アリウスの王 作:大嶽丸
良い街作ろうアリウス自治区。
ベアトリーチェの追放後、生徒会長に就任した失楽ニトは早速とばかりに大改革を始めた。
まず手始めにニトが着手したのは食糧問題。思えば、内乱の原因の一つであり、かき集めた物資が尽きる前に対処しなければならなかった。
そこでニトは各地に大規模な農園と水田を開拓させた。原始的ではあるが、幸いにも元々先人達も農業をしていたようでノウハウはあった。伊達にトリニティ総合学園はおろか連邦生徒会にも気付かれずに現代まで自治区として残っていた訳ではない。
小麦、玉蜀黍といった穀物を優先的に、野菜も大豆やキャベツといった栄養価の高い物を栽培。地下であるため人工光を用いたが、費用や手間は掛かるものの天候に左右されること無く安定して栽培出来るメリットがある。
無論、所詮は素人のやることなのでそう簡単には行かず、問題や失敗は幾つもあったが、少しずつ改善していった。試行錯誤の末にどうにか自給自足可能なラインまで到達し、余裕が出てからは他の作物の栽培に加え、果樹園も開いた。
飢えを満たすこと。それはニトの最優先目標である兵士の強化、戦力増強に繋がる。当たり前の話であるが、栄養を取ることで健全な肉体は作られ、空腹が満たされれば士気も高揚する。飢餓状態で訓練させても怪我人が増えるだけだ。
続いて学校運営。これは根本のシステムから丸ごと取っ替え、ニトの知る
学ぶことは主に戦闘技術を重点的に一般教養や農耕知識。またアリウスの教義についてもニトが彼女なりに解釈し、編纂したものを教育させる。カリキュラムは最適化されているとは言えないが、これもやっていく中で改良を重ねたり、他校の教育内容を真似るしかないだろう。
初等部まではこれらを幅広く学ばせ、中等部から歩兵科・食農科・工業科の三つに別れ、それぞれ選んで専攻するという仕組み。卒業後はそのまま教員となるかそれぞれの分野の職業に就く。
ただ戦力は少しでも欲しいので歩兵科以外を希望した者には有事の際には兵士として補填される可能性があることを予め承諾させ、訓練にも任意で参加可能ということにしている。
校内の環境も出来るだけ整備し、暮らしやすいように改善した。劣悪な環境でいくら鍛え上げたところで雑兵しか育たないのだから。
本来であればゆっくりとやるべき改革であるが、ベアトリーチェという脅威が存在する以上、アリウスには時間が無いことを理解していたニトは無茶を承知の上で生徒会長としての強権をこれでもかと振るった。当然反発もあるかに思われたが、意外にもアリウスの住人は戸惑う事こそあれど皆がニトの命令に従い、懸命に働いた。
内乱中敵対していた勢力までもが妙に従順なのでニトからすれば不思議な話であったが、好都合だったので特に何も言うことは無かった。
そうしたこともあって、再開発したアリウスは僅か数年で安定し、十全に機能していた。食糧に関しても満たされている、とは言わないものの飢えている者は一人も居ない。
ある程度余裕が出来た頃、次にニトが手掛けたのは武器工場の建設とそれを運用するのに必要な発電設備の増設。ベアトリーチェがかつての敵対勢力に流していた装備を量産する為だ。後から分かったことだが、彼女が流した装備はキヴォトスにおいても当時の標準以上の性能をしており、こればかりはあの売女も恩恵をもたらしてくれたとニトは皮肉たっぷりに感謝した。
結果、アリウス分校は今やキヴォトスでも有数の軍事学校と化しており、戦力増強というニトの目論見は成功していると言えよう。
「──“無名の司祭”、だと?」
そして現在。
「ええ。古文書の解読の結果、そのような存在がかつてのキヴォトスには居たようで」
アリウス調査技研。主に“技研”と呼ばれている、アリウスにおいては貴重な技術者や研究者、学者達が集められており、名目上は部活という扱いだが、実際のところは生徒会直属の研究機関のようなものである。
その部室兼ラボ。校内の地下室を改造して作られたそこでニトは、技研部長からとある報告を聞いていた。
「現存する“遺物”の大半は、かつての同胞、そして逃亡の手引きをしていた“ユスティナ聖徒会”が残した物と思われますが、中にはそれ以前からあった物もあり、それを開発したのが……」
「その“無名の司祭”とやら、という訳か……」
ある日、インフラ整備の最中に掘り起こした過去の遺物。その大半が現代の科学力では再現不可能なロストテクノロジー。恐らくベアトリーチェがアリウス自治区に目を付けたのもこういった物があったからだと思われる。
長く続いた内乱の影響で殆ど失われてしまったそれらに対する知見を取り戻す為に、ニトは技研を創立し、ユスティナ聖徒会が残した古文書の解読とその記述を元に遺物について研究させていた。
そんな中、浮き彫りになったのは
遥か古代。今のキヴォトス文明以前の支配者であり、自然を模った形で顕現するという“名もなき神”とやらを崇拝する集団……数々の遺物の由来なだけあってその科学力は今のキヴォトスを遥かに上回るレベルだった。
とはいえ現在では既に淘汰され、痕跡のみが残っている……はずだったが、今回発見した文献にはとんでもないことが記されていた。
“無名の司祭”達は、生きている。そして、“忘れられた神々”を葬り、再びこのキヴォトスを支配しようとしているのだと──。
「忘れられた神々とやらは?」
「無名の司祭と古くから敵対していた種族。彼らから支配権を奪取したという記述から恐らくヘイロー持ちの人間。我々キヴォトス人の祖先でしょう」
「ふむ……荒唐無稽、とは言えんな」
そもそもキヴォトスには自らを機械化している人間がそこら中に居る。常に新しくパーツを交換していれば何千、何万年と生きられるだろう。古代人とはいえオーパーツを幾つも残している“無名の司祭”が出来ない訳がなく、他にも現代まで生き長らえる手段は幾らでもある。
となれば、本当に居るのだろう。キヴォトスを滅ぼさんとしている、ベアトリーチェなど比ではない脅威が。
「他に具体的な情報は?」
「今のところは。早急に残りの古文書を解読させていますが……気になる記述は“王女”、“方舟”、“恐怖”、“色彩”……ですかね? これらの単語はやたらと強調されています」
「そうか……この事は技研でのみ共有するように。それと“遺物”の解析も急げ。一刻も早く実用化レベルにまで達しなければならん」
「かしこまりました。アリウスの為に」
目には目を歯には歯を。“無名の司祭”の技術がこちらを凌駕するのであれば彼らの遺産を発掘し、転用するしかない。
技研部長もそんなニトの意図を理解しており、元々のマッドサイエンティストな気質もあって興奮した様子で研究に取り掛かる。
(……いや、ヤバくね?)
内心ニトは白目を剥く。
(マジかよ。ベアトリーチェとトリニティとゲヘナを仮想敵にしていたのに、ここに来てもっとやべーのが現れるかもしれない……ってコト!?)
しかもその“無名の司祭”がいつどこでどのようにキヴォトスを滅亡させるかは不明。明日、或いはほんの一分後には現れるかもしれないというまるで予告された大地震のようなもの。
当然ではあるが、目先の脅威が多過ぎる今のアリウスにそんな起こるかも分からぬ災厄の到来を気にしていられるような余裕は無い。幸いなのは“無名の司祭”はキヴォトス共通の敵であり、最悪他と手を組んで事にあたれるということくらいだが、それもタイミングによっては難しかった。
(ううむ……どうしたものかな、本当に)
故に、準備が整っていない今の時点でニトに出来ることはなく、どうか来ないでくれと祈るしかない。
「──失礼します」
ニトが天を仰いでいると、ドアが開く音と共に誰かが研究室に入ってくる。
「閣下。今、よろしいでしょうか? 定例会議のお時間なのですが……」
「ん? ああ、そうか。すぐ行くとしよう」
黒淵の眼鏡に白髪のロングヘアが特徴的な少女がニトへそう声をかける。彼女は生徒会の副会長であり、ニトとは内乱の頃から付き合いの、謂わば戦友のような間柄だった。
因みに“閣下”という呼び名は、誰が最初にそう呼んだかは定かではないが、いつの間にかアリウス全体に浸透しており、勝手にそう呼ばれている。ニト本人としても、まあ軍学校らしくて良いかと特に訂正させずに放置していた。
「外部の状況はどうだ?」
「今のところ異状無し。“アビドス自治区”でも
「ふむ……あの“砂蛇”は?」
「前回の戦闘以降、姿を見せていません。恐らく隠れて機能を修復させているのかと」
「そうか。発見次第、報告するように伝えておけ。場合によっては、オレが
「……了解です。閣下」
研究室を後にし、廊下を歩きながらニトは自分の一歩後ろをぴったりとついて来ている副会長から近状報告を受ける。
自治区のシェルターをより堅牢にし、要塞化して防衛設備が充実した後。自治区内で遣り繰りこそ出来ているが、発展に関しては流石に限界を感じたニトは地上へ調査部隊を派遣した。
目的は物質や技術もそうだが、やはり情報が何よりも欲しかった。ニトはアリウス自治区以外を知らず、キヴォトスについて右も左も分からない状態なのだから。
そこで彼女がまず最初に目を付けたのは、“ヘルメット団”と呼ばれる武装不良集団。キヴォトスにおいて下位のカーストに位置する彼らへと取り入り、少しずつ取り込んで隠れ蓑にした。そうすることで不良とはいえアリウスは地上での偽りの身分を手に入れたのだ。
それは予想以上に上手く行った。ニトが思っていたよりもキヴォトスの秩序は張りぼてであり、ブラックマーケットを筆頭にマフィアや悪徳企業と裏社会は犯罪の温床だった。それこそヘルメット団に扮したアリウス生徒が好き勝手動き回っても何ら問題が無い程に。
アリウスはこれを利用して活動を続け、今や裏社会に完全に根付いている。無論、アリウスの名は使っていないし、そもそもアリウスの存在を知るのはトリニティやゲヘナでも一部の人間のみで気付かれることは無いに等しいだろう。
地下通路を各地へ広げる作業も順調だ。この調子で行けば地上を自由に往き来出来るようになる日も近かった。
(──しかし、あまりにも“歪”だな。このキヴォトスとやらは)
大人ではなく子供。生徒が自治する学園都市……その時点でニトの常識からは考えられないものであり、誰もが銃を持ち、銃撃戦など日常茶飯事というかつてのアリウスに負けない治安の悪さ。
ヘイローという神秘の存在により死傷者こそ少ないが、何故このような在り方が今の今まで成り立っていたのか不思議でしょうがない。
ニトは別に大人と子供で区別するつもりはなく、能力があればそれでいいと思っているが、現にこうして裏には幾つもの悪意が蔓延っており、その秩序は常に綱渡りである。その点ではキヴォトスを反面教師として見ていた。
(アリウスが“分校”という扱いで現存しているのもこの為か。当時は理解不能だったが、これがキヴォトスの常識ならば当然の帰結……と言うべきか)
ニトは考えた。
現状を打破すべきはアリウスだけではない。“無名の司祭”という脅威は存在するが、たとえそれが無くてもキヴォトスはこのままではいずれ──。
「……先の事を考えても仕方あるまい」
「? どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
思わず口に出てしまっていた。首を傾げる副会長にそうはぐらかし、ニトはふと窓へと視線を向ける。
そこからは校庭が見えており、生徒達が格闘訓練を行っていた。
「……よく励んでいるようだな」
「はい。全体的な成績も歴代の平均以上。今期も優秀な人材が揃っているかと」
「それは何よりだ」
地上で活動するようになってから、他校のカリキュラムについても“レポート”や“戦術教育BD”、“技術ノート”という形で入手出来る機会が増え、それらを取捨選択し、より充実した教育内容へと日々変化している。ニトとしては“SRT特殊学園”のカリキュラムも欲しかったが、流石にセキュリティが強固だった。
アリウス生は皆、兵士だ。そうなるように指導し、育成していた。
けれど、もしも何らの理由でその立場を失った時、彼らに居場所は無く、路頭に迷うことになるかもしれない。
その際、ニトが望むのは悲観的な思考停止ではなく、己で居場所を見つけ、生きること。全ては虚しいのだから、己が生きる意味は己で見出ださなければならないのだ。
だからこそ、ニトの教育方針は生徒には多くを学ばせること。様々な可能性を知り、自らで納得し、選択出来るように──。
「ん?」
その時だった。一人の生徒と目が合う。
マスクで口元を隠した、長髪の少女だった。彼女はこちらに気付くと驚いた様子で姿勢を正し、一礼する。これにニトは手を振って応えると、暫く固まっていたが、教官に呼ばれて訓練を再開した。
「“錠前サオリ”……」
するとその顔に見覚えがあった副会長が名を呟く。
「知っているのかね?」
「一年でありながら体術においては上級生を含めてトップの子です。リーダーシップもあり、私から見ても優秀で他と比べ突出していると思います」
「ほう……お前にそこまで言わせるとはな」
副会長が名指しで誉めるとは珍しい。訓練しているその姿を見てみれば、確かに一年生とは思えぬ良い動きをしていた。
「……錠前サオリか」
何となくであるが、その名を覚えておこうと思うのだった。
ニトは知らない。知る由などあるはずも無い。たった今、僅かに見つめ合っただけの彼女が、いずれこのアリウスの、そして自らの運命を左右する存在となることを──。
彼女はただひたすらに、強かった。
彼女はただひたすらに、賢かった。
錠前サオリにとって、失楽ニトという人物は正しく英雄であり、希望の“光”だった。
偽りの救世主であるマダム……ベアトリーチェを打倒し、彼女が生徒会長に就任してからアリウスは見違える程に変わった。
街からはあんなにあった瓦礫の山が一つ残らず撤去された。貧民街にまで配給が届き、飢える者は居なくなった。幸福を願うだけで虐げられることも無くなった。仲間同士は争うことも無くなった。
ボロボロじゃない服を着れるようになった。満腹まで食べれるようになった。温かい水でシャワーを浴びれた。柔らかな布団の上で寝れるようになった。
サオリは、彼女の仲間達は、生まれて初めて“幸せ”というモノを噛み締めたのだ。
空の空。虚しいからこそ人はこれを超克せねばならず、自らで新しい価値や意味を能動的に創造しなければならない。
希望を抱くことすら許されず、ただ全てに諦観し、悲観して生きることを強いるだけだったその形骸した教義は、失楽ニトがそう説いたことで今を生き抜く為の活力となった。
アリウスは変わった。何もかもが。多くの者が戸惑い、未だに馴染めぬ者も居る。しかし、かつての有り様に戻ろうとする者は誰一人として居なかった。
皆が嘯く。失楽ニトはアリウスの英雄であり、救世主であり、我らが王であるのだと。
誰もが讃えた。
誰もが崇めた。
誰もが尊敬し、敬愛した。
サオリもその一人である。全く以てその通りだと、微塵の疑いも持っていない。信じるも何も、紛れも無い確固たる事実なのだから。
その思いは、直接会ってより強くなった。
ほんの少し、目が合っただけ。だけどそれだけでサオリは気付き、理解させられた。
その瞳の中には、確かにサオリが居た。いくら手を伸ばしても届かない遥か遠い存在であるはずの偉大なる英雄は、今も自分達のことをしっかりと
あの時のサオリの衝撃は如何程だったか。思い出すだけで胸が熱くなる。
故に、サオリはより一層自らを鍛えることを誓う。優れた兵士にならんと、貪欲なまでに力を求め、突き進む。
──ただ、恩人に報いる為に。
アリウス調査技研
オーパーツの研究以外にも古文書の解読、兵器開発と幅広くやっている。生徒会の直属で一部の訓練が免除されるため花形扱いされているが、相当優秀じゃないと入れない。
部長を筆頭にちょっとマッドな奴ばかり。
副会長
頭脳派で如何にも敏腕秘書ですって雰囲気を醸し出している。内乱で共に戦った際にニトに憧れて彼女の側近になる為に副会長まで上り詰めた。忠誠心は一番高い。
因みに名前は“月島ヒトミ”。本編で判明するかは分からん。