アリウスの王 作:大嶽丸
──今日は厄日だ。
陸八魔アルは内心そう叫ぶ。自分の言葉に早とちりしたハルカの暴挙をどうにか止めたかと思えば、
幸いにも全員無事だったが、駆け付けたアビドス生達と出会し、爆発の件について詰められた。先の説得でハルカは起爆するのを止めたが、もしかしたら弾みでスイッチを押してしまったのかもしれず、正直に話して謝るか開き直ってあんなに良くしてくれた大将と店を爆破した大悪党になるかの瀬戸際に立たされてしまう。とりあえず大将は無事で既にアヤネが保護しているらしいので安堵する。
そこへ襲い来る迫撃砲による追撃。何事かと思えば、何と下手人は憎きゲヘナ風紀委員会──しかも一個中隊規模が集結していたのだ。
泣きっ面に蜂とはこの事。アル、及び便利屋にとって風紀委員、正確には委員長である空崎ヒナは最も恐れるべき敵であり、白目を剥く。
狙いは便利屋。その為に他の自治区にまで侵攻してきたのは驚きだが、土地をカイザーが買収しているのも何か関係しているのだろうか。そのようなことを考えているとアビドスは便利屋の引き渡しを拒否、風紀委員相手に戦闘を開始した。
「どうする社長? 見たところ空崎ヒナは居ないみたいだけど……」
「逃げるなら今がチャンスだよ」
カヨコとムツキの言葉にアルは大いに悩んだ。アビドスの実力ならば空崎ヒナ以外だと今指揮を取る銀鏡イオリくらいしか目ぼしい実力者の居ない風紀委員に負けるはずはないと思うが、よく見ると小鳥遊ホシノの姿は無くまた物量の差は明白なので苦戦は必至でもしもの事があるかもしれない。
そして、この状況の原因は便利屋。アビドスとは敵同士であるが、しかしそれでも。故に、アルは逃走すべきか加勢すべきか迷い、最終的に決断したのは──。
「ここで退いてはアウトローの名折れ! アビドスと一緒に風紀委員共を返り討ちにするわよ!」
アルの言葉に反対する者は存在せず、便利屋はアビドス側に加勢。そうなれば結果は分かりきっていた。
「“久しぶり。チナツ”」
「こんな形でお目にかかるとは……先生がそこにいらっしゃることを知った瞬間、勝ち目はないと判断して後退するべきでした……私達の失策です」
あれだけ居た部隊は壊滅。風紀委員の一人、火宮チナツと先生は面識があるらしく、溜め息を吐く。
『失礼しました、連邦捜査部“シャーレの先生”』
そして、現れるホログラム。
風紀委員No.2。行政官の天雨アコが登場し、それを見たカヨコは気付く。正確には確信だろうか、元よりおかしな点だらけだった。
これが彼女の独断専行であり、その目的は便利屋の捕縛などではなく初めからシャーレの先生だったということを──。
「……vanitas」
さて、それはそうと、何か忘れてはいないか?
事態が混沌を極める中、柴関ラーメンがあった跡地。その一角の瓦礫が動き出す。
「vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
紡がれた聖句には虚しさと、それを埋め尽くさんばかりの
『ッ!?』
全員が驚愕する。
瓦礫の山が吹き飛んだかと思えば、飛び出してきた複数の“ミサイル弾”が分裂・拡散し、大量の子弾がまるで光のシャワーのように降り注ぐ。
風紀委員も、便利屋も、アビドスも、何もかもを巻き込んで──。
「アビドス? 風紀委員? シャーレ? ……どうでもいい。つくづくどうでもいい」
『い、一体何が……?』
ホログラムのアコは無傷であるが、空気を震撼させる爆発音に堪らず耳を塞ぐ。見る限りイオリとチナツは無事だったが、その他の風紀委員の多くは残存戦力と呼び寄せた増援も含めて巻き込まれてしまったようだ。
「けほっけほっ……もう何なのよ! あんた達の仕業ッ!?」
辺り一帯が破壊し尽くされ、爆煙が包み込む。突然の攻撃にセリカが噎せながらアコ達風紀委員を睨み付ける。
『なっ……違います。むしろ貴女達ではないと? なら、便利屋──』
「いや、私達も知らないわよ!」
「じゃあ、一体誰が──」
「──食い物の恨みは恐ろしくて、辛いですよねぇ」
皆が混乱する中、乾いた銃声が鳴り響く。
「きゃっ──!?」
「なっ……狙撃だ伏せろ!」
風紀委員の一人が倒れ、イオリが叫ぶ。直ぐ様風紀委員達は隠れようと動くが、その間にも間髪入れず十人近くが撃ち抜かれてしまう。
精密な早撃ち。自身も得意とするが故に、イオリはその実力に戦慄する。
「くそっ……どこのどいつだっ!?」
銃声がした方角へと視線を向ければ、そこには二つの人影。見慣れぬ風貌の少女二人が、堂々と並んで立っていた。
「“……誰?”」
先生が呟く。それは皆の代弁であり、アビドスと風紀委員も全く見覚えのない襲撃者に困惑の色を隠せない。
「あれ? あの二人ってサオリの所の……」
「なんかぶちギレてない?」
唯一面識のある便利屋は気付くも、余計に困惑する。サオリとアツコと一緒に居た二人。一人は普段のハルカのように気弱そうな、もう一人は物静かで無口な印象を抱いていた。
しかし、今は雰囲気が全く違う。何故彼女達がここに居て、何故こうも、特にあの黒髪の少女──ミサキの顔は無表情ながら怒りが滲み出ているのか。
「一応訊くけど……ここの店を吹っ飛ばしたのはどいつ?」
じろりと、ミサキは便利屋──そして社長であるアルを見据え、問う。
たったそれだけで、アルは理解した。実は彼女達が客として来ており、爆発に巻き込まれたのだと。
しかし──。
「……見ていたのなら、質問する意味は無いんじゃないかしら?」
冷や汗を掻き、内心ビビりながらもアルは問い返す。そこに挑発の意図は無くむしろ期待と願望が見え隠れしていた。
もしかすると爆破したのはハルカではなく──。
「そいつがスイッチを押す場面は見ていない。状況証拠的には犯人としか思えないけど……そうでない可能性も充分にある」
ハルカを一瞥し、続いて風紀委員達を睨む。
「けど誰が犯人なんかはもうどうでもいいよ。この場に居る全員を叩き潰せば関係無いのだから」
(こ、こわい……!?)
醸し出されている怒りのオーラに、アルは恐怖した。ミサキもそうだが、一見すると落ち着いていそうなヒヨリの方も目に光は無く、一切笑っていない。
「えっと……私達も、ですか?」
会話を聞いていたノノミが問う。聞く限りでは彼女達は完全な被害者でアビドスは無関係。むしろ協力出来ると思われるが……。
「そうだね。あんた達には悪いけど……巻き込まないようにするのも面倒だから、八つ当たりさせてもらう。嫌ならさっさと逃げて」
「とまあ……このようにミサキさんは激おこなので、皆さん是非苦しんでください。でも仕方無いですよねぇ、それが人生ってモンなんですから」
「えぇ……」
「ん、とばっちり」
無慈悲な宣告。残念なことに、相手は冷静なように見えてかなり気が立っている様子である。相手が誰でも構わず、とにかく怒りをぶつけたいという意志を感じ取れた。
交渉は不可能。しかし、彼女の言う通りこの場から離れることはアビドス側には出来ない。
『何を訳の分からぬことを……』
一方、この
『答えなさい。何者ですか? 貴女達は……我々がゲヘナ風紀委員だと知っての狼藉で──』
「あんたに名乗る名は無いよ。というか、そんな
『なっ……!?』
言葉を遮って言い放たれた言葉にアコは閉口する。辛辣な、しかし全く以てその通りな罵倒にイオリは思わず噴き出しそうになった。
尚、ミサキは煽るつもりはなくシンプルな疑問だった。怒り心頭ながらもアコの横乳を露出させたファッションは目を疑い、内心大いに戸惑わせた。
「犯人が便利屋にしろ風紀委員にしろ、どっちもゲヘナか……偏見だの差別だの言うけど、先人達が何故あそこまで嫌っていたのか納得してしまう」
「そういえばミサキさん。ゲヘナには気に入らない飲食店を爆破する常軌を逸したテロリストが居るのだとか……どうやらテロリストでなくてもそうだったみたいですけど……えへへ……」
「……やっぱりゲヘナってのはろくでもない」
彼女達の会話を聞き、美食研究会などと一緒にするなと叫びたくなるアコだったが、その寸前に表情が強張る。彼女だけでなく他の面々もだ。
ミサキが肩に背負っていた多角誘導式ミサイルを上方へと向けたのだ。
「“またミサイルが来る……!”」
皆が身構え、そして阻止することは出来ずに再び光のシャワーが降り注ぐ。
便利屋68、アビドス廃校対策委員会、ゲヘナ風紀委員、そしてアリウス・スクワッド──様々な勢力が入り乱れ、事態は混沌を極めていた。
その結末は、果たして──。
「……流石に想定外が過ぎるな。いや、マジで」
一方、その光景を視ていた白いフードの少女はあまりにもあんまりな有り様に頭を抱えるのだった。
今日は厄日かな?
失楽ニトは思った。ブラックマーケットでアビドスとの関係をぼかしつつ便利屋に教え、今後どういった絵図を描こうかと思案していると駐留部隊から連絡があった。
曰く、ゲヘナ風紀委員会が一個中隊規模でアビドス自治区内を移動していると。
便利屋関係か? と思うも、いくらアビドスが少々特異な土地とはいえわざわざ他の自治区まで侵攻しているのには違和感がある。それに数も多い。
同時期に小鳥遊ホシノにも不審な動きが見られることもあって、駐留部隊に監視を命じつつ自身も自治区へと向かってみると、程無くして爆発が起きた。
近くのビルの壁を駆け上がり、屋上から煙が立ち上る箇所を確認する。
距離はここから数㎞程。その方角にある建物は確か──と、ニトは行きつけの拉麺屋のあった場所であることに気付き、現場へと疾走した。
ものの5分足らずで辿り着くや否や目を見開く。拉麺屋があったはずのそこには瓦礫の山しかなく、見るも無惨な姿と化していた。
何が起きたのか、事故なのかそれとも襲撃されたのか、だとすれば一体誰がやったのか、大将は無事なのか、最悪の可能性すら脳裏に過り、幾つもの疑問が渦巻くもそれを解決させぬとばかりに怒涛の展開が襲い来る。
何故か居る便利屋、駆け付けたアビドス、そして攻撃を仕掛けてきた風紀委員会──思いもせぬ事態に困惑しつつも平静を保ち、様子見していたが、それも電光石火の如く乱入してきたアリウス・スクワッド二名により限界を迎えた。監視している駐留部隊も大いに混乱している。サオリといい、一番の想定外が身内なのはどうなのだろうか。
「……そういえば、ヒヨリが柴関ラーメンに行くと言っていたな」
彼女達は見て分かる程に激昂しており、服装もボロボロ。その姿から何故こうなったか察する。恐らく柴関ラーメンの崩壊に巻き込まれ、その原因が便利屋と風紀委員のどちらかにある……ということだろう。
とはいえ双方に柴関ラーメンを攻撃する理由は皆無に思えるが……。
(強いて言うなら風紀委員か。名目上はここ一帯の土地はカイザーに占有されている。無人区域だと思い込み、攻撃したのであれば合点が行く)
そして、狙いはシャーレの先生。その存在を脅威、不確定要素と認識し、トリニティやミレニアムよりも早く囲い込もうという腹積もりなのだろう。
便利屋への攻撃はその本来の目的を隠す為の建前。それでたまたま便利屋が柴関ラーメンに居たため攻撃され、そしてたまたまそこにヒヨリとミサキが鉢合わせて巻き込まれた……偶然にも程があり、辟易とさせられる。
尚、伊草ハルカが暴走して爆破させたなどという意味不明過ぎる可能性は想像すらしていない。
「……このままではまずいな」
現在、人数差を物ともせずミサキとヒヨリは渡り合っている。全くの未知なる敵への戸惑いとミサキの高火力かつ広範囲攻撃が噛み合った結果であり、小鳥遊ホシノと空崎ヒナという両陣営の最強格が不在なのもあるのだろう。
しかし、それも時間の問題。元よりスクワッドはチームによる連携が要であり、またヒヨリは遠距離特化でミサキもどちらかと言えば中距離での火力支援型。前衛を担うサオリとアツコが居ない以上、いずれは綻びが出て戦況は覆る。当然それは彼女達も理解しているはずだが、余程頭に血が昇っているのか退く様子は微塵も見せない。
気持ちは分かる。ニトとしても気に入っていた柴関ラーメンが破壊され、しかも自分の可愛い部下までも巻き込まれてしまっており、今は戸惑いの方が勝っているもののその蛮行に内心かなり腹を立てていた。
「助ける為に姿を現すべきか……ううむ」
迷いを覚えながら、懐中からガスマスクを取り出して装着する。
アリウスの兵士全員に支給されているものだ。これで顔を隠せるとはいえ着替えは用意しておらず、面識のあるセリカ辺りに気付かれる可能性はなきにしもあらず……恐らく気付くであろう便利屋が思わず余計なことを口走ってしまう可能性もあった。
そうやって手をこまねいていると、ミサキとヒヨリが
「何──?」
目を見開く。彼女達を襲ったのは一筋の光であり、その正体は特大の神秘が込められた単なる“銃撃”であった。
ふわりと靡く白髪。
伸びる四本の角。
腰から生える悪魔の翼。
ホシノのように小柄で、機関銃を握るその姿をキヴォトスで知らぬ者は少ない。
曰く、ゲヘナの最高戦力。
曰く、キヴォトス最強の一角。
ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナが降臨した。
白モップ「アコ、これはどういう状況……え、本当にどういう状況なの?」
ニトちゃん「やばたにえん」