怨敵と巫女   作:大紫蝶

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詐欺師

side:夜見

 

「あれから八カ月、なにか変わった事あったか?」

「施設の子達やクラスメイトとも少しずつ仲良くなったよ?」

「あれはお前が騙すのが得意になっただけだろ」

 

 きっかけはマダオだった。奴が星野に詐欺師の手口を教えやがった。

 おかげで、このまま順調に行けば星野は普通の生活を手に入れることができるのではないかと思う程だ。

 

「皆と仲良くなる方法も知ったし、お金も沢山もらえたし、すっごく楽しいよ!」

「美少女巫女(偽)でグッズが売れたからな。『アイの水』なんて『(星野)アイ(が水道で汲んだだけ)の水』で1本5000円で売れたし。でも、あそこは寺だよな?」

「これなら勉強しなくても良いね!」

「それはしろ」

「これでお母さんも喜んでくれるよ!」

「…そうだな」

 

 星野は入所してからの約1年で成長した。良くも悪くも人と関わるようになったし、俺やマダオになら暴言(本音)を言うようになった。金も稼いでおり、この調子なら少し勉強して資産運用するだけで普通に暮らせる。

 このことを教えてやったら星野はメチャクチャ喜んで大騒ぎしていた。

 

『またお母さんと仲良く暮らせるよ♪』

 

 星野アイは悪い奴じゃない。色々バカなところはあるが、根は良い奴だ。きっと普通の家庭で過ごしていれば普通以上の幸せを得られる人生だっただろう。

 

「星野。ここから出ていくことになっても、やることなかったら来ても良いからな。マダオも金儲けのために歓迎するだろうから」

「うん。ここに来てからいいこと尽くしだよ~。思い残しは君に名前で呼ばせることくらいかな?」

「アイ、これでいいか?」

「な、何でいきなり呼んでくれたの!?泣きついても呼んでくれなかったのに!」

 

 なんとなくだよ。だから気にすんな。

 

「お前の幸せを祈っているよ」

 

 

『もうすぐお母さんが迎えに来るんだよ』

 

『新しい服とか着た方がいいかな!?』

 

『えへへー、プレゼントは何にしようかな~』

 

『久々だし、何から話せばいいかな?』

 

『楽しい事しか考えられないよ♪』

 

 俺はアイの様な奴に幸せになって欲しい。天涯孤独の俺とは違って、あいつには未来に希望があるのだから。

 

 

 

〈一日目〉

「今日が迎えに来る日だったか」

「そうだよ。だからおめかしして待ってるの♪」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈二日目〉

「まだこないね~」

「きっと書類の手続きが大変なんだろ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈七日目〉

「お母さん、何かあったのかな~」

「きっとアイを幸せにするために新しい家でも契約してんだよ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈十四日目〉

「お母さん、来ないね」

「きっとアイを幸せにする家具選びしてんだよ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈三十日目〉

「…お母さん、遅いよ」

「きっとアイを幸せにするために就活してんだよ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈六十日目〉

「……」

「きっとアイを幸せにするために出世しようと働いてんだよ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 

〈九十日目〉

「きっとアイを幸せにするために何かしてんだよ」

 

 その日、アイの母親は来なかった。きっとアイを迎えるために準備があるのだ。

 そして、アイは部屋から出て来なくなった。

 

 

 

 まだアイの母親は迎えに来ない。俺はきっとアイを迎えるために準備しているのだと――言い訳を考える。

 

「アイ、また飯食わなかったんだな。冷めた飯を独りで食べるのは嫌だもんな。俺の部屋ならいつでも温かい飯を用意するから」

 

 アイは孤独だ。父親は居らず、唯一の肉親は母親だけ。その母親に甘えたい気持ちは理解できる。母親のために何かしようと努力したのだろう。でも、それは失敗した。努力の方向を間違えた。

 

 アイは安堵した。この施設では十分な食事、温かい寝床、清潔な服、暴力の振るわれない平穏、1万円という大金も毎月貰える。そのお金で好きな物を食べ、友人と遊び、かわいい服を買えた。お金があれば幸せになれると知った。

 

 アイは希望を持った。この施設で似た境遇の同世代と会った。自分は独りじゃないと知った。母親のために周囲と仲良くなる方法を知り、お金も稼いだ。このまま上手く行けば母親に苦労をさせないで、昔の様に幸せに暮らせると。

 

 アイは絶望した。この施設では十分な食事、温かい寝床、清潔な服、暴力の振るわれない平穏、1万円という大金も毎月貰える。だが、本当に欲しいモノはお金では手に入らないと。ここでは表面上の仲間は居ても、本当は皆独りなのだと。

 

 アイは壊れた。もう既に自分が捨てられたことを理解している。だから、人生にすら諦めがついたのだろう。

 

 

 

 俺は部屋の鍵を開けて中に入る。そこには虚ろな目をして体育座りしている少女が居た。彼女は俺が部屋に入って来たことに気が付くと顔を上げる。その顔は笑顔だったが、目が死んでいた。まるで死人のような目だった。

 

「……久しぶり……だね……」

「久しぶりだな」

「……私、捨てられたんだぁ……」

 

 彼女の目から涙がこぼれる。しかし、それを拭おうともしない。ただ虚空を見つめて泣いているだけだ。

 

「ねぇ……どうしてなんだろうね?私が何をしたんだろう?」

「……」

「私はお母さんが大好きで大好きで仕方なかったんだよ?」

「知ってるよ」

「……じゃあ何で捨てたんだろうね?」

 

 理由は分かる。だが、それを言う訳にはいかない。

 

「……何でだろうね?」

「……」

 

 涙を流しながら呟く彼女に対して何も言えない俺。こんな時に気の利いた言葉一つかけられない自分に腹が立つ。そんな俺を見て、自嘲気味に笑う星野さん。

 

「あははっ……バカみたいでしょ?……捨てられても文句の一つも言えなくてさ……それどころか、ずっと待ってたんだよ……?おかしいよね……?」

 

 そう言って再び涙を流す彼女を抱きしめることも出来ず、俺は黙って話を聞くことしか出来なかった。

 

「あの日だって、ちゃんとお仕事頑張って、お金を稼いで、お母さんの為にプレゼントを買って、それで褒めてもらいたかっただけなのに……!」

 

 彼女が語る過去の出来事。母親が迎えに来るはずだった日のこと。その日は彼女にとって最高の日になる筈だったのに、現実はその逆となった。

 アイは母親の愛を疑ったことはない。だからこそ、裏切られたと思った時のショックが大きいのだ。

―――その”愛”が幻だったとしても。

 

「お前は腹が減ってネガティブになってるだけだ。飯食うぞ」

「もういいよ」

 

 それが何を指していたのか分からない。だが、アイの本音なのだろう。

 

「いいから行くぞ」

 

 そう言ってアイを抱き上げる。ただでさえ軽い体重が更に軽い。知り合いとはいえ、付き合ってもいない男にいきなり抱き上げられても眉一つ動かさない。本当にどうでも良いのだろう。

 

「まずは飯だ。簡単にスープでも作ってやるからな。ダイエットの為とはいえ痩せすぎだ」

「もういいよ」

「コーンポタージュとか好きか?」

「もういいよ」

「オニオンスープでも良いよな」

「もういいよ」

「スープパスタとか良いか?ミネストローネ風とか美味いぞ」

「もういいよ」

「スーブだけだと腹減るもんな。他にも作るよ」

「もういいよ」

「腹一杯になれば嫌なこと忘れるさ」

「もういいんだよ…」

「腹減って苛立ってんだよな」

「もう疲れたの⋯」

 

「私、もう生きたくないの⋯」

 

「俺はアイを死なせたくない」

 

 これはエゴだ。俺はアイの面倒を見れない。関わってはいけない人種だ。こいつをいつか独りにする。その上で生かそうとするのだから。

 それでも生きて欲しいと思う。それは俺の自己満足でしかないのかもしれない。だけど、俺にはこうするしかなかった。せめて、今だけは幸せにしたい。そう思ったから行動に移した。それだけの事なのだ。

 だから俺は自分の感情を優先させる事にした。例え嫌われようとも、恨まれようとも、今は関係ない。どうせ後で後悔することになるだろうが、それでいい。少なくとも今はまだ幸せな夢を見ていられるのなら。

 

 

 

 あれから俺の部屋で簡単なスープを作った。その間、アイはピクリとも動かなかった。

 

「適当にコンソメスープにしたぞ」

「いいよ」

「ほら、口開けろ。食えば良くなる」

 

 そう言って口に近づけるが口からこぼれるだけだけだった。

 

「最後にもう一度だけ言う、食べろ」

「いらない」

「そうか、よっ!」

「んむっ!」

 

 なら無理矢理食わす、口移しで。

 

「ちょっ」

「はい、次」

 

「ま、まって」

「はい、次」

 

「自分で!」

「はい、次」

 

 そのままスープ一杯飲ませたらアイは気絶した。満腹になって寝るとか、赤ちゃんかよ。

 

「それで、少しは落ち着いたか?」

「……なんでこんなことしたの///」

「だって、アイが餓死で自殺しようとしてたし」

「ご飯くらい自分で食べられるのに…」

「服も着替えて寝るぞ。自分で出来るか?」

「ちょっと、私のはな「じゃあ脱がすぞ」はぁ!?」

 

 突然服を脱がせようとする俺に驚くアイ。だが、そんな事お構いなしに服に手を掛けると抵抗を始めた。

 

「ちょ!やめてよ!!」

「なら自分で着替えられるのか?」

「……できるもん……」

「じゃあ早く脱げよ」

「うぅ……」

 

 アイは服を脱がせたら大人しくなったし、浴室に放り込んで洗ってやると顔を真っ赤にして気絶した。ちょうど洗い終わったので適当な服を着せてからベッドに寝かせてやる。

 

「アイは子供が耐えられない程の辛い現実を突きつけられているんだ。少しくらい我が儘言ったり、迷惑かけても良いんだ」

 

 とりあえずしばらくはこの生活を続けて自殺とか考えられないようにするか。そう決めた俺は部屋の明かりを消して眠りについた。

 

 

 あれから二週間、アイは面白くなった。

 約三ヶ月学校に行かず、元々成績も良くなかったアイは勉強で遅れていた。さらに学校に行きたくないというので、俺が勉強を教えることになったのだ。それからのアイは面白い。

 飯を食べる時には「アイがちゃんと食べるか監視するから」と膝の上に乗せ、施設の全員の前であーんして食べさせた。アイは顔を真っ赤にしていたが、「口移しか、あーんのどっちが良い?」と言ったら大人しく食べた。流石に可哀そうになったので、俺の部屋で食べさせるようにしたが。

 風呂の時には自分でしっかり洗えないらしく、俺の自室のユニットバスで洗っている。俺がアイを洗ってやる時のガチガチになった様は面白かった。

 そして就寝時は俺を抱き枕にして寝ている。朝起きたら毎回真っ赤になってるのは何故だろうか? とにかく、そんな感じで過ごしている内に元気になってきたらしい。最近はよく笑うようになった気がする。今もベッドの上で本を読んでいるが、時折嬉しそうに微笑むのが見えるからな。

 

 そんな様子を見ていると俺も嬉しくなってくるわけで、思わず頭を撫でてしまうのだ。そうすると驚いた後、恥ずかしそうに俯いてしまう。そんな様子が可愛らしく思うと同時に心配にもなるのだ。こんな生活を続けたらいずれ壊れてしまいそうだと……

 しかし、それを本人に言ってしまうと逃げてしまいそうで言えないのである。結局何も出来ないまま時間は過ぎていったのだった。

 

 

 

「アイは最近面白いよな」

「自慢か、ドS野郎」

「自慢じゃないし、ドSでもない」

「いやいや、可哀そうだろ」

「自殺とか食い止めた人間に何を言うんだ。それだからマダオなんだぞ」

「マダオじゃね!大体、星野が学校に行けず、ちゃんと風呂に入れない理由の9割はお前のせいだろうが!!」

 

 マダオがなんか言ってるが無視だ。このマダオがまともな事をいう訳がねぇ。

 

「アイが学校に行かない理由なんて、どう考えてもあれだろ。なんで寺でアイドルコンサートしてんだよ」

「違う。あれは神楽舞だ」

「それって神社だろ。後、本当の神楽舞でもグッズ販売はしないだろ。Tシャツやタオル、キーホルダー販売している巫女なんて聞いたことねぇよ」

「……人々のためになるから問題ないだろ。売り上げ良いし」

「人々=お前とアイだろ。去年からやってるが、アイの通帳に600万あるんだけど。そろそろマズいだろ。税務署も動くって」

司法()の弱みは握ってるから大丈夫」

「…将来、宗教法人の金稼ぎとか問題になるな」

 

 アイはよく分からん美少女巫女として人気があった。具体的にはクソ坊主に中抜きされても600万稼ぐくらい。このせいで学校に行けないんじゃないかと思う。

 

「これならアイドルの方が健全だろ。マダオとの関係も切れるし」

「アイドルは健全なものだぞ、建前上は」

「どうせプロデューサーやお偉いさんに枕営業したり、愛人やってんだろ」

「まぁ、園児服のコスプレとか闇深い噂はあるけど」

「それに対して、こっちは詐欺と税金免除の宗教活動だぞ?違法行為してる分、こっちが悪だろ」

「バレなきゃ犯罪じゃないさ」

「それはそうだと思うが」

 

 なんか芸能界が怖いな~。宗教も怖いな~。両方とも吹き飛べばいい。

 

「これで結構稼げているし、学校に行く意味ないんじゃないか?」

「それでも普通に働いた方が健全だろ。詐欺師で食っていくわけじゃあるまいし」

「……まぁ、別に詐欺師なんて興味ないと思うが」

「あってたまるか!」

 

 なんだかんだとアイは楽しくやっている。俺やマダオの前では嘘をつかないし、観客の前で笑顔を振りまいている。学校に行っていないことを除けば良いのだろう。最近では近所の神社でコンサートもしている。なんなら頼まれて他県に出張したこともある。

 

「どうすんだよ。この間なんて、病気の女の子が『私もアイみたいになる!』とか言ってたんだぞ。『アイの姿見たら元気になった!』って笑顔で言われた時、俺泣いたぞ」

「……俺だって罪悪感でいっぱいだったよ。もう少し真面目に生きようと思ったほどだよ」

「アイすら表情固まったからな。…もう、この詐欺止めるか?」

「そしたら希望を奪うことになるだろ。もう止まれねぇよ」

 

 人々のために!という建前でやっていた詐欺活動が本当に人のためになると心に来るものがある。アイが学校に行けない理由の一つがこれかもしれない。あの子の笑顔は、俺達には眩し過ぎたのだ。

 

 

side:????

 

 何、あの少女?化け物が改心してるんだけど。

 私の目の前にいる星野アイという少女が凄いことになっている。

 

 上からの指示で監視していた怨敵、その怨敵の手先と思っていた少女が神に好かれていた。具体的には六柱の神の巫女になっている。

 こっちからすれば魔王退治してたら、魔王軍四天王が聖女に選ばれたようなものだよ。しかも魔王の心を入れ替えつつあるし。

 

 どーしよ。あの子って、正直どうしようもない運命だから怨敵殺すのに利用しようとしてたのに、なんか他の神が入れ込んでる。でも、あの子使えば怨敵も殺せるのにな~。そもそも本人の意志関係なしで巫女にするとかどうなってんの?手順すっ飛ばし過ぎでしょ。

 詳しく聞いたら「弱っているところに優しくされたから」って、こいつら本当に神か?チョロインにしか見えないんだけど。

 

 キャバ嬢に貢ぐカモみたく、少女に神の力を貢ぐとか何考えてんだ。いや分かるよ?信仰なさ過ぎて消えかけてたところを怨敵に捕獲され、呪物だらけの場所に監禁されてたらしいし。そこから助けてくれたことに感謝する気持ちはわかる。

 でもさ、怨敵殺さないとこの国の危機だよ?あの一族のせいで問題起きてるし、このままだと国が衰退するんだけど……。

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