僕の曇らせアカデミア IF√ ギスギスヴィラン連合 ~道半ばで死んだ舞妓譲葉を生き返らせようとするAFO~ 作:ベー太
――拭い去れない悲しみを、拭って前へ歩み出す。
蘇生計画の中核を担う研究者・殻木球大――通称:『ドクター』――の本音としては、蛇腔総合病院の地下スペースを用いたいところではあったが、『彼』の遺したプランには、蛇腔総合病院にヒーローたちが乗り込んで来るというもの――プランにおいては誘き寄せる形になっていたもの――があった故、念には念を入れて蘇生の研究は別の拠点で行うことになった。
彼が信奉するオール・フォー・ワンその人のお言葉なれば、それも仕方ないことだと受け入れられた。
閑話休題。
ここはその活動拠点。仮称:研究拠点Y。
その休憩スペースにいるのは、
「毎日毎日検査検査……辛気臭ェ建物に籠りっぱなしは気が滅入る。偶にはここを抜け出して体を動かしたいところだな」
「ダメですよ荼毘くん。これもゆずくんの為なんですから。それに、荼毘くんの体、詳細は伏せられてますけど……相当グチャグチャなんですよね? ちゃんと治療してもらわないとです」
「あァ……そうだな」
生返事を返す荼毘。
そもそも彼の体に施されているのは治療などという生易しいものではないのだが……その辺りの齟齬については口を噤むことにしていた。
言っても世話がないし、何より懇切丁寧に説明する気もなかった。
トガ自身も、そこまで荼毘の体のことに関心がある訳でもなかろう。
彼女の関心はもっぱら、『彼』の蘇生に関することに向けられているのだから。
休憩スペースの窓に近づき、どこか遠くを見つめるトガヒミコ。
原因については言うまでもない。そもそもそれは彼女に限った話でもなかった。
あるいは、荼毘自身でさえも。
彼の肉体を勝手に改造した外道に対しては未だ恨み骨髄と言ったところだが、背に腹は代えられなかった。
『やりたいようにやる』がモットーの
それはある種この世の真理でもあった。
故にこそ恨みの尽きない
それが余計に腹立たしかった。
――最も、ワシがお前に施せるのは、あくまで『延命措置』じゃ。本来の寿命程長生きできるとは思わんことじゃな
――たりめーだろ。誰もそこまで夢見がちじゃねェっつの
思い出されるのは、数日前のそんな会話。
あァ、本当に腹立たしい。
いっそ何もかも燃やしてしまいたいが……それは
「――ありがとうございますね、荼毘くん」
「あァ? 急になんだよ」
「だって荼毘くんは、本当は何を曲げてもやりたくないようなことを、我慢してくれてますよね」
「――――」
「私や『先生』が蘇生を目指すのは、本当はただのワガママだって……分かっては居るんです。きっと、仁くんや荼毘くんはそれに付き合ってくれてるだけ」
「…………」
荼毘は内心で素直に驚いていた。
連合の中でも、倫理観は飛びぬけてブッ飛んでいるくせに、『彼』の死については真っ当に悲しんでいたトガヒミコ。
あるいは人並み以上に悲しみに潰されていた彼女が、ここまで的確に周りの心情を言い当てるとは。
荼毘は内心で彼女に対しての評価と
「『ドクター』も『先生』も、みんな感謝してると思いますよ」
「アイツらが真っ当に感謝なんかするタマかよ」
「でも、『遺体』を複製できる仁くんに、一時的とはいえゆずくんの姿になれる私、『蘇生』の参考例の荼毘くん。特に研究価値の高い三人が付いてくれたのは良かったって言ってましたよ」
「そりゃ感謝じゃなくて『好都合』っつーんだよ」
「そうだとしても、少なくとも私はちゃんと感謝してますよ」
「そうかよ、あンがとさん」
「……? 感謝してるのは私の方ですよ?」
「あー……じゃあどういたしましてって言やァ良いのか? ……悪ィな、
「いえいえ、ですよ」
荼毘が密かに織り交ぜた『育ちが悪い』という皮肉の真意にも気づくことなく――それで正解なのだが――微笑みを向けてくるトガ。
悲しみを堪えつつも、必死に笑おうとする少女の顔が、何故だかどうしようもなく癪に触って。
「――時間だ。そろそろ次の検査に呼ばれそうだからな。先に行ってるわ」
「そうですか、私は今日はもう終わりの予定なので、もう少しここで休憩してから帰りますね」
「ああ」
まだ呼ばれる時間にはわずかに早いにも関わらず、さっさと休憩スペースを立ち去る荼毘。
後ろ手に軽く手を振りつつ、他人に自然に手を振るなど自分も丸くなったものだと声に出さず述懐する。
自分がそうなった原因はもう、居ないというのに。
「――ったく、冗談じゃないぜ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…………さて、今日の分の検査はこれにて終いじゃな」
「そうかよ。んじゃな」
「待て、どこに行く。黒霧を呼ぶのにも使う休憩スペースはそっちじゃなかろう」
「便所だよ便所。あんま余計に話しかけてくんなよダルマ爺ィ」
本日の分の検査を終えてようやく解放された荼毘は、憎まれ口をその場に残して通路の奥へ消えていった。
「――この辺りだな」
しばし後。
研究拠点Yの奥深く、人気のないとある区画に荼毘の姿があった。
今日はトゥワイスはこの施設に来ておらず、トガは既に検査とサンプル提出を終え帰還済。『ドクター』は今頃とっくに研究データを持ち帰っている頃だろうか。
好都合だった。
今日をおいてはまたとないと言っていい程に。
故に決行を今日に決め、施設の奥深くへと潜り込んだ。
「おっ。あったあった」
そこは研究拠点Yの最奥。
棺のような、寝台のような、一目で生きた人間の入る設備でないと分かる装置の中に、
音を立てずに装置に忍び寄り、そこにあるモノに掌を向け――
「――そこで何をしている。荼毘」
「――ッ!? 死柄木、弔……何故ここに……!!」
あらかじめ待ち伏せていたのだろう。
誰も居ない筈の薄暗い部屋の一角に、ヴィラン連合のリーダーの姿があった。
「別にここは『
瞬間、凄まじい速度で迫る死柄木。
握りしめられた拳が、視認すら困難な速度で荼毘の顔に叩きこまれた。
「――ガァッ!?」
「一体ここに、何をしに来たァ!?」
轟音と共に壁に叩きつけられる荼毘。
すぐさま死柄木は、中指を除く四本指でその首を壁に押し付け、中指はわずかに浮かせる構えに移行する。
それは、わずかに中指を落とすだけで、『五指で触れること』を条件とする『崩壊』の個性を起動できるという、常日頃から死柄木が好んで使う脅しの構えだった。
「お前、勝手に
「――――」
「最初からおかしいとは思ってたんだ。お前が『生きたアイツ』に縋るようなやつにも、トガに同情して付き合うようなやつにも、死者蘇生みてーな夢物語に純粋に惹かれるようなやつにも思えなかったからな」
「――――」
首を壁に押さえつけ、荼毘を半ば磔のような状態にしつつ語りかける死柄木の言葉。
荼毘の無言は、それらを消極的に肯定するものだった。
「お前、最初からアイツの遺体を燃やすために行動してただろ。『蘇生派』に加担してたのは、少しでも研究施設に出入りする機会を増やすためで、アイツの遺体に近づくためだ、そうだろ!?」
「――正ッ解!!」
「フッ!!」
「ゴハァッ!!」
右手で荼毘を磔にしつつ、左拳が荼毘の胴体に叩きこまれる。
壁の亀裂が広がる様が、その威力の程を物語っていた。
「最期に言い遺すことはあるか?」
「……ハッ、ないね。オマエらみてぇな、ただ自分に酔ってるだけの気狂い共に遺す言葉なんてなァ……」
「……何?」
死柄木弔は、『彼』の生前の遺志を全うするために行動していた。そのつもりだった。
故にこそ、荼毘の言う『自分に酔ってる』という評価は心外なものであった。
「意外そうな顔してんじゃねェ! オマエらはどいつもこいつも、ヒトのカタチで居られなくなったやつの『苦しみ』を甘く見てやがる!! 俺に言わせりゃ、蘇生とか言い出すやつも!! 脳無化を推進するやつも!! どっちも等しくクソ食らえだ!!!!」
「俺だけだ!! 一度も死んだことがねェ奴らじゃねェ!! 俺だけが、アイツがこの先味わうであろう『地獄』を予見できるんだよ!!」
荼毘の血を吐くような叫びには、他の誰にも理解できず、想像するに余りあるほどの苦しみ、その実感がこもっていた。
なお、荼毘は知らない事実として、連合の中には死を経験している
「確かにアイツの望みはまだ叶っちゃいねェ!! でも、このまま眠っておけば、アイツがこれ以上苦しむこともねェだろ!! アイツが大嫌ェなこの世界にわざわざ呼び戻す必要なんてねェんだよ!!」
「オマエに理解できるかよ!? 死ぬような苦しみじゃねェぞ!! 死ぬその瞬間の苦しみを無限に引き延ばしたような、地獄の苦しみが!! こんなものを、アイツに味わわせようってのか!? アァ!?!? 『唯一無二の友』だとか言ってたよなァ!? オマエの友情は、そんなものを与えることを肯定すんのかよ!?!?」
あまりにも耳が痛かった。
先日連合メンバーにも述べた通り、『彼』の遺体を脳無に改造することは、死柄木にとってはただ死を受け入れること以上に辛いことでもあったのだ。
「俺は……そんなの、
「…………」
「なァ死柄木。終わらせてやろうぜ、アイツを。人のまま、人として死んでいく。それで良いじゃねェか。俺たちにできることなんて、ただアイツを
「…………」
長い沈黙が二人の胸を切り刻み続けた。
そしてしばらく経った頃、唐突に荼毘を抑える力が緩み、床へと滑り落ちた。
「荼毘、お前の言うことにも一理はあるよ。だがな、誰にも相談せず自分だけで勝手に結論出して、勝手にやろうとした時点で、それはお前のエゴでしかない」
「…………」
「まあ、さっきも言ったがお前の言うことに一理あるのも事実だ。お前の言う『葬送』案については、時期を見て俺から一度だけ話してみる。それまではお前の口から話すことは禁止だ」
「……俺を、消さねェのかよ」
「俺もお前も、アイツの愛した『
「そうかよ……」
「あぁ、言っておくが、そこにある遺体は
「……畜生、畜生ォ…………」
死柄木は言い終えるなり、背を向けて去っていった。
薄暗く、人気もしない部屋の奥。
項垂れ嘆く、