アリウスの王   作:大嶽丸

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そうだ、地上へ行こう

 

 

 こつ、こつ、と足音が響く。

 

 静寂に包まれた空間。辺りを薄暗く覆う闇に溶け込むような長い漆黒の髪を揺らしながら、少女──失楽ニトはそこを歩いていた。

 

「……相も変わらず辛気臭い場所だ」

 

 ぽつりと呟く。

 

 迷宮のように入り組んだ地下墓地(カタコンベ)。トリニティにとっても未開の地であり、かつてアリウスはユスティナ聖徒会の手引きによってその最奥へと逃亡した。

 

 現在のトリニティではとうの昔から使われていないが、アリウスでは餓死者を筆頭とした多くの死体を処理する為に運ばれ、埋葬された。

 

 故に、内乱終結後は一切使われておらず、また地上へのルート構築のため何度も整備されているとはいえそこには確かに濃厚な死の香りが漂っており、それがニトの嗅覚を刺激する。

 

 それは彼女にしか分からない感覚であり、何も知らぬ者はここが墓地であることにも気付かぬだろう。

 

Amen(エイメン)……死に祈りを──」

 

 死とは忌避するもの。それは生物としての本能であり、どの時代、どの世界でも共通の認識であるからこそ恐れ、悼み、偲ぶ。

 

 ただニトは静かに祈りを捧げる。地下深くに取り残された、この小さな世界で必死に生きた先人達にせめてもの安らぎがあるように。

 

 そうしながらしばらく歩き、やがてカタコンベを抜けたことで景色が変わる。所々コンクリートで補強された地下坑道。ここから先にある長い階段を登って行けば真上にあるトリニティ自治区へと続いており、表向きには安全管理を理由に封鎖されていたが、特段警備があるという訳ではなく、容易に出入り可能だった。

 

 そして、それはあくまで地上へのルートの一つでしかない。自治区の復興作業と並行してアリウスは地下を掘り進めることでまるで蜘蛛の巣のように通路を拡大していっており、それは今もまだ継続中である。

 

 流石にキヴォトス全土までとは行かずとも山間部や路地裏、廃墟、それからアリウスの支配下にある建物の中といった主に人目に付かない場所に出入口を作り、そこからアリウスの生徒達は外部に気付かれず往き来している。

 

「……ここか」

 

 辿り着いたのは階段ではなく、ぽつんとある小部屋。ニトはそこへ入ると壁に備え付けられた小さなレバーをがこん、と動かす。

 

 すると小部屋は大きな音をあげ、ゆっくりと上昇し始める。水圧式のエレベーター。キヴォトスにおいては些か前時代的な代物であるが、近くに用水路があり、電線配備の手間を考えると最も効率的でもあった。

 

 十数分後、エレベーターが止まり、またしばらく歩いた先にある扉を開けると薄暗い地下とは対照的である強烈な、それでいて暖かな光がニトを出迎える。

 

 郊外にある雑居ビルの屋上。アリウス自治区では吹くことのない風を感じながらニトは目を細め、首を上へと動かす。

 

「──随分と透き通っているな」

 

 どこまでも澄んだ、青空。燦々と輝き、世界を照らす太陽。そのどれもが、地下深くにあるアリウスには無く、決して手に入れられぬ物である。

 

 素直に()()()と、ニトは思った。

 

 キヴォトスの在り方は歪である。誰もが武器を手にしている時点で決して平和とは言えず、実際に治安は悪い。青春を送る生徒達とは裏腹にそこかしこに悪意が犇めき、多くの闇を抱えている。アリウスなどその代表例と言えよう。

 

 この街でそれらはありふれた日常であり、誰もが気にせず、または目を叛けて生きている。そんな中で失楽ニトという少女はこの現状に疑問を覚え、未だに許容出来ていない。

 

 彼女にとってキヴォトスという学園都市は異常と言う他無く、決して好ましくはなかった。

 

 けれど、それでも。

 

 この“空”だけは、ただ純粋に好きだった。

 

「……さて、ラーメンでも食いに行こ」

 

 ここで皆の疑問を代弁しよう。何故ニトはこうして地上へと赴いているのか。それもたった一人で。

 

 時は、少し遡る──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 自治区が安定してから早数年。特に問題が起こることもなく平穏な一日が過ぎて行く中、ニトは疑問に思っていた。

 

 何故アリウスの皆は、独裁者である己に全く()()()()()()()のかと。

 

 とうに現状に不満を抱く者が現れてもおかしくない頃合いなのだが、少なくとも生徒会の目に付く範囲では未だにそんな素振りは全く無かった。校内に意見箱も作ってみたが、たまに献立のメニュー追加の希望が来るくらいで基本的に空っぽである。

 

 良いことではあるのだが、反発は避けられぬことだと備えていたニトからしてみれば拍子抜けであり、何より理由が分からないため気味が悪い。

 

 アリウス生はかつてのような無知で貧していた子供ではない。以前よりも恵まれ、余裕が出来れば不平不満の一つくらい出るだろうに。

 

 生活水準は比べるまでもなく上がっているが、様々な規則や戒律を設けて抑圧自体は強まっている。授業や訓練も軍学校を基準にしているので行軍や野営と厳しい科目もあるし、教義に関しても一部の所謂原理主義者は積極性と能動性を取り入れた今の教義を許容していないはずだ。ニトはそういう者達が居るのを理解しながらも他者へ強制するなと警告しつつもその思想を看過した。弾圧してしまえば、かつてのトリニティと同じになってしまうのだから。

 

 要するに、反乱……とまでは行かずとも不満や反発を懐くだけの要素は確かに存在しているのだ。ただでさえ地上との圧倒的な格差があるというのに。

 

 地上の“レッドウィンター連邦学園”という名前からして共産色の強い学校では、毎日のようにクーデターが起き、トップがひっきりなしに入れ替わっているらしい。流石にそこまでとは言わないものの不満が一切無いというのも逆に不健全のようにニトは感じた。

 

 これでは改善のしようもない。従順過ぎる、というのは指導者としては贅沢過ぎる悩みだが、不平不満も無く変化の訪れないコミュニティに待つのは、緩やかな滅びのみ。科学的に根拠付けられたその未来に、どうしたものかとニトは思案する。

 

 コンコン。

 

 ドアをノックする音が響く。

 

 今更であるが、ここは会長室。生徒会室とはまた別に存在する生徒会長一人だけの為に用意された個室である。ニトは主にここを事務や寝泊まりに使っていた。

 

「入れ」

 

「は、はい! し、失礼します……!」

 

 入ってきたのは、薄い緑色のサイドテールの少女。ベレー帽を被り、マフラーを巻いている。

 

「ヒヨリか。また外出申請か?」

 

「はい。その……いつも申し訳ありません閣下……お、お願いしますぅぅうう!」

 

「……いい加減慣れてほしいのだが」

 

 ヒヨリと呼ばれた少女は、オドオドしながらこちらへ一礼すると、一枚の書類を差し出す。

 

 外出許可証。今のアリウスでは任務以外で地上へ出る為には生徒会長自ら許可しなければならない。故に、彼女のように休日等を利用して出るならば彼女のように直接赴いて許可印を貰う必要があった。

 

 因みにアリウスは基本的に週休二日の土日休みであり、かといって全員が休む訳には行かないため半数は残って別の曜日に二日休みがある。代休制でもあり、向こうから申請したり人事から適当な日を要請する仕組みだ。夏季と冬季にはそれぞれ一週間程の長期休暇もあったりする。

 

「まあいい。……しかし、頻繁に出るなお前は。地上はそんなに楽しいか?」

 

 生徒が個人的な理由で地上へ出れるようになったのはごく最近のこと。それもあってか未だに外出希望者は少ないのだが、彼女──槌永ヒヨリはほぼ毎週のように外出申請を行っていた。

 

「え、えへへへ……外は美味しい物が多くて……あ、ああっ、でもアリウスが嫌いって訳ではなくてっむしろ好きで……えへへ。駄目ですよね? わ、私なんかが……」

 

「駄目とは言ってない。お前は生徒の中でも優秀だしな。文句などあるものか」

 

 ちょっと卑屈過ぎない? と、内心思いながらニトは許可証に実印を押す。

 

 彼女は狙撃手としてはトップクラスであり、その頼り無さそうな姿に反して優秀な生徒であるためニトの評価は高い。

 

「ふぇっ!? そ、そそそそんな勿体無きお言葉で……え、えへへ、えへへへへへへへへへへへへへ……」

 

「だが、あまり無駄遣いするなよ。毎回支給金をギリギリまで使い込んでいるだろう」

 

「うぐっ……も、申し訳ありません……」

 

 ヒヨリの地上への外出頻度はかなり高く、ほぼ毎週のように出ていた。訊けば、雑誌を買ったり食べ歩きをしたりしているらしい。

 

 ふむ……と、ニトは顎に手を当てる。

 

「そうだ。ヒヨリ、お前に訊きたいことがあるのだが」

 

「えっ!? な、何でしょうか?」

 

 ビクッと身震いさせるヒヨリ。別に初対面でもないのにこうも萎縮されると、流石のニトも内心悲しい気持ちになる。

 

「何、大したことではない。生徒であるお前の視点からこの学校や我々に要望があったりしないか?」

 

「要望、ですか……?」

 

「ああ。今後の運営の参考にしようと思ってな。正直に言ってくれ」

 

 直球で不満はないのかと訊いてトップに答える訳が無いので若干遠回しに尋ねた。

 

 ヒヨリは頻繁に外出申請をしてくることもあって他の一般生徒と比べて関わりが深く、おまけにかなり俗物な面がある。彼女ならば忌憚の無い意見を述べてくれるのではとニトは期待した。

 

「さあ、何でも言ってみたまえ」

 

「そ、それじゃあ……」

 

 意を決してヒヨリが口を開く。

 

「自治区にも雑誌とか、ハンバーガーとかラーメンとかパフェとか美味しい物全般置いてほしいですっ! そ、それと、お小遣いも増やしてくれちゃったり……とか……?」

 

「え?」

 

「はわわ……! だ、駄目ですよねやっぱり? そ、そうですよね……だって苦しいですもんね……辛いですもんね……」

 

「いやはわわじゃないが……図々しいのか卑屈なのか。随分と()()()()してるな、お前」

 

 予想していたよりもずっと物欲に塗れていた。あまりの己の欲望に正直な姿勢にニトは面食らう。

 

 まあ可愛いのでセーフだが。

 

「そ、そうですか? えへへ。それ程でも……」

 

「……ああ。そのくらい図太い方が人生楽しめるし、長生きするだろう」

 

 誉められてると思って照れ臭そうに後頭部を掻くヒヨリ。これにニトは呆れながらもその性格は嫌いではないので愉快そうに笑った。

 

「まあ、嗜好品の流通はこちらも検討している。いずれは外と同じとは行かずとも、再現されたものが出回るはずだ。給食部の献立も追加されたりしているだろう? 良ければ希望してみるといい」

 

 ニトの所見では給食部は精力的に活動しており、料理の腕前も日に日に上達している。簡単な物ならば材料さえあれば作れるだろう。

 

 ただでさえアリウスには娯楽が少ないのだ。食事くらいは有意義なものにしたかった。 

 

「ほ、本当ですか? やったぁ、いつかは自治区でもハンバーガーやラーメンが食べれるんですね……!」

 

 これにヒヨリがぱぁと顔を輝かせる。

 

「支給金については……こちらも切迫していてな。お前達には苦労を掛けるが、当分は我慢してくれると助かる」

 

「あっ、いやそんな……貰えるだけ有難いです。あんな欲望丸出しな要望しちゃいましたけど、 むしろ私なんかがこんなに良くしてもらって、本当に良いのかと思ってるくらいで……」

 

 真面目な回答をされ、ヒヨリは打って変わって申し訳無さそうにする。流石の彼女でも自分の発言がだんだんと恥ずかしくなってきた。

 

「そう己を卑下するな。相応の対価を渡しているつもりだ」

 

 謂わば飴と鞭。否、そもそもニトが彼女らに与えているのは人として最低限の権利に過ぎない。

 

 だからこそ、現状が疑問で仕方無いのだ。人とは満たされればより多くを欲し、求めるのがごく当たり前の摂理なのだから。そう考えると小心者ながら欲望に正直なヒヨリの性格は実に人間らしかった。

 

「他にも要望や意見があったら、いつでも言ってくれ。直接言いづらい内容なら以前から置いてある意見箱を使っても構わない。無論、匿名で構わんぞ」

 

「は、はいっ! 次は、さっきみたいのじゃないもっと素晴らしい要望をさせていただきます……っ!」

 

「別に要望自体は何でも良いのだが……まあいい。他の生徒にも是非伝えておいてくれ」

 

 一応広告したが、以前から意見は大々的に募集しているのでその上で全く無いのだからあまり期待は出来ないだろう。

 

 かといって、このまま何もせず運営を続けてもいずれは停滞するだけ……。

 

 ちらりと、ヒヨリが持つ許可証が視界に入った。

 

「ふむ……こうなれば、オレ自身が知見を深めるべきか」

 

「へ?」

 

「いや、気にするな。良い休日を、ヒヨリ」

 

「は、はいっありがとうございました! 用件終わり、帰りますっ……!」

 

 ぺこりと一礼し、そそくさとヒヨリは部屋を出ていく。

 

「さて、と……」

 

 より良い学校作りを。アリウスの自主性に委ねるだけでは駄目だと判断したニトは、他ならぬ己自身が広い視野を持つべきと考えた。

 

 となれば、今から彼女がやろうとしていることは明白だろう。

 

「出ようかな、オレも」

 

 思い立ったが吉日。ニトは机の引き出しから休暇申請の書類を取り出した。





もし仮にクーデターとか起こったら全力で叩き潰してくるからたちが悪い
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