TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

20 / 28
19 流通の中心、天下の台所

 

 

 

 

 

 時を少し遡って晩冬、ここは帝の執務室。

 

 今日も今日とて帝は執務にあたっていた。

 人の使い方を心得ている帝は抱える仕事を信を置く者に振り分け、決して無理をしない。

 振り分けられる先の一つである壬氏はたまったものではないが、他人に丸投げしない壬氏の生真面目すぎる気質が悪い。時折睡眠不足から気だるく悩ましい色気を出すものだから付き人が困っているらしい。そんな人を狂わせる壬氏を部屋から出すわけにはいかず仕事が滞るという悪循環に陥ることがあるとか。

 

 可能な限り負担を軽減している帝ではあるが、それでも帝にしかできない仕事が多く、厄介ごとが舞い込んでしまうと手が足りなくなるのが実情である。

 

 その厄介事とは、例えばそう。

 

羅漢(ラカン)か」

 

 帝の執務室に入ってきたのはにやついた狐顔の四十路の男と付き人の優男だ。

 

 (カン)羅漢(ラカン)

 大尉の位につく、この国の軍部の最高幹部である男だが、なよなよとした体は軍人らしくない。

 それもそうで彼は武を磨いて今の地位にいるわけではなく、他の追随を許さぬ頭脳と策謀で現在に至るのだ。

 名門の生まれと言えど家の威光だけで成り上がるわけもなく、出世街道を駆け上る当時のすべてを返り討ちにする鬼気迫った様は恨みを買うと同時に恐れを抱かせ、羅漢だけは敵に回すなと暗黙の了解が出来上がるほどであった。

 

 が、帝の目の前にいる男は話に聞くような覇気は纏っていない。

 時代が時代なら太公望と呼ばれたであろう才気に溢れた男であるが、その生来の気質は変わり者だった。

 

「喉が渇いた」

 

「主上の御前です。我慢してください」

 

 天は二物を与えないようで、稀代の鬼才であると同時に稀代の変人でもあった。

 興味があるのは碁と将棋と『噂話』。普段の振る舞いは昼行燈であるのに動くときは鬼神のごとく。

 この男が能動的に歩いた後はぺんぺん草も生えない。滅多にそんなことは無いが。

 

「最近の主上は非常に感覚が鋭い。まるで未来が見えているようですなぁ。

 いやはや、流石はこの(リー)を統べし天子たるあなた様。

 そういえば新しく主上が寵愛なさるようになったお妃様は稀に見る才女だとか。

 賢い女はいい、主上もそう思いませんか」

 

 一体どこで魅音(ミオン)のことを嗅ぎつけたのやら。

 ()()羅漢がわざわざ面倒な面会の申し込みをしてまで帝の元まで足を運んだ。そのなんとも情けない事実が羅漢の確信したような自信を裏付ける。

 

 羅漢という男は常人では目にも入らないような小さな情報から真相にたどり着く。

 闇に潜む悪事から山に埋もれた優秀な人材まで、力尽くで暴いてしまうのだ。

 そんな羅漢に魅音は目を付けられてしまった。厄介極まりない。

 

 鬱陶しいのなら追い出してやればいいのだが、帝は羅漢に対して借りがあった。

 十年近く前の事、まだ東宮であった現帝は祖母である女帝とよく衝突していた。

 年を取りすぎたのか耄碌した女帝は政を預けられる容態ではなかった。そんな女帝を諫めることができる、許されるのは東宮であった現帝のみ。

 しかし老いても苛烈で傑物だった女帝だ。若い東宮が相手どるには荷が勝ちすぎる。それにその女帝ですら御せなかった甘い汁を啜るコバンザメどもまで敵対した。

 

 八方ふさがりに思えた悩める東宮であったが救いの手が差し伸べられる。

 それが羅漢だった。

 羅漢にも狙いがあったのだろう。本来の無気力さは鳴りを潜め、能力を遺憾なく発揮し、一騎当千の働きをした。

 そのおかげあって女帝を表舞台から引かせることに成功し戴冠に憂いがなくなったのだ。

 もし羅漢の助力が無かったらなど考えたくもない。

 そして敵に回したくないとも帝に強く思わせた。

 

「確かにいい女だ。で、何が言いたい」

 

「一目見てみたいと思いまして」

 

「生憎妃が後宮から出ることは叶わん。それともなんだ、お前が後宮に入るか?」

 

 男が後宮に入る。それは即ち大事なものをちょん切るということである。

 まぁ皇太后の働きによって宦官になるための手術は禁止されているので冗談(嫌味)に過ぎない。

 

「春の園遊会に出席させる、というのはどうでしょう」

 

 羅漢は痛いのは嫌だぁとしょぼくれながらそう言った。

 帝の苦言は届いていない。

 

 春の園遊会は通例どおりなら貴妃と賢妃が出席する。しかし二人とも出産直後ということで見送られていた。代わりに徳妃と淑妃が出ることになっている。

 

「無理に決まっておろう......」

 

 帝はほとほと呆れていた。

 

 園遊会に出られるのは正一品(しょういっぽん)の妃のみだ。

 いくら欠席者が出るといっても慣例を木っ端にしてまで中級妃をねじ込むなどあり得ない。

 帝は求心力を著しく損ない、妃は血の雨を見ることになる。

 

 上級妃を入れ替えろと言っているのだろうか。

 しかし四つの席はすべて埋まっている。家柄よく、子も成した貴妃と賢妃は確固たるものであるし、席を危ぶまれている徳妃と淑妃にしても誰よりも優先される帝の私情が関わっている。

 

「そもそもお前はいつも園遊会に出ないではないか」

 

「そうか、儂もでにゃならなくなるのか」

 

 それは嫌なのか興味を失ったように急におとなしくなる。

 汗を垂らしながら平素を取り繕っていた付き人の優男も安心したように息を吐く。

 羅漢のいうことはあまりにも危うかった。優男は生きた心地がしなかっただろう。

 

「なぜそんなにも妃一人に拘るというのだ」

 

 帝は最初から覚えていた違和感を言葉にする。

 繰り返すようだが()()羅漢である。

 宮廷の権力図に興味があるわけがない。身の程もわきまえず時勢の縮図ともいえる四夫人に口出しするだろうか。

 

 羅漢の考えは帝ですら理解できない。その慧眼は世界をどのように捉えているのか、人の範疇を軽々しく超えてほしくないものだ。

 

 顔を合わせたことすらない一人の女に羅漢は何を見出しているというのだろう。

 帝が問いかけるが羅漢ははて、という風に首をかしげる。

 そしてさも当然のように答えた。

 

「何をおっしゃるかと思えば。それは主上が一番分かっておられるのでは?」

 

 

* * *

 

 

「魅音さま出来上がりましたよ」

 

「まってました!」

 

 魅音は頬の近くで両手を合わせて花咲くように声を上げた。

 呪いに関する嫌疑をかけられる日々で流石に疲れを見せていたが、曇っていた表情が吹き飛んだ。

 

「本当にこれがお好きですね」

 

「北では食べられないもの、当然よ」

 

 魅音の熱量をみて微笑まそうにしている(ジン)が手に盆を持って歩いてくる。

 そこには昼時の軽食が載せられていた。

 

 大葉、茄子、南瓜、甘藷(さつまいも)秋葵(おくら)と様々な蔬菜が色とりどりなあられと黄色い衣でおめかししている。

 ぱちぱちと小さく油が跳ねており見るからに熱々の揚げたて出来立てである。

 

 そして極めつけは海老だ。

 野菜たちは車海老を引き立たせるために侍っているのだろう。中央に座すその姿は天麩羅の王であった。

 

 魅音は箸を取ると早速海老を持ち上げた。

 抹茶塩を振りかけて口に運ぶ。

 

 サクッと心地の良い音が弾けたかと思ったら海老のぷりぷりとした食感とうまみが魅音を襲う。

 

「はぁ美味しい」

 

 肩を小さく震わしながら幸せを噛みしめる。

 流通の問題で海鮮が食べられる場所というのは限られている。

 故郷で鮮魚と言えば小振りな川魚か大味な鯉であり海の幸とは縁遠かった。

 美玲(メイリン)だったころは都や沿岸部に寄るたびに魚介が食べられる店に行ったものだ。

 

「これを食べなきゃ夏は始まらないわね」

 

「先日お夜食にお出ししたはずでしたが口になさらなかったのですか?」

 

「えぇ、まぁ……」

 

 初物の海老の天麩羅を用意してもらったのは今日が今年初めてではない。

 つい最近主上がお越しになった時の軽食として用意したのが初回である。

 碁に興じる際につまみとしてお出ししたのだが、それを主上はいたく気に入られたらしく、魅音はつい遠慮してしまった。結果として各一つずつしか食べていない。

 

 皇帝ともなるとなかなか温かいものを食べることはできない、揚げ物に至っては食卓に上がるころには油が回ってしまうのでそもそも見る機会が少ないのだと聞いた。

 

 そういう訳で揚げたての天麩羅を主上に譲った魅音は満たされなかった欲のために再度作るよう静に頼んだのだった。

 

「そういうことでしたか。では次も同じものをお出ししましょうか?」

 

「そうね……ならついでに青魚を一品増やしてくれる?」

 

「かしこまりました」

 

 主上の好物を追加するように言づける。

 今の季節ならぎりぎりではあるが(サワラ)が旬だろう。

 ふわふわの白身は天麩羅にして間違いなしだ。

 しかし主上には少し脂が重いかもしれない。檸檬を添えてもらおうか。

 

 ぽつぽつと呟いていた魅音は視線を感じた。

 横を見てみると静が生暖かい眼で魅音を眺めていた。

 

 衣でもついているのだろうか。

 手鏡で口周りを確認するが綺麗だ。紅すら乱れていない。

 

 ではどうして?と椅子に座る魅音は立つ静を見上げる。 

 言いたいことが伝わったのか静が口を開く。

 

「仲睦まじくあられる。と思いまして心が温かくなってました」

 

「私が?」

 

「ええ、魅音さまと主上が」

 

 魅音の脳内に疑問符が浮かび上がる。

 

(私と主上が? うーん……)

 

 どうもピンとこない、仲睦まじいとはどういうことだろうか。

 魅音にとって仲の良い夫婦というのは前世の両親の事だった。

 恋愛の末に結ばれたおしどり夫婦。

 

 一方主上と魅音の関係と言えば皇帝と臣下だ。

 主上の事は尊敬しているが色づいた間柄ではないはずである。魅音はそう思っている。

 

 静は閨番になる機会が他の侍女に比べて多い。

 魅音と主上の会話を聞く回数も多いわけだが、そのやり取りが静には睦まじく感じたのだろうか。

 他愛の無い色気もへったくれもない語らいばかりだと思うのだが。

 

 困惑十割(100%)の魅音の顔を見て静は苦笑いをした。

 

「主上の好物を提案なさったのだって主上を想ってのことではないのですか?」

 

「それは、当然のことではないの?」

 

 なんせ皇帝だ。臣下なら行く先行く先の小石を取り除くものだろう。

 

「確かに当たり前のことではありますが、先ほどの主上を思いやる魅音さまの顔が乙女の顔に見えましたので」

 

(乙女の顔だぁ?)

 

 静の評は予想だにしなかったもので、魅音は鳩が豆鉄砲を食らったような反応をする。

 

 魅音は恋心というものがわからない。

 正確に言えば女性が男性に抱く一般的な性愛の理解が乏しかったのだ。

 男性だったころの魅音は異性愛(ヘテロ)の持ち主であった。

 だからと言って転生後女性に欲情することは無かったが、男性に惹かれるというのもわからなかった。

 

 だから魅音の結論はこれだった。

 

「静の気のせいではなくて?」

 

 静を否定する魅音だが、妙に態度がそっけない。

 

「ふふふ、そういうことにいたしましょうか」

 

 落ち着かない魅音は静から目を外し、無意識に左手で髪を耳にかける。

 露わになった耳輪は赤かった。

 

「ん、あまり甘くないわね」

 

 居た堪れなくなった空気を払拭するように南瓜と甘藷を口にする。

 まずいわけではないが物足りない。

 

「時期がまだ早いですから。秋ごろには甘くなりますよ」

 

「秋……まだまだ先ね」

 

 微妙なところではあるがまだ夏ではない。

 秋には少し遠かった。

 

(秋の前に夏か)

 

 盛夏を極めるころに、魅音は入内して一年を迎える。

 思い返してみればあっという間だと思った。

 色々起きすぎだ。商売で東奔西走していた頃より大変だったかもしれない。

 だがこれからもっと忙しくなるだろう。

 何ていったって猫猫(マオマオ)が来たのだ。

 恋を知る壬氏お坊ちゃまが楽しみである。

 

 熱いお茶で口の中に残る油を洗い流して一息つく。

 感傷に浸りながらもこの先の楽しみを夢想する。部屋に穏やかな時間が流れた。

 

 このまままた一日が終わると思っていたのだが。

 

(うん?)

 

「騒がしいですね。何かあったのでしょうか」

 

 喧騒が耳に届いた。

 女の喧嘩は日常茶飯事な後宮ではあるが、ここは寵妃の棟だ。そんなところの近くで騒ぎを起こすなんて命知らずであるので滅多に無い。

 

「私も行くわ」

 

 確認しようと部屋を出る静に付いて行くことにした。

 

 どうにも胸騒ぎがするのだ。

 

 

 

 




羅漢パッパのことは好きですが、強烈なキャラクターなのでトレースが難しい……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。