アリウスの王   作:大嶽丸

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不穏な兆し

 

 

 ──めっちゃ良い奴じゃん。

 

 柴関ラーメンでの語らいの結果、ニトはシャーレの先生に対して真っ先にそのようなシンプルな感想を抱く。ついノリで隣の席へと誘ってみたが、思っていたよりも会話が弾んでしまった。

 

 彼の考えやスタンスは、概ねニトが推察した通りであり、やはり教育者として徹底した在り方。それでいてごくごく一般的な良識と道徳も持ち合わせている。

 

 あれは紛れも無き善性の大人だ。そういう意味ではニトにとって好ましい人物ではあった。

 

(有意義な会話だった。最初の方はやたらと警戒されてどうなることやと思ったが……)

 

 警戒心以外にも、()()の感情も見え隠れした。話している内に薄まってはいったが、初対面とはいえこれまでの情報とは食い違う先生の態度に内心ニトは酷く困惑していた。あれは何だったのだろうかと今でも疑問に思っている。

 

 違和感を覚えつつも、最終的には上述した評価に落ち着く。先生から見ても少なくとも悪印象は抱かれていないだろうと会話への反応から判断した。

 

(……小鳥遊の言う通り、彼の人間性は信用に値する。とはいえ敵に回れば厄介極まりないのは依然変わらず、か)

 

 シャーレの、厳密には“先生”としての権限はこのキヴォトスにおいて思っていたよりも自由が利くことが分かった。それこそ、各学園の問題に介入し、解決することも可能だろう。

 

 その点はアリウスとしては、別に問題無い。関係するものでいえば“エデン条約”辺りだが、今の方針では深く関わるつもりはなかった。

 

 しかし、仮想敵としては見過ごせない。現段階の情報だけでも“色彩”やまだ見ぬ“デカグラマトン”を除けば、三大校を差し置いて最大級の脅威と言っても過言ではない。

 

(“シッテムの箱”……だったか。モーセの“聖櫃”の名を冠するオーパーツ……黒服曰く、あのサンクトゥム・タワーを掌握するだけのハッキング能力を有し、更に銃撃を防ぐだけのバリアも展開可能。それに加えて、“大人のカード”なる切り札……これに関しては黒服の奴にもはぐらかされたが、命を削るだけあって相応の力を秘めているのだろうな)

 

 黒服からもたらされた情報。完全に信用した訳ではないが、そのようなチート染みたハッキング能力を有しているのだとすれば、合点が行く。拉致された黒見セリカの居場所を即座に特定した手段が漸く判明した訳だ。

 

 サンクトゥム・タワーの制御権は既に放棄し、連邦生徒会に譲り渡したらしいが、“シッテムの箱”を有する以上、その気になればいつでも取り戻せるだろう。

 

 ──実に恐ろしい。

 

 これを脅威と言わずして何と言うか。少なくとも電子戦においてアリウスに勝ち目は無い。先生の有する力というのは、現代の戦争においては正しく無敵に等しかった。

 

(早い内に芽を摘んでおくべきだが……“色彩”の件もある。余計な潰し合いで無駄な損耗は避けたい)

 

 悩ましい話ではある。先生の性格上、これからも各学園の問題に介入してくるであろうし、その人間性が故に多くの人間を惹き付けるのは目に見えていた。現にアビドス廃校対策委員会は無条件で彼に味方するだろう。

 

 であれば、下手に放置して戦力を増強させられる前に排除するのが常套手段……しかし、敵の敵は味方。“色彩”を相手にするにあたっては連邦生徒会と協力するのが最善であり、先生の損失は多大な戦力ダウンに繋がってしまう。何よりそれまでにお互いの力を削り合うのは極力回避して然るべきであった。

 

「ううむ……どうしたものか……」

 

「なーに考えてる……じゃんね!」

 

 如何にして対処すべきかと思案していると、背後から軟らかな感触が身を覆う。

 

「ぐえっ」

 

 ついでに、するりと首へと回された二の腕により気道が圧迫された。

 

「……ごきげんよう、ミカ」

 

「ごきげんよう、ニトちゃん☆ まったくこんなに簡単に背後を取られるなんて、油断大敵だよ? 私が刺客だったらこのまま首の骨をポキッ☆と折っちゃうもん」

 

「……安心したまえ。足運びと気配から君だということは分かっていた」

 

「あ、やっぱり? 流石じゃんね」

 

 背後から抱き付いたまま、ケラケラと笑う聖園ミカ。彼女の膂力ならば普通に可能なため内心こわ~と引き気味になりながらもそう返す。

 

 実際、ニトは接近には気付いていたし、ここから本気で殺しに来られても対応出来る自信はあったが。

 

「今日は何用かね?」

 

「んー、用が無きゃ来ちゃダメ?」

 

「いや、駄目とは言わんが……」

 

 普通に駄目だと思う。

 

「……ティーパーティーの仕事の方は大丈夫なのか?」

 

「うん。大きな仕事はソッコーで終わらせたし、その他の雑務は側近の子達に任せてるよ。あの子達、私が頼るとすっごく喜ぶんだー」

 

「そうか……まあ、怪しまれないように注意してくれているのなら、それでいい。いつも通り、ゆっくりしたまえ」

 

「ありがと☆ ふふっ、ニトちゃんならそう言うと思ってたよ。やっさしー」

 

「……もはや諦めてるだけなのだが」

 

 相も変わらず楽しそうなミカとは対照的にニトは何とも言えぬ表情で溜め息を吐く。

 

 ティーパーティーも意外と暇なのだろうか。そもそもパテル分派領袖という立場的に理由も無しにトリニティを不在にしていては色々とまずいはずだが、こうして頻繁にアリウス自治区を訪れているのだから今更だった。

 

 そのようなことをしては怪しまれるのでは、と思うだろうが、元々自由行動など日常茶飯事だったらしく、故に他のティーパーティーの面々からはまたいつもの奔放癖だと見過ごされているらしい。

 

 それはそれでどうかとは思いつつも彼女が進んでアリウス生と関わってくれるのは、彼女達の情緒を育て、未だに燻るトリニティへの敵愾心を削ぐことに繋がっているので助かってはいた。

 

「あ、そういえば! アビドスでのカイザーの件、ニトちゃん達も少なからず関わっていたんでしょ?」

 

「……ああ。ご名答だ」

 

 唐突に質問されるが、ニトは驚きをおくびにも出さずにあっさりと認めた。

 

「しかし、何故?」

 

「ほら、前にアビドスがどうの言っていたじゃん? その何日か後にヒフミちゃん……って二年の子がナギちゃんに相談してきてね。私も聞いてびびーん、と来たんだ!」

 

「……阿慈谷ヒフミか」

 

「あ、知ってたんだ。もしかして知り合い?」

 

「一応、な……そうか。彼女が」

 

 妙な勘の鋭さを見せるミカ。対してニトはトリニティが砲撃支援を行ったのはシャーレの先生の要請だけでなく、ブラックマーケットでアビドスの現状を知ったヒフミの嘆願もあったことを知り、納得する。

 

 しかし、ティーパーティー……それもフィリウス派を束ねる桐藤ナギサに直接嘆願出来るだけのパイプがあるとは。ヤバさに更に磨きがかかった。単純な狂人(?)から要注意人物に繰り上がりである。

 

「ふうん……その件も詳しく聞きたいけど、まずはアビドスとの関係について教えてほしいじゃんね?」

 

 戦々恐々していると、ミカが問いかける。彼女からすればあの廃校寸前の学校とアリウスがどういった繋がりなのか非常に気になった。

 

 これにニトは目を細め──。

 

「……秘密だ」

 

 そう一言。ミカはずっこけそうになる。

 

「えー」

 

「すまんな。一応は機密事項なのでな……まあ、いずれは話すとも」

 

 実際便利屋には教えているし、ミカ相手ならば話しても別段問題は無いが、本来はアビドスとの同盟関係は()()()()秘密裏なものであり、出来るだけ話したくはなかった。

 

「むぅ……気になるなぁ……あ、じゃあさ! シャーレの先生については? 元々アビドスに行ってたのはそっちが本命だったんでしょ?」

 

 不貞腐れたような仕草をするミカだが、別にやましいことは無さそうだったので深くは追及しないで次の質問へと移った。

 

「ほう……気付いていたか」

 

「そりゃニトちゃんが直々出払ってたのとシャーレの先生がアビドスに居たタイミングもほぼ合致してたからね……アリウスの生徒会長としては連邦生徒会長が失踪して突然現れたあの大人が気になるのは当たり前だし」

 

 ティーパーティーがシャーレの存在を認知した際はそれなりに大騒ぎだったし、ミカ自身も少なからず気になってはいた。当時はよく分からないのが増えたな程度にしか思っていなかったが、今回のアビドス問題解決で頭角を現し始めたと言えよう。

 

 悪者のカイザーPMCをやっつけ、借金に苦しむアビドス高校を助けた。分かりやすい勧善懲悪は大きな反響を呼び、クロノス報道部が面白可笑しく記事を書いていた。

 

「……ああ。オレは彼を見定める為に、アビドスへと赴いた」

 

「ふふ、やっぱり。で、どうだった? 噂のシャーレの先生は」

 

 推理が当たったことに喜びつつ、成果についてミカは問う。こればかりは自分だけではなくトリニティ全体にも関わる話なのではぐらかされても聞き出すつもりだった。

 

「そうさな……人間性は善良だ。そこに関しては信用していい。それから善くも悪くも生徒を第一に優先する。能力に関してはまず指揮能力に優れ、教師でありながら兵の扱いにも長けている。加えて、恐るべきハッキング能力を有した端末を保有している」

 

 ニトは正直に批評を述べる。協力者のミカにはシャーレの先生の詳細を共有しておくべきだと判断したからだ。

 

「ハッキング能力? 恐るべき……って、そんなに?」

 

「ああ。セントラル・ネットワークに干渉出来る程……といえば分かるか?」

 

「!」

 

 ミカは目を見開く。彼女はそういった知識に疎いが、それでもそれが異常なことは流石に理解出来た。

 

 つまりミレニアムならいざ知らずトリニティ程度のセキュリティなら簡単に突破出来てしまうということなのだから。

 

「またヘイローは有していないが、その端末の効果で銃弾くらいならば防ぐことが可能。本人の戦闘力自体は皆無だと思われるが、他に隠し玉を有している可能性は充分にある。──総じて、敵に回せば厄介極まりないだろう」

 

 最後にそう締め括る。

 

 ティーパーティーが未だに掴めていない情報の数々にミカはいつになく真剣な眼差しで話を聞き、吟味していた。

 

「へぇ……凄い人だとは思っていたけど、ニトちゃんにそこまで言わせるなんてね。じゃあ、一応警戒しておこうかな」

 

「ああ。そうしてくれると助かる。少なくとも侮ってはならん」

 

 以前、アリウスを乗っ取ろうとしたベアトリーチェという異形と違い、善良な大人であるらしいことに安堵しつつも決してそれだけでは片付けられない脅威的な能力を知り、ミカは今後もシャーレの先生の動向を注視することにした。

 

「でもセイアちゃん達に教えることは出来ないよねぇ。情報源とか訊かれたら困るし……っていうか、そもそもどうやって対策したら良いのかな?」

 

「手っ取り早いのは、アナログ回線を使うことだな。既に機密に関わる内容はそれを介してやり取りしている。ここ自体はまだ自治区内のネットワークで完結しているから、中枢を直接ハッキングされぬ限りは大丈夫だとは思うが……」

 

 Empty skyや各駐留部隊の方もアリウス関連の情報は抹消し、アナログ媒体にのみ記録するように対処した。

 

 たとえシャーレの先生に敵対の意志が無かろうと、想定に想定を重ねてこういった対処を施さなければならないので本当に厄介であった。

 

「成程ねぇ……でもうち(トリニティ)じゃ難しいかな。ちょっとチート過ぎ」

 

「ああ。全く以てな……出来る限りは敵に回さぬように努めた方がいい。今後関わってくるとしたら、“エデン条約”だが……進捗はどうなっている?」

 

「まあ、順調かな。セイアちゃんもナギちゃんも上手くやってるみたい。私もこっそりパテル以外にもサンクトゥスやフィリウス、その他の派閥の中でも(アンチ)ゲヘナの子達を焚き付けて兵隊を作ってるよ。ゲヘナの連中が裏切ってきた時に備えて、ね……」

 

 ニトもミカも、エデン条約が成功するとは端から考えてすらいなかった。故に、条約締結の儀においては何が起こるか分かったものではなく、相応の準備をしている。

 

 事が起こってからでは遅いのだ。裏切られ、条約が反故にされたその時、たとえ血が流れようとも徹底的に叩き潰さなければならない。

 

 他ならぬトリニティの面子の為に。ニトに影響されて政治に興味を持ち始めたミカは、ゲヘナへの嫌悪感と差別意識関係無くそう思う。

 

 こんな己がそうなのだから、百合園セイアや桐藤ナギサならばそれはもうよく分かっているはずだが──。

 

「セイアちゃんは何考えてるか分かんないけど、ナギちゃんは優し過ぎるんだよねぇ……最悪の可能性も覚悟しておかないと。なんか向こうの窓口の風紀委員長は話の分かる奴らしいけど」

 

「……空崎ヒナか。確かにアレは善良ではあるが、そもそも風紀委員は生徒会組織である“万魔殿”に敵視されている。それだけで信用するのは早計であろうな」

 

「うわぁ……やっぱりそうなんだ。こっちの正実みたいに分立してるだけかと思ってたけど、だいぶ頭おかしいね」

 

 むしろ窓口が空崎ヒナということで、万魔殿側……正確には議長の“羽沼マコト”に何かしらの思惑がある可能性が高くなってきた。

 

 ゲヘナ学園に忍ばせている工作員からの情報によって議長は実に()()()()()()人間性かつなかなかの曲者であることは把握しているので、ニトは彼女が純粋に和平条約を結ぶような人物だとは思っていない。

 

「やっぱ無理だよね、エデン条約なんて。あいつら(ゲヘナ)に理性なんてあるはずないのに。……あ、中には比較的まともな子も居るのは勿論分かってるよ? でもニトちゃんみたいに簡単には割り切れないかなぁ」

 

「……差別感情というのは、往々にしてそういうものだ。曲がりなりにも例外の存在を認め、向き合おうとしている君は充分に素晴らしいとも」

 

「えへへ、そう? ま、ニトちゃんに言われなきゃ意識すらしなかったと思うけどさ」

 

 結局のところ目立つのは問題を起こす連中。それはゲヘナもトリニティも変わらず、故に悪感情が消えることはない。

 

 ニトからすれば、粗暴なゲヘナと陰湿なトリニティでどっちもどっちであり、そう認識した上でその中の個人個人を善悪と賢愚を以てして判断し、接することで完全に割り切っているのだが、長年ゲヘナを毛嫌いしていたミカには難しいことだった。

 

「引き続き備えておいてくれ。我らもアビドスでの一件も加味して方針を練っている。つい先程も生徒会一同で会議をしていたところだ」

 

 連邦生徒会長失踪、そしてシャーレの先生赴任から、情勢は目まぐるしく変化している。ニトがアビドスで動いている最中も実は何度かアリウス自治区に出戻りを繰り返していた。

 

 特に、アビドスの件はシャーレ、そしてゲマトリア関連もあって騒動が一段落するなり大規模な会議を開いて長時間に渡って議論を交わしていた。

 

「ふうん……あ、そういえば今更だけどアリウスの生徒会についてよく知らないや私。ニトちゃん以外には副会長のヒトミちゃんと外務部門のカペラちゃんだっけ? あの子くらいとしか話さないから」

 

「……ふむ、そういえばそうだな。君が来て以来、基本的に生徒会幹部がここに集まることは滅多に無かったしな」

 

 ふと、ミカは今頃になってそれに気付く。融和の為に接触してからそれなりに経ったが、未だに彼女はアリウス生徒会のメンバーと一部を除いて関わりが薄く、その仕組みも理解していなかった。

 

「集まらないの? 生徒会なのに」

 

「まあな……書記や会計はそうでもないが。職務を遂行するにあたって大体は本校舎外で活動している」

 

 首を傾げるミカに、ニトは丁度良い機会だと、アリウス生徒会について大まかな概要を説明しようと思い至った。

 

「まず生徒会長であるオレ、その下に幹部である“セプテム”……副会長を含めた七人が存在し、各々がアリウスの数ある部門のうち、より重要な部門の統括を担っている」

 

 アリウスを統治するにあたってニトはシステム全体を根本から一新したが、それに伴って生徒会も大きく変容した。それこそかつての名残はその呼び名くらいしかない程に。

 

 それが、“セプテム”。生徒会長・失楽ニトにより権威を与えられた七人の幹部達だった。

 

 副会長、書記、会計といった役職も形ばかりであり、実際には各部門の統括という点に重きが置かれている。

 

「内務部門、外務部門、防衛部門、法務部門、財務部門、環境部門、農商部門……この七つの部門が我がアリウス分校の中枢であり、故にその統括は生徒会に属する。因みにヒトミは内務部門の統括も務めているぞ」

 

「へぇ……内務ってことは、行政とか治安維持とか?」

 

「ああ。警務隊の運営やインフラ整備といった内政一般を所管している。現在のアリウスの治安は彼女あってこそのものだ」

 

「……そりゃとんでもない偉業じゃんね」

 

 治安について話題に出されるとミカはそう言わざるを得ない。アリウス自治区へ来てからつくづく思うことだ。

 

 異常なまでの犯罪率の低さ。校則や規則が地上と比べてかなり厳しいのもあるが、アリウス自治区は小さな犯罪こそ起こるものの銃撃戦にまで発展することはまずない。由緒正しきお嬢様学校であるトリニティですらちょっとしたことで銃撃戦が勃発するというのに。

 

 ニトからすれば、それが“常識”であるが。

 

「けど何だか意外だったよ。いつもニトちゃんに張り付いてる秘書さんみたいなイメージだったから……もしかして今日居ないのって」

 

「予想の通り仕事だ。ああ見えてわりと多忙なのだ、彼女も」

 

 月島ヒトミ。アリウス生徒会副会長。その肩書きを知るまでは秘書或いは付き人だと思っていた程には常日頃からニトの一歩後ろに控えている印象であったが、思い返してみれば時々居ないことがあった。

 

 まさか警務隊……このアリウスにおいて自治区内の犯罪を取り締まる正義実現委員会のような治安維持組織のトップだったとは。時折自分に鋭い視線を向けたり、自治区を動き回っているときつめに注意したりしたのはそういった立場だったこともあるのだろうかとミカは思う。

 

 厳しい人物、しかし不思議とミカは彼女が苦手ではなかった。こちらへ向けているあの眼から感じたのは警戒や苛立ちではなく、むしろ──。

 

「他の生徒会メンバーとも話してみたいな。今度集めて一緒にお茶しない? アリウスとトリニティの親睦会ってことで☆」

 

「……トリニティ側が君だけだが」

 

 そう言いつつ悪い話ではないとニトは思う。確認した限りでは生徒会メンバーに反トリニティは居ないのでミカに対する印象は悪くないもののまだ警戒している者は少なからず居るし、これからも協力関係を続けるにあたって対面してその人となりを理解させておいた方が都合が良い。

 

 ミカならば大丈夫だろう。何せ反トリニティ派の巣窟であるあの“聖堂騎士団”とも打ち解けているのだから。

 

「……そうだ。白洲は元気にしているかね?」

 

「うん。アズサちゃんは相変わらずとっても良い子だよ、クラスの中だと少し浮いてるらしいけど……ほら、あの子って何というかクールで軍人気質っぽい性格じゃん? それが珍しがられるみたい」

 

 それはさておきと話題を変え、トリニティに編入している我らが同胞・白洲アズサについて尋ねればミカは愉しげにそう語る。

 

「……馴染めていないのか?」

 

「あ、いやっそんなことはないよ! こっそりファンクラブまで出来てるみたいだし……」

 

 不安そうに問われ、ミカは慌てて訂正する。実際、馴染めてるか馴染めていないかで言えば後者よりかもしれないが、今のところ問題行動は無く、それどころかその勉強熱心さと腕っぷしの強さは高く評価されていた。

 

「ふむ……なら、良かった。以前にも言ったが、彼女は外のことを何も知らない赤子のようなものだ。きっと、ここと向こうとの違いに惑い、悩むことばかりのはず……これからもサポートしてやってくれ」

 

 アズサとは、何度か言葉を交わしたことがあるが、素直な娘であったというのが第一印象だ。

 

 事前にトリニティの校風や一般常識、それから負の面に関しても説明してあるが、実際に体験すれば良い意味でも悪い意味でもショックを受けることだろう。

 

「勿論、任せて☆ フフッ……ニトちゃんって、アリウスの子達のことになるとまるでお母さんみたいになるじゃんね?」

 

「……やめてくれ、小っ恥ずかしい」

 

 くすりと笑ってそう評するミカ。これにニトは何とも言えぬ表情でジト目になってしまう。

 

 己はもう子供と言える年ではないが、かといって母親と言われるような年でもない……と、思う。残念ながら彼女は自分の年齢に無頓着で覚えていなかった。

 

(面白いことを言う。このオレが()のようなどと……)

 

 内心自嘲する。果たしてそれが一体どういうものだったのか、もはや忘却の彼方へと追いやられ、思い出すことも出来ない。

 

 とはいえミカの言ったことは間違ってもいないだろう。ニトにとってアリウスの生徒は配下であり、領民であり、同志であり、輩であり、共同体であり、身内であり、皆等しく()()()()()

 

 そう在らんと、決めたのだ。

 

 コンコン。

 

 そんなことを考えていると、ドアがノックされる音が響く。

 

「入れ」

 

 ニトがただ一言そう言えば、一拍置いてからドアが開かれ、一人のアリウス生が入室してくる。生徒会所属の生徒であり、当然ニトもその顔を覚えていた。

 

「失礼します、閣下。……すみません。お取り込み中でしたか」

 

「構わん。どうした?」

 

 ミカの姿を見るなり謝罪するアリウス生。これにニトは気にせず用件を問い、ミカもまた気にしないで話してーと笑顔で促す。

 

「それが、調査技研の緑川部長が取り急ぎお伝えしたいことがあるとのことでして……」

 

「ふむ、技研が? ……そうか、分かった。すぐに向かおう」

 

 直接の呼び出し、このパターンには覚えがある。古文書の解読が完了し、“無名の司祭”の存在が明るみになった時だ。

 

 つまり、少なくともそれに匹敵するような何かしら重大なことが判明したことは確定していた。

 

「さて……という訳でミカ、すまないが──」

 

「えー? まだ話したいなー……って嘘嘘、冗談☆ 全然大丈夫。私もそろそろ帰るとするよ、ちょっと聖堂の方へ挨拶してから」

 

 実のところまだまだ談笑したかったが、元より邪魔している立場であるし、ニトの様子からどことなく物々しさを感じ取ったので空気を読んでミカは素直に話を切り上げる。

 

「……そうか。気を付けてな」

 

「うん! また会おうね、ニトちゃん!」

 

「──ああ、また」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 数刻後、ミカは鼻唄混じりで廊下を歩いていた。

 

 カタコンベを通り抜け、大聖堂……ではなく、アリウスが用意した新たな抜け道からトリニティ自治区へと戻った彼女は誰にも気取られることなく人混みへと紛れ、いとも容易く校内まで舞い戻った。

 

(あは☆ やっぱり良い所だね、アリウスは。ニトちゃんと話すのも楽しいし、明日も来ちゃおっと)

 

 既に彼女にとってアリウス自治区は居心地の好い場所になっていた。あそこでは、このトリニティで感じる煩わしさや蟠りが微塵も無いのだから。

 

 知れば知る程、好きになってしまう。人も、街並みも、その教義も意味を紐解けば、素晴らしいものだと思わざるを得ない。

 

 無論、トリニティが嫌いな訳ではない……と、言いたいが、実のところミカは同じトリニティの“友達”は好きであるが、トリニティ総合学園自体にはそこまでの思い入れが無く、むしろ入学当初は華やかなイメージとは裏腹に蔓延る排斥や差別、陰湿な派閥争いに多少なり幻滅していた。

 

 どうにかしようと思ったこともあったが、結局()()()()()()なのだと受け入れ、少なくとも自分はああはなるまいと思いながら今の今まで生きてきた。

 

(そんなの“妥協”じゃんね、ただの)

 

 けれど、アリウスはどうだ。

 

 元を辿れば同じトリニティの系譜であるはずの彼女達は、飢えによってもたらされた血深泥の内戦を乗り越え、自分達の学校を繁栄させようと一丸となっている。

 

 ただ一つの思想、ただ一人の意志の下、共同し、結束し、団結するその有り様の前には、何百もの学園が合併し、しかし実態は派閥間でお互いを日夜蹴落とし合っているトリニティの同盟など張りぼてのように思えてしまうのは当然のことだった。

 

 その偉業を成したのは、生徒会長・失楽ニトに他ならず、故にミカは彼女のことを心の底から尊敬していた。

 

(だからこそ、すぐに融和出来ないのが本当に残念でならないね……)

 

 出来るのであれば、今すぐにでもアリウスの素晴らしさをトリニティの皆に啓蒙してやりたかった。

 

 いっそのこと()()()()()でも起こして──。

 

(おっと、我慢我慢。そんなことしちゃったらアリウスに、ニトちゃんに迷惑が掛かっちゃう。ナギちゃん達と本気で戦うのも、嫌だし……)

 

 足踏みしている訳ではない。慎重に行動しているだけであり、現に事は順調に進んでいるのだ。和解の象徴である白洲アズサは問題無く学園生活を送れているし、エデン条約に向けた戦力増強も上手く行っている。

 

 このまま行けば、いつかはきっとトリニティとアリウスは手を取り合えるはず──。

 

「──ミカ、こんな所に居たのかい」

 

 その時である。

 

 背後から名を呼ばれた。聞き覚えのある、それはもうよく知る声であり、ミカは僅かに顔をしかめ、振り返る。

 

「やぁ☆ セイアちゃんこそ、こんな所で何をしているのかな」

 

 振り返った時には満面の笑顔を浮かべ、問う。視線の先には、狐の耳を生やし、白い小鳥(シマエナガ)を手に乗せた小柄な少女が立っていた。

 

 ──百合園セイア

 

 ティーパーティーの現ホストにして、ミカの同僚兼友人であるが、知っての通り今は少々不仲な関係である。

 

「君を探していたんだ。かれこれ一時間は見つからなかったんだが……電話も繋がらないし、心配していたよ」

 

「あー、ごめんね。ちょっと息抜きに外を散歩してたんだ。あとスマホの調子が悪くてね、そろそろ買い換え時かな」

 

 カタコンベの中は電波が悪いし、アリウス自治区に入ってからは一応マナーモードにしているので電話に気が付かなかったようだ。

 

「学園の外に? ……別に構わないが、次からは一言声をかけてくれ。今日のように所在が把握出来なくては困る」

 

「はーい。うっかりしてたじゃんね、次から気を付けるよ」

 

「……その言葉は二回目だ。覚えているかい?」

 

「え? そうだっけ?」

 

「………………」

 

 セイアは溜め息を吐く。

 

「君のその奔放さについてはもはや何も言うまい。ただ、君はもっと自身が有する影響力というものを自覚すべきだ……君の短絡的な行動次第で他者に余計な詮索を招いてしまう」

 

 いつもの小言が飛び出してくる。これにミカは大袈裟だなと肩を竦めた。

 

「大袈裟なものか。特に、最近の君はパテル外でもかなりの求心力を得ている。他派閥からも次期ホストに君を推す声も少なくない」

 

「そうなの? どうせ次のホストはナギちゃんになるのは既定路線なのになぁ……セイアちゃんとしてもその方が都合が良いでしょ? 私もまだホストになるつもりはないし」

 

 互いが友人関係である故に、そこまで露骨にはなっていないが、ミカを筆頭にパテル派の大多数はエデン条約反対派であり、今も尚ロビー活動を続ける過激派も居る。

 

 そのような人物がホストになってしまっては、折角今回エデン条約を締結してもすぐに破綻してしまう恐れがあり、そのため次期ホストはセイアと共にエデン条約締結の為に奔走しているナギサが有力だった。

 

 単純な求心力という観点から見ても、それは決して変わらなかった。ついこの間までは──。

 

()()、か……一体どういう風の吹き回しだい? 君が政治に興味を持つとは」

 

「うーん……別に、そこまで大したことはしてないでしょ? ただちょっと周りの子達と話すようになったから、意見を取り入れてるだけだよ。それって、何らおかしくない“当たり前”のことだと思うんだけど」

 

 セイアの言及にミカはそう言ってのける。実際、その行動は彼女の言う通り一派閥のリーダーとして至極当然のことであり、ニトからのアドバイスを実践しているだけだった。

 

「……その“当たり前”を君が行っていることが異常だと言いたいのだがね。少なくとも以前では到底考えられなかったことだ」

 

「あは☆ 喧嘩売ってる? セイアちゃんから見た私ってそんなにお馬鹿さんなの?」

 

「……すまない。言い方が悪かった」

 

 じろりと睨めば、謝罪の言葉を口にするセイアだったが、ミカからすれば、ここで言い争いになれば面倒なことになるから致し方無く、という心境が透けて見えたので顔をしかめる。

 

 普段から小言が煩わしいのに、少し真面目にやったらやったで露骨に警戒してくる。とはいえ条約反対派の筆頭とも言うべきミカの立ち位置と考えるとセイアの気持ちも分からなくないとは思っているので苛立ちこそすれど、まあ仕方無いかと心を落ち着かせていた。

 

「エデン条約締結を控え、私も少しばかり神経質になり過ぎているのかもしれないな……君の気紛れは今に始まったことではないし、反対派を一つに纏め上げてくれているのはむしろ助かっている。──今後とも頼むよ、ミカ」

 

「うん、おっけー。でも、それなら精々角付き(ゲヘナ)共に寝首を掻かれないように注意しなよ?」

 

 心にも無い事を、と内心思いながらミカは笑い、無意味な警告をする。結局のところセイアもナギサも今更エデン条約から手を引くことは出来ず、あのゲヘナの野蛮人共に僅かばかりの理性が存在していることに懸けているのだから。

 

 それでアリウスとの融和には、政治的な利益がどうこう理屈を並べて反対するのだから、本当に馬鹿馬鹿しい。

 

「あ、そうだ。私に何か用があったんだよね?」

 

「ああ、実は──」

 

 思い出したようにミカは尋ねる。病弱なセイアがわざわざ一時間も探していたようだが、こうして無駄話をしている辺り別段急ぎでもなく大した用件ではないのだろう。

 

「アリウス分校について訊きたいことがある」

 

「────ぇ」

 

 そう高を括ったのも束の間、セイアの何気無しに発せられた、思わぬ言葉にまるで空間が凍り付いたようにミカはぴしりと硬直した。

 

 ──どこかで、赤い影が嗤う。





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