アリウスの王 作:大嶽丸
死ぬかと思った。
カイザーPMC理事は必死に走る。内部の回路は幾つか破損し、スーツは焼け焦げ、見るからにズタボロな状態で。
「何なのだ、あの化け物は……っ!?」
突然乱入してきたガスマスク少女。我が社の誇る最新兵器であるゴリアテが何も出来ずに一方的に瞬殺されてしまった。
脱出機能が作動したから良かったもののそうでなければ炎上に巻き込まれて無事では済まなかっただろう。
「くそっ……あんなのが居ては部隊を再編成しても……」
『理事! 理事! ご無事ですかっ!? 応答してください!』
「ッ──ああ。私は無事だ。位置情報を探知して迎えにきてくれ。一先ず退却だ、総員戦列を整え、HQへと帰投せよ」
『りょ、了解しましたっ!』
屈辱的であるが、仕方あるまい。
アビドス、シャーレの先生、便利屋68、そして未知なる戦力への憎悪で怒り狂いそうになるのをどうにか抑え込み、理事は尻尾を巻いて逃げることを選択した。
「……ふむ、しぶとい男だな。男だよな? 一応」
「少なくとも女ではないのでそうなんじゃないッスかね。それよりも……良いんスか? 見逃しちゃって」
「ああ。まだ泳がせておく。近い内に消えてもらう予定ではあるがな」
尚、逃亡する理事はその背中を見据える二つの人影……ニトと部隊長には全く気付いていなかった。
「さて、見事な戦いぶりだったぞ。部隊長」
「有り難きお言葉です。ま、一応過酷な砂漠で訓練しているんで。あんな数だけの機械共に遅れは取りやせんよ」
通信が入る。曰く、理事の命令の通りカイザーPMCの軍勢は蜘蛛の子を散らすように一斉に退却しているようだ。駐留部隊にこれを追撃するつもりはなく、一部機能停止した者を除いて彼らは多大な損害と負傷者を抱えて基地へと逃げ帰った。
作戦は大失敗であるが、連中は執念深く往生際が悪い。駐留部隊や“オシリス”の戦闘力を目の当たりにしてもより人員と兵器を増強して再度攻め込んでくる。それこそアビドス外のPMC戦力も呼び寄せてくることだろう。
無論、対策はしてあるので何ら問題は無い。
「しかし、些か弱過ぎたッス。“オシリス”の実戦データは全く集められませんでした」
「……彼女か。以前と違い、随分と派手な武装だったな」
「技研の方々がそれはもう楽しそうに飾り立ててましたよ。肩にバズーカ備え付けようとしてたのは流石に止めたッスけど……いくらアイツでも機動力が削がれ過ぎる。あの人ら頭は良いッスけどカタログスペックだけしか見てないのがちょっとアレですわ……」
「研究者という者は大抵そういう奴らだ。故に、実験と検証を重ねる。ただまあ…………完璧に扱えることを前提とするのなら中近距離のショットガンと遠距離かつ高火力の対物ライフルを使い分け、同時に操るのは理に適っている」
尤も、自分は決して真似しようとは思わないが。
今頃任務を終え、駐屯基地へと帰投しているであろう少女……通称“オシリス”。アビドス駐留部隊の最高戦力であり、アリウス調査技研が生み出した傑作の“兵士”──。
その戦闘力は凄まじく、対人ではあまりにもオーバースペックが過ぎるため大型戦車や先程カイザーPMCが繰り出したゴリアテといった兵器類が仮想敵になる程。故に、能力を十全に発揮出来るような相手がほぼ居ないのが現状であった。
「話は変わるが、小鳥遊ホシノの居場所は突き止めたかね?」
「いえ、閣下と接触してからすぐに監視を付けてましたが、流石は暁のホルスことホシノさん……あっさり撒かれてしまいやした。少なくとも自治区からは出ていないので恐らくPMC基地のどこかだとは思うのですが……」
「……そうか」
「すみません。不甲斐無い結果で……」
「いや、相手が相手だ。仕方あるまい」
申し訳無さそうにする部隊長。これに対してニトは然して気にしていない様子だった。
元より分かっていたことだからだ。単純な能力でもアビドスの地理に関してもホシノの方が軍配が上がる。彼女が本気になればアリウスの監視から逃れることなど容易い。
「ふむ……虱潰しに基地を潰していくか、或いはシャーレの先生の追跡能力に頼るしかないか」
拉致された黒見セリカを見つけ出した未知なる方法。それを用いればアビドスのどこかに監禁されているであろうホシノの位置を特定することも可能かもしれない。
「シャーレの先生といえば……奴さん、どうするつもり何スかね? カイザーは横暴ですが、アビドス側の正攻法を悉く潰してやがる。仮にホシノさん救出に成功しても、退学が受理されている以上もう正当性は失われているんじゃ……」
今のところカイザーPMCはどこからどう見ても“悪”ではあるが、やっていること自体はキヴォトスの法律や規則からは逸脱しておらず、逆に逸脱して越権行為を行っているのはシャーレの先生側のように思えた。
何年も前から仕掛けていた、念入りな準備に裏打ちされた現状。アリウスというイレギュラーが居たからこそ撃退出来たが、本来であれば今回侵攻した時点で“詰み”の状況だった訳である。
そして、それは今も変わらない。唯一の生徒会メンバーである小鳥遊ホシノが退学し、アビドス廃校対策委員会が連邦生徒会に認可されていない部活である以上、アビドス高校はキヴォトスにおいては学園という体を成していなかった。
「そうだな……如何にシャーレの先生といえど……ん? シャーレの“先生”?」
そこで、ニトは気付く。
連邦捜査部S.C.H.A.L.E──その“顧問”である“先生”。部長でも指揮官でも責任者でもなく、あくまで“先生”、教師という立場。それは言葉通りであり、そしてそれは今までキヴォトスには存在していなかった概念である。
つまり、彼の存在は、学園都市キヴォトスのルールを、正確には今まで罷り通っていたことを、根本から覆してしまうのではないか。
シャーレの先生は、外から来た人間。であればきっと、彼自身はとうにそれを理解している。
我々にとっての“常識”を──。
「そうか、そういうことか……! 成程、だから“先生”という訳か……!」
「? えっと……ど、どうしやした? 閣下」
「クク……権限や能力など二の次。重要なのは“先生”という立場と概念。連邦生徒会長め、考えたな」
「はい? あの……申し訳無いッス。どういうことか説明していただいてもよろしいッスか?」
合点が行き、笑みすら漏らすニトに、微塵も理解出来ていない部隊長は首を捻り、質問する。
「──小鳥遊ホシノの退学申請は、まだ受理されていない」
「……え?」
当たり前の話だ。
教師の許可無しに、生徒が勝手に退学出来る訳が無い。それは至極当然の“ルール”である。
キヴォトスでそうでなかったのは、その教師という立場が存在していなかったから。故に、カイザーもゲマトリアも気付きもしていないのだ。
未だに正当性はアビドスにある。であれば、彼の次の行動は読めた。
「良いだろう。“武力”ならばこちらが提供してやる」
シャーレの先生。
あれだけ大人を疑い、嫌っていたホシノが信頼し、お墨付きを与え、全てを託した人物……今回は彼に
時刻は夜。
ホシノ奪還の為、アビドスは今回とは逆にカイザーPMCを攻め落とさなくてはならない。故に、ニトは駐留部隊と共に今後の方針と作戦を練っていた。
そんな時、報告が来る。
シャーレの先生が、単独で校舎を出てどこかへと向かっていると。
「……オレが行こう」
ニトはその後を追うことにした。駐留部隊の面々には閣下自ら? と困惑されたが、もし仮にシャーレの先生が、或いは彼を
駐留部隊では対応し切れない、むしろ危険だ。そのような存在相手により確実性が高いのはこの場においてはニト自身に他ならず、そうまでして先生の後を追う価値があると彼女は判断した。
(予想はしていた。アリウスの動きを見るにしては、些か性急が過ぎる。にも拘わらずこのタイミングで動いたということは……もう一つ、他に要因があったということ)
辿り着いたのは、一棟のビル。
郊外にある何の変哲も無い、ごく一般的なその建物。黒幕の本拠地とは到底思えないが、むしろそうあるべきとも思える。
先生は、警戒心を露にしながらもその建物へと入っていく。少し時間を置いてからニトも気配を極限にまで消して入る。中に居る存在にバレることは承知の上、あくまでも先生から気取られぬようにするためだった。
「──お待ちしておりました、シャーレの先生」
そして、奥の部屋に待ち構えていた存在と先生は、失楽ニトは遂に対面した。
(…………! ベアトリーチェと同じく異形の容貌。こいつがカイザーと手を組む、ゲマトリアの男)
近くの柱の裏に隠れながら、ニトはその姿を見据える。亡霊のような印象を受ける存在。黒い炎のような靄、眼孔から顔全体に走る亀裂は、まるで笑みを作っているように見えた。
血のような赤肌に白いドレスだったベアトリーチェと違い、服装含めた漆黒の身を持ち、恐らく男性だと思われるそいつは酷く対照的である。
「あなたとは一度こうして、顔を合わせてお話ししてみたかったのですよ」
故に、呼び出したと、そいつは紳士的な口調で語る。
「連邦生徒会長が呼び出した不可解な存在。あのオーパーツ、“シッテムの箱”の主であり、連邦捜査部“シャーレ”の先生。あなたを過小評価する者も居るようですが、私達は違います」
(……シッテムの箱?)
出てきた固有名詞にニトは反応する。
シッテム、シッテム、シッテム……記憶の中で該当するのは旧約聖書に登場する都市の名前。死海北東のモアブ平原にあった町であり、そこで古代イスラエルの指導者にして預言者モーセは“
またの名を、“聖櫃”。唯一神から授かった“十戒”を封じた聖遺物……シッテムで“箱”といえば思い付くのはそれしかなく、その名を冠するということは相当な代物であることが窺える。
(ふむ……恐らくはあのタブレット端末のこと。それが彼の有する“未知なる力”の正体という訳か)
脳裏に過るのは、あの“水色の影”。重要なのは“箱”ではなくその中身だが──。
「まず、はっきりさせておきましょう。私達は、あなたと敵対するつもりはありません。むしろ協力したいと考えています。私達の計画において、一番の障害に成り得るのはあなただと考えているのです」
「“……どういうこと? ”」
「私達にとってアビドスなんて小さな学校は、全く以て問題ではありません。ですが先生、あなたの存在は、決して些事とは言えない。敵対することは避けたいのです」
「“……貴方達は一体何者だい? ”」
「……おっと、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私達はあなたと同じ、キヴォトス外部から来た者……ですが、あなたとはまた違った領域の存在です」
(違った領域、か……やはり連中の正体は……)
「適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私達のことは“ゲマトリア”、とお呼びください。そして私のことは、“黒服”とでも。この名前が気に入っていましてね」
すると漸くそいつは、“黒服”は自らの所属と便宜上の名を告げた。
(……そのまんまだな。ベアトリーチェと違って、随分と飾り気が無い。奴にとっては名前などその程度のものということか)
名は体を表すとでも言いたげな安直さ。ゲマトリア自体も単純な意味合いからその名を取ったかのような物言いだった。
「私達は、観察者であり、探求者であり、研究者です。あなたと同じ“不可解な存在”だと考えていただいて問題ございません。一応お訊きしますが、
「“……断る”」
黒服からの勧誘に、先生は毅然とした態度で言い放つ。
「“……ホシノを拐っておいて、よくそんな事が言えるね。微塵も無いよ”」
「……左様ですか」
とりあえず駄目で元々といった姿勢を取っていた割には、思いの外残念そうにする黒服。
「真理と秘義を手に入れられるこの提案を断ってまで、あなたはキヴォトスで何を追求するおつもりなのですか?」
どうやらそれが本命の質問のようだ。
真理。
秘義。
成程、とニトは一連の会話から黒服が、彼らがどういった存在なのかを大方察した。
「“私は──”」
そこから問答は続く。
ホシノの身柄について。これは予想通り先生としての権限を行使し、黒服、及びカイザーから正当性を奪い去った。
「……成程。あなたが“先生”である以上、担当生徒の去就にはあなたのサインが必要……そういうことですか。学校の生徒、そして先生……ふむ、中々に厄介な概念ですね」
やはり黒服はまだ生徒に対する先生の立ち位置について理解し切れていなかったようで対抗案を有していなかった模様である。
舌戦を征したのは先生。けれど、黒服は簡単に諦めがつかないらしく食い下がった。アビドスへの仕打ちに対する先生の追及を確かに悪ではあるが、あくまでもルールの範疇であると吐き捨てながら。
「ホシノさんさえ諦めていただければ、あの学校については守ってさしあげましょう。カイザーPMCのことについても、私達の方で解決いたします。あの子達もどうにか、アビドス高等学校に通い続けることが出来るはずです。そしてこれは、あのホシノさんも望んでいることのはず。……如何ですか?」
「“仮にそうだったとしても、あの子達はそんな結果は望んでいない”」
「それがホシノさんの選択だとしても?」
「“何度も言わせるな。それが私の、対策委員会の意志だよ”」
再度拒否すれば黒服は黙り込み、
「……解せませんね。どうあっても、私達と敵対するおつもりですか? あなたは無力です。戦う手段など無いでしょうに」
と、質問した。心底不可解だと言わんばかりに。
「“………………”」
すると先生は、懐から何かを取り出す。
それは一枚のカード。黒服が硬直する。表情を変えず、しかし信じられないものを見たような声を発した。
ニトもまた、目を見開く。
「成程、“大人のカード”……確かに、それはあなただけの武器です。しかし、その危険性を薄らですが、知っています」
(……大人の、カードだと?)
何だそれは。ふざけた呼び名に首を傾げ、しかしそれがどういった物なのかは
「使う程、削られていくはずです。あなたの生が、時間が。そうでしょう?」
答え合わせのように黒服が告げる。
シッテムの箱とはまた別の、先生の有する切り札。それには致命的なデメリットがあり、しかしそれに見合った、彼が恐れるだけの“力”が内包されていた。
「……ですから、そのカードはしまっておいてください。先生、あなたにもあなたの生活があるはずです」
諭すように黒服は言う。
「食事をし、電車に乗り、家賃を払う。そういった意味のないくだらないことを、きちんと解決しなくてはいけないでしょう? 是非そうしてください」
「“……断る。貴方が、いや
そんな言葉を、先生は一蹴する。
「──何故?」
ぽつり、と黒服は漏らす。
「何故? 何故? 何故?」
まるで何かがピークに達したように、黒服はそう連呼しながら先生へと顔を近付ける。
「理解出来ません。何故? 何故断るのですか? どうして? 先生、それは一体何の為に?」
先生がほんの少し、目を閉じる。
「“あの子達の苦しみに対して、責任を取る大人が誰も居なかった”」
「何が言いたいのですか? だから、あなたが責任を取るとでも?」
「“──それが、大人のやるべきこと、成すべきことだから”」
その返答に、黒服はぴしりと固まる。
「……大人とは、“責任を負う者”。そう言いたいのですか?」
しかし、その考え方は間違っていると、黒服は真っ向から対立した。
「持つ者が、持たざる者から搾取する。知識の多い者が、そうでない者から搾取する」
黒服は語る。自らの持論を。
「望む通りに社会を改造し、法則を決めて、規則を決め、常識と非常識とを決め、平凡と非凡とを決める。権力によって権力の無い者を、力によって力の無い者を支配する。……それが大人であり、厳然たる世の中の事実ではありませんか?」
つまりは弱肉強食。確かにこのキヴォトスにおいては至極真っ向な論理のように思えるだろう。
一理あるとニトは感じた。支配と守護は表裏一体。大人にせよ子供にせよ、強者にせよ弱者にせよ、そもそも“力”が無ければ何も成すことは出来ないのだから。
「“……少なくとも私はそうは思わない”」
「ほう? 自分とは関係のない話だと?」
そうは言わせぬと黒服は喋る。
「……あなたは、このキヴォトスの支配者にもなり得ました。あの日、“シッテムの箱”の力で“サンクトゥム・タワー”の制御権を手にした時、この学園都市における莫大な権力と権限、そしてこの学園都市に存在する神秘。そのすべてが、一時的にとはいえあなたの手の上にありました」
(……何だと?)
黒服の発言にニトは驚きを隠せない。恐らくは連邦生徒会長失踪に伴うキヴォトスの混乱が沈静化した時だと思われる。
失われていたサンクトゥム・タワーの制御権を先生が取り戻し、そしてそれを手放して連邦生徒会に譲渡した。黒服が言いたいのはそういうことなのだろう。
自分の知らぬ所でそんなことがあったとは。
「その選択に、何の意味があるのですか? 真理と秘義、権力、お金、力、その全てを捨てるなんて無意味な選択を、どうして──」
「“……言ってもきっと、理解出来ないと思うよ”」
問いかけに、暫しの沈黙の後に先生はそう言って突き放す。彼は既に目の前の異形が自分と完全に相容れぬ存在だと理解していた。
ニトとしては、答えを知りたくもあったが、しかし彼のスタンスは理解したので自ずとその内容も察せられる。
どこまでも言っても、彼は“先生”であるが故に、それに必要の無いモノを捨てることに、何ら迷いは無いのだ。
「……残念です。私はあなたのことが気に入っていたのですが、仕方ありませんね」
交渉は決裂した。漸く諦めた様子で黒服は座り込み、あっさりとホシノの居場所について告げる。
PMC基地の地下深く。そこに監禁していると。
「──先生、ゲマトリアはいつでもあなたのことを見ていますよ」
知りたいことは知れたと踵を返す先生に、最後に黒服はそう言って見送った。
「……さて、如何でしたか? 私達の問答は」
「実に興味深い話だった。けれど、幾つか疑問もある」
先生が去り、しばらく後。
黒服の問いかけに応じてニトは姿を現し、彼の前へと進んで行く。
「次はオレと話をしてもらおうか? 黒服とやら」
「ええ。ええ、勿論ですとも。失楽ニトさん……“光をもたらす者”、或いは“紅き竜”とでも呼びましょうか? アリウス分校現生徒会長にして──」
真紅の瞳に睨まれ、しかし動じずに黒服は笑う。
「──キヴォトスの破壊者」
ニトちゃん「大人のカード……? 先生はめっちゃ金持ち……ってコト!?(迷推理)」