アリウスの王   作:大嶽丸

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いざ、ブラックマーケットへ

 

 

 正直、過大評価だと思っていた。

 

 所詮はただの学生。SRT特殊学園ならいざ知らず常日頃から戦闘技術を学び、訓練しているアリウスの兵士──その中でもトップの成績を収め、スクワッドのリーダーを任されている自分がそう易々と遅れを取るはずが無いと。

 

 けれど、そんな錠前サオリの心の片隅にあった驕りは見事なまでに打ち砕かれた。

 

 勝てるビジョンが全く見えなかった。仮にスクワッド全員、他に増援が居たとしても結果は変わらぬだろう。卓越した技量、天性のものであろう戦闘センス、それらを十二分に発揮出来る強靭な肉体──戦いの天才とはよく言ったものだ。

 

(小鳥遊ホシノ……まるで、閣下を相手にしているようだった)

 

 脳裏に過ったのは、自らが敬愛し、崇拝して止まない生徒会長。戦い方こそ違うが、()()()()という意味合いでは共通していた。

 

 かつて、戦闘訓練の一環で行われた模擬戦で大隊相手に蹂躙の限りを尽くされたことを思い出しながら、あの方だけが特別ではないということを再認識させられる。

 

(世界は広いな。もっと、腕を磨かなければ──)

 

 然れど、サオリは諦めてはおらず、いつかは雪辱を晴らそうと考えていた。彼女のような絶対的な強者がアリウスの敵として現れた時、手も足も出ずに敗北するとなっては話にもならないのだ。

 

 だからこそ、サオリは“力”を求める。

 

 皆を、アリウスを護れるような力を。失楽ニトの期待に応えられるような力を。

 

 でなければ、きっと──。

 

「はい。これが今回の給料よ」

 

「……良いのか? 依頼は失敗したというのに」

 

「むしろ色を付けたいくらいよ。あなた達が居なきゃ撤退出来ずに捕まっていたかもしれないし」

 

 アビドス高校から逃走後、Empty skyの事務所にあるロビーにて。サオリとアツコはアルから今回の依頼の報酬を貰っていた。

 

 因みに他の傭兵達への支払いは既に完了しており、アル以外の便利屋メンバーが居ないのは()()()()の準備をしているからである。

 

「しかし、今回の襲撃ではかなりの金額を使っただろう」

 

「う、そこを突かれると痛いけど……ただでさえ格安で引き受けてもらったのに、そこも違えたらビジネス、いや人間として大問題。こういう所はきちんとやるべきよ」

 

「……そうなのか。勉強になるな」

 

 己のプライドもあるが、道徳などへったくれもない何でもありの裏社会であるからこそ仁義や義理というモノは尊ばれ、それを軽んじてしまえば壊滅的な結果をもたらす。

 

 “一流のアウトロー”を目指すアルはその矜持がためにサオリの気遣いを理解しつつも決して譲るつもりはなかった。

 

「それならば有り難く受け取ろう。それから、継続雇用の件だが……」

 

「……やっぱり駄目そう?」

 

「ああ。生憎と予定が埋まってしまっている。私としては引き続き協力したかったのだがな……すまない」

 

「大丈夫よ。元々今回限りの契約だったのだし」

 

 スケジュールもそうだが、次のアビドス襲撃への参加はするなとアリウス生徒会から通達されてしまっている。恐らく今回許可が下りたのはアビドス高校、そしてシャーレの先生の戦力を把握する意味合いもあったのだろう。

 

 いずれにせよ、便利屋には申し訳無いが、サオリはもうアビドスには手を出せない。

 

「しかし、資金はどうするんだ? また武器や人員が必要になると思うが……」

 

 ふと疑問に思って尋ねる。Empty skyを介した依頼ではないため支援は見込めず、他の依頼をこなして集めるにしても彼女達のクライアントはそこまで待ってはくれぬだろう。

 

「ふふん、それなんだけど実は秘策があるのよ!」

 

「何、本当か?」

 

 するとアルは得意気に、所謂ドヤ顔を浮かべながらそう言い放つ。

 

「──銀行に融資してもらうの!」

 

「銀行だと? しかし……」

 

「皆まで言わないで! 銀行は銀行でもただの銀行じゃないわ! ブラックマーケットの闇銀行よ!」

 

「おお、成程……流石だな」

 

 それは指名手配され、預金口座を凍結されてしまっているが故に今の今まで思いもしなかったことであった。

 

 これにサオリは感心する。実のところ普通の銀行と闇銀行とやらの違いすらもよく分かっていないが、同じ裏社会の住人として敬意を払っているアルがここまで自信満々に言うのだから大丈夫なのだろうと思った。

 

(……いや無理でしょ)

 

 盛り上がる馬鹿二人を静かに眺めながら、アツコはここには居ない便利屋一同を代弁するかのように心の中でそう突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 翌日、アビドス高校では。

 

「私達を襲った便利屋68ですが……検索したらすぐに出てきました。彼女達はゲヘナ学園の部活動……正確には数ある違法サークルの一つであり、金さえ貰えれば何でもやるサービス業者らしいです」

 

 少しばかり砂の混じった教室にて。いつものように定例会議を行う中でアヤネが皆に伝える。昨日の戦闘で銃撃を受けた箇所がまだ痛むのか頭に包帯を巻いていた。

 

「ホームページに思いっきり住所が公開されていましたが、詳しく調べたところ既に引き払われていました」

 

「はぁ? 夜逃げしたっての?」

 

「ふうん……報復を恐れて引っ越したって訳だ。逃げ足が速いねぇ、本当に」

 

 ホシノがぼやく。

 

「“元よりそのつもりはなかったけど……なかなかのやり手だね”」

 

 殆ど使っていないとはいえ校舎の三割近くが損壊した。流石にここまでの被害を与えられては黙っていられず、シロコやセリカからは先んじて事務所を襲撃しようという声も出たが、先生によって止められた。

 

 逃げに徹しられてしまえば消耗するのはこちらであるし、あの手のタイプは尋問したとしても依頼主の名を絶対に口にしないだろう。

 

 今は便利屋やカタカタヘルメット団を雇った黒幕を突き止めることを優先するべきだと判断した。

 

「“じゃあ、昨日ホシノが言っていたEmpty sky……だったっけ? そこから依頼主を調べるのは……”」

 

「いや、少なくともエンプティの依頼リストにアビドス襲撃だなんて依頼は無かったよ。便利屋68は基本的に仕事を選ばないみたいだから別口からじゃないかな?」

 

「“……その口振りだとホシノはよく通ってるの? そのエンプティに”」

 

 いつもと違い、多少真面目な雰囲気を出しつつ喋るホシノに、気になった先生が問う。

 

「うん。一応、傭兵登録もしてる。たまに私がシロコちゃんとかに紹介している依頼は大体エンプティ経由だよ~」

 

「ん、初耳」

 

「ホシノ先輩、ブラックマーケットに出入りしてたんですかっ!?」

 

「うへ~ たまにだよ、たまに」

 

 アヤネが驚きの声をあげる。気が付いたらフラフラと何処かへ消えてしまっていることは多々あったが、てっきりサボっているのだとばかり思っていた。

 

 まさか有数の危険地帯であるブラックマーケットに出入りしていたとは。尤も、昨日見せた強さからして何ら問題無いのであろうが……。

 

「そもそも一体何なのよ、そのエンプティナンタラって?」

 

 会話について行けないセリカが尋ねる。

 

「そうだね。一回、説明しておこっか。先生も知らないようだし……」

 

「“うん、よろしく頼むよ”」

 

「株式会社“Empty sky”……表向きは人材派遣会社ってことになってるけど、実態は昨日も言った通りPMCみたいなもので主に傭兵に依頼を斡旋し、支援する組織だよ」

 

 とりあえずホシノは概要を説明する。

 

「直訳すると空っぽの空、“(から)(そら)”……? 変な社名ですね」

 

「依頼の斡旋……は分かりますが、支援ですか? 具体的にはどのような?」

 

「そりゃ依頼内容に対する助言とか補足説明したり、後は武器や弾薬を提供してくれたり達成の為の費用を一部負担してくれたりとか……あと成果を挙げた傭兵はボーナスが貰えたりもするね」

 

「何よそれ、良いこと尽くめじゃない」

 

「うん。だからこそ、大多数の、というかほぼ全ての傭兵がエンプティに登録して利用している。掃除とか運送とか傭兵向きじゃない依頼もあるから普通の生徒も登録してたりするし。かく言う私もその一人だしね~」

 

 今じゃブラックマーケットで一番幅を利かせてるんじゃない? とホシノは言う。思っていた以上に規模が大きそうな組織に話を聞いた一同は驚きを隠さない。

 

「そのような会社があるなんて……全く知りませんでした」

 

「本拠地がブラックマーケットだし、出来たのもかなり最近だからね。先生が知らない辺りまだ連邦生徒会も把握してないんじゃないかな?」

 

「“……恐らくは”」

 

 少なくとも会長代理をしている七神リンの耳には届いていないだろう。

 

(ま、実のところ私も失楽ニト達からの紹介で初めて知ったんだけどね……)

 

 当初こそブラックマーケット由来なこともあって訝しんだものだが、今では裏の取れた安定した仕事をこなせているので感謝している。普通に探した仕事では報酬を渋られたり、廃校寸前の高校なこともあって足元を見られることが多かったからだ。

 

 その点、Empty skyはまず何よりも“信用”を売りにしている組織であり、あの失楽ニトが勧めるのも納得であった。

 

「あのサオリってのも、エンプティの傭兵?」

 

「ん? 多分そうだねぇ。便利屋と違って私は見たことないけど、あの実力からしてそれなりに有名かも」

 

「そう……」

 

「どうしたの? シロコちゃん」

 

「ん、あいつは先生を撃った。許せない」

 

 憤りを隠そうともしないシロコ。あのサオリと呼ばれていた傭兵は、引き金を引くことに微塵も躊躇していなかった。

 

 先生に防御手段があったから良かったが、そうでなければたとえ急所を外していたとしても重傷を負った。ヘイローの無い人間は、簡単に傷付くのだから。

 

「しかし、ブラックマーケットですか……なら、丁度良かったかもしれませんね」

 

 するとアヤネがそう言い、持っていたタブレット端末の画面を皆に見せる。

 

「先日、カタカタヘルメット団から回収した戦車の部品を解析した結果、現在は取引されていない型番であり、ブラックマーケットでのみ流通している可能性が高いです」

 

「成程ねぇ……じゃあ、流通ルートを突き止めるにはブラックマーケットに乗り込むしかないって訳だ」

 

「その通りです。それから便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞きました」

 

「では、そこが重要ポイントですね!」

 

「はい。二つの出来事の関連性を探すのも、一つの方法かもしれません。Empty skyについても気になりますし……」

 

「よし、じゃあ決まりだねー。おじさんが案内してあげるよー」

 

 話し合いの末、アビドス生の意見は固まる。戦車の流通ルートを突き止めることが出来れば、カタカタヘルメット団や今回の便利屋68を差し向けてきた黒幕の正体に辿り着くことが出来るはずだ。

 

「先生はどう?」

 

「“……うん。私も賛成だ。ブラックマーケットを調べよう”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

『──閣下の予測通り、アビドスはブラックマーケットへと向かう模様です』

 

「……そうか。葦原達にも伝えておけ」

 

 監視していた駐留部隊からの報告にニトはそう指示する。

 

 やはりと言うべきか、先生の来訪から事態は急速に進展していた。戦車の流通ルートからカイザーPMCに辿り着くのは難しいが、ブラックマーケットに赴けばカイザーローンと闇銀行の関係性に気付く可能性は充分有り得るし、黒幕に辿り着くのは時間の問題だろう。

 

 そこからどうなるかは正直言ってまだ分からない。シャーレの先生が権力を振り翳す巨大企業相手にどこまでやれるかは全くの未知数であり、また小鳥遊ホシノがどう動くかも不明であった。

 

 いずれにせよ、どのような結果になろうと()()()()()()()

 

 ニトが展望する光景へと収束させる為に。

 

(しかし……錠前の銃撃を防いだ時、一瞬見えた。あの時、確かに()()()()()()

 

 思い返す。小鳥遊ホシノがやる気になって一時はどうなるかと思ったが、便利屋、そしてサオリは見事先生の有する手札の一つを晒すことが出来た。

 

 それがサオリの銃撃を防いだ、見えないバリアのようなもの。恐らくあの肌身離さず持っていたタブレット端末が関係しているのだろう。

 

 だが、当時のニトはそれどころではなかった。

 

 はっきりとは見えず、しかし確かに視認したその“水色の影”をニトは何かの人影だと認識した。無意識に、或いは本能的に、何故かは分からぬが、彼女はそこに先生だけでなく実体の無いナニカが存在していると思ったのだ。

 

(あれは──)

 

「何の電話?」

 

 その時、澄んだ声により現実へと引き戻される。

 

「ん? なに、大したことではない。単なる雑務さ」

 

「ヒミツってこと~? アビドスって聴こえたけどそれってあの砂に埋もれた学校?」

 

「……耳が良いな。それと、まだ埋もれてはいない。聖園」

 

 ティーカップを置いたテーブルを挟んで目の前には、トリニティ総合学園“ティーパーティー”のパテル分派領袖──聖園ミカが居た。

 

「もう! ミカって呼んでって言ってるでしょ?」

 

「……ああ、すまん。つい忘れてしまう、ミカ」

 

「ニトちゃんって基本的に誰に対しても苗字呼びだもんねぇ。けどヒトミちゃんとか親しい人は普通に名前呼びじゃんね? それとも私とは親しくない?」

 

「いや、そういう訳では。ヒトミとは付き合いが長いからな……そも、我らはあくまで同盟相手であるし、あまり馴れ合うのはどうかと思うが」

 

「えー、仲良くしようよー? その為にアリウス自治区まで来たんだから。というか今更過ぎるじゃんね」

 

「……それもそうだが」

 

 アビドスと便利屋の戦いを見届けた後、自治区へ帰るなりその恐るべき怪力に捕まり、こうしてお茶会をさせられている。

 

 どうやらモモトークでのやり取りだけでは満足出来なかったようだ。

 

「聖堂騎士団のユーグちゃんが怒ってたよ? トップが自治区から出て現を抜かしてるって」

 

「……ふむ、あそこは反トリニティ派も多かったような気がするが?」

 

「まあね、最初はちょっと冷たかったけど今ではよく話す仲だよ。アリウスの教義もなかなか興味深いし☆」

 

 聖堂騎士団。

 

 それはアリウスの“大聖堂”を本拠地とする敬虔な信者や所謂原理主義者の集まり。簡単に言えばトリニティの救護騎士団やシスターフッドが合わさったようなものであり、騎士団と名乗るだけあって相応の武力も有している。

 

 政治には関わらず、ミサの主導や教義の普及、その他ボランティア等を精力的に活動していた。政教分離は基本である。

 

 とはいえ政策や活動に対して抗議する権利は当然存在し、また勢力の影響力は強い。これはニトが意図的に行っており、自分達アリウス生徒会が暴走してしまわないようにするためだった。

 

 因みに以前、トリニティとの融和の件で話していた反トリニティ派のリーダーも聖堂騎士団に所属している。

 

「そうか……君のコミュニケーション能力の高さには感服させられるよ。本当に」

 

「それって褒め言葉? いや、ニトちゃんが言うんだからちゃんと褒め言葉か。ごめんね、セイアちゃんが皮肉とか嫌味ばっか言うから分かんなくなっちゃうじゃんね」

 

 頬杖を付き、ぼやくようにミカは言う。

 

「……また揉めたのかね?」

 

「いっつもだよ。うるさいのなんの、うっかり手が出そうになるよ☆ なんか根本的に反りが合わないのかなー」

 

 相も変わらず現ホスト・百合園セイアとの仲は険悪らしくモモトークでも度々愚痴っていた。この様子だとかなりストレスが溜まっているに違いない。

 

 アリウスへ頻繁に訪れているのはその発散も兼ねているのだろう。ニトとしてはあまり険悪な関係になり過ぎるのも困るが、不仲な方が付け入りやすい部分もあり、どうしたものかと思案する。

 

「ふむ……まあ、無理無く付き合えばいい。結局のところ気に食わぬ人間というのは何処にでも存在し、それらを全て排除することは到底叶わぬのだから」

 

「うーん……ニトちゃんがそう言うのなら、とりあえずそういう風にやって行こうかな。ありがとね☆」

 

 一先ずは静観に徹する。百合園セイアの問題はアビドスの件が一段落してからでも遅くはないだろう。

 

 そう遠くない内に、彼女はこの時の己の判断を酷く後悔することになる。




聖堂騎士団の元ネタは異端繋がりでテンプル騎士団だったりする。
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