アリウスの王 作:大嶽丸
ずっとモンスター狩ってました。
先生フィルターのニトちゃんのフォント読み辛過ぎる……なのにめっちゃ喋る
「──ごきげんよう。シャーレの先生」
心臓が止まりそうになる。
いつぞや聴いた、ノイズの混じった性別も年齢も判別不可能な声。赤黒い異形は、辛うじて腕だと思えるようなディティールの先で器用に割り箸を持ち、ぱっくりと裂け上がった水晶体のような眼で、こちらを見据えていた。
「どうしたんだ? 先生」
大将がそんな自分に首を傾げる。あの時と変わらず、眼前の異形が客として拉麺を食べに来ていることは何らおかしなことではないようだ。
しかし、ロボットや獣人が当たり前のように街道を闊歩するこのキヴォトスにおいても、あのような姿形の存在は珍しく、異常な存在であることを知った。確認出来たのは目の前のそれ以外には一人だけ。
黒服……“ゲマトリア”という組織に属する、悪い大人。彼よりもずっと禍々しく辛うじて人の形を保っているそれとはタイプが違うような気もするが、もしかすると何かしら関係しているのかもしれない。
「“な、何でもありません……その、柴関ラーメン一つ”」
「あいよ!」
下手なことを言って話が拗れることを恐れ、戸惑いつつも取り繕いながらとりあえず看板メニューを注文する。
それから少し離れた席に着こうとし──。
「……折角だ。隣に来て少し話さないかね?」
異形が、問いかける。隣の椅子を後ろへ引っ張り出しながら。
「“え?”」
またしても、固まってしまう。
「いきなりですまない。君の噂はかねがね聞いていてね……個人的に興味がある。今回のアビドスで起きた騒動でも大層活躍したそうではないか」
「“……えっと、どうも”」
自然と促され、座ってしまう。風貌に対して敵意や悪意のようなものが感じられなかった。だからこそ、不気味だとも言えるが。
「まずは感謝を。君のお蔭でアビドス高校は守られ、大将はこうして店を続けることが出来ている」
礼を述べる異形だが、そのノイズ混じりの声では感情は読み取れず、また表情の変化も無い。
「“……私は大したことはしていませんよ。ただ手助けしただけでアビドスを守ったのは対策委員会の皆です”」
「謙遜しなくていい。その大したことないことをやれるのが、どれだけ困難なことなのかはよく分かっている」
そう言って拉麺を啜る。口らしきものは見えないが、箸で持ち上がった麺は吸い込まれるように消えており、何らかの方法で食しているらしい。
しばらくして先程頼んだ拉麺が届く。麺が伸びる前に自分も食べるとしよう。
「特に、このキヴォトスにおいてはな……君もさぞや苦労しているのではないかね? ここと外とのあまりの常識の食い違いに」
「“! ええ、まあ……君
「ああ。実を言うとオレもキヴォトスの外から来たのだ。君と同じ出身かは分からぬが、そういった理由もあってこうして話してみたかった」
「“……そうなんですね”」
予想通りである。やはり黒服と同じくこのキヴォトスとは違う領域とやらの存在なのだろうか。
「オレも最初は大いに戸惑ったものさ。街歩く連中誰も彼もが銃器を持ち歩き、ちょっとしたことで銃撃戦を繰り広げるのだから」
「“そ、そうですね。私も本当に吃驚しました。しかも赴任してすぐに戦闘指揮をすることになって……”」
意外にも異形は共感の言葉を口にする。これに自分は大きく頷き、当時の出来事を思い返す。
あの時は本当に驚きの連続だった。何せ、自分はキヴォトスについての知識は皆無で、シャーレという組織の詳細についてもあの場で行政官で今は連邦生徒会長代理を務める七神リンから初めて聞かされたのだから。
「“特に、生徒が撃たれた時は顔を青くしました。次の瞬間には普通に痛がってる程度で目を疑いましたが……”」
「……そうか。教職に就く君からすれば、度し難いことであろうな」
「“まあ、今はもう──”」
「実のところオレも未だに慣れてはいない。尤も、いくら死なないとはいえ成人にも満たぬ子供が平気で人を撃ち、傷付け合う“異常”など慣れるべきではないと思うがね」
異形のその言葉に、ドキリとした。
キヴォトスに住む生徒は、正確にはヘイローを持った人間は銃弾をくらったくらいでは傷一つ負わない。
でも、痛いものは痛いはず。実際あの時、共に闘った生徒の一人である早瀬ユウカも痛がっていたし、ホローポイント弾といった威力の高い物は痣になるといったような発言もしていた。
戦車砲なんて直撃すれば、ただでは済まない。
「“確かに……私もそう思います。最近はちょっと感覚麻痺しちゃってましたけど……”」
生徒が人を撃ち、傷付け合う。それは先生という立場からしても個人的な感情としても受け入れ難い事実であることを今一度思い出す。
そんな至極当たり前のことを、言われて改めて再認識してしまったという事実に、背筋がゾッとした。自分もすっかりキヴォトスの常識に染まってしまっていたということなのだろうか。
「“でも、それってどうすれば解決しますかね?”」
思わず、ほぼ無意識に質問していた。果たしてそれはそもそも本当に可能なのかという疑問。
「……そうだな。銃刀法違反が無いのはまだ良いとして、多少は取り締まるべきだろう」
そんな唐突な問いに異形は少し驚いたように動きを止め、暫く沈黙した後に自身の考えを語り始める。
「銃弾はともかくキヴォトス人でも怪我を負わせるには充分な爆弾やバスーカ砲といった重火器、更には戦車まで当たり前のように流通しているのは如何なものかとつくづく思っていた。まず変えていくならばその辺であろうな」
「“成程……”」
具体的な案に納得する。キヴォトスにおいても一部の武器は違法だったり禁止されていたりと一定の基準は存在するが、その範囲は自分達のような外の人間からすればあまりにも緩い。
「ただ、もし仮に今大きく法改正を行っても混乱を招き、抜け穴を探す者が増えるだけだ。故に、少しずつ取り締まりながら、犯罪の温床であるブラックマーケットの解体、そしてあのような無法地帯が誕生しないように長期に渡って根本から見直して行かなければならない」
「“根本から見直す……ですか?”」
「そうだ。もはや根付いてしまった常識や価値観を変えるのは困難極まる。我々の常識は彼女達の非常識であり、我々にとっての異常は彼女達にとっては正常……一世代ならともかくキヴォトスの歴史は長く、それ故に積み重なった負の遺産は大きい」
少なくとも数百年以上も続く、続いてしまった学園都市。そこにいくら間違いが存在していようとこれまで成り立っていたが故に、間違いを間違いだと認識出来ず、また取り除こうとすれば反発が起きる。
「要するに、改革する必要があるのだ。とはいえ可能ならばとうに連邦生徒会長辺りがやっていたとは思うがな」
「“……出来ない理由が?”」
「そもそもの話だ、連邦生徒会の力が弱過ぎる」
ばっさりと、言い切った。
「または、三大校を筆頭に各学園が力を持ち過ぎていると言うべきか……少なくとも“国家”という視点から見ればこの街の現状は異常だと言わざるを得ない」
どこか辟易とした様子で異形は語る。国で例えれば現政府は、連邦生徒会。対してトリニティやゲヘナといった学園は県や州の立ち位置になるが……。
「“……それって、国というよりは──”」
「──ああ。どちらかと言えば、世界の縮図だな」
気付き、合点が行く。自治権を有する学園……それこそ正しく国家に相違無く、となると連邦生徒会の立ち位置は国際連合に近いだろうか。
異形の言いたいことが分かった。確かにそうなれば、この現状は成るべくして成ったとも言える。
国一つですら難しいのに、世界全体の秩序など誰も成し得てはいないのだから。
「連邦生徒会に各学園、各自治区の方針を強制する力は無い……故に、現状を打破するには各学園の力を削ぐか、或いは──」
「“──大きな学園に、賛同してもらう?”」
「……可能かどうかはともかく。それが平和的な解決法ではあるな」
素人の自分でも解ってしまう。国家・政治の観点から見ると異形の言う通りこのキヴォトスは異常であり、致命的な問題点であると。
そして、解決するにはあまりにも根深い。
「いずれにせよ、時間を要する。急進的な改革をするとなればそれは“革命”であり、最悪
「“……そうですね”」
かつて、絶対王政が打破され、民主主義へと移り変わったように。過去に起きた革命の大半は歴史、そして現代において重要なターニングポイントであるが、数多もの犠牲によって紡がれた血に塗れた成果でもある。
それは、自分の望むところではない。犠牲無くして得られるものはないのだとは、思いたくなく認めたくなかった。
「さて……すまないな。随分と語らせてもらった、連邦生徒会所属の君に言うことではなかったかもしれない」
「“いえ、貴重なご意見です……本当に、参考になりました。私も何が出来るか分かりませんが、どうにか出来ないか考えてみます”」
自分とはまた違った視点と考え方。それでいて同じ外から来た存在であるが故に、解りやすく親近感を覚える。
異形との語らいは、このキヴォトスに蔓延る問題を浮き彫りにさせられ、改めて見つめ返すキッカケとなった。
恐ろしく、得体の知れぬ異形。それが今では、話せて良かったと心から思う。黒服の件があったとはいえ、人を見かけで判断するべきでなかったと己を恥じる。
「……それは良かった。ところで、こちらからも質問させてほしい」
すると今度は彼の方から問いかける。
「今回のアビドスの問題……オレが思うに、君一人でも解決出来た。そして、その方がずっと効率が良く難易度の低い方法だったのではないかね?」
「“………………”」
その問いに、思わず閉口してしまう。その反応で答えが是であると悟ったのか、或いは元々確信していたのか次の質問へと移る。
「──しかし、君はそうせず幇助こそしたが、行く末をアビドスの生徒に委ねた。それは何故だ?」
水晶体のような眼に、自分の姿が映り込む。まるで見定めるかのように。
「“……それは、あの子達の為にならないからです”」
「ほう……?」
「“私が私だけの力であの子達を救ったとしても、あの子達は自らを救う術を持たないまま。それではあの子達の可能性を塞ぎ、成長を妨げることになってしまう。それは教師として……いや、一人の大人として在ってはならない、許されざる行為だと、私は思っています”」
その眼を見つめ返し、言葉を紡ぐ。
「“どんな生徒達にも無限の可能性がある。だからこそ、私はあの子達の先生として教え、寄り添い、少なからず手助けはするけど、最終的にどうなるか
自分は先生だ。
その職務を全うする為に学園都市キヴォトスに赴任したのだ。どこまでも行ってもこの役目と在り方は揺るがず、決して譲らない。
「……可能性、それに選択か」
「“はい。あくまでも私の持論ですけど……”」
相も変わらず表情は分からなかったが、手を自らの顔へと近付け、言葉を咀嚼しているように見えた。
「成程な……ふむ、参考になった。君のスタンスは理解したよ。やはり教師の鑑だな、君は」
そして、そう言った。声では判断付かないが、恐らく笑っているのだろう。
ほんの予想に過ぎないが、そう思う。
「与えることは、与えられるだけでは分からない。考えてみれば当然の話だ、オレが救った奴らは、まだ自らを救う術を持てずに居るのやもしれんな」
「“──救った奴ら?”」
「ああ。実を言うとオレにも
何気無しに彼はそう言った。しかし、それは驚くべき事実であったが故に、自分は目を剥く。
「“貴方は、一体……?”」
「……そうだな。意味合いこそ違えど、オレも君と同じ“指導者”という訳だ」
指導者。
そう答えられ、驚くと共に腑に落ちた。キヴォトスを国家に例えたように、彼の視点や考え方は人を束ね、導くリーダーのそれであったのだから。
とはいえ立場としてはあくまで教師に過ぎない自分よりかは、リンやヒナの方が近いだろう。
「かつて、オレはある危機的状況を打破する為に彼女達を導き、戦った。幸いにもオレにはそれを可能とするだけの力があったため無事成し遂げ、彼女達を庇護する立場となった」
「“………………!”」
淡々と自らの過去を語っていく彼に、何も言えない。ぼかしているが、そこには壮絶な背景があるということは一目瞭然だった。
「当時のオレは余裕が無く我武者羅だった。彼女達を救う為にありとあらゆる手段を講じ、思い付く限りのことをした。けれど、今にして思うとそこには多くの間違いがあった。きっと、もっと良い方法もあったのだろう。現に彼女達はオレに依存しているきらいがある……」
「“……それは、”」
口ごもる。もしかすると自分は彼の行動を否定するようなことを意図せず言ってしまったのではないか。
「けれど、後悔はしていない。どう足掻こうが追憶が戻るはずもなく、他ならぬオレの選択なのだから」
しかし、そんな恐れを抱く自分を他所に、彼はそう断言した。
そこには、確固たる意志があった。
「……ただ、未来は違う。オレはこれからも出来る限り最善を尽くさなければならない。その為にも君の教師としての素晴らしい考えは、是非とも取り入れるべきだと思ったよ」
喋り過ぎて口が渇いたのかお冷やを一口飲み、それからラーメンを啜る。そこで自分も会話に夢中で拉麺のことをすっかり忘れていたことに気付き、慌てて食事の続きを再開した。
ある程度食べ進め、改めて話を続ける。
「“そ、そうですか……少しでも参考になったのなら、大変光栄です”」
酷く安堵すると共に、そのあまりにも前向きな思考に感心する。彼は自分の考えを肯定し、参考にしたいと言っているが、自分の方こそ彼の考えや姿勢を見習うべきだと思った。
「“……その、不躾な質問かもしれませんけど”」
故に、ある疑問を投げかける。
「“貴方は、何の為にキヴォトスに来たのですか?”」
純粋に気になった。
自分と同じように外から来て、自分と同じように守るべき存在が居る彼が、一体何を目的としてこの学園都市へと足を踏み入れたのか。
「──いや、何も」
「“……えっ? ”」
だからこそ、その返答は予想外だった。
ぽかんとしてしまう自分に構わず彼は喋り続ける。
「オレは、謂わば漂流者だ。ある日、唐突に、望まずしてこの地に流れ着いた。当初は身分も住処も無く、浮浪者同然で酷く苦労したよ」
まるで笑い話でもするかのような彼に対し、自分は絶句するしかない。
流れ着いた? 口振りからして、彼は風貌こそ自分とかけ離れているが、住んでいた場所の常識や価値観はそう変わらぬものなのだろう。
そんな人間が、行く宛も無い状態でキヴォトスに放り出された。どれだけ過酷な環境下であったかは、想像も付かなかった。
「“……それなのに、何で“指導者”に?”」
彼の境遇が本当のことだとしたら、普通ならば考えられない。一体どういう経緯なのか、そもそも何故そう思い至ったのか。
「……ふむ、端的に言えば、頼まれたからだ」
奇しくも、それは自分と同じだった。
今でも朧気ながら覚えている。あの日、電車の中で会った血塗れの少女の姿を。
彼女に託されたからこそ、自分は先生としてこのキヴォトスの地に立っているのだ。
「それに恩義もある。路頭に迷っていたオレに手を差し伸べ、“家族”と呼んでくれた奴らが居た。……だからこそ、オレは彼女達を守りたいと、愛したいと思えたのだ」
表情も、感情も分からない。
しかし、ここまで会話してほんの僅かではあるが、その心情が何となく読み取れた。改めて、目の前の彼が異形の風貌でも得体の知れぬ存在だったとしても、心ある“人間”なのだと理解する。
「と、まあ……それが始まりだ。随分と些細な動機だが、話してみると何というか、小っ恥ずかしいな」
「“些細だなんてそんな……立派なことだと思います”」
感動すら覚える。同じ立場だとして、果たして自分はそのようなことが出来るだろうか。
この縁も所縁も無いはずの異邦の地で誰かを救い、守らんとしている……その姿勢には、一人の“大人”として尊敬の念を抱かざるを得ない。
「……だが、いずれは彼女達は独り立ちする。子供とは元来そういうものだ、君ならばよく分かっていることだろう」
「“? はい……”」
すると彼はそんなことを言い出す。
「故に、そんな彼女達に対してオレが出来ることは、これから彼女達が歩み、進んで行くであろう茨の道を少しでもなだらかなものにするということに他ならない」
「“………………」
その通りだ。自分が受け持つ生徒達もいずれは卒業し、大人になるのだから。
しかし、彼の言い方は先生が生徒に向けるものというよりは、親が子に向けるようなものに近しいような気がした。
「彼女達に幸福を、などと贅沢なことは言わない。楽園を創る、などと烏滸がましいことも言わない。ただ、ほんの少しでも生きやすい世界を……その為に、オレは今この瞬間まで前進し、そしてこれからも突き進んで行くだろう」
思わず聞き入ってしまう。それだけ彼の雄弁には、強い意志と覚悟が込められていた。
「──より良い明日を。全ては虚しいが故にこそ」
ぽつりと呟かれたその言葉は、今も胸に刻まれている。
その後も会話は弾んだ。拉麺を完食して別れるまででそう長くはなかったが、とても楽しく新鮮で充実した時間だった。
このキヴォトスで自分と同じ立場の大人とお互いの考えを、理想を語り合うことなど初めてのことなのだから。
嬉しかった。ただただ無性に嬉しかった。自分以外にも彼のような大人が居て、誰かの為にこの街を良くしようとしていることに。
彼と……否、彼女と炎の中で対峙するでは。
柴大将(先生は何で敬語なんだ……?)
ニトちゃん(礼儀正しいなぁ……)