TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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5話と6話の改稿を行いました。
設定は変わっていませんが内容が大きく変更されているので、先にそちらをお読みください。(24/3/23)


07 これでも庶民派です

 

 豪奢な桃色の寝台に艷やかな黒髪を広げて眠る女がいた。

 

 「魅音(ミオン)さま、朝ですよ起きてください。ほら雪こそ積もっていますがいい天気ですよ」

 

 「(ジン)……あと半刻……」

 

 まだまだ寝たいと寝ぼけた声で口答えするが全く取り合ってくれない。

 思い切って掛け布団を剥がされ、上半身を起こされる。

 体に打ち付ける冷たい空気でぶるぶると震えるが、そんなのお構いなしに慣れた手つきで乱れた髪を整えられる。

 

 春を迎える北峰(ホクホウ)州だが積もった雪は解けておらず人肌に自然の厳しさを教えている。

 そんな寒い朝のお決まりを済ませあくびを噛み殺していると、もう一人の女に声をかけられる。

 

 「魅音さま、快晴で絶好の散歩日和ですよ。今日も朝の運動頑張りましょう!」

 

 元気いっぱいの明るい声だが、主人の女の気分はダダ下がりだ。

 散歩と言うが其の実ほとんどランニングなのだ。何処とは言わないが跳ねて痛いので固定するのだが、そうすると今度は圧迫されて苦しい。

 寒すぎるし今日は止めにしてくれないかな。

 

 そんな主人の心の声を読んでか手に持ったさらしをビシリと引っ張って見せる。

 

 「だめですよー若いうちに体力はつけないと!」

 

 はぁとつい肩を落としてため息がでる。

 その主人の様子を了承と見た二人の女はテキパキと着替えさせていく。

 他人に奉仕されるというのも少しずつ慣れてきたと思ったところだったが寝間着をひん剥かれさらしをぐるぐると巻かれるのは羞恥心が湧く。

 

 「うっ。もう少し緩くできない?」

 

 「これでも控えています。そろそろご理解ください。はいできましたよ」

 

 この使用人たちは主人のためならばその彼女の意思すら無視する傾向がある。主人想いというべきかなんというか。

 もっともそれは私的な場でのみ見せるものなのでこれが彼女たちの関係性なのだろう。

 

 「静、朝餉と湯浴みの用意よろしくね」

 

 「かしこまりました」

 

 軽く動きやすい、しかし防寒性能に優れた装いになった主人はもう一人の使用人を供にして自室を出た。

 

 これが新たな、冷える朝の日常だ。

 

* * *

 

 周商会の長女(ジョウ)美玲(メイリン)ではなくなり領主の養女、徐家の姫(シュー)魅音(ミオン)となってから早くも一年と少しが経つ。

 三ヵ月前に迎えた元旦で十五になった。

 

 そんな魅音は昼餉をとっていた、形の良い眉を下げながら。

 

 「あの(ジン)、他の物はすべて食します。だからこれだけは、これだけは!」

 

 「魅音様の体に必要なものなので駄目です。甘くておいしいじゃないですか、プルプルとした触感も癖になりますよ」

 

 ソレが盛られた小皿を睨みながら魅音が呼んだ静とは女性の名前だ。

 中肉中背で三十路手前の彼女は魅音が領主館に着いてすぐに付けられた、魅音専属の侍女である。

 少々冷たい印象の顔立ちだが、一児の母であり魅音が魅音になってすぐの不安定な心を癒した母性を持った人だ。

 そういった経緯があって魅音は静に心を開いてはいるのだが、今この瞬間、匙でソレを取り、手ずから口に運ぼうとする静を魅音は拒絶していた。

 

 「雪蛤(ハスモ)の点心だけは無理よ!」

 

 美容効果に滋養強壮、女性の気(ホルモン)を整えるだとか育乳効果があるだとか、複数の効能を持つ高級食材なのだが魅音はそれが食べられなかった。

 

 (蛙の卵管だなんて)

 

 雪蛤とは冬眠する蛙の卵管を乾燥させたものだ。水で戻すとゼリーのようになる。

 健啖家の魅音ではあったがこれだけは生理的に嫌悪感がありダメだったのだ。

 

 そんな雪蛤は頻繁に食卓に上がる。彼女は今までそのすべてを食べてこなかったのかというとそれは違った。

 

 「魅音さま?」

 

 「はい……」

 

 魅音の口に入るものに対する静の拘りは相当なもので、どんな手を使ってでも食べさせてこようとする。

 これまでいくら口答えしようとも抵抗しようとも食事の時だけはこの侍女に敵うことはなかった。

 結局今日も静の押しに負けた。次々と給仕され舌で味わうことなく呑み込んでいく。

 

 筆舌に尽くしがたい表情ながらも完食した主人を見て満足そうな静が話す。

 

 「この一年でより一層お美しくなられましたね」

 

 「そう?なら貴女達の献身のおかげね」

 

 魅音はそう己の従者をねぎらった。

 

 * * *

 

 昼餉の後、自室で胃を休めていると若い女と年嵩の女が入ってきた。

 

 「魅音さま!お時間です、先生がお越しですよ!」

 

 そう言ったのは魅音のもう一人の侍女、若汐(ルオシー)だ。

 小柄で幼く可愛らしい顔の彼女は運動神経に優れ、時には魅音の護衛の真似事もする。

 元気いっぱいの少女、それが若汐(ルオシー)なのだが彼女の年齢は魅音も知らない。聞いてはならない、そんな雰囲気を纏う。

 

 さて、先生を紹介する前に説明することがある。

 

 魅音は徐の姫となってからの一年と半年ほど、商人だった時とはまた別の忙しい日々を送っていた。

 彼女が行く予定の場所は別世界。学ぶこと、会得しなければならないことが山ほどあった。

 先ほどの食事もその一環だ。

 

 少しでも帝の目に留まるように美を磨く。

 その為に食卓には美容効果のあるものが並び、侍女たちの手で全身に按摩を受け、だらしない体にならないよう適度な運動をさせられる。

 己の体だというのに他人に完全に管理されていた。

 その甲斐あって魅音の肌は透き通るような美しさと誰もが触れたくなる艶やかさを獲得する。

 

 ちなみにその体の持ち主曰く「品評会に出される経済動物になった気分だ」らしい。彼女は例えのつもりだろうが実際そうであるというのは知らないほうが幸せだろう。

 

 魅音は年嵩の女性、先生を招き入れる。

 これから行われるのは造語で表そうとしたら貴人教育だろうか。

 

 魅音はこれまで商館で人を使うということはよくしてきた。だが身分ある者の人の使い方、またはその心構えは全く違うらしい。

 まずは考え方あるいは魅音の常識を作り変えるところから始まった。

 まぁ、魅音の中身は三十を超えるのでそう簡単に変わることはなく、その思想を理解しつつもうわべだけに張り付けていた。

 他には天子たる皇帝への忠誠心を刷り込まれたことを挙げようか。

 魅音だってわかっている、この世で最も尊いのは帝だという常識は。だが心の底からそう思うことは中々難しく、その心の内を先生に見抜かれ徹底的に帝のすばらしさを説かれた。

 最早洗脳であった。おかげでこの一年で最も長い時間顔を合わせた人間は侍女を除けばこの先生である。

 

 「先生ようこそ、今日もよろしくね」

 

 *

 

 「もう私に教えられることはありません。これで失礼いたします」

 

 大した時間も経たず、先生はそう言って退室していった。

 用意した茶も飲み切ることはなく、甘味も手がつけられることはなかった。

 それらを口に運びながら魅音は感傷に浸るように言う。

 

 「一つ一つやるべき事が無くなっていくと寂しい気持ちになるものね」

 

 あと四月(よつき)もすればこの身は後宮にある。

 後宮で生きるための教育が次々と終わっていく毎にその時が近づいていることを実感する。

 

 限られた時間しかなかったため、絶句するような詰め込み様であったがなんとか間に合った。

 大変な日々だったものの、こう思い出してみると悪くないか。

 そう穏やかな気分だった魅音に静が話しかける。

 

 「魅音さま、お寛ぎのところ申し訳ありませんがこの後は毒試しの時間です。ご準備をお願いします」

 

 嫌で嫌で忘れていたことを伝えられ脳がショートした魅音は、はしたなくも顔を机に突っ伏して聞かなかったふりをした。

 

* * *

 

 毒試しとはそのままの意味である。

 

 最初は代表的かつわかりやすい特徴のある砒素毒で銀食器を黒ずませたりした。その時は化学の実験のようで楽しかった。

 そう楽しかった(・・・)のだ。

 内容はどんどんと過激になっていった。

 特徴のある反応がある毒や、毒を含む草木茸の座学までは良かった。まさか実習があるなんて思わないじゃないか。

 嫌がらせに使われるような下剤は実際に飲んだし、危険な毒そのものを盛られることこそ無かったが、とにかく吐く訓練をさせられたのだ。

 

 女……というか人としての尊厳を何度弄ばれたことか。

 

 (名家の生まれはみんなこんな教育を受けていたんだな……)※恐らく違う

 そう尊敬の念を抱く魅音だった。

 

 

* * *

 

 時の流れとは残酷なほどに早い。

 都への出立を目前にした魅音は領主の執務室にいた。

 

 「やぁおはよう」

 

 「おはようございます、お義父さま」

 

 この男と顔を合わせることはある程度慣れた。

 なんせ覚えておくべき家々の特徴と関係性をこの男直々に教授されたのだ。

 その度にその腹立たしい胡散臭い顔を拝んでいれば荒療治になるってもんだ。

 

 「うちの姫がとうとう妃になるんだねぇ」

 

 やっぱりだめだ、治ってなんかない。

 私とこの男は相性そのものが悪いのだろう、諦めるしか無い。

 

 その魅音の苦痛に歪む顔を楽しげに眺めていた小龍(シャオロン)だが、十分堪能したらしく本題に入る。

 

 「最終確認と行こうか。理想は君が帝の寵愛を受けることだ。その後は私達がその恩恵を最大限活用するよ」

 

 「期待しないでくださいよ」

 

 「わかっているさ。ただ風の噂に聞く帝の好みは……」

 

 小龍は魅音に不躾な視線を注ぐ。

 

 ──チッ

 舌打ちが出てしまった。

 

 この態度を隠しもしない魅音とそんな彼女を赦す小龍、二人の仲は案外悪くないのかもしれない。

 魅音は決して認めないだろうが。

 

 「まぁでも使命に囚われなくてもいい。上手くいかなかったとしても生きてさえいてくれれば十分だよ」

 

 驚いた、北峰州という全より私という一を優先してもいいとこの男が言うだなんて。

 人の心がない男だけど死地に向かう娘には優しくできるのだな。

 ほろりと涙が出そうになる。

 

 「君が死んだら雲嵐にも、君が絆したこの館の人間にもチクチクチクチクと嫌味を言われちゃうからね」

 

 この血管の浮いた拳を振り抜かなかったことを褒めてほしい。

 

 * * *

 

 「魅音さま、準備ができました。お乗りください」

 

 静に声をかけられて魅音は牛車に乗り込む。

 今日、領主館を出発する。一月ほどかけて都に着くだろう。

 

 微笑みが溢れる。

 

 「嬉しそうですね」

 

 目敏く魅音の様子に気づいた若汐(ルオシー)が言う。

 

 「久しぶりの旅だから楽しみで。でもこれが最後なのね」

 

 答える魅音は寂しげだ。先程の微笑みは複数の感情が混じり合ったものだったらしい。

 

 そんな魅音を温かい眼差しで見守る二人の侍女は、主人を支えようと改めて誓った。

 

 

 

 




アニメが終わってしまいますね、寂しい。羅漢の緑青館に走る演出は心が痛くなりました。

原作15巻がもうすぐ発売されますね!私は予約しました。
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