アリウスの王   作:大嶽丸

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語らい

 

 

「……破壊者呼ばわりされる覚えは無いが」

 

 対峙するなり物騒な呼ばれ方をされたニトは、怪訝な表情を浮かべる。

 

「おや、そうでしょうか? あなたはこの学園都市の社会、体制、秩序……その根底を崩壊させ、望ましい形へと創り替えようとしているのでは? 自らの目的を達成する為に」

 

 これに黒服は愉しげに語る。まるで自分の推理をひけらかす探偵のように。

 

 ニトは何も言わず、しかし合点が行った様子だった。どうやら目の前の、今日初めて会ったはずのこの異形は、自身の最終目標について感付いているようだ。

 

 その上で、否定する。

 

「心外だな。“変革”と呼んでもらおうか」

 

「クックックッ……それは失礼。やはり、あなたは()()()()のですね、この街の現状が」

 

「……当然だろう。“外”から来た貴様には説明する必要は無いと思うが」

 

 そう言えば、黒服は大きく頷いた。

 

「ええ。理解は出来ますとも。ただ私達の中に“統治者”ないし“指導者”としての視点を持ち合わせる方は居ませんでしたから、新鮮な発想ではありましたがね……」

 

「“支配者”に成り損なった、高慢ちきな売女は居るようだがな」

 

 ベアトリーチェのこと。仮にも同僚を口汚く罵られた黒服だが、彼は僅かに肩を竦めるだけで然して気にした様子も無く、話を続ける。

 

「しかし、この学園都市の性質上基盤そのものをひっくり返してしまうということは、極めて危険なことです。どのように変異するか分かったものではありませんから」

 

 単なる支配とは訳が違う。ただの生徒ならいざ知らず失楽ニトという少女はその身に宿す神秘も由来も、在り方すらも異質。彼女の目的が実現された時、この箱庭に付与された“学園都市”というテクスチャは否定され、剥がれ落ちてしまうかもしれない。

 

 それにより招かれる破綻と崩壊。それこそが、黒服が何よりも危惧していることだった。

 

「確かに変化は必要なものですが、変わらぬこともまた美しい。芸術品と同じく……おっと、あなた方の教義には反してしまいますかね? だとすれば申し訳ありません」

 

「いや、元より他者に強要するつもりは無いし、気持ちは分からんでもない。しかし……何だ、意外と保守的なのだな。その手の類いにしては珍しい」

 

「……ほう? 我々が何者なのかご存知で?」

 

「はっ。先程言っていたではないか」

 

 この場合の何者かは名や素性ではなく在り方。黒服の問いをニトは笑い飛ばす。

 

「観察者であり、探究者であり、研究者……“カバラ”の数秘術を名乗るだけはある。即ち、自らの思考を、肉体を、概念を、より高次元へと至らんとする為に叡智を求め、秘匿を破り、蒙を啓き、模索を繰り返す“学徒”であろう」

 

「ええ、その通り。その認識で間違いありません。あなたが“高次元”と称したその領域或いは理念を、私達は“崇高”と呼んでいます。そして、私達はそこに至ること、識ることを悲願としています」

 

「その“悲願”とやらの為ならば幾千幾万の命を捧げ、使い潰すことも、世界の一つや二つも贄とすることも厭わない狂人共……そういった度し難い連中はいつの世にも、どこにでも居た。別段珍しい存在ではない」

 

 見飽きたとさえ言える、とニトは吐き捨てる。当初自分達の本質を見抜くその慧眼に感心していた黒服だが、その言葉には首を横に振った。

 

「──ふむ、私達の中にそのような輩が紛れていることは、否定しません。それで追放された者も居ます」

 

 無論、私は違いますが……と、前置きしながら黒服は言う。彼の脳裏に過ったのは婦人(マダム)匿名の行人(フランシス)、そして今は追放され、監禁されている地下生活者(ゲームマスター)だった。

 

 ニトの語る“学徒”というのは、正しく彼らのことを指しているのだろう。

 

「ですが、私達にとってこのキヴォトスは貴重な実験場……もしも誰かが度が過ぎたことを仕出かして全て台無しにしてしまわぬよう互いに監視し合い、警戒し合い、時には協力し合い、議論し合い、高め合っているのです」

 

「成程……道理で貴様とベアトリーチェで性質が違い過ぎる訳だ。あくまで利害の一致、最終目標が共通しているだけで各々のスタンスは異なっているのか」

 

 ゲマトリアについてニトは認識を改める。

 

 組織、というよりは同好の会。このキヴォトスにおいてその“神秘”を利用し、解明せんとする者共の寄り合い。

 

 思っていたよりはマシであり、しかしそれはそれとして面倒な手合いである。

 

「はい。私は研究に重きを置いていますが、中には芸術や文学に精通する者も居てその思想には差異が存在します。特にマダム……あなたと敵対するベアトリーチェは後から加入したこともあって私を含めた同志達と比較するとスタンスもアプローチも大きく異なります」

 

「だろうな。あの女は、純粋な“力”にしか興味が無い。奴にとっては思想も探究も、ただ結果を得る為の道具に過ぎん」

 

「──素晴らしい。いやはや、マダムの考え方をこうも見抜いているとは」

 

 黒服は感嘆の声をあげ、称賛する。彼女のベアトリーチェを評した言葉は、正しくその通りであったのだから。

 

「クックックッ……やはり、あなたは私達の知る“生徒”とは明らかに違う。どちらかと言えば、“こちら側”に近しい」

 

「……嬉しくない言葉だな。この街の住人を実験対象としか見ていない外道共と一緒くたにされたくはない」

 

 好意を見せる黒服に対し、ニトは冷たく言い放つ。

 

 結局のところ如何に性質が違えど、黒服もベアトリーチェもそこは共通しており、他のゲマトリアの構成員も変わらぬだろう。

 

 キヴォトスの崩壊を危惧するような口振りであったが、逆に言えば崩壊さえしなければその範疇で何をやってもいいと考えているのだ。当然そこで暮らす“生徒”に関してはモルモット扱いであり、ホシノにそうしたように目的の為ならばいくらでも利用し、玩び、使い潰せる。

 

 そんな忌むべき人でなし共。黒服を、ゲマトリアという組織をニトはそう認識した。

 

「気分を害されたのであれば謝ります。確かに、あなたは研究者でも芸術家でも文学者でもない……ただ一人の“指導者”。私達のような存在とは根本から違うのでしょう」

 

 悪びれもせず謝罪の言葉を口にし、一人で納得した様子を見せる黒服。顔にあるのは笑みのように見える亀裂だけなので表情は読み取れず、声質でしか判断するしかなかった。

 

「そうだ。同じ指導者として、あなたは先程の彼……シャーレの先生についてはどうお考えで? 特に、彼が力を手放した理由を理解出来ますか?」

 

 すると思い出したように尋ねる。どうやらあの問答からずっと気になっていたらしい。

 

「……オレとあの者では“指導者”の意味合いが違うだろう。オレは君主としての指導者、あの者は教師としての指導者、であれば思想も在り方も全く違う」

 

 少なくともニトは、余程のことが無い限り手にした“力”を手放すようなことはするまい。

 

 武力も、権力も。

 

 君主としては、統治者としては、あって然るべき。むしろより欲し、求め、渇望するべきだ。この力が物を言う世界(キヴォトス)では尚更のこと。

 

 呆れそうになるが、黒服が理解していないはずもない。ただシャーレの先生に対する見解を聞き出したいだけだろう。

 

 面倒げにしながらもわざわざ答えずに突っぱねる必要もあるまいとニトは言葉を続ける。

 

「──それこそ、何ら不思議でも不可解でも無い。至極()()()()のことではないか」

 

「ほう?」

 

「人とは、違うものだ。十人十色という言葉があるように、その本質は群ではなく“個”。一つの魂の、心の、意志の生き物。故に、誰もが決して譲れぬポリシーを有しており、あの者にとってはそれがそうだったという話に過ぎぬ」

 

「……先生の選択は、単に彼のポリシーによるものだと? たったそれだけの理由一つで、このキヴォトスを支配するだけの絶対的な“力”を放棄したのだとでも言うのですか?」

 

 信じられない、といった様子の黒服。

 

「信念、或いは信条と言い換えてもいい。むしろ貴様の方が理解出来るのではないか? オレが思うに貴様は自らの信念や在り方を歪め、違えるくらいなら死を選ぶ手合いだろう」

 

「…………!」

 

 黒服が押し黙る。心当たりがあったのだろう。

 

 信念、信条、ポリシー……そういった自身の拘りや姿勢は誰しもが持つものであるが、実際にそれを徹底し、貫き通すのは困難なこと。

 

 しかし、逆に言ってしまえば困難なだけであり、確固たる意志、そして狂気的なまでの執念があれば、不可能ではないのだ。

 

「──“妥協”を許さない。その点だけで言えば、オレとあの者はよく似通っている」

 

 在り方も、立ち位置も、行動理念すらも、何もかもが違う。だが、その中で唯一共通点を見出だすとすれば、それだった。

 

「あの者は、あくまでも教師なのだろう。ただ寄り添い、教え導く存在。審判者ではなく、救済者ではなく、況してや絶対者でもない。故に、あの者にとっては貴様が言うような絶対的な“力”など無用の長物だった」 

 

 疑問ではあった。

 

 シャーレの先生としての権限。それらを申し分無く行使すればアビドスを救うことはもっと容易かったのではと。

 

 しかし、敢えてそうしなかったのは、彼は先生として、教え導く存在として自ら全てを救い上げるのではなく、力を貸すだけで生徒自身に主体性を持たせることを目的にしていたから。

 

 ただ救うのではなく、生徒を教導し、成長を促すことを重視しているのだ。そして本当に生徒の危機を認識した時に“力”を行使して解決する……そういった姿勢を徹底し、貫き通している。正しく教職に就くべくして就いた人間と言えよう。

 

 これまでの情報と、先程見た黒服との問答から、ニトはシャーレの先生に対してそんな評価を下す。

 

「教師であるが故に、救済者となることも絶対者となることも拒んだと? やはり到底理解出来ませんが……クク、成程。理解は出来ずとも納得は出来ます。どう足掻いてもあの方と私達では相容れることは決してなく、平行線を辿るしかない訳ですか」

 

 その言葉には、喜色が混ざっていた。内心不可解ながらも予想以上に興味深い対象であることに評価を上げているのが見て取れる。

 

「しかし……そうなると尚のこと惜しくなりますね。あの方には是非とも私達の同志になってほしかった」

 

「……シャーレの先生とゲマトリアとの繋がりを疑っていたオレからすれば、そうならずに済んで心底良かったと思っているがな」

 

 外から来た大人、という時点で如何に人間性を確かめようとも、その可能性を捨てきることは出来なかった。

 

「クックックッ……では、あなたは如何します? アリウス分校としても、あなた個人としても何よりも“情報”を欲しているのではありませんか?」

 

「は、良い度胸だな。あれだけ舐めた真似をしておいて、交渉の余地があると思っているのか」

 

 性懲りもなく尋ねる黒服に、ニトは鼻を鳴らしながら腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

「おや? その銃は……いやはや、全く以て恐ろしいことこの上無い。こんな代物まで用意しているとは、余程マダムを葬り去りたいようですね」

 

「……ふむ、やはり対策はしている訳か。オレ達に粛清されるだけの事を仕出かした自覚はあるようで何より」

 

 大口径の銃口を向けられても、余裕の態度を崩さぬ黒服。彼はベアトリーチェと違い、力押しを好まぬだけではなく戦う術自体もそこまで持ち合わせていないのだろう。恐らくそういった行動規則に従い、縛られている。

 

 故に、事前に幾重もの対策を施して、失楽ニトという怪物と対峙している。この場に()()が存在しているのかさえも怪しい。

 

 要するに、今は殺せない。殺そうにもかなりの労力を割く。ニトはすぐにそれを感じ取り、理解していた。

 

「……さて、黒服とやら。それで貴様は、我らアリウスのことを小鳥遊へと吹き込み、あまつさえ彼女と契約を交わし、その身を使い潰さんとした落とし前……一体どう清算するつもりかね?」

 

 紅い瞳を煌めかせ、ニトは問う。

 

 こちらを裁定するかのような鋭い視線に射抜かれ、黒服の動きが一瞬静止した。

 

「……その前に、一応言っておきますが、私にあなたと敵対する意志はありません。むしろ協力したいと思っていましたが、マダムの件があった以上それは難しいと判断し、諦めています」

 

「ほう……だから、こんな真似をしてまで接触を図ったと? というか、まさかベアトリーチェへの警告は貴様には届いていないのか」

 

「警告、ですか?」

 

 黒服が首を傾げる。ニトはかつて、ベアトリーチェを撃退した際、アリウスを害するのであれば今度こそ消し去ると警告した。仲間にも伝えとけと言っていたが……その旨を告げれば黒服は寝耳に水だったようで驚いた様子を見せる。

 

 その素振りは演技ではないと思われる。ゲマトリアという組織の仕組み、そしてベアトリーチェの性格上そのようなことを親切に告げる訳もないので本当に知らされていなかったのだとニトは察した。

 

「……成程。私の行動は藪蛇どころではなかったと。知らなかったとはいえ、申し訳ありません」

 

「いや、いい……知らなかったのであれば、今回は見逃してやる」

 

「寛大な対応に感謝します。流石はアリウスの指導者」

 

「但し、今度こそ貴様からゲマトリアとやらのお仲間全員に伝えておけ。次は無い」

 

「……ええ。勿論です。私もこのようなことで同僚を失いたくはありませんから」

 

「とはいえ、貴様が狼藉を働いたのもまた事実。我らと敵対する覚悟はあったのだろう」

 

 謝罪を受け取り、しかしニトの眼は依然として冷たいままである。

 

「ええ。ですが、危険を冒した甲斐がありました。あなたは既に私を始末することよりも、如何にして私から情報を引き出すかにシフトしている……どうやら交渉の余地が生まれたようですね」

 

「業腹ではあるがな……シャーレの先生に感謝しておけ。あの者が小鳥遊ホシノ救出の正当性を主張しなければ、貴様とこうして長々と言葉を交わすことはなかった」

 

 もはや黒服はホシノの身柄を手放している。そのため自分がどうこうせずとも先生の手によってホシノは助かる。大義名分を失ったカイザーPMCは打つ手が無く、アビドス高校も現段階での廃校を免れる……それが確定したからこそ、ニトは黒服の排除に躍起にならず、彼の話に付き合っていられるだけの余裕があった。

 

「だが、解せんな。貴様は、オレを破壊者呼ばわりし、オレが成さんとしていることを、恐れているように見えた。にも拘わらず協力の姿勢を示すとは」

 

 ニトは眉をひそめる。今の黒服の言動は、先程の物言いと矛盾しているように思えるが……。

 

「ああ、それについては申し訳ありません。ああは言いましたが、創造の前に破壊在り、というのもまた真理……“色彩”がもたらす無意味なソレとは違い、あなたがもたらそうとしているのは正しく大義ある変革であり、後に()()()()()()()()()()()には、多大なリスクの存在を理解しながらも大変興味を惹かれます」

 

 どこまで行っても黒服は研究者にして探究者。キヴォトス崩壊を危惧しながらもそこから生まれるまだ見ぬ箱庭の誕生への期待も同時に存在していた。

 

 彼自身、小鳥遊ホシノにやろうとしていた実験は、一歩間違えればキヴォトスに甚大なる被害を与えていた可能性があったのだから。

 

「……“色彩”だと?」

 

 一方、ニトは何気無しに発せられたその単語に目の色を変える。

 

 それには確かに聞き覚えがあった。

 

「おや? ご存知で?」

 

 黒服が、意外そうに尋ねる。

 

「……それは、“無名の司祭”に関係するものか?」

 

「! ほう……彼らのことまで。アリウスに残された古書に記述でもありましたか? いえ、しかし“無名の司祭”のことまで記述されているとなるとそれは……」

 

「──答えろ。貴様は、どこまで知っている?」

 

 ぶつぶつと一人で思考に耽んとする黒服に、これまで不透明だった未知なる脅威に対する予想だにしない手掛かりを聞き出さんとニトは威圧するように再度問う。

 

「ふむ……どうやら私は実に幸運なようです」

 

 その思わぬ食い付きに黒服は顎に手を当て、くつくつと喉を鳴らした。

 

「“色彩”とは、キヴォトスに終焉をもたらす厄災であり、ゲマトリアにとって本来かつ最大の“敵”です」

 

「!」

 

 その返答に、ニトは目を見開く。

 

「失楽ニトさん。私からも質問させていただきたい。あなたがアリウスに対して行っている異様なまでの軍事化と兵器開発……それは私達や“この街”への対抗手段というだけではなく、“色彩”に備えてのもの、なのでしょうか?」

 

 間髪入れずに黒服は質問し返す。つい先程よりも僅かに声が低く、そこには焦りのような感情が感じ取れた。

 

「……そうだ。正確には“無名の司祭”だったがな。古文書の記述、そして奴らの残した“遺物”やあの“砂蛇”の性能から、いつ来るかも怪しいその存在を、我らアリウスにとって最大の脅威であると判定した」

 

 軍事化はともかく“兵器開発”までどうやって知り得たかなど今はどうでもいい。

 

 ただ、黒服の様子からその最大の脅威がいつかの未来等ではなく想定よりもずっと近い位置に存在するという可能性にニトは平静を装いながらも内心激しく動揺していた。

 

「砂蛇……“ビナー”のことですか。アレとアリウスが何度か小競り合いをしていたのは把握していましたが……それに、その口振りだと“無名の司祭”由来のオーパーツを幾つか回収しているようですね」

 

「……“ビナー”? それが奴の名前だと?」

 

「ええ。そうですが……?」

 

 黒服が何気無しにそう言えば、ニトの表情が固まる。アビドス砂漠で度々目撃情報のある正体不明の巨大な蛇のような機械……神出鬼没であり、駐留部隊とも交戦していたが、黒服はその名前を知っており、そしてそれはニトからすれば聞き捨てならぬものだった。

 

(ビナー……理解(Binah)だと? “生命の樹(セフィロト)”、それを構成する第三の“セフィラ”……)

 

 神による天地創造の象徴。この世界と森羅万象のあらわし。それを構成する10の要素の一つと、名前が一致しており、モチーフだとするとそれが意味することは──。

 

 出来ればそうあってほしくないと、ニトの表情が一段と険しくなる。

 

「──奴と同じようなのが、残り9体、或いは10体居るということか?」

 

「……やはりあなたは博識ですね。そのまさかです。彼らは神の存在証明の為に造り出された超高性能人工知能……その総称を“音にならない聖なる十の言葉”──神名十文字(デカグラマトン)と呼んでいます」

 

 そして、黒服が残酷な真実を口にする。

 

(マジかよ。めんどくさ)

 

 思わず口に出しそうになるのをどうにか堪えながらニトは内心そう吐き捨てた。

 

 実際、氷海や火山といった極地で、似たような存在自体は観測しており、黒服の言っていることの信憑性はかなり高い。そのうち()()()()()予定ではあったが、思っていたよりも数が多かった。

 

「……“デカグラマトン”か。随分と傲慢で大それた名だ。そいつらについても詳しく教えてもらいたいが、後でいい。“色彩”とやらの脅威は、あのデカブツ共よりもずっと上なのだろう?」

 

「ええ。その通りです」

 

 ニトの問いに、黒服は肯定する。

 

 確かに“デカグラマトン”は脅威的な存在だ。しかし、あの砂蛇──ビナー程度ならば10体以上居ようがまだどうにか出来そうではあると、現段階でニトは認識していた。

 

 黒服もまた同様。大して気にしている様子も無い。では、そんな彼らが最大の“敵”だと称する“色彩”とは──。

 

「さて……失楽ニトさん。どうやら私達は共通の“敵”を有しているご様子……であれば“清算”も兼ねてご提案があります」

 

 千載一遇の好機を逃さず、黒服は持ち掛ける。

 

 一つの“契約”を。

 

「ふむ、手を組めと?」

 

「停戦協定を結んでもらうだけでも構いません。ゲマトリアではなく私個人との。さすれば私は今後アリウスに手出しはしませんし、アビドスからも手を引きます。そして、“色彩”の情報について私が知る限りのことをお教えしましょう」

 

「……貴様にメリットが無いように思えるが?」

 

「私なりの誠意です。こうでもしないと私に敵対心を持つあなたは首を縦に振らないかと。しかし、代価を許してくださるのであれば……もしも“色彩”が出現した場合、私達と共闘することを約束してくださいませんか?」

 

 あまりにも破格の内容。そこに悪意や企みは無く、ただただ()()があった。

 

 黒服は知っている。数ある並行世界において“色彩”を観測するのは砂漠の砂粒一つを引き当てる程の確率であるということを。

 

 しかし、ニトが“色彩”、並びに“無名の司祭”について知った古文書とやらが、もしも“予言書”の類いであった場合、確定してしまっているということだ。

 

 このキヴォトスに、災厄がもたらされる。その可能性が過った今、相応の準備をする必要があった。

 

 もし、目の前のイレギュラーの力を借りられるのであれば、百人力だった。

 

「……そうさな。良いだろう」

 

 これにニトは頷く。

 

 未だに信用出来る要素は少ないが、それでも今はとにかく情報が欲しい。そういう意味では黒服という存在は貴重な情報源である。

 

「おお! それでは──」

 

「ああ。話をするとしよう。貴様の好きな、“契約”とやらについて詳しく」

 

「分かりました。では、こちらにお掛けになって──」

 

 ニトと黒服……本来であれば敵対者同士となるしかないはずの両者は同じ席に着き、互いの情報と認識を共有しながら契約について精査する。

 

 夜は、まだまだ長い。





ニトちゃん「殺すのは最後にしてやる(色彩退治まで)」
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