TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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「薬屋のひとりごと」が数え年表記だったことをすっかり忘れてました。それによって物語が崩壊していたので全体的に2〜3歳上げる修正を行いました。
例)約束のタイムリミット 十二歳→十五歳
猫猫との初邂逅 十一歳→十三歳


04 旅立ち目前、感傷に浸る

 「暇だな」

 

 穏やかだった春の暖気が徐々に鋭くなってくるころ。自室の椅子に座り、すぐ近くの窓から空を覗く美玲は不満げだった。

 つぶやいていた通りとにかく手持無沙汰なのだ。

 無事皆伝を言い渡された美玲は中央行きが決定的となりその準備をしていた。具体的に言えば業務の引継ぎである。さらに言えばそれも大方目途がついていた。

 

 「この町にも滅多に帰られなくなるんだろうな」

 

 むしろ永遠の別れになるのかもしれない。そう思った美玲は町を見て回ることに決めた。

 

 (スカート)の型崩れを直しながら立ち上がり、そのままの足で従業員の男衆が屯する場所に向かい暇をしている若人を借りる。

 

 「それじゃあ逢引(デート)と参りましょうか」

 

 商人として相手をやる気に乗せる方法を熟知している彼女は澱みなく甘言(リップサービス)を口にする。

 最も、彼女を良く知る彼らたちからすれば、小悪魔のような笑みの裏に鬼の気配を感じ、身の引き締まるような思いなのだが。

 

 * * *

 

 「お嬢さま一人で走り出さないでくださいよ?」

 

 「そのくらいわかっているわよ、絶対に離れません」

 

 美玲たちは町で最も大きい通りを歩いていた。観光地でもなければ行商の盛んな地域でもないので出店などは無いが人々の営みでそれなりに人の通りがある。

 

 だけど……

 

 と、一本横道を覗く。そこには体の汚れた発育不良の虚ろな目をした子供や、四肢をどこか欠損した男が横たわるなどの光景が広がっていた。

 

 「……やっぱり、増えてる気がする」

 

 「そうですかね?こんなもんだったような」

 

 この町は彫金細工が盛んであり、多くの技師が住んでいる。そして彼らが加工する原石は町直ぐ近くの鉱脈から産出されていた。つまりそこで働く鉱夫もまたこの町に住んでいるのだ。

 

 坑道とは極めて危険な現場だ。事故を回避することは難しく常に犠牲者が出ている。大怪我をし働けなくなって物乞いする男、旦那を亡くし夜鷹に身を窶す未亡人、両親を失い身寄りもなく徒党を組む子供たち。

 

 この治安の悪さは町の成り立ちから続く根深い闇である。実際生まれてこの方美玲は一人で外に出たことは無い。金持ち、美人、子供、これだけ条件が揃うと鴨が葱をしょっているどころではなかったからだ。

 

 「領主さまが大枚はたいて人道支援してくれるならば」

 

 無いだろうなぁ、当代は溜め込み癖があるともっぱらの噂だ。

 

 肩を落とし、ため息をつく。

 

 「そろそろ昼時です。帰りませんか?」

 

 落ち込む様子に気を利かせてかそう提案される。

 

 「ええ、そうね」

 

 この現状は変わらないのだろうか、荒れたままの故郷を後にせねばならないというのは後ろ髪を引かれる思いになる。

 

 * * *

 

 町歩きからそれほど時の経っていないある日、いつものように引き継ぎ作業をしていると一通の手紙が届いた。

 

 「領主さまから?定例報告と昼餉の誘い?」

 

 なぜ私に?と困惑しているところに父が訪れる。

 

 「美玲や、領主様から娘を伴うようにとお達しがあったのだが……、お前にも届いていたのか」

 

 父は年に二、三度領主館へ向かう。領主さまの所有物である原石を買い取るのだから色々面倒な約束事があるとは聞いていた。しかし私は一度もそれに関わったことはない。

 

 「ふぅむ、年頃の娘だからか?しかしご夫人はすでにおられるし、跡継ぎどころか適齢期の男子もいないはずだが……」

 

 ──げっ!見合いの可能性もあったのか!

 父の恐ろしい発言に思わず身を抱く。

 

 この国の普通の女性とは全く違う道を歩んでいる美玲の認知は大分男に寄っていた。今のように自分が当事者だと特に疎くなる。

 

 「そ、それならばなぜ私が呼ばれたのでしょうか」

 

 狼狽えながらそう問う。

 

 「わからん、だが領主様は決して悪いお方ではない。取って食われるようなことはないはずだ」

 

 「とにかく拒否権はない、心の準備はしておけ」

 

 * * *

 

 文から七日後、約束の日となった今美玲達は領主の館にいた。

 

 昼餉も共にとのことだったので薄化粧に華美ではない青色の衣を纏い最低限着飾る。

 父もしっかり外行きの服装だ。

 

 使用人に先導される父の背中についていきながら廊下に飾られる調度品を見る。

 

 溜め込み癖の領主と聞いていたので、沢山の宝石が埋め込まれた趣味の悪い壺や特大の翡翠の原石が並んでいるかと思っていたが、予想と外れて比較的安物だ。もっとも高値がつかないだけで良いものである。見る目があるとでも言えばいいだろうか。

 

 噂も当てにならないな

 

 そう思っていると着いたようだ。

 

 使用人によって開けられた扉の先には領主と思われる男がいた。

 

 黒髪に長身痩躯、狐目に薄く長い唇。人によっては好みだろうが美玲の評価としては「胡散臭い」である。

 

 「やあいらっしゃい雲嵐殿、待っていたよ。そして君が美玲だね?目が眩むような美貌と噂で聞いていたのだか、ふむなるほど」

 

 「噂は所詮噂なので……」

 

 挨拶しようとする父を遮って喋るその口はなかなか閉じない。

 

 「いやいや、そんなまさか!噂以上の麗しさだよ。過ぎたる謙遜は嫌味だよ〜?」

 

 この胡散臭くて軽薄そうな男こそがこの地を任された、(シュー)小龍(シャオロン)である。

 

 「立ち話もなんだし、昼餉が冷えるのも嫌だろう?早速報告を聞こうか」

 

 経験上こういう人間は読めないことをしでかすもんだ、美玲は一人警戒を強めた。

 

* * *

 

 そんな覚悟を持って挑んだのだが、特に何も起きなかった。仕事の話になってみればその特徴的な口調は変わらずともトントン拍子に物事が決まっていくのだ。どうやら相当切れる頭の持ち主のようでこちらが驚かされる。

 昼餉を共にとっても他愛のない話を振られるだけであった。

 

 なんだ、警戒のし過ぎだったか。疲れたけど何事もなくてよかった。

 

 終わりの流れとなり席を立とうとするその時だった。

 

 「美玲君、茘国最大の泉門(弱点)は何処だと思う?」

 

 唐突かつ脈絡のない問いだった。

 

 困惑して父を見るが彼にも訳がわからないようで、とりあえず答えろと目に語られる。

 

 諦めた美玲は考える。弱点とは国内のことだろうか、帝の代替わりで多少世が荒れたことか?いや、今の帝の治世は安定している。皇族の絶対数が少ないことが弱点なのだろうか。あり得るが領主さまの言い方的に違う気がする。

 そうなれば消去法で外国絡みだろう、だとすると泉門(弱点)

 

 「西都、でしょうか」

 

 「うん!正解」

 

 ──なんなんだよコイツ!!

 

 破裂しそうな怒りと疲れからくるため息を押し殺す。

 

 「どうも北亜連の動きがきな臭くてねぇ。山脈という天然の壁で何事も起きなかったが、このままだと陸続きの戌西州で戦が起こるのは必至だろうね。最悪は西都が落とされることだ。この大都市が敵の手に渡ると戦火は都にまで届くかもね」

 

 「最後にもう一つ聞いてもいいかな、今の政治の中心は何処だと思う?」

 

 「はぁ、それは外廷なのでは?」

 

 ──才女の噂の方は凡人の域を出ないか、だが却って都合がいい

 その小さな呟きは誰にも聞こえなかった。

 

 「残念!疲れちゃったかな?東宮がいない今、それは後宮に決まっているじゃないか」

 

 最悪だ。美玲の感がけたたましく警戒令を発する。隣の父も同じようだ、顔色が悪い。だが、私達は次の言葉を待つことしかできない。

 

 「実はどうしても叶えたいことがあってね、なんとか一枚噛みたいのだけれど生憎うちに適齢期の娘がいなくてさ。あ、そもそも血族が極端に少ないんだけどね、あはは」

 

 やめろ

 

 「そこで養女を迎えようと思ったんだけど、そんな人材がそう簡単にいるわけがない。そう、君以外はね。噂を遥かに超える()で嬉しいよ」

 

 やめてくれ……

 

 「美玲君、私の子になってくれないかい」

 

 

 「お言葉ですがッ!」

 

 潰されそうになった心にお父様の力強い声が届く。

 

 「娘は私の右腕であり、周商会を継ぐものです。引き抜かれては困ります」

 

 「ふうん、跡継ぎは男児がいたと思ってたのだがね。仕方ないな、知らない仲でもない雲嵐殿の言葉だ、受け入れよう」

 

 「ありがとうございます……」

 

 挨拶もそこそこに足早に去る。

 

 「気が変わったら何時でも言ってね〜」

 

 別れるその時まで腹立たしい男だった。

 

* * *

 

 帰りの馬車の中、まだ日は高いにも関わらず帳が降りたかのようだった。

 

 かすれた声しか出ない体に鞭を打って口を開く。

 

 「お父様、あんな事を言ってしまって大丈夫なのですか?」

 

 「跡継ぎ云々のことか?嘘に決まってるだろう、後宮なんぞに送られたら自由など無い。それはお前の本懐じゃないはずだ」

 

 同じく疲労困憊なのだろう、滝のような汗を拭う。

 

 父の答えは聞きたかった事とは違うが、再度問う気力は美玲には残っていなかった。

 

 あの男がやたらとあっさり引き下がったのが引っかかるものの、その時の二人は窮地を脱したと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 領主館を発つ馬車の背を見送る痩せた男の姿があった。

 その男は弧を描くように醜く唇を歪ませ笑っていた。




転、転、転と転がり落ちる
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