TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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今更ではありますが、この話は特に自己解釈、捏造が含まれます。
また、生々しさのある話やタグにある通りr18にならない程度の性的な表現があります。苦手な方は注意お願いします。


11 手折られた枝はもう咲けない

 

 

 

 

 壬氏たちの居なくなった自室で魅音(ミオン)は立ち竦んでいる。

 入内してからまだ一月、壬氏に認知されてから昨日の今日でこんなことになるなど誰が予想したか。

 実家が何の影響力も持たない魅音が帝にお目通り叶うなど壬氏が絡んでいることは間違いないだろうが、言葉を交わしたのは昨日が初めてなのだ。元から目をかけられていた?仮にそうだとしても夜伽の日程が決まるのがあまりにも早い。

 不可解すぎる一連の流れに何かに巻き込まれているのではないかと不安に駆られる。

 

 嵐が去った後のような静寂に包まれていたのだが、いち早く立ち直った(ジン)が声をかける。

 

 「魅音さま、おめでとうございます」

 

 振り返ってみれば静は目尻に涙をためていた。若汐(ルオシー)に至っては両肩を跳ねさせながら袖で顔を隠している。

 

 「ありがとう」

 

 ハッとした魅音は感謝の言葉を伝える。そうだ、そもそもお渡りは大変喜ばしいことだ。そして侍女たちは知らないが、魅音にとっても北峰(ホクホウ)州を救うための大きすぎる第一歩である。もっと先のことだと思って心の準備が出来切っていなかったが、ここ(後宮)に来た理由であり、何よりも望んでいたことではないか。

 

 どっと疲れが来た。戦は明日だ、今日はゆっくりしようと思い長椅子に寝ころぶのだがすぐさま怖い笑顔の静に見下ろされる。

 

 「何をお休みになっておられるのですか」

 

 「お勤めは明日(あす)でしょう?気が疲れたから一休みしようと思うのだけれど」

 

 夏終わりの秋が顔をのぞかせる季節の昼間はうたた寝に最適だ、とても気持ちがいいだろう。

 静は意識の低い主に信じられないといった表情をして眉間を指で揉む。

 

 「そうです、明日です。一日しかないのですよ。今日は徹底的に魅音さまのお身体を磨きます」

 

 魅音の顔が真っ赤に染まる。最も尊い御方に生まれたままの姿を晒すのだ、そこに欠点はあってはならない。

 実感の湧いていない主に反してやる気に満ちた優秀な侍女だ。

 

 「限られた時間ですが妃用の湯殿(ゆどの)の貸し切り許可が下りています。若汐!いつまで泣いているのですか、魅音さまをお連れしますよ」

 

 「はい!わかりました!」

 

 若汐はぐいっと強く拭って顔を上げると鼻声で元気に返事をする。

 侍女たちは頭から湯気が立ち上る魅音を肩に貸して立ち上がらせると、心あらずな主を誘導しながら湯殿へと向かった。

 

* * *

 

 「これは痛くありませんか?そうですか、健康そのもので素晴らしいですねー」

 

 前掛けをかけただけの魅音は石台の上に仰向けに寝転がり、若汐に按摩をしてもらっていた。

 脇の下を撫でるように揉まれる、老廃物がたまっていれば優しくしていても多少の痛みがある箇所なのだがそれが全くない。普段の健全な生活の賜物だ。

 

 若汐の手が脇からさらに下に移動していく、このまま全身を磨かれていくのだが、魅音は身体を横に捻る。

 

 「魅音さま逃げないでください。終わりませんよ」

 

 恥ずかしくないわけがない、幾ら侍女相手とは言え大事なところを見られるのは二年足らずのなんちゃってお姫様の魅音には難しい。この辺りは前世の感覚が適応を邪魔しているのかもしれない。

 

 「できればそろそろ慣れていただきたいものです。時間をかけすぎては体が冷えてしまいますから」

 

 「わかりました……」

 

 静にそう言われて目を閉じて極力脱力するようにする……のだが腹や腿を触られるとくすぐったくてつい力が入ってしまう。

 こんなに敏感で勤め上げることはできるのだろうか、そこは魅音の我慢強さに期待するしかない。

 

 

 つるつるすべすべに仕上げられた魅音は再び湯に浸かり冷え始めていた身体を温めている。

 おそらく一番風呂であるためその湯は熱いくらいなのだが、故郷が熱々の温泉が湧き上がる所なので、そこの育ちとしては丁度いい。

 石枕に後頭部を乗せ天井を眺めた。

 扇状に黒髪が広がり、静の手によって丁寧に香油が馴染ませられる。

 

 (私は、帝を、男を受け入れることができるのだろうか)

 

 それは妃としての唯の仕事だ、この身は生贄だ、そして女だ、でも男だ。

 こんなにも属性過多な人間が他にいるものかと笑いそうになる。

 ふぅと息を吐き天井を、なるべく遠くを見つめる。

 

 「ご不安ですか?」

 

 「……そうね」

 

 別にもう男女のあれこれに夢を見るようなことはない。

 恋くらいはしてみたかったが、前世は若くして死んでしまったし、今世は性の違いで戸惑うばかりなのに、それに加えてそもそも恋なんてものをしたところで決して実ることはない運命に収束してしまった。

 

 この世に生まれ落ちて、女であることを自覚してから十年以上ずっとこの時が来ることを覚悟をしていた。

 しかし目前にすると怖くて仕方がない、この身を男の体で開かれた時、『魅音』を形成する要素の一つである男という性はどんな反応をするのだろうか。

 もしかしたら発狂してしまうかもしれない。もちろんそれは最悪の場合であり、余程の目に合わねば狂ったりなどしないが。

 

 ずっと悩んだ様子のままの魅音を見かねて再び静が声をかける。

 

 「誰でも最初は怖いものです。かくいう私も恐ろしかったですよ。でもきっと魅音さまなら大丈夫です」

 

 あ、でも魅音さまの場合はお相手がやんごとなきお方なので参考になりませんね。と静は控えめに笑う。

 

 魅音が悩んでいることは西方なら魔女裁判にかけられかねない超常的な事柄が絡んでいるため、静の慰めは全くの的はずれなのだがそれとは関係なく力になる。静のこういうさり気無く他人に寄り添うところは大人の女性として参考にしたいなと思う。

 うじうじするのもここで終わりだ。

 

 (なるようになれだ)

 

 閨教育ではまな板の上の鯉でいろと教わった。皇族のそれは意外と淡白なものかもしれない。なら天井の染みを数えているうちに終わるだろう。

 

 だがそれでは継続的に寵愛を受けるには足りないかもしれない。

 

 (やってやろうじゃないか、こちとら男心がわかるのだ)

 

 男は度胸、女は度胸である。……うん?

 

 

 ほどなくして魅音たちが今いる上級女官用小浴室の外に人の物音がし始める。

 貸し切りの時間が終わったようだ、このまま相席となってもいいのだが区切りがいいので上がるとしよう。

 

* * *

 

 「お顔が怖いですよ」

 

 「……」

 

 「お手に触れますね」

 

 椅子に座り膝の上で固く握られている拳を解かれ、強張り冷たくなった手を手で包み温められる。

 陽が落ち始め、もう少しで空が赤く色づきそうだ。魅音は身なりを整えてその時を待っていた。

 仄暗い蝋燭の暖かな明かりだけとなっても映えるように薄く寝化粧が施された。服装は華やかで厚さもあるものであり、露出自体は大したことは無いのだが帯一つ抜いてしまえば纏い続けることは困難だろう。

 

 (心臓の音がうるさい)

 

 この国の頂点である皇帝と一つの部屋で二人きりになる、その恐れ多さは想像に容易いだろう。

 とんでもない額のお金が動いた商談に居合わせたときよりも、怒鳴り声を上げる強面の男に対面したときよりも脈打つ鼓動が苦しい。

 先ほど流し込んだ粥が逆流してしまいそうだ。

 

 普段ならとっくに夕餉を済ませている時間だ。だが今日、そうではないのは帝に夕餉の誘いを受けているからである。

 魅音の物は少なめにするように尚食に伝えてあるが、そもそも帝の前で喉を通る気がしない。そのため、仮に食べられなくても空腹にならない、食べきったとしても満腹にならない粥をあらかじめ胃にいれておいたのだ。

 

 戸が叩かれ、宦官と女官が入ってくる。皇帝直属の者たちだ。

 女官に別室に連れられ体のあらゆるところを調べられる。凶器を隠し持っていないかの身体検査だ。

 戻れば宦官の仕事も終わっていた。すでに朝に済まされていたが、改めて部屋に危険物が無いか確認していたのだろう。

 金魚鉢はやはり許されなかった、丁重に扱っていただきたい。

 

 さて、この時間に皇帝付きの従者が来たということはつまり帝のお渡りの先ぶれ、である。

 

* * *

 

 「帝のお通りです」

 

 そう声が響くと戸が開けられ、天上人の御姿が明らかになる。

 魅音は拱手をして帝を迎え入れる。

 

 「(シュー)魅音と申します。この日を心待ちにしておりました、歓迎いたします」

 

 「そう気を張るな、楽にしろ」

 

 「はっ」

 

 主上の許可をいただいたので袖を下して顔を上げる。とうとうその御姿をこの目で捉えた。

 御年三十三になる美髯(びぜん)を携えた帝は只人には身に付けられない眼力と存在感を持つ、この大国、茘国の皇帝に相応しい御方であった。

 気を抜くと息の仕方を忘れてしまいそうだ。微笑みを絶やさぬよう努める。

 

 拱手を解き全容が明らかになった目の前の妃を見て帝は納得したかのような表情を見せた。

 

 「では夕餉にしよう。おい、持って参れ」

 

 帝が外に向かって声をかけると騒がしくなる、ならば魅音もしなければならないことがある。

 

 「どうぞ奥の席にお座りください」

 

 帝に一等立派な椅子を勧める。侍女によって椅子が引かれ、帝が着席したのを確認すると魅音も席に着く。帝から見て左手の直角になる位置だ。

 

 そう時間もたたずに夕餉が運ばれ、配膳される。

 あまりに隠す気のない献立につい顔が引きつりそうになる。どれもこれもが精のつくものだ。魅音の分は内容こそは主上と同じものだが、伝えていた通りに少なくなっていたので安心する。

 

 (こんな極端な献立になるのも仕方が無いのだろうな)

 

 お世継ぎを残すために見目だけが好みの相手を山ほど抱く。それは余程の好色でもない限り何かに頼らねば枯れてしまうだろう。それこそこの夕餉たちのような物はその為だ。

 

 そう考え事をしているうちに毒見が済まされた。魅音の分の毒見は若汐に頼んでいる。

 

 「お前のために土産を用意した」

 

 帝がそう言うと侍女が一つの徳利を魅音の目の前に置く。

 

 「ありがとうございます。これは?」

 

 「注いでみるがよい」

 

 同じく置かれた盃にその中身を注ぐ。徳利から溢れるや否や豊かな甘い香りが広がった。

 随分と色の濃い葡萄の果実酒のようだ。

 

 「朕を前にすると皆固くなるものだからな、それを呑めば少しは和らぐだろう。さあいただこうか」

 

 主上の気遣いだった、これまでの経験則によるものだろうが魅音にとってもありがたかった。

 主上が食事の開始を宣言した。食前酒の注がれた盃を掲げると一飲みにする。それに倣って魅音も主上から頂いた果実酒に口をつける。

 

 酒の知識はないし、これが初めての飲酒になるが、まるで果実水のように甘く飲みやすかった。

 前世?あれで酒を知った気になっていたら阿呆だろう。

 

 * * *

 

 魅音はしっかりと食べ進めていくのだが、その味がわからなかった。緊張のせいか、出来てから時間が経って香りが飛んでいるからか。主上の口に入るものだ、一級品ばかりだろうに勿体ない。

 

 一方の主上は実に良い食いっぷりだ。激務に耐える体はそれは沢山の栄養を必要とするのだろう。

 

 (このお酒本当に美味しい)

 

 魅音は主上から頂いた果実酒に首ったけだった。

 もう半分なくなっている。

 

 食事は静かに行われるのだが、時折主上に質問を投げかけられる。おそらく見極めているのだろう。

 

 「後宮での生活はどうだ」

 

 「穏やかな日々を送らせていただいております」

 

 嘘ではない。最近は平穏そのものだった。もっともそれは今日までだろうが。

 魅音にお渡りがあったことは明日にはもう知れ渡るだろう。そうなればまた針の筵のような生活に逆戻りである。気が重くなるが後宮とはそういう場所なのだ。

 

 「そうか」

 

 料理に向きながら会話をしていた主上は顔を上げて魅音を見るや否や固まる。

 

 (なんだか熱いな……)

 

 魅音の頬は赤く染まり、全身から汗が滲んでいた。瞳はとろけたように潤み、悩ましい吐息が漏れている。

 

 「まさかここまで弱かったとは……予定を繰り上げるしかあるまい」

 

 主上の言う弱いとは酒ではない。それに混ぜられていた催淫剤の事である。

 無臭であるものの味と色に特徴がある。そこで味が強く色も濃い酒に溶かし込んでいたのだが、魅音の呑む速度が速かったこと、そもそも体が刺激物に弱かったことで主上の想定と異なり早く強く効果が出てしまった。

 

 帝は口の中を洗い流すように盃の酒を飲み干すと、烏帽を机の上に置いて立ち上がり魅音のそばへと寄りその肩に手を添える。

 

 薬で敏感になった体に骨ばった男の手が食い込み、甘い痺れとともに跳ねてしまいそうになる。

 頭に靄がかかったような魅音ではあるが何を催促されているのかは分かる。

 立ち上がると主上が歩き始める、寝台がある方向だ。

 左肩を抱きかかえるように掴まれているので、その玉体との距離が近い。

 上品な香の香りがするがそれだけじゃない。魅音が初めて嗅ぐ父以外の男の匂いに鼻が反応する。

 

 薬の影響であるのだが、それを知らない魅音は異常なほどに主上に反応する体に混乱で一杯になってしまった。

 

 * * *

 

 魅音は寝台を背にして主上と向かい合うように立っていた。

 右手で魅音の艶やかな黒く長い髪の流れる感触を楽しむと、その手が顎に添えられ上を向かせられる。

 主上はその無防備になった首筋に顔をうずめた。

 敏感なところにかかる吐息と柔らかな感触に魅音は、反射的に主上の胸板に両手を当てて押し返そうとする。だが立派な男性と熱に浮かされた女の力ではびくりともしない。

 やってしまった、帝に楯突いてしまったと顔が青くなる。

 

 主上は一度顔を離すとにやりと笑う。そして前に突き出された魅音の両手首を左手でまとめて掴み、両腕を上げさせると押し倒した。

 

 「きぁあ!」

 

 ぼふんと柔らかい布団に迎えられて痛みも、食べたものを戻してしまうような衝撃も無かった。

 

 「閨での出来事をいちいち罰したりはせん」

 

 主上はそう言うとその尊顔を近づけてくる。

 目を瞑る魅音は突然唇を割ってくるぬめりとした軟体動物に驚き、閉じていた口を開くとそのまま口内を蹂躙され、酒精の苦みが広がった。

 未知の感覚に全身が粟立ち戸惑う魅音に、しゅるしゅると布の解ける音は聞こえない。

 

 

 多少耳年増な魅音とはいえ、生娘が歴戦の帝に敵うはずもなかった。

 不慣れな魅音は全身を寝台に放り出して揺らされる体に合わせて息が漏れるのみだ。

 

 もう大分酔いも冷めた、そして終わりそうだ。

 一際大きく揺れた。寝室には女の荒い呼吸音だけが響く。

 

 「阿多と懇意だそうだな」

 

 顔を横にして目をつぶり、肩で息をする魅音に主上は話しかける。

 突然、阿多さまの名前が出てきたことに不思議に思った魅音が目を開けると覆いかぶさる主上と目が合う。

 

 主上の瞳には魅音の姿が写っている、だが無我の境地にいる魅音は直感が働いて、少しスッキリとした頭で考える。

 

 (私を見ていない?寂しそうに私を通して誰かを見ている、あぁなるほど)

 

 魅音はふわりとした笑顔を浮かべると、石のように重たい両腕を持ち上げて主上の両頬に添える。

 そのまま後頭部まで腕を伸ばすと玉体を胸元に抱き込んだ。

 

 どうしてこんな事をしたのか魅音にもわからない、無意識な行動だったが主上の琴線に触れたらしい。

 

 「終えるつもりだったが気が変わった」

 

 魅音の下腹部に違和感が生じる。

 

 「許せよ」

 

 「え、まっ!うそ!」

 

 体力のある二人はまだまだ続きそうだ。

 

* * *

 

 すっかり日が昇りきった次の日。

 

 「はっ!」

 

 飛び起きた魅音は首に手を当てる。

 

 ──よかった……首はくっついている。

 

 玉体の、それも頭を抱きかかえるなど不敬もいいところだ。

 

 「いたっ」

 

 二日酔いだろうか、頭が痛い。それと汗やらなんやらでベタつく肌と違和感のある下半身が気持ち悪い。

 

 「おはよう静、早速で悪いのだけれど身体を清めたくて……ってその顔はどうしたの」

 

 傍の椅子に座っていた静を見つけた魅音は頼み事をするのだが、静の目元にくっきりと浮かぶ隈に驚く。

 

 「おはようございます。控えていて一睡もしていませんので、見苦しくて申し訳ありません」

 

 「それってどういう、あっ」

 

 気づいた魅音は恥ずかしさのあまり顔を隠す。

 

 皇族の夜伽には閨番という見張りがつく。しっかりとなされているか、音の聞こえる隣室で待機するのだが昨晩は静が記録していたのだった。

 

 「ご立派に勤め上げられましたね。まさか空が白むとは思いませんでしたがお身体は大丈夫ですか」

 

 酔いで痛覚がとても鈍かったことと、薬で筋肉が弛緩していたことで、聞いていたような苦労はあまりなかったように思える。

 筋肉痛もない。

 

 「大丈夫みたい」

 

 「それはそれは、才能かもしれませんね」

 

 「素直に喜べない才能ね……」

 

 余程疲れているらしい、普段の静なら褒め言葉にならないことなど言わないはずなのに。

 

 なにはともあれ無事完遂できたことに安堵する魅音だった。

 

 

─────────────────

 

 

 壬氏が乱入した阿多妃と魅音の茶会もどきの日の晩、阿多妃の住む柘榴宮に三つの人影があった。

 

 「なぜ庭師がここにいる」

 

 「私が呼んだ」

 

 面白くなさそうな主上にしたり顔の阿多が答える。

 長椅子に並んで座る二人の対面には涼し気な微笑みをした壬氏がいた。

 

 「最近花園に顔を出していないだろう、花々が寂しがっていると壬氏殿に聞いてな」

 

 主上が壬氏を睨むが、壬氏は華麗に受け流すと手元の紙を机の上に広げた。十数枚になる後宮の女の姿絵だ。

 

 主上は見たくもないようで目をそらしながら憎たらしそうに言う。

 

 「既に玉葉(ぎょくよう)梨花(りふぁ)の腹の中に子がいる。上級妃が二人も孕んでいるのだから最低限でいいではないか」

 

 「ですが……」

 

 怒気が僅かに漏れる主上に対して怖いもの知らずに壬氏は反論する。だが、赤子の命は儚いとはこの場では言えない。

 東宮となるはずだった赤子を失った阿多妃がここにいるのだから。

 壬氏の視線を追った主上も言いたいことに気づき、困ったような顔をした。

 

 当の本人はと言うと、御手付き候補の姿絵を一枚一枚手にとって物色していた。

 楽しそうに見ていた阿多だったが、ある一枚を見て顔をしかめる。

 

 「この娘は駄目だ」

 

 「それは、徐魅音妃のものですね。昼間は阿多妃と仲が良かったように見えましたが、なにか問題でも?」

 

 それは壬氏がさっき急遽用意したものだった。壬氏の求める条件を満たし、一目ではわからない人格も阿多妃のお気に入りなら大丈夫だろうと判断したのだ。

 

 「とにかく駄目だ」

 

 そう言う阿多妃だが、その顔はその娘が主上に相応しくないというような表情ではない。

 まるで娘を想う母のような、自分を投影するような……言葉で表すには難しい表情だ。

 

 「あっ、返せ」

 

 珍しく苛立ちを顕にしていた主上が阿多妃の手からその姿絵を奪い取る。

 

 「この娘にする、二日後だ」

 

 「は、はっ。御意に」

 

 突拍子もない展開に壬氏も仮面が剥がれてしまった。

 

 「興が冷めた」

 

 そう言い残すと主上は去ってしまう。それを追って壬氏もその場を後にする。

 

 残された阿多妃は肘をついた手で顔を支えて俯いていた。

 




曇る阿多さまとノスタル爺壬氏さま。
猫猫に出会う前の壬氏さまって必死過ぎて主上に無理言ってそうだなぁと思って書きました。いや、出会った後の方がめちゃくちゃしているかもしれないですけど……。

直接的な表現は可能な限り避けました、ゆるして。
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