TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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22 猫猫、背中がうずく

 

 

 

 

(出世してしまったぁ)

 

 猫猫(マオマオ)は与えられた個室の寝台で大の字に寝転んでいた。

 石楠花(シャクナゲ)の枝に巻き付けた文からなんやかんやあって、無駄にキラキラと煌びやかな宦官に目を付けられてとあるお方の部屋付き侍女となったのだ。

 大人しく過ごしたかっただけなのにどんな因果だと嘆きたくなるが、愚痴を漏らしたところであれだけのことをしたのだから当然だろと突っ込まれるだけである。

 

 侍女となったが仕事を割り振ってもらえない猫猫は手持無沙汰に行李を開いて私物の管理をし始める。

 攫われ、売り飛ばされた上に下女が所狭しと寝る宿舎にいた猫猫に私物は殆ど無いが、その中には手入れが必要な繊細なものがあるのだ。

 

 猫猫は一つの小さな入れ物を行李から取り出して開いた。

 それの中身は軟膏であった。

 後宮に自生する薬草から作ったそれは道具が無かったからか十分に練られておらず粗が目立つ。

 しかしそれでもあかぎれに困らされる尚服の元同僚たちには喜ばれた。

 本当は宿舎に残してやりたがったが、これは品質に不安があるので猫猫が経過を診ながら処方していたのであげるわけにはいかなかった。

 

(管理不足で腐ったら大変だしなぁ。あと見つかったら面倒だし……)

 

 侍女となると多忙になって細やかに顔を見せられないだろうと欲しいと懇願する同僚を振り払ってきたのだが、ここまで暇なら問題なかったかもしれない。

 まぁ女官が薬を処方することは認められていないためどちらにせよ猫猫の手の届かないところに薬を残しておく気は無かった。

 

「猫猫ー! 玉葉(ギョクヨウ)さまが呼んでいらっしゃるわよ」

 

 軟膏の検品をしていた猫猫の耳に新しい同僚の桜花(インファ)の扉越しの明るい声が届く。

 

(毒見かな)

 

 猫猫が仕えることになった翡翠宮で唯一の仕事、毒見。

 普通なら死を覚悟して真っ青な顔で挑むその仕事に猫猫はいつも満面の笑みで臨む。

 寵妃の口に入るものだから毒があってほしいとは思わないが、毒が潜められている可能性は大いにあるわけで、何にもない後宮で毒を食めるかもしれないと猫猫は気分を高揚させるのだった。

 

 それに上級妃が口にする最高級の料理を食べられるというのも役得だ。

 

「はい。今行きます」

 

 返事をした猫猫は軟膏を手早く行李に片づけると立ち上がって桜花の元へと足を進める。

 

「猫猫……その顔はどうかしたほうがいいと思うわ……」

 

 毒を想像して緩んだ猫猫の顔は同僚には不評だった。

 

 

* * *

 

 

「呼びつけて悪いな」

 

「私に何用でしょうか」

 

 半目ですこぶる機嫌の悪そうな猫猫が睨むのは天女のような美貌の宦官壬氏である。

 黒い感情で毛を逆立てる猫のような猫猫と、天界の雲のような白さで心底よい笑顔を浮かべる壬氏の二人が相対して混沌(カオス)極まれりだ。

 壬氏の付き人である高順(ガオシュン)はいつものように額に手を当てて溜息をしていた。

 

 なぜ壬氏が普段仕事をする部屋に猫猫が呼び出されたかというとそれは少し時を遡る。

 

 桜花について翡翠宮の応接室に行ってみればそこにいたのだ。この御人が。

 玉葉様もいらっしゃったので玉葉様が呼んでいたというのは間違いではないのだが、猫猫に用があったのは壬氏だったらしい。

 

 猫猫は壬氏に良い感情を抱いていない。

 別に綺麗なものは嫌いじゃないが、傾国級の美貌を向けられると寒気がする。

 それに罠にはめるように猫猫をあぶりだしたこの腹黒の行いを根に持っているのである。

 

 とはいえ悪く思っているわけじゃない。

 美術品のように整った顔は人外染みているがその性格は意外と愉快で人っぽい。

 そして何より調薬をさせてくれる。

 媚薬として作らされた功克力(チョコレート)は一体何に使うのか知らないが猫猫には関係ないことだ。

 猫猫は調薬さえできればよかったのだ。実に現金なことである。

 

 ではどうして今猫猫がここまで壬氏を警戒しているかというと、壬氏の笑顔が腹黒状態(モード)だからだ。

 西方で信仰されるという天使にも似た純白の両翼を幻視させるような、透き通る満面の笑みに猫猫の面倒事検知器(センサー)はビンビンである。

 

「薬屋、これを見てくれないか」

 

 執務机に座る壬氏が引き出しから取り出したのは一本の紙の帯。

 それを猫猫に手渡した。

 

「紙の帯ですか?」

 

 随分としわくちゃだ、水に濡れたのだろう。

 しかし端の繊維から元は良質の紙だったことが分かる。

 

「裏返してみろ」

 

 壬氏の言った通りに裏面を見てみる。

 

(うーん? これは文字?)

 

 滲んで素直には読めないが字が書いてあるように見える。

 不自然な輪郭から恐らく崩し字で書かれたのだろう。

 わざわざ筆跡を誤魔化すような書き方に、間諜(スパイ)の暗号という不穏な考えが頭をよぎる。

 

「これがどうしたのですか?」

 

「読めないだろ?」

 

「はい、読めないです」

 

 意味のないやり取りをしながら猫猫は壬氏にその紙の帯を返す。

 

「これは水晶宮の庭の木に引っかかっていたものでな。見た通り読むことが困難だから解読に回していた」

 

 そういって壬氏はまたもや引き出しから、今度は一枚の紙を取り出した。

 

「これと同じ内容の紙の帯が十数枚水晶宮のありとあらゆる場所に括り付けられていたらしい」

 

(本題はこれか)

 

 壬氏の意地の悪い笑みが深くなる。

 愉快なことはどうやらその紙に書いてあるらしい。

 呆れながら解読された文章を読む猫猫だったが、一度目を通して固まってしまった。

 

『化粧品を一新せよ、さもなくば更なる呪いが降りかかるだろう』

 

(は?)

 

 猫猫が石楠花の枝に括り付けた文の内容と類似するものだった。しかし猫猫がしたためたものよりも何段も物騒である。

 これではもう脅しだ。

 

(まさか)

 

「これは私が書いたものではありません!」

 

 猫猫が疑われているのかと髪紐が弾けるように主張する。

 こんなものを一介の女官が送ったとなると罰は避けられない。

 養父にもその責が及ぶのは避けたかったし、何より全くの無関係な罪を被せられるのが我慢ならなかった。

 

「ふっ、くくく」

 

 沙汰を下すであろう壬氏に、誤解であると直訴しようと顔を上げた猫猫が目にしたのは壬氏の大笑いだった。

 

「薬屋を疑ってはいない。これが仕掛けられたのは一月も前らしいぞ。その頃お前はまだ下女だし、こんな上等な紙を入手などできないはずだ」

 

 笑い過ぎて目尻からこぼれ出る涙を拭いながら壬氏はそういった。

 

「物騒な書き方だが薬屋の警告と同じ内容だ。悪意を持った人間ではないだろうが水晶宮に忍び込んで脅しをするような人間を野放しにはできない。しかし手がかりが無くてな……」

 

「それでどうして私になるのですか?」

 

「これが仕掛けられたのは薬屋が文をしたためた日と同日の可能性が高い。それにここまで毒に詳しい人間が二人といるとも考えにくい。だからお前の知る人間だと思ったわけだ。一応聞いておくが協力者はいないな?」

 

 組織的な行動かと聞かれる。

 そりゃあまずはそれを疑うだろう。

 

「攫われてきた身ですよ。それに友人と言える人も少ないです」

 

「それは……すまないな」

 

 人攫いにかどわかされたことに対する謝罪か、友の少ないことを突いてしまったことに対する謝罪か。

 申し訳なさそうな壬氏を置いて猫猫は顎に手を当てて考え始めた。

 

(確かに私と同程度の知識のある人間が後宮にいるというのも怪しい。よしんば居たとしても同じ日に、同じ手段をとるなんて現実的じゃない)

 

 とすると猫猫の身近な人物の仕業と考えるのが自然だろう。

 猫猫は己が知る人物を上げていくがどれも違うと否定する。

 小蘭(シャオラン)は勿論違うし、他の顔見知りの下女の顔を思い返しても違うと断定できる。なんせ文字が読めないのだ。

 猫猫のように文字が読めることを隠している可能性もあるが、隠し事が得意そうな子もいなかった。

 

(じゃあ誰だ? 盗み聞きされたなら分かりようがないけれど)

 

 その時、閃きの様に幻聴が聞こえた。

 

『猫猫は呪いを信じていないの?』

 

「あ」

 

「どうした? 何か気付いたか?」

 

 一人、不自然な人物がいた。

 やたらと猫猫から呪いの話を聞き出そうとしていた女。明らかに知識階級の女。あの日以降一目もしていない女。友好関係の広い小蘭ですら知らなかった女。

 

「壬氏さま。後宮に勤める女官の名簿はありますか?」

 

「この部屋にあるぞ。高順」

 

 高順が山ほどの巻物を持ってきた。

 なにせ二千の女官を抱える後宮だ。妥当であろう。

 

「で、誰だ」

 

玲玲(リンリン)という下女を調べてください」

 

 

* * *

 

 

「本当にそんな女は居たのか? 名簿にないぞ」

 

 透明な人間が後宮にいる。

 それが確かなら大事件だ。壬氏は額に宝石のような汗を浮かべて巻物を精査していた。

 

(厄介なことになってしまったなぁ)

 

 あの女の名前が名簿になかった。

 正確には同名の者は何人かいたし、愛称が玲玲になりそうな者もいた。しかし特徴が合わないのだ。

 

五尺六寸(およそ170㎝)の高身長に赤にも見える珍しい琥珀色の虹彩。薬屋の見間違いじゃないだろうな」

 

「人の名前を覚えるのは苦手ですけど珍しいものは覚えますよ」

 

 こんなに目立つ特徴のあるなら書類上で見逃されようがないし、猫猫だって忘れない。

 後宮の全容を把握する壬氏でさえ心当たりがないと来たらもうお手上げだ。

 まさか女官全員を直接調べないといけないのか、二千だぞ。と、途方もない労力のいる力業の仕事が足音を立てて背後に迫ってくる。

 猫猫には関係ないが壬氏と高順の顔色が随分と悪くなってきた。

 

「特徴だけなら魅音(ミオン)妃なのだがなぁ」

 

 八方塞がりで重い空気の中、壬氏がそうつぶやいた。

 

(魅音妃ってだれだっけ)

 

「北方からいらした中級妃です。穏やかな美貌と豊かな肢体が特徴の寵妃ですね」

 

 名前から姿を連想できずにもやもやしていると、それを見抜いた高順が補足をしてくれた。

 そういえば前にもこんなことがあったなと思い出す。

 

 そう、小蘭の話を聞いていた時だ。

 そのあとお騒がせの張本人玲玲がやってきて、猫猫は真横でその顔を見て、瞳を覗き込んで、魅音妃と瓜二つだと……。

 

(まてまてまて。まさか、いやでもそうとしか)

 

 一体どんな娯楽小説(フィクション)だ、現実的じゃない。

 でも不自然にばらまかれた点も、その妃がとんでもないじゃじゃ馬なら線でつながる。

  

 猫猫は姿勢を正すと壬氏を真っすぐに見た。

 魅音妃の猫猫を見るねっとりとした視線を思い出すと気が進まないが、それと同じくらい興味が惹かれた。

 

「魅音妃についていくつかお聞きしたいことがあるのですが」

 

 





 猫猫から魅音さんは一体どう見えてるんでしょうかね。
 ドロドロの黒色スライム……?
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