突然だが壬猫という言葉を知っているだろうか?
美貌の宦官壬氏様と薬屋猫猫の
単行本全14巻を揃えていた当小説の主人公、彼女いや彼もまた壬猫の虜となった者の一人である。
そんな彼の前世の思い残しは遺した家族と、彼の人生では未完に終わった『薬屋のひとりごと』と壬猫の結末であった。
自室の寝台に腰掛けながらウンウンと呟く彼女は悩んでいるのだろう、薬屋世界に転生した幸運と商家で育った娘の使命を天秤にかけて。
「よし、決めた」
決意を新たにした面差しで立ち上がり宣言する。
きっと今度こそ家族を大事にするのだろう。親不孝の悲しみを彼はこれでもかというほど知っているのだから。
「出奔して中央で壬氏様の侍女になる」
前言撤回。三児の魂百まで。彼女は齢六つにして親を泣かせる決断をしたのであった。
* * *
「出奔!?侍女!?」
そう叫ぶのはこの家の大黒柱、
「はい、パパ。私は中央に行き一人で身を立てます」
再び父の目を見、唇を引き締めて言う。しかし、帰ってきたのは大笑いだった。たっぷりと蓄えた肉が自由に暴れまわっている。
あまりの笑いっぷりに、ばかにされたような気がしてつい半目になり、父を睨みつける。
そんな娘の不機嫌を感じ取ったのだろう。雲嵐は緩んだ面を慌てて真顔に戻し、しかし口角は上げながら口を開く。
「すまんすまん、怒らないでおくれ我が姫よ。何もその野望に笑ったわけじゃない。私は商人だ、挑戦は大好きさ。辺境から飛び出て中央だなんて浪漫じゃないか。何処で知ったかわからないがその夢に投資しようじゃないか。もっとも条件はあるがね」
余りにも意外な反応だった。想像もしてなかったその言葉に呆気をとられる。きっと今俺は間抜けな顔をさらしているのだろう。
そんな娘を見てか妙に満足そうな表情の父。そして、
しかしなぁ……
と呟き、プルプルと揺れる顎肉を触りながら話を続ける。
「出奔なんぞして侍女になれると思ったのか。身分証明はどうするつもりだったのだ?」
「え゛」
侍女というのは後見人が必要らしかった。考えてみればそうだ、名家の御人に仕えるにあたって何処の鼠かわからぬ者を雇うわけがない。
「は、恥ずかしい……」
あんなに息巻いて、あんなに失礼なことを言って、器の広さを見せつけられたのだ。顔を覆いたくなる。
「さぁ、そうと決まればやるべきことは山盛りだぞ。作法に方言の矯正、あぁ官女試験の勉強もいいな」
「でも、そうだなお前はまだ六歳、時間はたっぷりあるんだ。どうだ父の仕事を学んでみないか」
優しい声だった。抱いていた決意も、反抗心も決壊し、気がつけば駆け出して父のその豊かな腹に頭を埋め泣きじゃくる。
「
大きな肉厚の手で髪を梳きながら頭をなでてくれる。安心感を与えてくれる暖かさと包容力に溢れる涙は留まる処を知らず四半刻泣き続け、力尽きたのだろう。父の上で穏やかな寝顔をしていた。
こうして六(+20)歳のお子さまは四十になるデキる男の父性に完全敗北した。
彼女は語る。この日ようやく心の底から本当の家族に成れたのだと。
* * *
日の出とともに目を覚まし、身なりを整え朝餉は簡単に済まし父の待つ執務室へ直行する。
僅かな光しか入らない仄暗い部屋。両脇の壁は一面戸棚でありそれは本で埋め尽くされていた。資料庫を兼ねる執務室は日に焼けることを嫌いこのような造りになっているのだろう。
部屋の主は仕立の良い椅子に座していた。
その姿は普段の豚のような愛らしさではない、商機を逃さんとす歴戦の商人であり、背後に獅子を幻想させる気迫があった。
糸を張り詰めたような緊張感の中改めて決意は固いかと問われる。
父の声には
それからは怒涛の日々だった。
何故なら家に囚われない自由の為に提示された条件が「十五になるまでに父の右腕になる」という
――なにが『時間はたっぷりある』だ!一刻も無駄にできないじゃないか!
彼は手始めにこの商会について知ることにした。父に許可をとり戸棚から一冊無作為に抜き取り読み込む。
想像していた内容と違った。どうやら西都についてまとめられた書物のようだった。本当は商業記録が見たかったのだがそんな大切なものはあの鍵のかかった棚の中だろう。当然開けてもらえるわけがない。
息をつきながら手元に目を戻す。西都の為政者や気候、植生に民達の風俗に関してこと細やかに記されていた。そのときピンと勘が働きまた一冊持ち出す。『南部五』表紙にはそれのみだった。
まさかと思い、この部屋の主を見る。竹簡を読み進め、つらつらと書き記す仕草に淀みはない。
きっとこの数百では済まない資料は全て頭に入っているのだろう。
――急いては事をし損じる、か
彼は西都に関する本を両手で抱え
その後はぺらりぺらりと一頁ずつ捲る音だけがしていた。
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「おい小僧、会長殿に定期報告に行くぞ。お前もついてこい」
「えっ、あっ、はい!」
彼は彫金細工を生業にする技士。十の頃に親方に弟子入し早九年になる。
半人前と罵られ、ただひたすら技を磨く日々。当然雇い主の顔を見たこともない。だが今日はなんと親方が彼を連れて行くといったじゃないか。
親方が己を認めてくれたのだろうか。と気持ちがはやる。
「いいか、失礼なことをするんじゃないぞ。それに今回は
商館への道すがら親方が忠告するが彼の耳にはあまり入っていなかった。完全に浮かれていたのだ。
とうとう着く。白を基調としたその館は外国かぶれで奇妙だが実に見事だった。ささやかな庭を通って玄関をまたぐ、そして応接間の前に立ち、お互いに身なりを確認して扉を開けた。
質素なしかし物の良い調度品で整えられたその部屋には一組の男女がいた。
質の良い衣に包まれた蛙のような男と、何故か子供服を着た女。
彼は十の時から男世帯に缶詰であり、技術磨き一筋の真っ直ぐな男だった。そんな彼の脳が沸騰してしまった。
「け、結婚してください!」
あ……とその瞬間冷水を被ったように彼は冷静になった。親方が言っていただろう、ご息女が同席すると。
恐る恐ると下げた頭を上げながらちらりと、たった今
今から起こることに恐れガタガタ震えていると珠のような声が響く。
「ありがとう。でもごめんなさいね、私お父様と結婚するの」
そう爆弾発言をしながらご息女は父親の腕に腕を絡める。
「め、美玲?わ、わかった、大切にするからなぁ!」
初めてそんな事を言われたのだろうか、完璧だった仮面が跡形もなく壊れご息女を抱きしめていた。
ご息女も満更ではなかったのだろうが流石に鬱陶しかったらしく両手で押し返す。
「お父様落ち着いて。当然、冗談ですよ冗談」
そう言った彼女は腕を伸ばしたその姿勢のまま彼の方に顔を向け、何処かごまかすように
彼には猛毒だった。ぽんと弾けるように真っ赤になり鼻からどろりと何かが大量に溢れる。視界が暗くなっていく彼が最後に見たのはその場にいる三人の慌てた顔だった。
後日、彼はこってりと親方に締められていた。娘の言葉を引き出したことを評価され何か罰があった訳では無いのが救いである。
だが彼にはそれ以上に頭が痛い理由があった。あの日の出来事が兄弟子、弟弟子全てにバレたらしく、毎日のようにからかわれる。
今日も遊ばれるのだろう。そんな彼の仇名は
* * *
[小噺]
周商館には名所がある。それは執務室である。
仕事をする父親から片時も離れたくない
従業員は何かと理由をつけその光景を一目見ようとする。
やれ茶だとか菓子だとか貢物をすると麗しの幼女が微笑んでくれるのだ。
しかし、彼曰くわざわざ執務室に引きこもっているのは
中央から呼び寄せた自称
親父趣味TS娘一丁あがり
十歳美玲ちゃんの身長の内訳です
早熟の本体135cm+見栄張り厚底靴5cm=140cm