TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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13 心労の絶えない職場です

 

 

 

 

 その日、後宮に激震が走った。

 まだ起きている人間が少ない早朝も早朝に、隠れるように後宮を出る帝を見たという噂がたったのだ。

 

 『今通ったのって……だよな?こんな時間に、って今まであったか?』

 

 『血の雨が降るかもしれんな。くわばらくわばら』

 

 夜警の終わり際で気の緩んだ門番たちの会話を聞いてしまった数人の下女がその噂の出どころだった。

 後宮という閉鎖的な社会で娯楽に飢えたその女官たちは面白おかしく(さえず)る。すわ新たな寵妃の誕生と。

 彼女たちは軽い気持ちで聞いた話を伝播させていくのだが、火のない所に煙は立たぬとはよく言ったもので、部分的に事実である為、火種に油瓶をひっくり返したようにあっという間に燃え広がった。

 

 その反応は様々だ。情報を精査しどう抱き込むか考えるしたたかな胡姫、攻撃的になる侍女を諫め静観を決めた尊い血筋の桔梗の大輪、好き勝手噂を盛る侍女の話声を聞いて赤くなったり青くなったり忙しい齢十三の幼姫、暗い部屋で酒の入った瓢箪片手に唇を嚙む男装の麗人。

 そして貴妃、賢妃の妊娠中の事なので愛憎物語のように楽しむ者が大勢。

 

 上級妃には上級妃たる理由がある、慎重に動くだろう。

 問題なのは野心のある、だが帝に相手にされない上級女官たちと、噂に悪意なく悪意を孕ませる下女たちだ。

 

 *

 

 (それにしても、主上がお帰りになってまだ四刻(8時間)過ぎたくらいだというのにこの広まり様。舐めてたな)

 

 昼前に起き、手早く身を清めて着替えた魅音(ミオン)は朝のうちに起こったことを若汐(ルオシー)から気が進まない様子で聞いていた。

 新参者にお渡りという時点である程度は想定していたが、現状は最悪と言っていい。

 

 「あ」

 

 遅い朝餉の検品をしていた若汐が声を上げて(スープ)をかき混ぜていた箸を上にあげる。

 箸には小指の先ほどのお粗末な針が挟まれていた。

 

 魅音は目をつむり鼻でゆっくり大きく呼吸をし、明確な害意を目の当たりにして動揺する心を落ち着かせる。

 針はガタガタだが、先はよく尖っている。もしこれを口にいれたまま咀嚼したら?何かの間違いで飲み込んでしまったら?

 後宮という魔窟にいる女でこんなものに引っかかる間抜けは滅多にいない。帰らぬ人になれば儲けものの脅しに過ぎない。

 

 「手が早いですねぇ」

 

 若汐の言うとおりだ。普段食事を用意している(ジン)を休ませて、尚食に依頼して届けてもらった物のため幾らでも人の手が加えられるが、一食目から仕込んでくるとは素晴らしい行動力の持ち主である。

 

 「恐らく猛毒は盛られていませんが、召し上がらないほうがいいと思います。にしてもこんなに沢山の品目の料理なんて北じゃ考えられないのに捨てないといけないなんて勿体無いですね」

 

 「若汐が言ったのだから食べちゃだめよ」

 

 「食べませんよー!お腹下したくありませんもん」

 

 よだれを垂らした犬を幻視させる若汐に釘を刺す。

 とても美味しそうだが下剤が盛られているらしい。なんて罰当たりな、と思うのは日本人の魂からか、中央のように何でも集まるわけではない北の辺境育ちだからか。捨てられる食べ物たちに罪悪感が湧く。

 

 (どうしてこうなった)

 

 入内から二ヵ月足らずで受難に見舞われるなんてそうそうない。それに全ての元凶が帝だから苛立ちをぶつける相手もいないわけで、この理不尽を受け入れるしかなかった。

 不運だった、それに尽きる。

 魅音はぺしりと己の両頬を叩いた。いつからかこれが気合を入れるときのお決まり(ルーティン)になっている。

 

 「外に出るわよ」

 

 「うぇ!?あのその今はあまり……お食事もまだですし」

 

 立ち上がりながらそういう魅音に若汐は蛙をつぶしたような声を出して身構える。またいつもの無茶ぶりだと思っているのだろう。

 今回に限っては必要なことなので無茶ぶりというわけではないが、危ない橋であることには変わりないので否定はしない。悪いと思うが笑顔でごり押しする。若汐に勝ち目の無い根気勝負だ。

 そう時間もたたず若汐は白旗を上げる。

 

 「何かお考えがあるのですね?」

 

 こくりと頷く。

 

 「わかりました、護りはお任せください。ですがその前に何か召し上がってください、軽食でも貰ってきますから」

 

 気を引き締めて真剣な面持ちになった若汐に、くるると可愛らしく魅音の胃袋が返事する。一食くらい抜いても良いのだが昨晩の運動のせいで空腹に耐えられそうにない。

 

 (けど時間がなぁ)

 

 尚食に貰いに行って帰ってきて食べてから出かけるのでは時間がかかりすぎる。もう太陽は天辺を超えているのだ。

 

 (仕方ない、背に腹は代えられないし)

 

 魅音は一つの籠を開ける。中には月餅が入っていた。

 昨日、早々に酔ってしまったことで甘味までたどり着かなかったため、手を付けることがなく残されたものである。

 軽食としては丁度いい。しかしなぜ背に腹は代えられないと表現するのかというと。

 

 「(ジン)には内緒よ」

 

 「勿論です。もし一食を点心(おやつ)で済ましたと知られたら」

 

 急に部屋が冷えた気がして、二人揃って身震いする。

 周りを見渡すが静の姿はない、まだ眠っているようで胸を撫で下ろす。

 

 結託して隠ぺいしようとするものの、食に並々ならぬ拘りを持つあの侍女にはきっとばれるに違いない。その時は一緒に怒られよう。若汐だけに責めを負わせるのは卑怯だ。

 

 「さて、行きましょうか」

 

 ぺろりと平らげた魅音は安全な自室を出て、業火の中へと踏み出した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「んー陽光が気持ちいい」

 

 朗らかな秋の陽気に青い空と白い雲、薄衣のように柔らかな風が流れて肌を撫でる、まさに極上の晴れだ。

 魅音たちを遠巻きに見ながら呪詛を吐く外野さえいなければ。

 

 (おーおー、好き勝手言ってくれちゃって)

 

 「やはりこうなりますよね。女官の神経を逆なでしているだけのように思えますが、これが魅音さまの策ですか?」

 

 全方位からぶつけられる悪意に無意識に体が反応してしまい、不安そうに小声で話す若汐に耳打ちをする。

 

 「耳を澄ましてみなさい」

 

 聴覚に集中するために目を閉じると風に乗って内緒話が届く。

 

 『あれが主上さまを誑かした悪女

  体で取り入ったってわけね

  足腰立たないって話じゃなかった?ピンピンとしてるけど

  じゃあ朝までっていうのは(ガセ)

  だとしても見せつけるようで気にくわない』

 

 まとめるとこんな感じだろうか。

 

 「肝は全て噂に過ぎないって事よ」

 

 魅音は持論を展開する。

 噂の種は門番の会話であり裏取りもされておらず、噂自体が生きた状態だ。なら毎秒変異し続ける噂に細工してしまえばいい。

 増長する悪意の核は朝まで愛されるほどの寵愛を受け、後宮の力関係(パワーバランス)を揺るがしかねない妃の誕生という所である。

 幾ら何でもこんな称号は看過できないので、噂通りなら丸一日部屋から出ないはずと思いこむ人々に元気な姿を見せ、噂の一部を疑うように仕向ける。人は信じたいものを信じようとするものだ。良かった、朝帰りは嘘か、という風に。

 

 これで『主上のお通りを自慢する嫌な妃』という過去に例のあるありふれた噂に早変わりだ。

 ただ、元の噂が憎たらしいことに事実ではあるので賭けではあった。医局に提出された閨記録が漏洩しない限り大丈夫だろうが……。

 

 「はぁつまり致命傷を避けたということでしょうか」

 

 主な目的はその通りではあるが、一方的に損じゃないか。

 だから魅音は嫌われ者になることが避けられないのならば、敵を見定めようと考えていた。

 魅音の、北峰州の目的を考えれば敵を作ることは不可避ではあった、その為これは早いか遅いかの違いでしかない。

 寵妃は悪意に晒されずに生き残るなんて都合の良いことはあり得ないのだから。清濁併せ呑む胆力がなければ死ぬだけである。

 

 「いい?私達を見る者の顔をよく覚えなさい」

 

 「わかりました」

 

 「よろしい」

 

 魅音たちは人の顔を脳に焼き付けながらいつもの散歩道を歩き始める。

 

 

 *

 

 

 (阿多さまはいらっしゃらない、いつもより遅い時間だし当然か)

 

 道中数多の毒矢を受けながら例の北の四阿(あずまや)に着いた魅音は、人の目がないことを確認して脱力する。

 

 「想像以上に大物がいたわね」

 

 「そうですね、梨花妃の侍女には驚きました」

 

 それだけではない、阿多妃の派閥に属する女官も居た。

 

 魅音は一気に気を落とす。

 考えてみれば当たり前のことではあった。片やお褥滑りの声が上がる古株の妃、片や新鋭の寵妃候補。阿多妃の周囲が警戒しないわけがない。

 

 (阿多さまとは対立したくないなぁ、今日居ないのもそれが理由だったりして)

 

 分け隔てなく接してくれた阿多妃も四夫人という立場がある。今の魅音に会うことは侍女たちに猛反対を受けているだろう。

 

 とはいえあの聡明で豪胆な阿多妃のことだ。噂を鵜吞みにせず、ほとぼりが冷めたころにまた会ってくれるはず。

 

 (また明日、明日がだめなら明後日。通っていればいつか会えるはず。少し話したいこともあるし)

 

 あの時の、魅音を映さない主上の瞳を思い出しながら、心の支えになっていた阿多妃とのお茶会もどきに思いを馳せた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 「おはよう、この荷物は?」

 

 「おはようございます。主上様からの贈り物だそうですよ」

 

 自室に帰ってみれば目を覚ました静が見覚えのない籠を抱えていた。ついさっき宦官が届けてくれたらしい。

 帝から褒美を頂けるなんて余程功を上げた武官でもない限りない、寵を授かった妃の特権とも言える。

 

 天上人が選ぶものは一体どんなものなのか、気になる魅音は手をわきわきさせて籠に手をかけようとするが、その前に一つの巻物を差し出される。

 

 「これは?」

 

 「これも主上様からだそうで、目を通すならばこちらからかと」

 

 静に手渡された巻物をくるくると開いて読む。その内容は賞与、つまり与えられる金額が書かれてあったのだが、魅音は目をこすって何度も数えなおす。

 

 「ろ、禄より一桁多い……」

 

 下級妃も女官である為給金が発生する、しかしそこに記されていたものは禄をはるかに超える巨額だった。

 ぽつりとこぼした金額に侍女たちも恐れおおのく。

 

 まるで金で買われたみたいで気分が良くないが、褒美に金子が与えられるのはよくあることだという。大きな家には関係ないだろうが妃という立場はとにかく金がかかる。

 だから喜ばれる品の一つであった。

 ただ、言った通りにその額が不相応だ。おそらく主上には何かしらの意図があるのだろうが。

 

 (手切れ金?いや、謝意の方がしっくりくる)

 

 流石の主上も悪いと思っているのだと受け取る。たまたま魅音だったから何事もなかっただけで、人によっては立派な暴行だった。

 

 (皇帝って大変なんだなぁ。悪いと思っていても謝れない、謝ることを許されない)

 

 皇帝という立場はとにかく威厳が大事ということだ。

 しかしどうにも主上が可哀そうに思えてくる。帝を憐れむことも不敬な気がするので口にすることは無いけれども。

 

 それはそれとして棚ぼたで手にいれた大金を何に使おうか。やはり最初は故郷への還元だろう。公の立場で(ジョウ)商会から装飾品を取り寄せるなんてどうだ、いい考えじゃないか。

 自由に使えるお金に浮かれていた魅音だったが、主上からの贈り物がまだあったことを思い出す。

 

 「そういえば籠の中身はなにかしら……碁?」

 

 碁盤と二つの碁笥が入っていた。見るからに魅音が持っているものよりも品質がいい。

 恐る恐る石を確認すると、嫌な予感が的中した。

 

 「一体いくらするんだよこれ」

 

 つい素が漏れてしまった。静が咳払いをするので背筋を伸ばす。

 その碁石は白も黒も瑪瑙で出来ていた。統一された色味と均一に加工された見事な職人芸は恐ろしい値が付くだろう。

 それこそ帝に献上されるような……。

 

 (あれ、底にまだ何かある)

 

 碁の指南書だった、それもあの棋聖の著書である。

 左手に指南書、右手で一式を指さしながら侍女たちに問う。

 

 「これってどう意味だと思う」

 

 「対局のお誘いでしょうか」

 

 「そうよねぇ」

 

 二度目のお通りの匂わせの可能性が高い。けれども前のように喜ばしい空気は流れない。

 

 (どうもこうもうまくいかないなぁ)

 

 折角の工作活動がその日のうちに破綻しかけている。もし噂が下火になる前に再びの訪問があれば今後の後宮生活が暗雲に包まれてしまう。だから素直に喜べない。

 しかし、どんなに苦しい状況に置かれるようになったとしても帝の意思は天の意思故受け入れるしか道はない。

 主上が女の争いを計算に入れてくれていることを願うばかりだ。

 

 なんにせよ魅音は受けに回ることしかできないので今できることをする。

 人によっては家宝にもなる棋聖の指南書を食い入るように読む。控えめに言って魅音の碁の腕は下の上程度、主上と渡り合えるわけもなく。

 

 空いている時間は全て碁につぎ込むことになった魅音だった。

 

 

  

 

 




書き直しても書き直しても重い空気が変わらない。諦めて投稿しました。
次回、たぶんもろもろ解決編
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