

 

 

 カミキヒカル。彼は元財閥の嫡男であり、現在は”本当の嫡男”である四宮颯真と比較される日々を送っている。四宮颯真の帰還は神木家を狂わせ、彼の父親を狂気へと走らせていた。そんな中で起きた出来事こそ”姫川愛梨との邂逅”であった。

 

 今をときめく女優であり、自身の所属する劇団のOGという間柄。ある一件以来、自身の母親は失踪し、残った家族は狂った。唯一マトモなのは突然現れた生物学上の兄という環境から、カミキヒカルは姫川愛梨に心を許してしまった。

 

 ――姫川愛梨はイカれていた。芸能界と言う伏魔殿で心を壊された彼女にとって、心の拠り所となったのはある種の”復讐”だった。自身から性で奪われた尊厳は性で奪い返すしかないと考えた。そのために立場も力も弱いカミキヒカルを狙った。薬物を使い整えさせられた彼の容姿もそうだが、恩人であり思い人であった四宮颯真によく似ていたから。

 

 

 

 カミキヒカルから事情を聞いたアイは姫川愛梨の下へ向かった。いくら嫌悪感すら抱く男でも、性被害の被害者であり、自身より年下という事もあり情が湧いたから。

 

「安心して、これ以上カミキヒカルに関わる気ないから」

 

 アイにとって予想外だったのは、姫川愛梨がカミキヒカルに何の執着もなかった事だった。何年も性的搾取を続け、子供という枷まで作った女が簡単に手放すという事に考えすら思いつかなかった。

 

「私にとって()()は代替品だもの。本命が手に入るならあれに価値ないし、恩人である貴方に言われたら断れないわ」

「お、恩人?」

「そうよ。私はあれと違って、この芸能界で搾取され続けてきた。綺麗も汚いも吞み込んで、それが”正しい事”となんだって言われ続けて、私はそれを信じて今までやってきた! でも、それが間違っている教えてくれたのは貴方達だもの」

「何……言って……」

「汚い男のチ〇コを何本何十本もしゃぶらされ、何十人の男に体を嬲られたか覚えてない。それで貰える仕事は少しで、一体いつまでやればいいのか分からなかったわ」

 

 そう言って涙を流しながら震える自身の体を抱きしめる彼女はただの性加害者ではない。彼女自身も被害者であったと、その過去を分からせられる。

 

「でも、貴方と颯真が出た心霊番組があったでしょ? あれ以来、私は天才女優として業界で飛躍した。男に蹂躙されても手に入らなかった仕事が! お金が! 地位が! 簡単に手に入った! 分かる!? 私はただ、搾取される”だけ”の人間だったッ!!」

「……それとこれは別じゃないですか」

「……そうね。貴方には分からないでしょうね」

 

 先ほどまでの涙が嘘の様に、愛梨はアイにニッコリと嗤った。

 

「貴方――四宮颯真の彼女でしょ?」

「っ!」

「答えなくていいわ、私も女だもの。それに、同じ男性を愛した者同士じゃない♪」

「あ、貴方は何言ってるか分かっているんですか! 貴方は既婚者で子供もいる! 年齢だって――」

「知ってる? 世の中には15歳の少年と結婚した70代の女性もいる。それに比べれば私と颯真の年齢は普通よ。それに、もうすぐ独身になるもの♪」

「はぁ?」

「離婚するの♪ 子供だってあれを縛り付ける道具だったし、こぶ付きの女って恋愛に不利でしょ? だ・か・ら、夫も子供もポイってね」

 

 アイの目の前にいる人間は何なのか。その正体を、彼女を知っていた。だが、それを思い出す事ができない。

 

「あんな邪魔な奴らは捨てるに限るわ。 私の人生に邪魔だし」

「子供が……じゃま?」

「そうよ。たまたま出来たこぶを愛する事なんてある訳ないでしょ。ああすると邪魔な男避けになるし、『子育てママ』っていう新しい仕事になる。そうじゃなかったら、さっさと捨てるわよ」

 

 アイの目の前にいる人物――姫川愛梨のやろうとする行動はある人と同じだった。

 

「私も正妻になれると思ってないわ。でも、彼は四宮家の人間よ? それなら妾や愛人の1人や2人くらい居ても当然じゃない。だから、安心してね。あれには関わらないし、颯真の正妻も貴方にあげる。私は私の幸せが手に入ればそれで良いから」

 

 ――星野あゆみ。アイを捨てた、彼女の母親と。

 


 

 颯真を巡る2人の女性。

 

 片や、芸能界の闇に浸かった女優――姫川愛梨。

 

 片や、芸能界の光を浴びるアイドル――星野アイ。

 

 彼女達の共通点はいくつかある。それでも一番の共通点は『颯真に救われた』という点だろう。人生のどん底から救われた彼女達が彼に惹かれるのも無理ない事だった。

 

 ……では、他人を救ってきた彼は”家族”を救うだろうか。

 

 

 

 カミキヒカルにとって姫川愛梨は”傷”としか言えない。

 

 名家の生まれであり、様々な”チート”によって栄光を獲得した自身を傷つけた”傷”。

 

 本来であれば名家の嫡男を襲ってタダで済む筈がない。だが、『四宮颯真の帰還』という神木家最大の騒動によりカミキヒカルは放置された。また、事実を知った上で「名家の男が下劣な女に服従させられている訳がない」という当主の指示により、姫川愛梨とカミキヒカルの関係は”そういうプレイ”をしている、と判断された。

 

 父親からは見捨てられ、母親は失踪、弟妹達は怯えて逃げる状況。他の親戚は居らず、使用人も四宮颯真の件でカミキヒカルを放置していた。

 

 そんな環境に於いて、姫川愛梨は加害者であると同時に――カミキヒカルにとっての拠り所となっていた。彼女だけは自身だけを見てくれる存在。体を求められている間、自分だけを見ていてくれる。いきなり現れた兄も、狂った父親も忘れられる。

 

『ホントに貴方は”颯真”に似ているわ。まぁ、代替品としては合格ね』

 

 それがトリガーだった。姫川愛梨にとってカミキヒカルは四宮颯真の代替品であり、それ以上の価値などなかった。

 

 

 

 それを知り、誰も自分を見てくれなかった事実に気づいたカミキヒカルは地獄の様な日々を送っていた。だが、ある日を境に地獄の様な生活は終わりを迎えた。

 

『苺プロから来たB小町のアイさんだ。カミキ、お前が面倒見てやれ』

『よろしくね、カミキ君☆』

 

 それは運命の出会いだった。

 

 カミキヒカルにとって、アイという女性は自身の生き写しに見えた。

 

 愛を知らず、愛される事も、愛す事も知らない歪んだ人格。

 

 唯一違う点があるとすれば――彼女が日に日に”カミキヒカルを愛している”と思える事。

 

『ヒカル君はスゴイネ!』

『ヒカル君、ここってどういう意味かな?』

『ヒカル君、大丈夫?』

 

 アイから向けられる愛情に、愛に飢えていたカミキヒカルは依存していった。

 

 そんな彼女に助けてもらいたくて、愛する人に救われたくて……姫川愛梨との関係を話した。

 アイという少女にとって、姫川愛梨はただの性加害者であり――外道にしか見えなかった。

 

 そんな彼女が――颯真という人間に救われた彼女が姫川愛梨を糾弾するのは当然の帰結であった。

 


 

 アイが姫川愛梨と話す日、カミキヒカルはこっそりと2人の後をつけていた。もし、姫川愛梨がアイに危害を加えるのであれば恋人の自分が助けなくてはならないのだと。

 

「貴方――四宮颯真の彼女でしょ?」

 

 だから、その言葉は聞きたくなかった。

 

「答えなくていいわ、私も女だもの。それに、同じ男性を愛した者同士じゃない♪」

 

 自分が愛した女性が、自分を求めていた女が、別の男の物になっていたという事実を。

 

 ――否、アイは『四宮颯真の彼女である』とは言っていない。あの女の妄言だ。

 

 そう確信したカミキヒカルは、己の言葉の証明のため……愛する恋人に、”恋人”としての証明を迫る事となる。

 


 

 結論から言えば、『アイはカミキヒカルの恋人』ではない。

 

 カミキヒカルの感じた愛情はアイドルがファンに向けて言う『愛してる』であり、対応もアイドルとしてのものであり、一般的な人間のする社交辞令に過ぎない。

 

 だが、まれに一部のファンがアイドルを自身の恋人だと妄想(勘違い)するように、カミキヒカルもアイが恋人であり、自分を愛していると思い込んでいたにすぎない。

 

 それは彼女に迫り、明確に拒絶された事ではっきりと分かった。

 

 

 

 ――あの一件以降、アイはカミキヒカルの前から姿を消した。

 

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

 

 彼女に迫り『素直になれない恋人を素直にさせよう』と実家から持ち出したクスリを使おうとした瞬間、スタッフが入って来て邪魔をされた。

 

 アイを部屋から追い出したスタッフは焦点の合っていない眼でカミキヒカルを見つめて、彼にも伝言を伝える。

 

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

「はぁ? アイならもうとっくに……」

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

「あの、大丈夫ですか?」

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

「えっと……」

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

 

 どう見ても頭のおかしいとしか思えないスタッフに困惑していると、スタッフは何でもない様に彼に近づく。

 

 ――そして、その手がカミキの首を掴んだ。

 

「アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください。アイさん。稽古が始まるので稽古場に来てください」

 

 何の抑揚もない声で、同じ言葉を繰り返しながらカミキの首を締め付け――悪意なくカミキを殺そうとする。




・星野アイ:アイドル。嫌いな人間にもアイドル対応していたら勝手に懐かれ、「可哀そうだから助けるか……」という感覚で姫川愛梨にカミキヒカルの性加害を止めるように言った。嫌いな奴に勝手に恋人認定されて襲われ、二度と顔を見たくないと思っている。

・姫川愛梨:女優。カミキヒカルは颯真の代替品として使っていたが、本命を手に入れるために捨てた女。今後、夫と子供も捨てる予定。現在の目標は「四宮颯真の愛人」となる事。

・カミキヒカル:俳優。四宮颯真によって人生が狂った男。姫川愛梨に性的搾取をされ続け、その理由も四宮颯真の代替品だった。アイと恋人になったと思い込み、薬物を使ってでも彼女を手に入れようとした危険人物。
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