TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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08 大海を知る白鳥、井の中へ

 

 カッカッカッと石と石を打ち付ける音が鳴り火花が散る。

 何度も何度も繰り返していると一際大きな火花が舞い、糸くずに宿った。

 

 「よし」

 

 小綺麗な衣をまとった女が地に膝をつけてその火種を掌で拾うと急いで息を吹きかける。

 うまくいったようでぼうっと火が立ち上がる。火傷しないうちに用意していた小枝の山に移しまた空気を送り始めた。

 

 「久しぶりだったけれど覚えているものだなぁ」

 

 目の前には大きくうねり安定した焚火が出来た。消えないように適宜燃料を焼べる。

 たった今火を起こしていた女は満足げに額に浮かぶ汗をぬぐう、炎が彼女を照らしその水滴がきらりと光った。

 さぁ、さっき取ってもらった川魚を焼こうかと立ち上がり振り返るのだが、そこには腕を組み仁王立ちをした(ジン)がいた。

 

 「魅音(ミオン)さまそんなに土で汚して何をしていらっしゃったのですか?」

 

 これはまずい、何をしていたかなんて一目瞭然なのに圧のある聞き方をしてくる。相当怒っている証拠だ。

 言い訳が思いつかず目を泳がしていると、静は小さくため息をついて魅音の両手を取り掌を診る。

 

 「火傷はございませんね」

 

 安心したような声だ。魅音は少しバツが悪くなる。

 

 「その、心配かけたみたいね」

 

 「本当ですよ、私に何も言わず牛車を抜け出して。護衛を脅してこんなことをなさるのは止めてください」

 

 む、それには反論したい。常に護衛の目の届く位置には居たし、何より脅しだなんて人聞きが悪い。お願いしただけである。

 

 「それを脅しというのですよ……」

 

 稀に若い男を手玉に取るのがこの主の悪い癖だ。

 魅音さまの見張りをしていたその若い護衛は、逃走幇助で罰を受けて焚き木拾いをさせられているというのに。

 だがこのような強引な手を使うときは大抵主にとって譲れない理由がある。静は仕えた一年でそう魅音を理解していた。

 

 「どうしてこのようなことを?」

 

 静にそう聞かれた魅音は背を向けて遠くを見る。

 その視線の先は美しい大自然、今いるところは川沿いの平野だが遠目には緑豊かな山々が見える。その川も太陽の光を反射して宝石が流れるようだ。

 静もその景色を見て主の言いたいことを理解する。

 

 「今日で野営は最後なのよね?」

 

 「はい、一日宿場町に泊まりますが明後日には都につきます」

 

 一月になる旅は終わりを迎えようとしていた。

 都で数泊、身体を休めさせたらとうとう後宮入りとなる。

 

 「妃になる身だからおとなしくしていようと思っていたの、実際それでも旅は楽しかったわ。でもあと少しで出来ないことが増えるでしょう?動かないときっと後悔すると思って」

 

 火おこしは好きだったのよと慎ましく笑う、その顔は侍女からは見えない。

 

 (これが婚前不安(マリッジブルー)かぁ、妃は妻じゃないけど)

 

 魅音はそんな思ってもいない莫迦なことを考えるが気持ちが落ちているのは事実だ。

 一年も覚悟を固める時間があったというのに気が弱くなるのは後悔があるからか、そもそも関係なく人として当然の不安なのか。魅音は確かめるすべは持ち合わせていない。

 魅音は少しおどけたように静に言う。

 

 「貴女たちはいつでも言うのよ、すぐに暇を出すから」

 

 「この身朽ちる時まで魅音さまにお仕えいたしますよ」

 

 迷うことのないまっすぐの忠義に魅音は心を打たれる。

 

 「そう」

 

 気恥ずかしくてそっけなく返すと魅音は大きく手を広げてそのまま細く、長く深呼吸を繰り返す。

 草木の香りのする、川の近くだからか涼しい空気を取り込むと落ち着いてくる。

 そうして切り替えた魅音は振り返ると一転して明るい声で話し始める。

 

 「さあ、火があるのだから何か焼きましょう。川魚を取ってもらったのよ。私(はらわた)を取ってみたいわ」

 

 そう楽しそうに言う魅音の顔は歳相応の輝くような笑顔、吹っ切れたようで身体も軽そうだ。

 この笑顔を守りたい、そう重く受け止める静であったがどうしても聞き捨てならないことがあった。

 

 「腸抜きは私たちでします。だめですよ魅音さま、刃物は万が一がありますので」

 

 魅音の秘かな企みは見抜かれた。(シュー)の姫となってから包丁に触れる機会がなかったのでこれまた最後だと思って言ったのだが刃物を持つことは許容範囲外だったようだ。

 確かに久しぶりで不慣れな人間がぬるぬるの魚の体表に刃を入れるのは心配するかと渋々納得する。

 

 「串を刺すくらいはいいでしょう?」

 

 その後は大口開けて魚の腹にかぶりついてはしたないと小言を言われたり、若汐(ルオシー)も交えて女三人姦しくにぎやかに過ごした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 突然だが彼女、魅音が転生者だということは覚えているだろうか。

 前世で彼だった時に愛読していた『薬屋のひとりごと』全14巻、その記憶がある。記憶があるのだが、どうか彼女を怒らないでやってほしい。

 その記憶を信用できないのだ。なんせこの命を授かってから覚えることが多くずっと忙しくしていた。十五年前に読んだ小説の細部を覚えているわけがない。

 まるで紙魚にくわれた上に風化した歴史書のようなのだ。

 一連の流れは覚えている、しかしそこに潜んだ思惑などが曖昧だ。確かでない記憶を信じて大立ち回りなどしようものなら間者を疑われて即、首と体がおさらばである。

 

 (し、慎重に生きないと……)

 

 なぜ今この話をしているかって?それは見てもらったほうがいいだろう。

 魅音たちがいるのは大きな門の前、初めて見るが初めてではない。そう、後宮の正門だ。

 

 これを目の前にした魅音はどこか曖昧に感じていたそれを実感していた。ここが絶妙に命が軽い『薬屋のひとりごと』の世界だと。

 

 疼痛を感じて腹を撫でた。

 

* * *

 

 (ここを跨いでしまえば二度と出ることは叶わない)

 

 門を目前にしてそう考える魅音は入内(じゅだい)の日ということで気合の入れた装いだった。

 桃色の衣に若草色の羽織、若い乙女が好む色合いであり暴力的な肢体の持ち主である魅音には似合わないように見えるが、わずかに垂れた目尻のあどけない顔つきと、彼女が纏う柔らかな包容力がそれぞれ不協和音としてぶつかり合い、結果的に目を離せないような魅力を放出していた。

 さらに引き付けられるのは魅音の髪に刺さる彼女の瞳と同じ色の見る角度によっては黒くも見える、大きな紅宝玉(ルビー)の輝く簪だ。

 

 完全武装をした魅音は呼吸を整える。背中に感じる侍女二人の気配に力を貰った。

 意を決した魅音は前を向いて一歩足を進めた。

 

 

 そこはまさしく異世界だった。

 見渡す限りの女女女、と宦官。男女比の崩壊した光景は奇妙に映る。鼻を通る空気にすら花の香りがする気がする。

 だが後宮は想像と寸分違わず伏魔殿であった。

 魅音の姿が露わになるや否や彼女に突き刺さる悪意の数々。美貌に対する嫉妬という可愛らしいものから、実家から何か言われたのであろう隠さない敵意。

 その視線の多さに只人なら殺意と誤認し恐怖ですくむだろう。いや、僅かとはいえ殺意も混じってはいるので当然なのだが。

 

 魅音はその微笑みを決して崩さない、臆することもなく胸を張ってそこに存在する。

 

* * *

 

 ここは内侍省、彼女たちは入内の説明を受けているのだが。

 

 「どうして魅音さまが下級妃なの!?」

 

 「いやでもしかし確かにそのように聞き及んでおりますので……」

 

 若汐(ルオシー)が気の弱そうな宦官を問い詰めていた。

 

 出発前ではなんとか中級妃に滑り込ませたと聞いていたが、こちらでは下級妃となっているらしい。

 木簡を見せてもらえば確かにそのように書かれている。

 どこのだれか知らないがわかりやすい妨害をするものだ。

 

 (ここで騒ぎを起こすのは得策ではないかと)

 

 背後に控える静に耳打ちをされ魅音は小さく頷く。

 中級妃から下級妃になることで帝にお目通り叶う機会が著しく低くなるが、これくらいなら想定していた範疇だ、仕方がない。それにここで宦官の印象を悪くして余計な敵を作る方が悪手だ。

 

 「若汐」

 

 一声かけて己の侍女を止める。

 若汐が定位置に控えたことを確認すると極めて自然な顔を作り、宦官を刺激しないように話す。

 

 「では、私の部屋に案内してくださる?」

 

* * *

 

 正門を通ってすぐに感じた悪意はまだまだ序の口だったようだ。

 宦官に案内されて妃の生活区域に踏み込んだとたんに魅音に向けられる目の数が明らかに増える。

 

 (たかが新しい下級妃一人がそんなに気になるものか?)

 

 もうすでに数えられないほどの妃がいるはずだがこんなに敵意を向けられるとは。

 

 「(うち)ってここまで嫌われていたのね……」

 

 その小さなつぶやきを拾った侍女たちは言いたかった。

 

 (魅音さまの美貌が寵を争う上で強敵すぎると警戒されているのですよ!)

 と。

 

 魅音は前世の影響もあって美醜の判断が緩かった。自分自身の美しさは理解していたが、妃すべてが美人に見えてしまい己と比べる、または比べられるということがわかっていなかった。

 よって向けられる視線全てを害意と断定し、警戒度を上げていく。

 

 主人にそんな鈍感な一面があるとは思ってもいなかった侍女たちは無意識に何かやらかしてしまわないか今後の生活が不安になった。

 

────────────────────────

 

 後宮内のとある宦官の仕事室。

 そこには天仙の如き美貌を誇る宦官、壬氏(ジンシ)が同じく宦官である従者に見守られながら忙しくしている。

 その麗しき壬氏は今日入内した娘たちの情報を確認していた。

 

 「北峰州の娘が下級妃としてきたのか、中央(ここ)で徐の名はあまり聞かないな。高順何か知っているか?」

 

 「聞いた話になりますが昔は悪名高かったとか。現当主は領に引きこもっているようで情報はほとんどありませんね」

 

 壬氏の認識と一致する。企みごとが無いか注視すべきか。しかし今の中央における影響力の弱さと、当主の政に対する興味の薄さならば後腐れが無く、子を増やすために丁度いい。

 

 「器量よしで忠誠心があればありだな…ん?」

 

 限りなく最低に近い思考を張り巡らせていた壬氏だったが、その娘の個人情報を確認し落ち込む。

 

 「十五の娘だったのか、これでは帝の食指が動くかどうか」

 

 今わざわざ確認しに行くほどではないか。

 

 そう判断した壬氏は次の業務に移る。

 魅音と壬氏が出会うのはもう少し先の話。

 




祝 アニメ2期決定
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