アニメ勢でも察しが良い方なら問題ない程度とは思いますがお気をつけください。
──公務に身が入らないご様子で。
壬氏の従者として後宮にいた
雷が落ちたように荒れる後宮を平定すべく奔走する主も心配ではあるが物事には優先度がある。
(私は何も聞いていないのですが)
心当たりがあるとすれば主上、
気苦労で日々深くなってしまっている気がする眉間の皺をほぐすように揉む。
「随分と滞っておられる様子で。何かございましたか?」
「高順か」
威厳のある皇帝然とした声だ、だが平時と比べやや覇気が無いように思える。
机の上の、山ほど積み上げられた書類に埋もれる帝が大きなため息をついた。
「阿多を怒らせたかもしれん」
どうやら不調の原因は顔色を見てわかる通りの睡眠不足ではなかったらしい。
しかし、あの阿多妃が怒りを露わにするだろうか。
傍系とはいえ帝の血筋に仕える『
それに主上と阿多妃も寄り添って非常に長い、子供でもないのだからここまで思い悩むような喧嘩をするとは思えない。
再び大きく息を吐く主上。
なるほど、これは重傷だ。現在帝のお付きをしている『馬』の者がわざわざ高順を呼んだ理由もわかる。
「何があったのか、お聞かせ願えますでしょうか」
「正直に言えばいい。朕が何をしたのか、とな」
「まさかそんな」
──ご自分を責めるような物言いをなさる。
冷たくなった茶を飲んだ主上は一呼吸おいて話し始めた。
「石榴宮に通った晩のことだ」
*
「つまり、憩いの時を邪魔してまで女官を宛がおうとする壬氏様と、それに加担する阿多妃に我慢ならなかったと」
「あぁ」
苦労性の高順の胃に穴が開く。
今の主は壬氏だが、その前は主上に仕えていた。双方の行動に理解を出来てしまう故に板挟みとなる。
自身の能力と出生を疑う壬氏は皇位を望まない、だから身代わりの皇子を切望する。
主上は皇帝という激務をよく理解しているため、息の抜ける
だからこそ至宝の一時に水を差されただけでなく、壬氏の行動の片棒を担ぐ阿多妃に
(壬氏様が主上のお気持ちに疎いとしても、主上は壬氏様のことをよく理解しておられるはず。ならば事が大きくなったのは主上と阿多妃の間に軋轢が生まれたからと考えられますが)
高順の推測は正しいのだが、材料が足りず答えまでたどり着くことは無い。いくら幼馴染相手だとしても帝がそれ以上を語らないからだ。
「阿多妃とお話しすべきかと」
「合わせる顔がない」
「とおっしゃいますと?」
「阿多が贔屓にする娘に無体を働いてしまった、阿多は怒り狂っておるだろうな」
今朝の後宮での騒動のことだ。今頃壬氏は上級妃たちに呼び出され、騒動の中心となった妃のことについて腹を探られている。
初夜にもかかわらず言葉通り一夜を過ごし朝帰りなど前代未聞だ。それは政治的にも、人としても問題だらけである。
もし、今この場に将来台風の目となる
かくいう高順も既婚とはいえ娘がいるので内心歪む。
もっとも、話題の娘である
「差し出がましいですが、今後暫く、その妃のもとへと通わないことが一番かと」
「ううむ……」
高順は無難な提案をするのだが帝の返事の歯切れが悪い。
主上は慈悲深いが公私は分けるお方だ。
「まさか、私情ですか?」
「……違う」
「失礼いたしました」
高順は言葉の通りに受け取ることしかできない。
だがその妃を好意的に捉えていることは間違いなさそうだ。
主上の人を見る目は確かだ、まさか帝を女に溺れさせる悪女ではあるまい。
「これを読め」
主上が引き出しから取り出したのは一冊の報告書だった。
「影に調べさせた、徐の当時の悪名は有名だからな」
影とは『馬』と同じく皇族に従う『巳』の一族のことで、諜報活動を専門とする。
表の『馬』、裏の『巳』と見ればわかりやすい。
「徐の一族が中央から一斉に姿を消したのは今から二十七年前でしたか。その時私は八つなので碌に覚えていませんね」
「朕も六つだ」
だから巳を使ったのだ、主上はこういう所に抜け目はない。
冊子はとても薄いものだがそれは仕方がない、
高順は一頁ずつ目を通していく。
以下抜粋
十三で徐の養女となる。
それまでは商家の娘、
幼いころから英才教育を受けており、特に十になってからは一人の商人として実父について全国を回っていた。
(本当なら相当な才女)
阿多妃が、そしておそらく主上も気に入っているなら嘘ではないらしい。
「その、徐は信用できるのでしょうか」
高順は言葉を選ぼうとして諦める。現在は凋落したとはいえ警戒しなければならない家なのは違いない。
「朕を上回る傑物でない限りあの娘に下心はない。十三で養女となって今十五ならば家への帰属意識も薄いだろうしな」
それに、と主上は続ける。
「たとえ悪意があったとしても多少なら構わん。徐は血を継ぐ者が少ない、大した脅威にはなりえん。寧ろ力をつけてもらったほうが助かる。『子』を牽制できるからな」
『子』とは、都の北に位置する子北州を治める名持ちの一族の事だ。特にその長であり、上級官僚である子昌は狸と呼ばれるほどの老獪さを持ち、先の時代の女帝に気に入られていたため非常に強い力を持つ。
主上はその子昌を無下にできない、目の上のたんこぶなのだ。
ではなぜそんな権力を持つ名家に対して零細の徐家が牽制になるのか、それは地理が関係している。
先ほどいった通り『子』の治める子北州は都の北にある、そしてその子北州のさらに北にあるのが北峰州なのだ。
中央と北峰州につながりが生まれれば子北州は挟まれる形になる。そうなれば今まで通りには動きにくくなるだろう。別に『子』と事を構えるつもりなどないが、僅かでも不自由になってもらわねば困る。
抑えつつも縛り付けない。徐家は丁度良かった。
「どうせこの娘を切ったところであやつはまた新たに妃を推薦してくるのだろう?ならば徐の娘を飼い慣らすほうが利になる」
主上はにやついた表情を浮かべた。
(これが本音なのでしょうね)
徐を『子』の対抗馬として担ぎ上げる利点は確かにあるが、そうしたところで大局は変わらない。それがわからない主上ではなかろうにこれだけの理由を並べるとすれば、余程その妃に価値を見出しているらしい。
(阿多妃と相性が良ければ、主上とも相性が良い。ということでしょうか)
多忙を極める主上を癒せるものなら、毒以外であれば何でも良い。たとえ十五の娘であっても。
いや、それは幼すぎやしないだろうかと高順は遠い目をする。
さて、主上の考えることはわかった。しかし肝心なことが一切解決していない。
「ところで、阿多妃はどうなさるのですか?」
「……後日訪ねる」
果たして、阿多のことになれば不器用になる帝が、こんな調子で仲違いを解消できるのか。
先はほんのり暗い。
壬氏可愛さで帝を挑発するも隠れていた地雷を踏んだ阿多VS
甘えの延長の癇癪で阿多のトラウマをほじくり返して後悔する主上VS
悲しいかな元凶になってしまった壬氏VS
何も知らないのに一晩中抱かれたという事実が残った一般妃
11話の反響が大きくてびっくりしました。皆さんお好きですね、私も大好きです。癖を大公開してよかった。