怨敵と巫女   作:大紫蝶

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 今話から『第3章 颯真の胃消失編』です。


第3章 颯真の胃消失編
颯真VSアイ


side:颯真

 

 俺の名前は四宮颯真。恋人の爆丸発言に度肝を抜かれている高校生だ。

 

 

 

 何故このような事態になったのか。それは奈央さんが出産した日のアイの『赤ちゃんが欲しい』という発言だ。

 この言葉にはその場の全員が驚き、俺も息を飲んだ。

 

 アイにとって家族とは母親だけだった。その母親もちゃちな窃盗で捕まり、アイは施設に送られた。そして、母親は出所してから一度も姿を見せていない。

 

 アイの母親は決して良い親ではない。暴力や虐待は当たり前。挙句、当時10歳のアイに欲望の視線を向ける男に対して、親として守ろうとするどころか、アイに嫉妬し暴行を加えた。そもそも育てられないのに子供を産むなとか、もっと親やら行政を頼れとか言いたい事はあるが……それでも、子供にとって親は親だ。捨てられたと理解した今でもアイは苦しんでいる。

 

 身寄りのないアイにとってマダオや斉藤社長という大人は信用しても、信頼はできない。自分が金を稼げるから、利益があるから傍にいると思い込んでいる。それは奈央さんに対してもそうだ。

 俺は一定の信頼をしているが、それでも母親から父親が逃げた過去が彼女を苦しめる。「颯真も逃げるんじゃないか」「飽きたら捨てられるんじゃないか」……そう怯えている事を知っている。

 

 アイが俺と体の関係を持とうとしたのは性欲や愛情ではなく、体を求められている間は自分を見てくれるから。性欲の捌け口でも、都合の良い女でもいいから捨てられたくない、という恐怖からくるものだった。それを理解しているからこそ、俺はアイと関係を持ちたくなかった。自分に体しか取り柄がないと思って欲しくなかったし、その先を知っているから。

 

 愛する人との子供が欲しいというのは普通の事だろう。大抵の時代や国、人種などで当たり前の考えであり、誰に聞いても当然だと答える事…‥問題は、それを言ったのが15歳の少女であるという事だ。

 

「アイ、自分が何を言ったか分かっているか?」

 

 病室から出て、アイのマンションに帰ってから聞いた。それを聞いたアイは目に涙を貯めながら、懇願する様に答えた。

 

「……分かってる……」

 

 そう答えるアイだが、俺から言わせればガキの戯言だ。

 

 ――だが、その結論に至った考えは分かる。

 

 

 

 持論だが、子供の人生は生まれてきた時点である程度決まる。それは、”祝福される”か”恨まれる”かだ。

 

 祝福されて生まれた子供の人生は色々だ。途中で悪くなる事もあれば、良くなる事もある。親の有無や環境にもよるが、良い人生を送れる可能性が高い。少なくとも、自分で人生を選択できる。

 

 だが、恨まれて生まれた子供は地獄だ。何の力のない子供が親や周囲から恨まれれば生きていけない。行政に頼ろうにもその発想がなく、親が「これからは真面目に育てる」と言えば行政は手を出せない。それこそ子供が死にかけて、手足の1本2本が無くなるレベルの重傷を負わない限り、親から無理矢理引き剝がす事は不可能に近い。そんな環境で生き残れる子供はごく少数。その中で五体満足な子供、独りで生きていける子供が大人になる確率は、非常に低い。

 

 この場合、俺や早坂愛は前者であり、アイは後者だ。それが普通だと思っていたアイは「生まれた瞬間、あるいはその前から祝福され、愛されて生まれた子供」を見て壊れた。

 

 

 

 俺も製造工程がこそアレだが、優秀な跡取りという目的で製造された。

 

 早坂愛は互いに愛する両親の”愛の結晶”というべき存在。

 

 星野アイは男に孕まされて捨てられた女から生まれた――”できもの”だ。

 

 

 

 これは裏取りも終えている。アイの母親――星野あゆみが話していた事だ。一応、アイの父親も探し出したが、あっちの方が比較的マシなレベルだ……どっちも親と呼べないゴミクズだが。

 

 まぁ、アイにとって早坂愛は初めて見た”無償の愛を望まなくとも貰える存在”であり、”望んでも愛されなかった自分”と比較してしまったんだろう。そして、自分には家族がいないとか、俺に逃げられたら母親みたいになるとか――ネガティブ思考に入ったんだろうな。

 そんなアイが考えた「絶対に颯真を逃げられないように、孤独にならないようにする方法」ってのが、子供なんだろうな。

 

「……アイの考えは大体わかる。将来的に子供が欲しいというなら問題ない」

「うん」

「アイドル辞めて、女優やら他の道に進んでから、あるいは専業主婦になってからなら誰も文句言わないし、言わせない。だが、今すぐと言うなら別だ」

 

 うつむくアイだが、意見は変えていないだろう。

 

 出産と言う行為は命の危険がある。成人した女性でも死亡する事がある行為であり、それをまだ子供であり小柄なアイが無事な訳がない。世間にバレれば非難され、誰にも祝福されないだろう。当然、高校にも行けず、まともな教育を受けられない。そんな選択を恋人にさせられない。

 

 愛する彼女に命のリスクやこの先の人生を失う選択を取らせる程、俺は外道に落ちていない。絶対に止めなくてはならない。――そう、理性が言っている。

 

「…………最初に、アイに話さないといけない事がある」

 

 クソッ! 俺は本当に外道らしいな。

 

「まず、15歳・150cmのアイが妊娠出産をする際のリスクだ。もし話を遮ったり、逃げる様なら子供の話はお互い20歳になるまでするな」

「……分かった」

「まず、リスクは4種類ある。身体的リスク。単純に骨盤が未発達だから、難産や帝王切開の必要性が高い。そして、帝王切開をするなら肌を見せる仕事は当分できない……今のアイドル衣装も切られないと思え。

 他に妊娠高血圧症候群、貧血によってアイや赤ちゃんに悪影響を及ぼす可能性がある。悪影響の意味は……言わなくても分かるな?」

 

 最悪、母子共に亡くなる可能性もある。それがアイの選ぼうとしている地獄の道だ。

 

「次に胎児へのリスク。低出生体重児や早産となれば、赤ちゃんの成長に悪影響が出る。また、早産による合併症――呼吸困難、脳出血、感染症なんかを引き起こす可能性がある。赤ちゃんにとっては命の危機だ」

 

 アイが無事でも赤ちゃんは亡くなるケースもある。その場合、アイの心は壊れるかもしれない。

 

「3つ目に心理的・社会的リスク。幼いアイの妊娠や出産は精神的負担が非常に大きく、ストレスや不安、産後うつなんかになる可能性が高い。これは奈央さんもそうだった。それより幼いアイなら負担は余計にデカい。

 社会的サポートの不足も問題だ。経済的・社会的サポートが得られない場合、育児や生活がまともにできない。奈央さんは家族が全面協力するし、正人さんの家族もそうだ。周囲にいる人間――俺や雁庵さんもサポートするから、アイが思っているより育児や生活で困る事はない。だが、俺もアイも家族がないから、周囲のサポートは期待できない」

 

 斉藤社長は反対するだろうし、強行しようとしても直ぐに堕胎させるだろう。苺プロの人間は殆ど敵となり、いい加減なマダオや貸しのある鏑木Pも反対する。四宮家からしても絶対に反対するし、雁庵さんに「俺が四宮グループ総裁になる」と契約を交わさない限り、四宮の息のかかった病院は使えない。

 

「最後に長期的な健康リスク。幼いアイは身体が未発達だから、出産後の身体の回復が遅れる。将来、2人目3人目が欲しいと思っても出来ない可能性もあるし、何かしらの障害が残る可能性もある」

 

 この妊娠で失敗すれば、二度と赤ちゃんが出来ないかもしれない。そんな分の悪いギャンブルはするべきじゃない。

 

「他にも親権は斉藤社長が持つ事になるだろうし、表立って親だと名乗れない。分かるか? 愛する我が子の学校行事にも、参観日にも、進路相談も出来ない。それどころか一緒に買い物や旅行だって難しい。斉藤社長にも迷惑をかけるし、最悪B小町は解散だ。結婚できない以上、結婚するまで父親は公では不在だ」

「分かってるよ」

「そしてこのリスクの大半は数年、あるいは俺が18歳になるまでの1年半で解決できる。結婚した男女が子供を作っても批判はないし、結婚前にアイドルを引退すれば隠れられる。何年かして、子供が大きくなってから芸能界に復帰してもいい」

 

 こんなのホントに初歩の初歩。専門家に聞けばより深い話が聞けるし、子供を育てている人間に聞いても詳しい話をしてくれるだろう。素人のガキでもこれだけのリスクがあると知っている。

 

 ……その上で、アイは選択するのだろう。話を聞いてもなお、アイの眼は力強い意志を持っており、決意は変わっていないように――否、最初より強い決意が見て取れる。

 

「……颯真は、反対?」

「俺は反対だ。子供は欲しいが今である必要はない。俺達の子供は周囲から望まれて生まれて欲しいから……個人的には反対だ」

「……そうだよね」

「だが、俺に選択権はない」

「えっ?」

 

 アイがマヌケな顔をしているが、妊娠に関しては男に選択権なんてないんだよ。

 

「子育ては男でも出来る。だが、妊娠や出産は女しかできない。役割分担とか負担を分かち合う事もできない。男は種まくだけで、それを育てるのは100パー女だ。妊娠に関して男女のリスクは比べ物にならない程違うし、女側が嫌だといえばそれを拒否できない。それが俺の考えだ」

 

 十月十日の間、命を賭け続ける女と傍にいるだけの男。そのリスクが同じな訳がない。そうなれば女性の意見が強くなるし、男性側が強制的に妊娠出産させる権利がある訳ない。

 

「もし、アイが『産みたい』と本気で思うなら覚悟は決めた。土下座でも指詰めでもやってやる。だが、『なんとなく』とか『俺を失いたくない』とかなら辞めろ。それは子供に失礼だし、絶対に育児放棄する。その辛さは……お前が一番分かるな?」

 

 そう言うとアイはうつむく。アイ自身が育児放棄の被害者であり、あの女の娘である以上、自分も同じ事をする可能性を考えているんだろう。そんな事をしないと思っていても、親の影響を受けるのが子供なのだから。

 

「……それでも、産みたいと思うよ」

「ならそれで」

「えっ、軽っ!」

「ぶちゃっけ俺は金だけはあるし、これから子供が生まれるとしても1年くらいかかる。そうしたら奈央さんに子供の面倒を見てもらうよ。その頃にはあの人も大学卒業してるだろうし」

「さっきまで周囲のサポートが不足するとか言ってたじゃん!」

「人間貸し借りが世の理だ。俺が何億も金貸してる龍珠組の組員やその女連中も借金減額・免除を条件に出せば力を貸してくれる」

「身体的リスクがどうのこうのは!?」

「昔は15歳で成人だった時もある。可能性が高いってだけで、100パーそうなる訳じゃない。そもそも5歳で妊娠した少女が居るんだ。15歳で子供産んでも大丈夫だろ」

 

 アイがずっとギャーギャー騒いでいるが、無視だ無視。そもそもなんとくでも、できちゃったとかでもなく、決意を持って臨んで子供作ろうってなら大丈夫。

 

 それに奈央さんが妊娠中大変だった事を知って、俺の言葉を聞いて、様々なリスクを理解して、俺も反対だと分かった上で『子供が欲しい』って言うなら反対する理由がない。――いや、反対できない。あの時のアイには俺なんかじゃ止めることが出来ない決意を宿していたんだから。

 

「だが、斉藤社長達には話を通すぞ。最低限の筋は通さないと」

 

 そう言って俺が斉藤社長に連絡を取ると、向こうも何かを察したのかできるだけ早く時間が取れるように調整すると約束してくれた。これからバカな話に付き合わせる斉藤社長に同情するが、俺にそんな資格も余裕もない。

 

 次に連絡するのはマダオ。今でも時々連絡を取り、俺達に協力してくれている保護者役だ。アイにとって初めて信頼できる大人であり、俺にとっても恩人だ。人としてアレな奴だが、俺達にとって無視していい人間じゃない。こちらも予定を合わせてくれるとの事だ。

 

 最後に、必ず仁義を通さなければならない相手。アイは会った事がないが、俺にとっては頭が上がらない人だ。

 

 父親がいないアイにとって、斉藤社長が父親だ。養子縁組してるし、法的にも親子関係ある。マダオは出来の悪い兄の様な存在であり、悪い事ばかり教える不良。だが奴がいなければ、アイは未来に希望を持つ事すらできなかったかもしれない。これは俺も同じだ。

 

 だが、父親に関しては違う。血縁上の父親は俺を製造した上で廃棄し、国を使ってまで殺そうとした。法的には四宮雁庵だが、奴も俺の廃棄を止めず、利用価値があるからと拾ったに過ぎない。そんな俺にとって父親と呼べる人物は1人しかいない。

 

 

 

「親父、少し良いでしょうか」

 

 ――龍珠組組長・龍珠 玄蔵(りゅうず げんぞう)。広域暴力団・龍珠組組長であり、俺の人生を変えてくれた恩人だ。

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