アリウスの王 作:大嶽丸
「ここがEmpty skyの事務所です」
「“……ここが”」
ブラックマーケットの中でも一等地とされる場所に聳え立つ真っ黒な円柱状の“塔”を思わせる建物。高さから察するに五、六階建てだろうか。窓が見る限りでは数えるくらいしかなく景観から異様に浮いていた。
──そして、警備員と思われる小銃で武装した黒服の生徒二人に挟まれた入り口のすぐ上には、シルバーの文字で“Empty sky Co., Ltd.”とある。
「なんか怪しい建物ね……」
「ん、悪そう」
率直な感想。因みに陸八魔アルは初めて見た時カッコいい! と目を輝かせていた。
「そうですねぇ、窓が少なくて換気が大変そうです」
「いや、着眼点そこじゃないでしょ……」
「あはは。実際、どうなんでしょうね。私も上の階には入ったことがありませんし……」
「そうなの?」
「はい。私達が利用するのは一階の窓口か地下にある武器庫なので。前に訊いてみたら事務員さんが働いていたり社長室があるって話でしたが……」
「ふうん……地下室もあるのね」
「結構広いよ。ま、入ってみたらすぐ分かるし早速行こうか」
ホシノがそう言い、入口へと向かう。
「こんにちは。失礼するよ」
「後ろの者は?」
「友達。必要だったら手荷物検査とかするけど?」
「……構わない。通れ」
「どうもー」
登録証を見せ、警備員に挨拶するとその横を通り過ぎる。それに続いてヒフミが。他の皆も困惑しなからもついて行く。
「随分とあっさり通しますね?」
「基本的に一回登録したら身分証を提示すれば入れるよ。それ以外は検査されたりするんだけど……おじさんの人望かな~」
「それに、Empty skyが抱えている戦闘員は凄腕です。たとえ不審者が入り込もうとすぐに取り押さえられてしまいます。この前も敵対企業に雇われた不良達が暴れましたけどものの数分足らずで鎮圧されていましたから」
「ん、確かにさっきの警備員も強そうだった」
佇まいから強者だと察していたシロコが呟く。そのまま自動ドアが開き、中へ入る。
「これは……」
「何というか……」
「“……普通の会社みたいだね”」
見た目だけならば役所、或いは先程襲った銀行によく似通っている。まず出迎えたのは広々としたロビー。その先に幾つかの窓口があり、多くの傭兵と思われる人々が行き交っていた。
入るまでにイメージしていたものとは違う内装。それとも
「あっちの窓口で仕事を斡旋してもらったり逆に仕事を依頼したり出来るよ」
「後、簡単な依頼ならあちらの電子パネルでも手続き可能です。今ある依頼も確認出来ますのでまずあちらで確認してから窓口へ行くとスムーズに対応してくれます」
ヒフミが指差した方角にある電子パネル。他にもあちこちに設置されており、多くの傭兵が利用していた。
「あっちの部屋は?」
「更衣室だよ。隣にはシャワー室もあって無料で使えるんだ。いっつも取り合いしててなかなか空かないけどマッサージ機もあるよ~」
「自販機や休憩スペースもあるし、なんか色々と充実してるわね……」
「──何あんた達、初めてここに来たの?」
シロコとセリカが興味津々にきょろきょろと見回していると、背後から声をかけられる。
振り向けば、そこにはヘルメットを被った集団が居た。
「! ヘルメット団っ!?」
「そうだけど……え、何この空気」
このような風貌の連中には一つしか心当たりがなく、アビドスの面々が驚きの声をあげ、身構える。その反応に推定ヘルメット団は困惑している様子だった。
「ラブ隊長、こいつらもしかして……」
「あ、その制服! もしかしてアビドスだったり?」
「……そうだと言ったら?」
「成程、道理で……あんた達のことは聞いてる。カタカタの件はすまなかったわね、仕事とはいえ迷惑をかけたみたいで。このジャブジャブヘルメット団が代わりに謝罪するわ」
相手の正体を知ると推定ヘルメット団の中で唯一フルフェイスのヘルメットではなく顔を出している長い赤髪の少女は相手の態度に納得し、ばつが悪そうに頭を下げた。
「え?」
「それに、もう金輪際ヘルメット団はアビドスを襲わないから安心しなよ」
予想外の言葉に呆気に取られていると、またしても驚きの事実を告げられる。
「はぁ? どういうこと?」
「
「そんなことが…… 」
「うへ。
「トップ……まあ、そうなるわね。だからあまり目の敵にしないでくれると助かるわ。うちらはカタカタじゃなくてジャブジャブヘルメット団だし」
ヘルメット団は、少し前までは単なる不良崩れの集団に過ぎなかったのだが、近年は規模が爆発的に拡大し、キヴォトスの不良グループの中では最大級の勢力を築いている。
それでも無数のチームに枝分かれし、チーム同士で抗争することもあるなど数が多いだけで纏まりは無い烏合の衆だと思っていたのだが、トップの鶴の一声に全体が従う程度には纏まりがあったようだ。
「エンプティに居るってことは、登録しに来たんでしょ? なら、水に流せとは言わないけど同じ傭兵同士、仲良くしましょう」
「……ま、敵対したくないって言うんなら構わないけど」
複雑そうにしながらもホシノが言う。同じヘルメットといえど別チームであり、襲撃に関わっておらず、尚且つ謝罪し友好的な態度を示しているのであれば責めるのはお門違いだろうと考えたからだ。
他の皆も同様の反応だった。これに対してヘルメット団の少女は溌剌な笑みを浮かべる。
「そっか良かった! うちは河駒風ラブ! ヘルメット団の幹部でジャブジャブヘルメット団のリーダーをやらせてもらってるわ! 夜露死苦!」
「よ、よろしく……」
名を名乗り、やたらとフレンドリーに接してくるヘルメット団の少女──改め、ラブに戸惑いながらもアビドス生達とついでに先生とヒフミも自己紹介をする。見慣れぬ大人とトリニティの生徒にラブは疑問に思うもあまり詮索し過ぎるのも良くないかと何も言わなかった。
「そうだ。良ければ先輩として色々とレクチャーしてあげるわよ?」
「うーん……気持ちだけ受け取っておくよ。おじさんとヒフミちゃんは日が浅いけど一応登録してるし、今日は社会見学? に来ただけだからね」
「何だ、そうだったの。けど何か困ったことがあったらいつでも言ってちょうだい。仕事も報酬さえ支払ってくれたら手伝うよ」
「うへへ。ありがとー」
根が姉御肌で世話焼きな性格なのだろう。ラブはそう言って胸を張る。
そんな彼女を見て、黙っていた先生が口を開く。
「“……ここを利用して長いの? ”」
「え? まあね……うちらみたいなのでも手厚く支援してくれるから有り難いよ本当に。他の所と違って騙されたり吹っ掛けられたりすることもないしさ」
「エンプティでバイトするようになってからホバークラフトの維持も楽になりましたからねぇ。高時給最高」
「逆にエンプティ以外の依頼は信用出来ないって言っても過言じゃないね」
ラブの言葉に続くようにEmpty skyを絶賛するヘルメット団。先程言っていた
「“成程……”」
「おやぁ? 連邦生徒会所属の先生としては思うところがあったり?」
神妙な面持ちの先生にホシノが問う。
「“……そうだね。“必要悪”だなんて言葉は使いたくないけど、現状だとブラックマーケットの秩序を保つ一因になっているような気がする”」
まず先生が想像したのは、このEmpty skyが存在していなかった場合のこと。ここまで傭兵稼業が活発になっていないのは勿論、その需要の大半が他のPMCが牛耳ることになっていただろう。少なくともヘルメット団やその他の勢力が参入する程の価値がある職業にはなっていない。
ブラックマーケットも、ヘルメット団も、その他の不良学生達も、キヴォトスが生み出した負の面であり、社会の歪みである。彼らが生まれる要因となったのはそもそも連邦生徒会の治世が完璧ではなかったからに他ならず、先生としてもいずれは着手しなければならない事案だった。
好き好んで非行に走る人間など稀だ。適切な評価、充実した環境、相応の報酬……傭兵の依頼には非合法のものも含まれているのだろうが、それでもそれらを提供するだけでなく環境までも整えているEmpty skyの存在はこのルール無き裏社会に一定の秩序をもたらしていると言えよう。
「それじゃ、そろそろうちらは退散するわ。さっきも言ったけど助けが必要ならいつでも連絡してちょうだい。またね!」
そう言ってラブ達はこの場を後にする。去り際に連絡先を交換していた。
「……良い子でしたね。ヘルメット団なのに」
「敵対してなければあんなモン……って事なのかな? もう襲撃はして来ないみたいだからそこは一安心だね。まあ、便利屋みたいなのはまた来るだろうからあんまり変わんないかもしれないけど」
好印象を抱くノノミ。その他の皆もヘルメット団はともかくラブ個人に対しては評価を改める。決して相容れぬ連中だとばかり思っていたが、中には話の解る者が居るのだと知れた。
「ん、とりあえず登録しに行こう」
するとシロコが窓口へと向かう。先程から話を聞いてすっかり登録するつもり満々だった。
「ようこそ、Empty skyへ。本日はどのような用件で?」
窓口の前に来たシロコに対し、黒いビジネススーツを着た女の職員がにこやかに挨拶しつつ質問する。ヘイローがあることから元生徒だろうか。他の窓口を見ても同じような職員ばかりでロボットや獣人の姿は無かった。
「登録しに来た」
「傭兵登録ですね。手数料として1050円ほどいただきますが構いませんか?」
「ん、大丈夫」
ヒフミの言っていた通り、良心的な価格である。
「では、まずこちらの書類の方に記入お願いします。任意とある箇所は未記入で構いませんので」
シロコが端的に告げればそう言って手慣れた様子でデスク下の引き出しから数枚の紙を取り出してその内の一枚をボールペンと共に差し出す。
「よろしければお連れの方のご用件も並行して対応しますが」
「ん、助かる」
職員の提案に頷き、シロコは皆を手招きする。
「じゃあ、私達も登録を……」
「ええ。では、こちらに記入を」
先程数枚書類を取り出していたのはそれを見越していたようだ。そうしてセリカとノノミも職員の指示に従って書類に記入し始める。
記入内容は氏名(ニックネームでも可)、年齢、血液型、連絡先、それからアレルギーの有無や報酬を手渡しか振り込みかどうかや得意分野、戦闘スタイル等々、出身や在籍している高校の記入欄もあったが、これらは任意で別に記入しなくても構わず、本当に最低限の情報だけで済んだ。書いている最中にノノミは紙面の内容を隅々までチェックしたが、特に怪しい箇所は見受けられなかった。
「他の方々は如何なさいます?」
「え? うーん……おじさん達は単なる付き添いだからねぇ……あ、そうだ。カイザー・コーポレーションに関係する依頼ってある?」
ホシノが問う。いきなりぶっ込んできた彼女に先生とヒフミはどきりとする。
「カイザー・コーポレーション……ですか」
これに職員は特に表情を変えずにタブレット端末を取り出して操作し始める。
「そうですね……あるにはありますが、カイザーと業務提携を結んでいるベンチャー企業の要人の護衛など関連性自体は薄いものばかりです。そもそもカイザーは独自のPMCを保有しているので弊社を利用することは殆どありませんので」
「うへ。やっぱりかぁ……」
元より期待していなかったが、カイザーについての手掛かりは無し。ではとホシノは次の質問をする。
「じゃあ、便利屋68は? 過去の依頼でも良いよ」
「えっと……最近だと戦力として複数人の傭兵を雇用していますね」
「ふうん……その傭兵の中に、“サオリ”って名前は?」
「……いえ、ありませんね」
あっさりと教えてくれた。やはり便利屋はEmpty skyで傭兵を雇っていたようだが、サオリの名前が無いということは偽名で登録しているということだろうか。
そんな話をしているとシロコ達が記入し終わった書類を提出する。
「ふむ……では、登録証の発行しますのであちらの部屋で顔写真の方を撮らせてもらいます」
書類に目を通すとそう言って三人は別室へと案内される。先生達はそのまま窓口で待機していたが、10分後くらいに戻ってきた。
職員がにこやかに告げる。
「無事登録証の発行が完了しました。砂狼シロコさん、黒見セリカさん、クリスティーナさん……記入間違いが無いか確認してください」
「クリスティーナって……ノノミ先輩……」
「えー、逆に皆さんニックネームにしなかったんですか? 今からでも可愛い名前にしません?」
結構だと断りつつセリカは登録証を確認する。特に異常は見られず、学生証と然して変わらないカードだった。
「ん、異常無し」
「私も」
「私もです」
「分かりました。では、改めて……Empty skyへようこそ。弊社はあなた方の来訪を歓迎し、傭兵として腕を鳴らしていただくことを期待します」
そんな丁重な挨拶と共に、シロコ達はEmpty sky所属の傭兵として認められた。
随分と簡単であっさりとした手続きなためあまり実感が湧かないが……。
「早速、依頼を受けて行きますか? まずは複数の傭兵へと向けられたばら撒き依頼がオススメですが……」
そう言って職員は依頼リストが映し出されたタブレット端末の画面を見せてくる。今日は登録するだけのつもりであったシロコだが、一応どのような依頼があるのかと興味を持って閲覧する。
──そして、一番上にある依頼が目に止まった。
「先生、これ……」
「“どうかし──え゛? ”」
呼ばれて画面を覗き込んだ先生の表情が固まる。
「なになにー? うへっ!?」
「ちょっと、皆どうしたの──これって!?」
「……これはまずいですね~」
「あわわ……」
その反応を疑問に思い、続くように他の面々が覗き込み、同じように絶句していく。
依頼内容 銀行強盗の捕縛及び盗まれた金と書類の奪取。報酬500万円。早い者勝ち!
端的にそう記された説明文の横には、監視カメラの映像と思われる覆面水着団──改め、アビドス生達とヒフミの画像が幾つも貼り付けられていた。
「ああ、この依頼ですか……つい先刻闇銀行の方で発生した強盗の捕縛依頼です。報酬金の高さからかなりの額を盗まれたみたいですね。既に何名かの傭兵が受注していて……おや?」
職員が説明しながら画面から目線を外してみると、目の前には人っ子一人居ない。
「……逃げましたか。如何なさいますか? CEO」
『追う必要はありません。会長には丁重にもてなすように命じられていますので。いやはや、銀行強盗をしてきたその足で登録しに来るとは……なかなか面白い方々のようですね』
特に驚いた様子も無く職員の淡々とした言葉に、デスクの上のスピーカーから発せられる声はそう言って小さく笑う。
程無くして、外で銃声と爆発音が響いてくる。キヴォトスでは、況してやこのブラックマーケットでは皆が日常のように聴くものであった。
末端の社員にはアリウスのことを知らない奴も居たりする。