アリウスの王 作:大嶽丸
陸八魔アルは悩んでいた。
相談とランチを終え、ニトと別れた後すぐに彼女は便利屋メンバーを引き連れてブラックマーケットにある“Empty sky”の事務所を訪れていた。
目的は勿論、アビドスに対抗する為の人員を確保すること。そのため所属する傭兵のリストを見せてもらっているのだが……。
「そのぉ……ちょっと高過ぎないかしら……?」
「はぁ、そう言われましても……評価A以上の傭兵を雇用するならこのくらいの相場が普通です」
リストにある傭兵達はEmpty skyにおいて評価Aという最上位のランク付けがされた、裏社会において名を轟かせる実力者揃いであり、戦力としては申し分無かった。
だが、それ故に一人雇うのに通常の傭兵ならば十数人雇えてしまう程の破格の金額だった。今回のカイザーからの報酬金の大部分を支払わなければならず、いくら赤字覚悟とはいえ流石にこれは割に合わない。
「厳しいようならば評価B以下の傭兵をご検討するのをオススメしますが……」
「評価B……うう、駄目よ! そんな半端な実力じゃあ焼け石に水じゃない!」
「……ですが、相応の報酬を払わなければ傭兵達は素直に従いませんよ。彼らは利己主義の集まりなので」
傭兵として上澄みだとしてそれが一人や二人で空崎ヒナと同等の化け物に対抗出来るはずもなく、かといって数を揃えるのを優先すればそれこそ蹴散らされるだけ。
そのためアルは無茶な要望だと理解しながらも粘り強く交渉を続けるが、担当の事務員は困り顔になるばかりである。
「アルちゃん、もう諦めよ? 頭数はそれなりのを揃えて武器とか調達しようよ。ほら、大量の爆薬とかで学校ごとドカーン! って吹っ飛ばしちゃえば良いじゃん」
「ムツキが好きで爆破させたいだけでしょ……けどまあ私も賛成。小鳥遊ホシノを倒さなくても依頼は達成できるはず……アビドス高校を存続不能にすればいいのだから、校舎を破壊してしまえば……」
「ば、爆破なら任せてください! C4でもクレイモアでも何でも使って消し去ります!」
「で、でも……ハァ……分かったわ……この予算で評価Bと評価Cの傭兵を雇ってちょうだい。きゅ、給料はギリギリまで値切ってくれると助かるのだけど……」
後ろでそのやり取りを見ていたムツキ達に説得され、漸く諦めが付いたのかアルは溜め息を吐きながらも事務員の提案通りに比較的安価の傭兵を雇うことにした。
「分かりました。それで手続きをしましょう……この度はEmpty skyをご利用していただき、ありがとうございます」
これに事務員も内心ホッとする。便利屋68は客としても傭兵としてもお得意様なので話が拗れるのはなるべく避けたかった。
「じゃあ、次は……」
「──便利屋68じゃないか」
人員の確保を終え、次の準備に取り掛かろうとしていると声をかけられる。
振り向けば、そこには白を基調とした服で統一された四人組が居た。
「貴女は……サオリじゃない。久しぶりね」
「ああ。覚えてくれていたか、息災で何よりだ」
「フフ。貴女のことを忘れる訳ないでしょう。あの時は世話になったわね」
その中でマスクで口元を隠した少女、錠前サオリとは仕事の際に何度か顔を合わせたことがあり、アルはその再会に嬉しそうに笑う。
「今回は仕事でここに?」
「ええ。サオリの方は?」
「今しがた終えてきたところだ。にしても、先程は何やら随分と揉めていた様子だったが……」
「え、ああ……まあちょっと人員の確保で……」
するとアルは言い淀みながら目を逸らす。
「? 成程……その様子だと、上手く行かなかったのか」
「ぐ……ええ、そうよ」
その姿を見てサオリは首を傾げるもすぐに状況を察した。これにアルは情けない場面を見られてしまったと落ち込む。
「……良ければ、手伝おうか?」
「え?」
「実は今回の仕事で一段落してこれから休暇を貰えることになってな……どうせやることもないから丁度良かった。無論、報酬も他の傭兵と同じで構わない」
「い、良いの?」
「ああ。お前達には恩があるしな。微力ながら力になりたい……構わないか?」
「も、勿論! 貴女が居れば百人力よ! 本当にありがとう!」
思わぬ提案にアルは顔を輝かせ、歓喜する。サオリの実力はよく知っており、まず間違いなく評価Aの傭兵。そんな彼女が善意で協力してくれると言うのだから正に渡りに舟だった。
「……リーダー」
「む、心配は無用だミサキ。これは私が個人的に請け負った事だから、お前達は各々で休暇を堪能してくれ」
「いや……そういうことじゃなくて……」
これにミサキが何か言おうとすればサオリは遮ってそう言うが、彼女の意図は違ったため呆れた表情を浮かべる。
「ねぇ……リーダーはああ見えて意外と天然だし、騙されやすいから一人にするの不安なんだけど。あの陸八魔って人も似たようなオーラを感じるし……」
小声で他の二人にそう伝える。サオリは仕事の際にクライアントや同業者に騙されかけたことが多々あったからだ。因みに便利屋68との出会いもそういった事態に陥った際に助けられた、という経緯だったりする。
「……確かに。誰か付き添った方が良いかも」
「ふぇっ!? わ、私はこれから食べ歩きの予定が……」
アツコも同意する。ヒヨリは露骨に狼狽える。
「普通に考えてあんたには頼まないから安心して」
「うっ、言い方に棘がありますぅ……」
「……私が行く」
「姫が? ……分かった。気を付けてね」
涙目になるヒヨリを尻目にアツコが名乗り出る。何だかんだこの中だと一番しっかりしている彼女ならば大丈夫だろうとミサキは頷く。
そうしてアルにもう一人雇えないかと提案すれば、むしろ大歓迎だと二つ返事で了承される。サオリの仲間という時点で強さは保障されたようなものだ。
「いやー持つべきものは友だねアルちゃん!」
「さ、流石ですアル様! これも全てアル様の人徳が成した事です!」
凄腕の傭兵が二人も格安で雇用出来た嬉しい誤算にムツキとハルカがそう言って煽てる。
(そういえば、あの人達の格好……もしかしてニトさんと関係がある?)
一方、カヨコはというと四人の姿を見て既視感を覚え、そのようなことを考える。同じ白を基調とした服……特にあのミサキという茶髪の少女のコートはニトのコートによく似ていた。
単なる偶然と言われればそれまでだが、あの非常に謎めいた少女の正体について前々から気になっているカヨコにはそうは思えず、つい勘繰ってしまう。
Empty skyの真の元締め。それは便利屋68のような零細企業を言葉一つで手厚い待遇で迎え入れさせた時点でカヨコは察していた。ムツキやハルカは勿論、あのアルですら薄々感付いている。
あれだけの強さを有しながら全くの無名。かと思えば、裏社会で幅を利かせ、今も事業を拡大し続けている傭兵ビジネスを牛耳るフィクサー。とんでもない大物が潜んでいたものだとカヨコは戦慄しつつ、同時にそれすらも隠れ蓑に過ぎないのだろうと推理する。口にせずとも特に隠そうとしないその態度がその証拠だった。
しかし、そうなると疑問が湯水のように出てくる。例えば初対面のあの日、彼女は主要区域であるD.U.に初めて来たかのような口振りでそもそもキヴォトス自体にあまり慣れていない様子で当時のカヨコは彼女がキヴォトスに来たばかりの人間だと誤解した。
それは、上述した通り裏社会にこうも深く根を張っているのならば可笑しい話だろう。加えて、アビドス高校についてや神秘という未知の概念など様々な知識を有している。
あまりにもちぐはぐな印象。知れば知るほど謎が深まっていくが、もしこの四人の少女がニトと関係があるとすれば──。
「カヨコ、どうしたの? ボーッとして」
「え? あ、いや……何でもない」
するとアルに呼び掛けられ、思考が現実へと引き戻される。どうやら考え事している間に話が纏まったらしい。
「そう? じゃあ、無事に傭兵も雇えたし武器も注文し終えたから決行日に備えて腹拵えしましょう!」
Empty skyでは傭兵雇用だけでなく武器の購入も可能だった。人員・装備・情報・そして仕事……傭兵にとって必要な物のほぼ全てがここで揃えることが出来る。
そこでふとカヨコは嫌な予感がした。
「……因みに社長、残りの予算は?」
「ん? えっと……さっき支払った費用を差っ引いて……へ?」
指を折りながら暗算していたアルが何かに気付いて固まる。否、そんなことあるまいともう一度計算し、更にもう一度計算し、その度にだらだらと汗を掻き始める。
「まさか……」
「どうしたのー? アルちゃん?」
「……円よ」
「はい?」
「残金600円よ──!!」
「ん?」
『どうかしましたか?』
「いや……知り合いの声が聴こえたような気がした。さっきまで話していたからかな」
一方その頃。便利屋の助っ人にサオリとアツコが加わっているなど夢にも思っていないニトは耳元にイヤホン型の無線機を付け、アリウス自治区に居る副会長と通話していた。
「それで、自治区の方はどうだ?」
『特に異常無しです。定期的に聖園ミカが訪れていますが、いつもと変わらず怪しい動きはありません。閣下の所在についてやたら気にしているようでしたが』
「そうか……ふむ、一応モモトークで連絡は取り合っているのだがな」
直接会って話さなければならないことがあるのだろうか。そうであれば後で訊いておこう。
『……因みにどのような会話を?』
「ん? なに、今日は何をしただの何が楽しかっただの、取るに足らぬ他愛もない話に過ぎない」
ミカは既にニトを友人の一人として認識しており、かなりの頻度で連絡を寄越してくる。その行為に対してニトは無警戒過ぎるのではと思いながらもこういったやり取りをするのは新鮮で有意義に感じていた。
ただ既読無視したり返信が遅れたりすると少し拗ねる時があるのが些か面倒ではあるが。まあ、年頃の少女というのは色々と複雑なのだろう。
『……閣下。恐れ入りますが、あまりあの女を甘やかすのはどうかと』
副会長のトーンが露骨に下がった。
「何だ、オレが奴に
『! そ、それは──』
「クク。安心したまえ、ヒトミ。如何に見てくれが同じと言えど、彼女は彼女であり、聖園ミカは聖園ミカに過ぎない。同一視するつもりはないとも」
実際、中身は全くの別。それに縋り、過去に縛られるなど在ってはならぬことだ。
『……了解です。軽率な発言、誠に申し訳ありません』
「構わん。お前の憂いも理解出来る。確かに初めて会った時は本当に驚いたしな」
副会長は、失楽ニトという人間に絶対的な忠誠を誓っている。それはひとえに彼女が強く、賢く、そしてどこまでも
かつて、暗く澱んだ有り様を見通すだけだったその瞳は、如何なる障害をも打ち砕き、アリウスを照らして王たらんとするその強烈な
だからこそ、副会長は、月島ヒトミという一人の臣下は危惧していた。
聖園ミカという過去の生き写しによって、その正しさが揺らいでしまうことを。その覇道に綻びが生じてしまうことを。
たとえ杞憂であろうとも、どうしようもなく。
「さて……オレはもうしばらく地上に残る。悪いがその間、自治区のことは頼んだ。他の奴らにもよろしく伝えておいてくれ」
そんな心の内をニトは知らず、しかし溢れんばかりの忠誠だけは理解している。
故にこそ信頼を示し、何よりも大切な自治区を任せ、彼女はこうして地上で活動出来ているのだ。
『──了解しました。閣下の目的が無事成されること、心から願っております』
そうして、通信を終える。
「……今のは副会長ですか」
「ああ。突然訪問したというのに待たせて悪かったな、葦原」
ニトの視線の先には、スーツを着た少女。短く切った緑掛かった黒髪の彼女は薄く笑みを浮かべている。
“
「いえいえ。自治区の方は平和なようで何よりです。トリニティとの融和の話も、こうして生徒会長閣下が地上で好きに動けている以上、順調と見てよろしいのでしょうか?」
「今のところ目立った問題は無い。自治区に関しても副会長を含め、優秀な者が多くて助かっている」
「実に羨ましい限りです。どうにもここの連中は血の気の多い者達ばかりでして、毎日のように手を焼かされております」
ゲヘナ自治区と一二を争う治安の悪さを誇るブラックマーケットであるが故に、ここは他の駐留部隊よりもずっと問題発生件数が多く、また規模もトップクラスであるため非常に多忙であった。
「お前達には苦労をかけるな……特にここ最近は酷かったろう?」
「ええ。連邦生徒会長失踪による急激な治安の悪化は稼ぎ時ではありましたが……ところで、如何でしたか? 件のシャーレの先生とやらは」
ふと、スーツの少女──CEOは問いかける。
「ほう? お前も気になるかね?」
「当然でしょう。あの連邦生徒会長が呼び寄せた、あの化け物と同じ外から来た“大人”……閣下が自ら地上へ赴き、見定めようとするほど警戒する気持ちもよく理解出来ます」
アリウスを蹂躙し、我が物にせんとした侵略者、ベアトリーチェ。それはアリウスの住人にとって恐怖と憎悪の対象であり、それと同じ素性のシャーレの先生を信用出来ず、脅威と認識するのは当然の帰結だった。
尤も、実のところCEOはベアトリーチェとの面識は無く、シャーレに対しても好奇の方が勝っていたが。
「奴とは違ってごく普通の人間の姿をしていたな。我々との違いはヘイローが無いだけ。尤も、それが本来の姿かどうかはまだ判断しかねるが……」
とはいえそういったカモフラージュをしているようには見えなかった。あれは疑いようもなくニトがよく知る“普通の人間”である。
「指揮能力はかなりのものだったぞ」
「やはり閣下から見てもそう思われますか。何せあの“災厄の狐”を寄せ集めの人員で撃退していますからね……」
「……災厄の狐?」
「狐坂ワカモという、あのゴタゴタに際して連邦矯正局から脱獄した危険人物です。高い戦闘力を有しており、独自の価値観で無差別に破壊活動を繰り返すその性質から、こちらも要注意人物としてマークしています」
「ほう……」
わざわざ注視する必要がある程の実力者が脱獄しているとは。初耳であったニトはその話に興味を引く。
「他にも慈愛の怪盗、五塵の獼猴、伝説のスケバン……と名だたる凶悪な犯罪者が脱獄し、現在も野放しになっており、メディアは彼女らを“七囚人”と呼称して指名手配しています」
「スケバン……? ふむ、“七囚人”か……それはまた妙な連中が涌いて出たものだ」
「彼女達の裏に別の何者かが存在するという情報もありますし、我々駐留部隊としては全員がシャーレと並んで警戒すべき対象でその動向を探っている状況です」
なんか変な異名の奴が居たような気がするが、CEOの様子からして危険度の高い連中なのだということは理解出来た。
「──そうか。今後その七囚人とやらについて何かしらの変化があれば報告してくれると助かる。オレとしても興味が出てきた」
「承知しました。であれば、後ほど詳しい資料をお送り致します」
このキヴォトスにおいて投獄され、その中でも指折りの凶悪犯とされるような連中……詳細を知らぬニト個人の第一印象としてはぶっちゃけあまり関わりたくない。
けれど、決して無視出来ぬ存在ではある。単なる危険因子か、或いは利用価値があるかどうかは不明だが、一先ず頭の片隅に記憶しておく。
「……そろそろ本題に入りましょうか」
「ああ。そうしよう」
そして、CEOの言葉に同意し、ニトはここへ赴いた本来の目的を成さんと話を切り出す。
「近々アビドスとカイザーとで大規模な騒動が起こる。それに際してお前達に協力してもらいたい」
確信を以て、ニトは告げる。
遅かれ早かれ彼らはカイザーの陰謀に気付き、事態は動き出す。分かりきった未来を見据え、準備を整えていく。