アリウスの王 作:大嶽丸
硝煙が立ち込める。
犯罪が絶えず、日常かの如く何処かではドンパチやっているブラックマーケットであるが、銀行強盗から始まり、今日はいつもに増して銃声が鳴り響いていた。
「──やめだ」
激化し続ける戦場。その中でバルチャーは唐突にそう吐き捨て、銃を下ろす。
「あら、降参かしら?」
「そうなるな。これ以上やっても無駄だ」
不思議そうにするアルに対し、心底不服であるという態度を隠しもしないバルチャー。彼女にとって決定打となったのは“時間”であった。
便利屋と戦闘を始めてから既に30分近く経過しており、こうなってしまってはターゲットであった銀行強盗はブラックマーケットを脱出したか、或いは他の賞金稼ぎに先を越されているとみるのが自然だろう。
となれば、便利屋と戦ったところでメリットは皆無。おまけに続行したところで四対二かつ個人同士の実力者差はほぼ無く辛うじて経験値が上なこともあって互角の状態を保っているが、このまま長引けば不利になっていく。
得るものは無いどころか損。傭兵である以上、プライド云々よりも結局のところ損得勘定こそが優先される。
「そうね……私達としても足止めが目的だから、退いてくれるのなら深追いするつもりはないわ」
これにアルも同意する。たとえ今から覆面水着団を追いかけても彼女達が間に合わないのは明白だった。
「皆、攻撃を止めて」
「えー、もう終わり? 折角楽しくなってきたのに」
「消えてください! 消えてくださ──はい! 分かりました! アル様!」
「ふぅ……了解」
不完全燃焼といった様子のムツキと、即座に攻撃を中断するハルカ。一方、カヨコは無駄な戦闘が早く終わったことに安堵する。
「あーあ、折角の500万円が……もう! 何で邪魔するのかなぁ!」
「くふふ、ごめんね~」
「いくら可愛い“後輩”だからって流石に怒……およ? よく見たらカヨコちゃんじゃん」
バルチャーの言葉を受け、銃を下ろすも大金を得るチャンスを失ったパンサーは苛立っていたが、そこで便利屋の中に顔見知りが居ることに気付く。
「……久しぶり。傭兵パンサーってあんただったんだ」
「なになに、カヨコっち知り合い?」
「ゲヘナを中退した元同級生。まさか傭兵になっているとは思わなかったけど……」
争いを嫌う、穏やかな子だったはずだ。だからこそ、ゲヘナに馴染めずに中退した。それがどういう経緯で傭兵になり、あのようなムツキとハルカを足して割ったような荒々しい戦い方をするようになったというのか。
「カヨコちゃんも、便利屋になっているとはねぇ……“雷帝”が居なくなった後、色々あったのかな?」
「さあね……とっくに中退してるあんたには関係無いでしょ」
「んー、まあそうだね」
大して詮索することもなくパンサーは興味を失くす。彼女からすれば本当にどうでもいいことだったのだろう。
「帰るぞ、パンサー」
「はいはい。でも、本当に依頼は諦めちゃうの?」
「今は、な……顔は覚えた。トリニティの奴は勿論、制服も調べれば特定出来るだろ」
「へへ。だよねー」
バルチャーは諦めるつもりは更々無く、後で強盗団を特定し、襲撃するつもりだった。
何せ懸賞金500万なのだ。多少手間が掛かっても、仕留める価値はある。
「じゃあな、便利屋68」
「ばいばい~ 次邪魔したら許さないからね~」
そう言い、二人の傭兵はこの場から立ち去る。
「ふふん! 悪は必ず勝つってことね!」
アルがドヤ顔で胸を張る。
「カッコいいですアル様!」
「いや、どっちも悪だったと思うけど……」
「うーん……でもリベンジする気満々だったじゃんあの二人。大丈夫かなー?」
「──その件については、問題無い」
すると背後から、声をかけられる。一同が視線を向ければ、そこにはいつの間にか居なくなっていた白いフードの少女が立っていた。
「わ。ニトちゃん! 居ないと思ったらぬっと出てきた! もう戦い終わっちゃったよ、何してたの?」
「裏で
「え、本当?」
「ああ。銀行側も金の回収が見込めぬ以上、隠蔽する方針に転換したようだ。懸賞金が引き下げられるのも時間の問題だろう」
ニト……延いてはEmpty skyがやった根回しというのは、単に強盗団がブラックマーケットを脱出したこと、そして既に奪った金を所持していないという情報を流しただけに過ぎない。
しかし、効果は覿面だ。結局のところ闇銀行もマーケットガードも非合法な組織であるが故に、捕まえる難易度とメリットが釣り合わなくなってしまえば、強盗団を追う価値が無くなってしまったのだ。
無論、メンツや信用はある。しかし、自分達ではなく傭兵や賞金稼ぎが捕まえたところで回復するはずもなく、上述したように優先させるべきは利益になるかどうか。これがマフィア相手ならば地獄の底まで追ってきたのだろうが……。
「ふうん……ニトちゃん、関係者とは言っていたけどエンプティを動かせちゃうくらい凄い立場なんだー」
ムツキは既に察していたとはいえ今回の件でニトがEmpty skyにおいて相当な上位の立場なのだと確信した。
「す、凄い! 戦わずして覆面水着団が襲われないようにするなんて……すっごくクールでスマート!」
「そうか? 別に大したことはしていない。あまり大袈裟に褒めてくれるなよ」
「そんなことないわ! 流石はニトさん! 大したアウトローだわ!」
「はい! アル様に間違いはありません!」
一方、アルはその手腕に感動する。あまりにも褒められ、ニトは少し照れた様子で頬を掻く。相変わらずアウトローが褒め言葉なのには困惑するが。それと隣のハルカの圧が怖い。
「……わざわざ根回ししてまで、アビドスを捕まえられたくない理由があるってこと?」
その様子を見て、カヨコが問う。
「ん?」
「はい? えっと、どういうことかしらカヨコ課長? 確かに覆面水着団はアビドスと関係があるみたいだけど……」
「社長、流石に節穴が過ぎるよ。あの強盗団はどう見てもアビドスだったでしょ」
「へ? ……えぇっ!?」
「え、もうネタばらしすんの?」
「な、ななな何ですってェ!?」
カヨコの言葉に思い返してみれば確かに服が完全に合致しており、よくよく考えると声もそっくりだった。漸く覆面水着団の正体を悟ったアルはもはやお決まりとなった白目をお披露目しながら絶句する。
しかもムツキの態度からして、他のメンバーはとっくの昔に気付いていたようだ。
「ま、まさかニトさんも……?」
「……もう少し、観察眼を養わないとな」
「がーん!!」
露骨に目線を反らされ、気付いていなかったのは自分だけだと理解し、アルはショックを受けるのだった。
しかし、こんなのはまだ序の口だった。カヨコはよりショッキングな事実をニトから聞き出そうとしていた。
「それより、教えてくれない? ニトさんと、アビドスの関係について」
そもそも今日このブラックマーケットで会った時点で彼女はアルと同じように覆面水着団なる強盗団を追いかけていたらしい。正体をアビドスだと知った上で。
出会いが偶然かどうかはともかく、両者に何らかの関係がある可能性は極めて高く、そうなると今回のアビドス襲撃の依頼に対してニトが本当に傍観の立場にあるのかどうか怪しくなってくる。
故に、カヨコは直球で問いかけた。もはや自分の中で留めておくべき疑念ではなくアル達とも共有するとなれば変に拗れる前にいっそのことはっきりとしておきたかった。
無論、はぐらかされる可能性はあるが──。
「ふむ……まあ、隠していてもしょうがないか。ただ今から言うことは他言無用で頼むよ」
そこはシャーレの先生の存在を伏せたことを正直に話したように、ニトの自分達に対するある種の誠実さに期待しており、そして彼女はそれを裏切らない。
「──我らとアビドスは、謂わば同盟関係だ」
「ハァ~~~」
響き渡る、これでもかと言わんばかりのくそでか溜め息。覆面水着団と邂逅し、傭兵と戦った翌日、アルはテーブルの上に突っ伏していた。
「まだ落ち込んでるの? 社長」
「憧れちゃった強盗団の正体がアビドスだったのがよっぽどショックだったみたい」
「うう、それもあるけど……」
「二、ニトさんの件ですか……?」
「あーね。にしても、驚きだよね。まさかニトちゃんがアビドスと……」
「ムツキ、口止めされてるでしょ。あまりペラペラ喋って誰かに聞かれちゃまずいよ」
「はーい」
ニト、そして彼女が属する組織はアビドス高校と同盟のようなものを結んでいる。具体的にはニト達がアビドスを支援する代わりにその自治区の土地を利用させてもらっているらしい。
だからこそ、ニトはアビドスと出向してきたシャーレの先生、それから暗躍するカイザー・コーポレーションの動向を探る為に少し前から頻繁に訪れていた。
当然伏せられている部分も多いが、大まかにはそのような感じの説明を受けた。
「何でこうなっちゃったのよ……」
「でもやることは変わんないでしょ? こっちの仕事に干渉してくるつもりはないって言ってたし、あの金を元手に戦力増強してアビドスにリベンジしようよ」
「で、でも! あの事が本当なら……」
言葉が尻すぼみになっていくアル。昨日ニトから聞いたのは同盟関係のことだけではなく、カイザーがアビドスで企んでいることやその実態も聞いた。
多額の借金、土地の買い占め、そしてその目的は砂漠の下に眠るナニカ──。
「胸糞悪い話だよねー」
「やっぱりろくでもない依頼だったね……どうするの? 正直、私は取り消しても良いと思ってるけど」
「なっ……出来ないわよ、そんなの」
カヨコの提案に、アルは首を横に振るが、覇気は無い。
「確かにカイザーのやっていることは事実なら許せないわ。アウトローとして、何よりも人として」
「むしろアウトローなら同調するもんじゃないの? だってすっごい悪いことやってるよ?」
「いいえ、全然アウトローじゃないわ! 己が欲望に塗れて弱いもの虐めをするなんて……ただの
アルはいつもに増して力強く言った。これにムツキはひゅーと口笛を鳴らす。
「流石アルちゃん! そうでなくちゃ!」
「でもだったら、尚更この依頼を取り消して──」
「けど、私達は便利屋。私情で一度引き受けた依頼を放り投げるなんてポリシーに反するし、今後の信用にも関わるわ。……カイザーに手付金を押し付けられちゃってるし」
「最後の本音が無ければカッコ良かったのにな~」
前金を貰わないポリシーの便利屋であるが、カイザーには半ば無理矢理手付金を押し付けられてしまっている。一度も使っていないが、そこには便利屋に対する期待と裏切りは許さぬという圧があった。
根が人一倍真面目なアルはそれを重く受け止めている様子だった。
「じゃあ、腹拵えしたらアビドスにリベンジってことでOK?」
「う。そ、そうなるけど……」
「えー、そこで日和っちゃう?」
「ア、アル様の為ならどんな敵でも始末してみせます! どんな敵でも!」
「……一応ハルカと一緒に自治区一帯に爆弾は仕掛けているけど」
「ぐぅ……!」
便利屋として成し遂げるべきだという建前と本音が板挟みになり、アルは悩ましげに唸る。
しかし、時間は待ってくれない。社長として、リーダーとして、決断すべき時が迫っていた。
「へいお待ち! 何やら悩み事があるみたいだが、一先ず腹一杯になってから考えな!」
すると彼女達の事情など知る由もない柴大将が四人前の拉麺をテーブルの上に置いていく。
そう、便利屋が今居るのは柴関ラーメン。襲撃前の腹拵えにアビドス生達と出会ったこの場所を選ぶなどなかなかに正気の沙汰ではないが、どうやらあの味が忘れられなかったようである。
「来たー! いただきまーす!」
「ひ、一人につき一杯……こんなに贅沢しても良いんですか?」
「アビドスさんとこのお友達だろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」
その量に戸惑うハルカに、柴大将はそう言って親指を立てる。
人間の鑑であった。犬だけど。
「えへへ……どうですか? ここのラーメンは」
「……美味しい。ちょっと量が多いけど」
一方、便利屋の居るテーブル席とは反対の位置にあるカウンター席にて。
二人の少女が拉麺を堪能していた。
「じ、実は閣下のイチ押しなんですよこの店。私は百鬼夜行にある“ラーメン五郎”や“豚谷”といったアブラマシマシのこってり系が好きなんですが、ここも大好きです……えへへ」
「ふうん閣下が……というか、もしかしていつもこういうの食べてるの?」
「や、やだなぁ……大体週三くらいですよ」
「食い過ぎ。だからデブになるのよ、毎回体重が増えてるってリーダーに叱られてたでしょうが」
「うっ まだデブじゃありませぇん……えへへ……こうして美味しい物を食べられても今度は体重が増えるだなんて……やっぱり人生は苦しいですねぇ辛いですねぇ……」
「人生が苦しくて辛いのには同意するけど、一緒にはされたくない」
槌永ヒヨリと戒野ミサキ。
彼女達は任務を終え、今はフリーの状態だった。とはいえ次の依頼までの期間はそこまではなく一度自治区へ戻るのも手間なので外出してみてはとサオリに提案され、そこでヒヨリは地上に疎いミサキを誘い、この柴関ラーメンに来店して今に至る訳である。
「それに、明らかに体に悪いでしょこれ」
わりと本気で心配するミサキ。自分が拉麺並一杯だけなのに対し、ヒヨリは大盛に半ライス、そして餃子を注文しており、バクバクと食べていた。
「し、仕方無いじゃないですか……閣下も言ってました。
「……ヒヨリの話を聞いてると閣下のイメージが変わるね。悪い意味で」
意外と俗物らしい我らが生徒会長にミサキは溜め息を吐く。ヒヨリがやたらと図々しいのは実は彼女の影響なのではと疑う。
悲しいかな、実のところヒヨリのそれは天性のものなので別にニトは関係無かった。とんでもない冤罪である。
「明日も時間があったらどこか食べに行きますか? オススメは山海経にある中華料理屋さんですけど……あとゲヘナのステーキ屋さんとかも」
「……別に。どうしても行きたいって言うなら良いけど。まあ、日頃から食べ歩きしてるだけあって選ぶ店に間違いは無さそうだし」
「えへへ。では、美味しいお店をいっぱい紹介しますね……」
素直じゃない承諾の返事に嬉しそうにしながら拉麺を啜るヒヨリ。またミサキも何だかんだ言って幼馴染みという間柄であるため誘われて悪い気はしなかった。
思えば、こうして外で美味しい物を食べながら軽口を叩き合うなど、ほんの数年前までは想像もしなかったことである。
「わーっ! ストップ! 待ってハルカ!」
「そうだよ早まらないで!」
「……うん?」
その時、突然反対側の席から大声が聴こえてくる。何事かと覗き込んでみれば、そこには見覚えがある四人組の姿があった。
「あれは……確か便利屋68、だっけ?」
先日、Empty skyの事務所で出会ったサオリと知己の何でも屋。彼女達がアビドス襲撃の依頼を受けているのは知っているのでこの店に居ることは別に不思議には思わないが、一体何を騒いでいるのだろうか。
紫色の髪の──ハルカと呼ばれている少女が握り締めているのは何かのスイッチと思われる装置。
そう、まるで爆弾を起爆させる物のような──。
「────ッ!?」
ミサキが疑問に思ったのと、ほぼ同時だった。
凄まじい衝撃と爆音が地を揺るがし、この場にある全てを吹き飛ばさんとする。
眼を見開く。何が起きたのか状況を理解するよりも早く、大量の瓦礫がミサキとヒヨリに降り注いだ。
殺してやるぞ…