アリウスの王   作:大嶽丸

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ティータイム

 

 

 トリニティとの和解、即ち融和。

 

 聖園ミカが持ち掛けてきたその提案、そしてこれに対して生徒会長が前向きに検討しているということは瞬く間にアリウス自治区全体へと広まり、大きな話題を呼んだ。

 

 当然、それはトリニティを憎んでいる、所謂(アンチ)トリニティ派の耳にも入る。内戦の際にもトリニティへの帰化を拒み、武力を行使した彼女らはこれを看過出来ず、断固反対の姿勢を示すかに思われたが……。

 

「……良いのか?」

 

「はい。別に帰化する訳でもないのでしょう。それが我らアリウスに良い結果をもたらすと閣下が判断なされたのなら、我々も受け入れます」

 

「……そうか。感謝する」

 

 意外にも彼女らはたった一度目の会合であっさりと納得し、反対意見を出さなかった。てっきり納得させる為に長期的な説明と擦り合わせが必要だと思っていたニトは内心え、マジでいいの? と拍子抜けしてしまう。

 

 一方、反トリニティ派からすれば下手に反対してかつての内戦のような争いが勃発する可能性があり、それだけは避けたかった。

 

 アリウス統一後、トリニティへの恨みや憎悪は今も確かに残っているものの、平和というものは良くも悪くも過去を忘れさせる。彼女らの怒りや憎悪は水面下で燻りながらも徐々に、着実に薄れており、復讐や排斥などといった過激な思想は今や形骸化していた。

 

 要するに、今の生活を手放してまでトリニティ憎しを掲げて反発するほど反トリニティ派一同は愚かではなかったのだ。

 

 それに、ニトがしっかりとメリットとデメリットを提示し、如何に今回の和解が必要で有意義なものであることを説明してくれたのもあった。

 

 併合ではなく和平。従属ではなく、あくまでも対等な同盟。純粋な利益の為にトリニティ、或いはパテル派と手を結び、この自治区をより強固なものとする。当然、アリウスの教義は不変であり、決して奪わせない。

 

 これがただトリニティに帰化するとなれば、反トリニティ派も黙ってはいなかっただろうが、そうでなく対等な関係を築かんとするニトの方針に反対する理由など無かった。

 

 和解が成され、トリニティとの貿易が実現すれば間違いなく自治区の生活はより豊かになるのだから。

 

(うーん……良いことではあるのだが、なんだかなぁ)

 

 何はともあれ、反トリニティ派が合意した時点で、後はトントン拍子だった。和解は正式に決定され、報告を聞いたミカはその早さに驚きながらも大喜びした。

 

「ほう……“白洲”は上手くやっているのか」

 

「うん! とても良い子だよ!」

 

 それから数週間後。ニトとミカは客室で紅茶を飲みながら談笑していた。

 

 “和解の象徴”に選ばれたのは“白洲アズサ”という二年生の生徒。あの錠前サオリの推薦であり、本人も外への関心が強く意欲的だった。転校の手続きも滞りなく行われたようで今はトリニティ総合学園で勉学に励んでいる。

 

「今のところ順調だね。こっちの支援も好評みたいで何よりだよ☆」

 

「ああ。良い茶葉だ。一方的に支援してもらって申し訳無いな」

 

「平気平気! このくらいならセイアちゃんもナギちゃんも全く気付かないし。あ、そのうち野菜や果物とか送ってきてくれると嬉しいかな」

 

 現在、アリウス自治区ではミカの支援によりトリニティの文化や食糧、趣向品といった物資が流通しており、特に菓子類は非常に好評である。ミカ自身も進んでアリウスの生徒達と交流しているためトリニティへのイメージもゆっくりではあるが、改善されていくだろう。

 

「ふむ……それならペーパー企業を作ってそこを経由してトリニティへ輸出するか? 尤も、他のティーパーティーに怪しまれないよう工作するのは少々骨が折れるだろうがな」

 

「あ、それ良いかも。けど確かにセイアちゃんは不審がりそう……この前もぐちぐち小言がうるさかったし」

 

「……その様子だと、あまり仲は良くないみたいだな」

 

「まあね。アリウスとの和解を提案した時も政治的な利益がどうのとか争いの火種がどうのとか言って反対してきてさ……元々は同じトリニティなんだから仲良くしたいってだけなのにさぁ」

 

「現ホスト……百合園セイアだったか」

 

 少なくともミカよりは思慮深いようだ。政治的な観点から見て、リスクを考慮すればトリニティを恨んでいると思われているアリウスと和解しようとは一組織の長としては普通思わないし、するにしてももっと慎重に動くべきだ。

 

「毎回言われるんだよね。よく考えてから動けってさ……酷くない? 私ってそんなに頭空っぽに見えるワケ?」

 

「……単身でこの自治区に乗り込むような行動を毎回しているのなら、そういった評価をされるのも仕方無いと思うがな」

 

 妥当な忠言だとは思うが、恐らく言い方が悪かったり皮肉めいたりしているのだろう。元々が気安い関係なこともあってお互いに配慮が無く、些細なことが積み重なって不和の原因となるのはよくあることだ。

 

 ニトとしては二人が不仲なのは都合が良いが、ティーパーティーといえど、所詮は年相応の学生ということだろうか。

 

「うっ……でも、結果的には大丈夫だったでしょ? 考えてばかりで動かなかったら、意味無いってば」

 

「……そうだな。君のその行動力の高さと純粋さは美徳だ。決して愚かだと断ずることは出来んよ」

 

「へ? あ、ありがと。そんなこと言ってくれるの、ニトちゃんくらいじゃんね」

 

 照れ臭そうに頬を掻くミカ。その言葉が世辞でも何でもない本心であることが理解出来たからだ。

 

「ナギちゃんもいつもセイアちゃんの味方しててさ。この前も“エデン条約”の話が持ち上がってるから無闇な行動は控えくださいーなんて言われちゃった」

 

「……“エデン条約”?」

 

 何気無しに呟かれた、知らない単語にニトが眉をひそめる。

 

「あ、なんでもトリニティとゲヘナとの不可侵条約で、連邦生徒会長が発案して進めてるんだってさ」

 

「トリニティとゲヘナが……?」

 

 それは歴史的にも根深い対立関係にあるトリニティ総合学園とゲヘナ学園の全面戦争を避ける為の不可侵条約。両校から構成員を供出し合い、エデン条約機構を設立、同機構によって両自治区の紛争解決を行う構想である。

 

「いや、無理だろ」

 

「お、ニトちゃんもそう思っちゃう? 笑っちゃうよね、ゲヘナなんかと和平なんて無理に決まってるのに」

 

 即答するニトに、ミカは思わず笑顔になる。

 

「単純に意味が無い。そのエデン条約とやらが締結されたところで肝心のゲヘナが制御出来てない連中にそれが何の抑止力になると言えようか」

 

 トリニティ自治区で問題起こすゲヘナ生の大半は学園から認可されていない違法サークル。一部はなりを潜めるかもしれないが、元々が秩序と真っ向から敵対している者達なのだ。敵が増えたところで止まるはずがない。

 

 それこそゲヘナが掲げる“自由と混沌”の校風を根本から変革しない限りは。

 

「そうそう! 絶対後で裏切られるに決まってるじゃんね! なのにアリウスとの和解は反対するのによりにもよってゲヘナと仲良くしようだなんて……本当に意味分かんない」

 

「ほう……君はゲヘナが嫌いかね?」

 

 吐き捨てるように言うミカ。どうやら彼女はトリニティでは然して珍しくない典型的なゲヘナアンチなようで意外な一面であるとニトは僅かに驚く。

 

「うん。当たり前でしょ? ニトちゃんは違うの?」

 

「ああ。実のところ我らアリウスはそこまでゲヘナへの悪感情は無い」

 

「え、嘘。そうなの?」

 

「つい最近までそれどころではなかったのもあってな……オレとしても確かにゲヘナには“美食研究会”などというとんでもない異常者の集まりを筆頭に問題児は多いが、中には面白い奴らも居る。故に、ゲヘナ全体を嫌悪するつもりはない」

 

 脳裏に過るのは、便利屋68の面々。数ある友好的なゲヘナ生である彼女らもアウトローであるが故に、エデン条約など歯牙にもかけないだろう。

 

「ふうん……私はやっぱり嫌かな。何ていうか、生理的に無理なんだよね角付きって」

 

「そういうものか。深く根付いた差別感情を取り除くのは困難だ。けれど、君にその気があるのならゆっくりと慣れていくといい」

 

 各々が独自の常識や価値観を有するのが人間。そう簡単に相互理解出来るのなら、世の中に争いなど起こるはずもない。

 

「うーん……ま、ニトちゃんがそう言うのならちょっぴり考えてみようかなー。この前のアドバイスのお蔭でパテルの皆とも仲良くなったし」

 

 正式な和解にかなりの時間が必要だと知り、卒業までに成し遂げるか焦り、最悪留年も覚悟していたミカに対し、ニトは信頼するに足り得る後継を育てるように助言した。

 

 以来、ミカはティーパーティーに居る同じ派閥の者達と深く関わるようにした。それまでは名前すらも覚えていないのが大半だったが、話すことで次第に名前も覚え、今ではそれぞれの特技や趣味も大体は把握している。そうしたことで仕事の分配もその人物の特色に合わせ、より効率的に指示・運用出来るようになった。

 

 どうでもいい有象無象だと思っていたが、話してみると意外と悪くない人物だったりする者も居てミカは己が如何に彼女達を見ていなかったのだと思い知った。

 

 更に彼女達のミカへの忠誠心も上がった。元々ミカの美貌、強さ、カリスマ性に惹かれた者達が大半なのだからそんな憧れの存在が自分達のことをきちんと覚え、見てくれているのだと知れば当然の結果である。

 

「アリウスのことを託せそうな子も居たよ。まだ教えてないけど、いずれは説明して協力してもらうつもり」

 

「それは何よりだ。単純に君の支持率が上がるだけでもアリウスとの融和への賛同者は増えるだろう。今後も継続してくれると助かる」

 

 嬉しそうに語るミカに対し、ニトは内心苦笑いする。話を聞いた時は耳を疑ったものだ。そもそも彼女の助言は上に立つ者として至極当たり前の常識に過ぎない。流石にニトもアリウスの生徒全員の詳細を隈無く把握している訳ではないが、直近の部下くらいは覚えておくべきだろう。

 

 巨大な派閥を率いるリーダーとしては色々と問題点の多い。扱いやすい面もあるものの度が過ぎると些か困る。同盟相手としてミカの地位は磐石なものであることが望ましく、その矯正に尽力していた。

 

(しかし、エデン条約か……メリットとしては不倶戴天の敵同士であるトリニティとゲヘナが融和したという宣伝、或いは武力同盟か? 形ばかりの不可侵条約でもそれを締結させた実績はそれなりに大きい。利己的な動機を考えるとこれが妥当だが──)

 

 発案者は連邦生徒会長。この学園都市キヴォトスのトップであり、その優秀さはよく耳に入る。今更実績作りの為だけにエデン条約を発案したとは考えづらい。

 

(であれば、そのような条約を結ばなければならぬ程に、トリニティとゲヘナの関係は危うくなっている……ということか?)

 

 三大校のうち二つが全面戦争。それこそキヴォトス全土を巻き込む甚大な被害を及ぼすのは想像に難くない。

 

 それを回避する為に連邦生徒会長はエデン条約を締結したいのだと考えれば、充分に納得が行く。現状は変わらずとも戦争に発展することはどうにか食い止められる。

 

 両校の蟠りを解かぬ限り、その場凌ぎと言ってしまえばそれまでだが……。

 

(……こちらも調べておくか。結果次第では今後の身の振り方を考えなければ)

 

 アリウスの情報網は未だにエデン条約の話を掴んでいなかった。ならば恐らくまだ議題に出ているだけの機密事項であり、ミカが口を滑らしてくれたのは僥倖だった。

 

「あ、そういえばさ」

 

「ん?」

 

「この前、こっちに来た時に北の方の聖堂で歌が聴こえてきたんだけどさ。ミサでもしてたの?」

 

 ふと思い出したようにミカが尋ねる。

 

「……ああ。君達でいうところのシスターフッドのような、敬虔な信徒達がな。週一のペースで行われている」

 

 アリウスの教義に基づいた儀式。その形式は現在のトリニティのものよりも古く伝統的で、少なからず違う面はあるもののよく似ていた。

 

「それがどうかしたか?」

 

「いや、その時の歌がこっちでよく歌ってる讃美歌と一緒でさ。やっぱり同じトリニティなんだなーって」

 

 何気無しにそう語るミカ。彼女としては自分達トリニティと共通の面があることに親近感を覚えたが故の言葉だった。

 

「それで、それでさ。私、本当に嬉しくて、良かったと思ったんだ。貴女達(アリウス)が憎しみを受け継がず、私達(トリニティ)と同じ歌を歌っていることが」

 

「────」

 

 そして、彼女は気付かない。その純粋な感想が、ニトに如何程の衝撃を与えたのかを。

 

「……ああ。そうだな。君がそう言うのなら忘れず、残し続けた甲斐があったかもしれない」

 

「?」

 

 噛み締めるようにそう言い、ニトは上を向く。その視線は天井ではなく、もっと遠くを見据えているようであった。

 

 その頭の中でどのような思いが渦巻いているのか。ミカは分からず、知るはずもない。

 

 ただ、その顔は──。





反トリニティ派
 トリカスアンチ。普通に嫌いだし憎んでいるけど復讐してやる!って程のメンタルではない。むしろアリウスへの愛校心の方が強い。

美食研究会
 一般テロリスト。外出中に遭遇したニトちゃんは便利屋68より先に会ってたらゲヘナアンチになってたかもしれないくらいには酷い目に遭った。

そろそろ原作スタートかな。
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