TS転生傾城妃は諦めた   作:青すぎる空は目が痛い

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09 ナチュラルボーンお転婆娘

 

 

 後宮の妃には位が存在し、それによって住む場所が違う。正一品の妃であり四夫人と呼ばれる上級妃にはそれぞれ宮が、中級妃には棟が、そして魅音(ミオン)のような下級妃には部屋が与えられる。

 

 「魅音さまぁ、いつまで引きこもっているんですか?もう七日になりますよ!」

 

 「そうね」

 

 泣きべそをかき、魅音に縋りつく若汐(ルオシー)を一切気に留めることなく適当にあしらいながら金魚鉢に餌を放り込む。後宮に入る直前に城下町で体を休めながら散策しているときに見かけた一匹の金魚なのだが、その場で気に入りこうして持ち込んだ。少々大柄であり小さな可憐さというものはないが、発色の良い赤と見事な尾ひれが見ていて飽きない。

 

 「ねぇ(ジン)も思うところ無いの?」

 

 「理由は既に魅音さまがおっしゃったでしょう」

 

 「そうだけど身体に悪いよ……」

 

 入内から七日、魅音は一歩もその与えられた部屋から出ることはなかった。まるで帝のお手付きがなく、寵を諦め退廃的な生活を送る擦れた妃のようだ。というと流石に言い過ぎではあるが妃として失格もいいところの毎日だ。

 今のように金魚を愛でたり、静と碁に興じたり、若汐(ルオシー)が下女たちに混じって手にいれてきた噂を話の種にして侍女たちと会話を楽しんだり。酒に溺れるなどの(そもそも今世では一滴も飲んだことがない)不健全さはなく、存外充実した日々を送っていた。さっきも言った通り妃としては落第者だが……。外に出なければ見初められる機会などないのだから。

 

 彼女の後宮に来た使命を考えたら何を悠長なことをと思うかもしれないがそんな風に振る舞うのも理由がある。

 初日に注目を集めすぎたのだ。彼女の勘違いを除いたとしても一時、妃間の噂話の中心は魅音になってしまった。

 後宮は出る杭が打たれる社会。地に根を張る前に動き出し、他の妃たちの危機感を煽ってしまえばどうなるかなんて安易に想像がつく。花弁に傷がつく程度ならまだしも最悪の場合は根腐れだろう。

 

 (慎重になるにこしたことはないしな。というか女が女を見る目が怖すぎる)

 

 商会という男社会で多感な時期を過ごしてきた魅音は、女の輪に混ざるという経験が乏しかった。それ故に女同士の場合の処世術というものを知らない。だが商人だったころのように見た目を使えば顰蹙を買うくらいは分かる。魅音は魅音なりに己の無知を理解して引き籠もっていた。

 

 若汐もこのあたりの事情は知っている。だが魅音の運動量を管理してきたのは若汐であり、その仕事に責任感を持つ。主人の体を心配しているからこそ何度も進言してくるわけで、それを汲みとれない魅音でもないので特に沙汰を下すようなことは無い。

 

 金魚を愛でることに満足した魅音は長椅子に片肘をつくように身を任せる。

 

 (おぉ、なんだか妃っぽい)

 

 上半身が斜めに傾くことで女性としての曲線美が現れ色気がでる。

 魅音は能天気にくだらないことで遊びながら、今日は何をして過ごそうかと探し始めた。

 

 静は食事の用意に席を外し、魅音と若汐のみとなった部屋に静寂が訪れる。

 退屈そうな主人を慰めようと若汐が話し始めた。

 

 「こんな話を仕入れてきましたよ」

 

 その内容は貴妃と賢妃が揃って妊娠中であるという公然たる事実と、その腹を狙った毒殺騒ぎという噂だ。

 

 物騒な話である。

 毒殺未遂が噂ではないことを知ってしまっているからなおの事恐ろしい。

 そういえば、と魅音は考える。

 猫猫が毒白粉に気づいたとき、東宮は三ヵ月、公主は五ヶ月だ。そこから遡ること凡そ九ヵ月前の現在、御子たちは二人とも母の腹の中である。

 寵妃といえる上級妃が妊娠中なら、その間の帝の相手を務める妃だっているだろう。お手付きもそれなりの数がいるともっぱらの噂だ。

 にしては子の数が少ないと思った。この後宮が開かれて四年になるがすでに亡くなられた二人と今回の二人しか成されていない。なら帝の生殖能力が弱いのか、と考えたが今回貴妃と賢妃をほぼ同時に孕ませたことから高確率で違う。

 

 (ということは帝は子を作ることに消極的なのだなぁ)

 

 寵が上級妃に偏っているのも政治的な観点だろう、特に貴妃玉葉妃の実家が治める西都を抑える重要性は語るまでもない。それと、帝の事情(ネタバレ)を考えれば当然か。

 

 (いやこれ分かってはいたけど寵妃になるなんて無理ゲーじゃない?)

 

 あの男には悪いが可能性の下方修正を行う。が、ゼロになったわけではないだろう。できることはしなければならない。そろそろ外に出て露出を増やしていくべきか、まだ潜むべきか……。

 

 どうするべきかと悩み呻っていると戸がコンコンと叩かれる。

 

 「私がでますね」

 

 若汐が対応するとそこには青い顔をして両手で洗濯籠を抱える尚服の下女がいた。

 依頼していた洗濯物を届けに来てくれたのだろう。周りのすべてが信用できない現状、なるべく侍女の二人が様々な雑事をこなしてくれているが手が足りるわけがないのでこのように下女を雇ったりするのだ。

 こちらがその籠を受け取れば終わりなのだが中々若汐が動かない。不思議に思った魅音が若汐の後ろから覗いてみるとその理由が分かった。

 籠の中身は泥で汚され茶色く染みになっていた、洗濯物のほとんどが白い下着であることから全滅といってもいいだろう。

 魅音をみる下女の目は焦点が合っていない、そしてがたがたと恐怖で震えている。

 

 (かわいそうに、この子も犠牲者か)

 

 能面のように無表情の若汐に受け取るよう促し、決して気遣う様子を出さずにその下女を追い返す。きっと自分を責めるだろうが、首謀者に折檻されるよりはいいだろう。

 今回は大胆な行動のため訴えればすぐに罰せられるだろう、先ほど籠を運んできた下女が……。女のいじめは陰湿だ。

  

 「困ったわね」

 

 「えぇ、困りましたね」

 

 毎回毎回このような嫌がらせをされるとは思ってはいない。そんな幼稚で愚かなことを繰り返すほど莫迦ではないはずだ。しかし、たった一度でもこうしてしまえば効果はある、魅音たちはしばらくの間尚服の女官に洗濯を依頼できなくなるのだ。信用できない、ということである。

 普通の下級妃ならこんなことに悩まなくてもいいのに、心労が絶えない後宮生活である。

 

 「若汐たのめる?」

 

 「難しいですね。乾くまで待つとなるとどうしても魅音さまがおひとりになる時間ができてしまいます」

 

 「そうよねぇ……」

 

 このままでは着るものがなくなってしまう。

 手の空いている若汐には主人の護衛の役割もあるので頼めない。今現在命を狙われるなんてことは無いだろうが、いつの日か必要になった時に対応できるようにとこの侍女は気を張っているのだ。

 では静に、ともできない。魅音の二食を用意するのは静なので洗濯できるほどの時間の余裕がない。

 

 八方塞がりかという空気が流れるが、魅音が妙案閃いたように手を合わせる。

 

 「ねぇ!若汐!」

 

 「だめです」

 

 魅音がこんな風に楽しそうな声を出すのは、やはり何かしら強引な手段を通そうとしてくるときだ。

 若汐は特に巻き込まれることが多かった、だから主の言葉を遮ってまで拒否するのだが……。

 身長差で見下ろされながらその無邪気で悪そうな、矛盾した笑顔を向けられてどうしろというのだ。

 

 

* * *

 

 「魅音さまぁ、考え直してくださいぃ……」

 

 「この変装が見破られるわけがないから大丈夫よ」

 

 廊下を歩く魅音は若汐の持つ下女との伝手を使って尚服の仕事着を入手してそれに着替えていた。

 そしてその顔は別人のようである。くすんだ肌色に曖昧になった鼻梁、ぼさぼさの眉。目立つ胸元はできる限り潰した。

 後宮における魅音妃は初日の派手に化粧を施した彼女であるし、七日間も顔を見せてないのならば今の魅音と魅音妃を結びつける事など特殊技能の持ち主でもなければ不可能だろう。

 完璧と思われる変装を成して上機嫌な彼女の持ち物は桶と洗濯板。そういうことだ。

 

 「私も一緒に洗えば一人になることなんてなくて万事解決でしょう?」

 

 「魅音さまのお手を煩わせるのですから何も解決してないです……」

 

 しなしなに萎れた様子で恨めしそうに主を見上げる若汐だが、本当に危険だと思っているのなら部屋から出してもらえないはずだ。それに魅音だって彼女を信頼していなければこんなことはしない。 

 昔、毒試しの授業に耐えられず半狂乱状態となって館を抜け出し裏山で迷子になった魅音を見つけたのは若汐だ。そのほか(スカート)を踏みつけて階段から転げ落ちそうなところを救ってくれたりなど、若汐の世話になった事柄を数えればキリがない。

 その少女のような見た目に反して優れた運動能力と多種多様な技術はあまりにも不自然だが探りをいれればいつもはぐらかされる。

 十中八九他言できないような訓練を施された人間なのだろうが、おそらく徐家縁の者であること、忠誠心が魅音一人に向いていること、そしてつぶさに観察していても一切の二面性がなかったことから信用することにしていた。技術だけを叩きこまれ人格は弄られることは無かったのだろう。

 

 「それにしてもあなたのこの変装技術にはいつも驚かされるわ」

 

 「あはは、美しくする化粧ができるのならその反対も可能なのですよ」

 

 そういうものだろうか?

 

 疑いたくなるがそれ以上は踏み込まない。

 

 徐々に耳に入る音が多くなってくる。にぎやかな女達の声と水がかき混ぜられる音だ。

 

 「さっ、ここからはただの娘、玲玲(リンリン)だからね若汐(ルオシー)

 

 若汐は口をもごもごとさせ言いたいことを飲み込みながら苦虫をつぶしたような顔をする。

 

 「わかったよ、玲玲」

 

 主に口調を崩して話しかけることは流石に苦痛らしい。

 その青い顔を見て魅音も悪いと思ったのだろう、何かしら褒美を与えることに決める。

 

 

 洗濯作戦は疑いの目すら向けられず何事もなく完了した。

 これに味を占めてしまった魅音は若汐を振り回して度々脱走することになる。後宮に入ってしまえば出来ないことが増えると物憂げにしていた彼女は一体どこへ……。

 

 そんな魅音の犠牲になるのは若汐なのだが、つやつや生き生きとした主の顔を見れば頑張ろうという気持ちになる。初めて主に会った時の白黒(モノクロ)で無気力な姿を思い返せば今のほうがずっといい。

 

 幸いなことにその後も変装を見破られることは無かった。

 

* * *

 

 数日経った陽の隠れたある日、魅音は若汐を連れて四阿(あずまや)で茶を嗜んでいた。

 

 若汐に無理をさせたあの日、褒美に何が欲しいか聞いたのだが若汐の望んだものは魅音が外に出ることだった。

 魅音もそろそろ注目が外れるころかと思っていたので受け入れる。それまで頑なに外出しようとしていなかった魅音が素直に若汐の言葉を聞き入れたので、事情を知らない静には疑われたが何も言われなかった。

 

 若汐の言う外に出るとは運動してほしいということなので、毎日かなりの距離を歩くことになる。

 今いる四阿は歩くついでにと後宮内を見て回っているときに見つけたものだ。北側に位置するその四阿は日当たりが悪い上に立地があまり良くないのでいつも空いている。自室からかなり遠いこともあり目的地として優秀で、その四阿まで歩き、喉を潤し帰る。という日課にするには丁度良かった。

 

 よく歩いて僅かに浮かぶ額の汗を若汐に手巾で拭き取られながら曇天を眺める。

 少し強く吹く風が汗ばんだ顔を撫でて涼しくて気持ちがいい。十分休憩した、そろそろ帰ろうかという時に声をかけられる。

 

 「ここに人がいるとは珍しい。相席いいだろうか」

 

 よく耳になじむ心地の良い声だ。その声の持ち主のほうを向いて魅音は驚いた。

 全く華美ではない装いだがそれが中性的な見た目を強調させる、男女ともに引き付ける魅力の持ち主、阿多(アードゥオ)妃だった。

 

 「私は去りますのでどうぞお使いください」

 

 「つれないな、折角だ、話し相手になってくれないか?」

 

 すぐに立ち去ろうとするが微笑みと共に引き留められる。こう言われては逃げられない。

 半ば浮いた腰を再び椅子に下ろすとにっこりと笑う阿多妃も席に着く。

 阿多妃は己の侍女に茶を用意するように言う、机に二つの茶器が置かれ同じ手巾で磨かれると湯気の立つ黄金色の茶が注がれる。ここまで届く豊かな香りだ、紅茶だろう。それに蜂蜜が混ぜられて完成だ。

 毒は盛っていないと証明するように阿多妃が最初に口をつける。それに続いて魅音も一口頂く。流石上級妃の茶だ、美味しい。

 

 「気づいているようだが、私は阿多だ」

 

 「徐魅音と申します」

 

 名乗るとおや?というように阿多妃が眉を上げる。

 

 「世紀の毒婦が来たと話題になった娘もその名前だったな。へぇ、噂は所詮噂だったか」

 

 少し楽しそうにそう言った。

 

 (世紀の毒婦って何その噂!?)

 

 おそらく静たちが意図的に耳に入らないようにしていたのだろう。

 今の魅音の服装は極めて簡素なものだ。濃い紺の衣に申し訳程度の装飾品、化粧は汗で流れて崩れることを避けるために唇に薄い紅しかしていない。

 噂とは似ても似つかないはずだ。

 

 「何分田舎者のただの娘なので、緊張で威圧してしまったのかもしれません」

 

 「その手はただの姫ではなさそうだがな」

 

 阿多妃の視線が茶器に添える魅音の右手に突き刺さる。

 魅音の手はいわゆる白魚のような手ではない。きめ細かく真っ白ではあるものの立派な筆ダコがあるし、旅の時は洗濯等の身の回りの世話は自分でしなければならなかったため、掌の皮もそこそこ厚い。

 

 何か探られているのだろうか、いや、ただの好奇心のように思える。

 下手に誤魔化すのも意味がなさそうなので答えることにした、別に隠しているわけでもない。

 

 「私は徐家に養女として迎えられました、ですので生粋の姫ではありません。それまでは商人の娘として父に付いて全国各地飛び回っておりました」

 

 「ほう!」

 

 予想通り好奇心だったようだ、そして旅をしていたという部分に良く食いついた。

 

 「昔の話を聞かせてくれるか?」

 

 「もちろんです」

 

 魅音は旅をしていた頃の話を身振り手振りを交えて語り始めた。

 たまたま寄った村で独自の祭りに参加した話、乾燥地帯で水に困った話、言葉の通じない外国の人間相手に肉体言語(ボディランゲージ)で交渉した話。失敗をして大目玉を食らった話。

 阿多妃も気に入ってくれたようで満足げだ。

 

 魅音はうまく話せたと達成感を得ていた。しかし、それと同時に寂しさも感じてしまった。あの頃の話をすると色々思い出して懐かしい気持ちになる。

 きっと顔にも出てしまっただろう。

 

 「なぁ」

 

 「はい?」

 

 聞き役に徹していた阿多妃が突然話しかけてきたので反射的に反応する。

 

 「こんなところから出たいか?」

 

 侍女を含むその場全員に緊張が走る。

 阿多妃の侍女たちはおろおろとしているし、後ろに控える若汐からは固唾を呑む音が聞こえる。

 

 「私は、私の意思でここにおりますので……」

 

 冷たい汗が流れる、なるべく顔に出さないように答えたが魅音の急所を一突きした問いに対応しきることは難しく、真剣なまなざしの阿多妃と目が合い少し声が震えてしまった。

 

 「そうか……。雨が降りそうだ、この辺りで帰るとしよう。楽しい話をありがとう」

 

 阿多妃はそう言うと去っていった。四阿には魅音と若汐のみが残される。

 

 阿多妃はなぜあんな事を言ったのだろうか。そんな事を言わせるような顔をしてしまったのだろうか。

 理由はわからないがただ一つ確かなのは、一瞬だとしても期待してしまったということ。とっくに諦めているというのに。

 魅音の心に一滴の墨が垂れて広がる。

 両腕を枕にして顔が隠れるように机に倒れ込んだ。ざあざあと雨が降り始める。

 心配した静が傘を持ってくるまで魅音は動くことができなかった。




シリアス続きで忘れがちかもしれませんがこの娘やんちゃです。
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