アリウスの王 作:大嶽丸
「……戒律の守護者、だと?」
「はい。バシリカ跡地の地下深くにて保管されていたユスティナ聖徒会が残した古文書において、そのような記述がありました」
ミカと別れた後、地深くにある技研ラボへと呼び寄せられたニトは、そこでもたらされた情報に神妙な面持ちをする。
そんな彼女と相対する少女は、研究者らしく白衣を身に纏っているが、やや猫背気味でボサボサの頭髪、眼は隈だらけとむしろ病人のようであった。
「曰く、“第一回公会議”は正しく合議されておらず、真の意味で成された刻、厳正なる“戒律の守護者”の“威厳”が復活し、我らが敵を討ち滅ぼすと……」
技研部長、緑川ロミナが語る。長らく解析していた古文書の内容を。
「ふむ……“威厳”とはまた、抽象的だな」
「こうも記されています。“戒律の守護者”は、かつてのユスティナ聖徒会の亡霊にして、
「ここはキヴォトス。
「ええ、ですから閣下のご意見を伺いたく」
ユスティナ聖徒会。
トリニティのシスターフッドの前身であり、複数の分派にわかれていた学園をトリニティ総合学園に統合した第一回公会議で定められた“戒律”を守り続けた組織。
また、戒律を破る者への対処をするトリニティの武力集団でもあり、“第一回公会議”で統合に最後まで反対したアリウス分校への弾圧を行っていたが、密かに匿い、逃亡の手引きをしていたなど不可解な二面性があった。
その亡霊にして、不死の軍勢。そんな面妖なものが本当に存在するのだとすれば……。
「ここからは私の推測になりますが、“第一回公会議”が真の意味で成された刻、というのは、もしかすると我々アリウスが賛同しなかったせいでトリニティの統合というのは記述通り正しく合議されていない状況なのではないかと。だからこそ、ユスティナ聖徒会はこの古文書を残した」
「いつの日かアリウスが舞い戻る為に、か。──ふむ、充分に有り得るだろう。神話や伝説、逸話といった特定のモチーフをエッセンスに再現し、それを触媒に超常的な事象を引き起こす。それは魔術的にはポピュラーな要素であり、重要な意味合いを持つ」
一から試行錯誤で事象を引き起こすのと、既にある事例を真似て条件を整え、引き起こすのではどちらが難易度が高いのかは自明の理。
とはいえそれでもそう簡単なことではなく、然りとてここはキヴォトス。濃厚な神秘という土壌はこれ以上無い程に仕上がっている。
ならば、可能なのだろう。
「かつて、敵味方問わず恐れられたユスティナ聖徒会の“神秘”ならば、条件が整えば今は失われた“威厳”とやらを再現することが出来るのやもしれん」
「成程……過去の再現、ですか。となると、研究する価値は十二分にありますね。不死の軍勢……そんなものを支配下に置くことが出来れば、我々は無敵です。しかも、あのユスティナ聖徒会の亡霊となれば……!」
「……ふむ、支配下に置く手段があると?」
古文書の記述だけで理解させられるその凄まじさに少々興奮気味になっているロミナに、確かに戦略的価値は計り知れないが、そのような得体の知れぬものを支配する前提であることに関してそう問えば、勿論ですと頷く。
「それに関しても古文書に記述されていました。戒律の守護者を統べ、従わせるのは“戒律を守護せし血統”のみ……即ち、ユスティナ聖徒会の末裔であり、それこそが“
「! ロイヤル・ブラッドだと……? それは確か──」
「ええ、そうです。前生徒会長の血筋と同じ呼び名。つまり、我らアリウスの初代生徒会長は、ユスティナ聖徒会だったということに他なりません」
ロミナは告げる。統合に際して誕生したはずの組織の一員が、統合に反対した唯一の学校の生徒会長という驚くべき事実であるが、しかしアリウス分校を匿ったことへの疑問への答えではあった。或いは、統合前からユスティナ聖徒会、ないしその前身になる秘密組織が存在していたのかもしれない。
ただ、そこら辺はどうでもいい。重要なのは、“ロイヤル・ブラッド”のみが呼び起こされし“戒律の守護者”の威厳を従わせることが可能だということ。
「……成程、そういうことか。代々アリウス生徒会長が血統によって選ばれていたことに関して常々不思議に思っていたが、それならば疑問が氷解する」
よもやその貴き血にこそ価値があったとは。トリニティに対する“切り札”であるのならば、内戦が勃発して生徒会そのものが破綻するまで風化せずに守り続けられていたのも納得であった。
古文書の記述への信憑性が増す。未だ眉唾であるが、不死……つまり無限の“労働力”というのはニトから見ても非常に魅力的な話である。
「つまり彼女……“秤アツコ”のみが戒律の守護者とやらを従えさせられるという訳か」
「その通りです。然れば、今回の研究の為には現存する唯一のロイヤル・ブラッドである彼女の協力が必要不可欠です。今は何処に?」
食い気味に問う。今すぐにでも研究したいという感情がこれでもかと表に出てきていた。
「スクワッドとして任務中だが……ふむ、その前にまずはその正確性を精査しなければならんな。緑川、少し時間をくれ」
「はい? わ、分かりました……しかし、一体如何なさるおつもりで?」
ただでさえ古文書にのみ記述がある不明瞭な情報。その正確性を精査、と言われても方法についてロミナは思い付かず、疑問を抱く。
「なに、“専門家”に話を伺おうと思ってな……」
対するニトはそう言い、不敵な笑う。
こういった不可思議な
「クックックッ……それで、私に会いに来たという訳ですか」
「──ああ。悪いな、お邪魔して」
そうして思い立ったが吉日とばかりにニトが赴いたのは、某自治区に存在する“ゲマトリア”が管理する雑居ビルの一つ。
あの時と同じく薄暗いオフィスの中で、彼女は“黒服”と対面していた。
「これがアリウス調査技研の研究資料だ。戒律の守護者の“威厳”とやらを再現することが可能かどうか、お前の見解を聞きたい」
「ほう……しかし、よろしいので? 契約こそ結びましたが、あなたは私達を敵視しているのだとばかり」
「別段そこまで大袈裟な感情は抱いていないとも。無論、信用など微塵もしていないが……とはいえ折角、契約を交わしたのだ。如何に得体の知れぬ輩といえど、利用しない手などあるまい」
「クックックッ……左様で。確かにあれだけ縛った“契約”ならば安心でしょうね。随分と吹っ掛けられました」
「は。こちらとしてはお前のような外道相手にかなり譲歩してやったつもりなのだがな」
何食わぬ顔でそう言ってのけるニトに、くつくつと笑いながら黒服はデスクの上に放り投げるように置かれた資料の束を手に取り、読み進めていく。
「──ふむ、これは……」
数ページほど読み、黒服は思わず声をあげる。そこには僅かな感嘆の意が見え隠れした。
「驚きました。まさか、ここまで辿り着いているとは……あなた方が組織した調査技研とやらに興味が湧きましたよ」
「……やはり、知っていたか」
「ええ。これこそが、あのマダムがアリウス自治区を狙った要因の一つです。“ミメシス”というのはご存知で?」
「ミメシス……? そういえばシャーレの先生と話している時にもそのようなことを言っていたな。記憶にあるのは、哲学における“模倣”の概念のことだが、そのままの意味という訳ではなかろう?」
そう言いつつ、ニトはその単語の意味について薄々察していた。
「いえ、それを知っておいでなら、構いません。正しくその意味なのですから」
「……成程な。伝承・事象の再現。それを可能とする技術のことを、お前達はそう呼んでいる訳か」
「ええ、ええ。その通りです、ニトさん。特定の概念を模倣し、再現し、複製する……私達が有する技術であり、叡智であり、秘儀の一つです」
愉しげに黒服は説明する。研究者としては自らの知識を、成果をひけらかすのが最も至福の刻であるが故に。
相手が同等以上の知識人であれば、尚のこと。
「であれば、可能なのだな? 戒律の守護者、ユスティナ聖徒会の“威厳”という概念そのものを模倣し、不死の軍勢を複製することが」
「勿論、可能です。最初に“ミメシス”を観測した私の同僚はある廃墟に遺された人々の幸せや歓喜といった感情の残滓を複製し、強力な実体を作り出しました。それは
「……そうか。可能、か。“ミメシス”とやらに、感情は?」
「いえ、模倣する性質からそれらしく振る舞うことはありますが、基本的には自我というものは存在せず、過去の存在を再演するかの如く一定の条件の下に動くロボットのような存在です」
「では、エネルギー供給の必要はあるのか?」
「──いいえ、恐らく無いかと。少なくとも今まで観測した“ミメシス”は、誕生して以来ずっとそこに留まっています。何かしらのリソースは存在するのかもしれませんが、今のところは観測出来ていません」
ふむ、とニトは顎に手を当て、もたらされた情報の数々を咀嚼する。
「大変興味があるようですね? “ミメシス”に」
「……ああ。不死の軍勢という単純な戦略的価値もそうだが、何よりも無限の“労働力”が存在するのだ。到底見過ごせぬ話であるし、それを手に入れる可能性があるのならば尚更であろう」
破格、馬鹿げた話としか言い様が無い。そのようなものが手に入ってしまえば革新どころではなく、自治区運営の前提が変わってくる。少なくともリソースという観点はほぼ度外視出来てしまい、それだけで現状のアリウスの問題点の多くが解決する。
古今東西ありとあらゆる指導者・統治者が喉から出るほど欲し、また敵に回したくない代物だった。
「──多少のリスクを顧みても、試してみる価値は充分にある」
「成程。兵力ではなく、労働力ですか。クックックッ……確かに、一指導者としての着眼からすれば魅力的な話でしょうね」
「それに、“色彩”への対抗策にもなる」
「ほう?」
「“恐怖”への反転……内に神秘を宿し、ヘイローを有する限り如何なる強者といえど、真っ向から太刀打ちするのは難しい。だが、自我の無いのであれば、反転も何もあるまい。だからこそ、お前達は“ミメシス”とやらに目を付けたのではないかね?」
自我無き、不滅の存在。それは精神に影響を及ぼすような存在に対してはこれ以上無く特効のように思えた。
「ご明察……と、言いたいところですが、それはあくまでも結果論です。確かに“色彩”への対抗手段としての有用性を見出だしましたが、本来は崇高へと至る為の過程であり、手段の一つに過ぎませんよ。尤も、私達は過程や手段にこそ美学と意義を求めていますがね」
「……ベアトリーチェ以外は、か?」
「クックックッ……ええ。お蔭様で先程お話した最初に“ミメシス”を観測した同僚……彼は私達と比べても特に拘りが強いのですが、相反するマダムとよく対立しています。お互い一歩も譲りませんからね」
「は。不穏分子は、早めに排除しておいた方が良いぞ?」
「あくまでも同志なので。それに、私達とは相容れるものでありませんが、それでも過程や手段を目的の為の道具に過ぎないと断ずるマダムのそのスタンスにも、私は敬意を払っているつもりです。あなたからすれば不快かもしれませんが……」
「……そうか。真面目だな」
ニトは微妙そうな反応をする。生徒をモルモットとしか認識していない倫理観の破綻した人物であるが、少なくとも研究者ないし探究者としての姿勢に関しては真摯であった。
だからこそ、たちが悪い。
「さて、話を戻そう。対“色彩”に備えての戦力増強の為にも、“ミメシス”とやらに関する情報を提供してほしい。代価は……必要かね?」
「いえいえ、私とあなたの仲です。研究成果の共有だけしていただければ構いません。“契約”のこともありますし、対“色彩”の名目ならば無償でご協力しましょう。“戒律の守護者”の
「……つい先程まで敵視されていると思っていた奴の台詞とは思えんな。感謝する」
タダほど高いものはない。黒服の思惑は知らぬが、与えられる情報も鵜呑みにせず、精査するつもりだった。
「しかし、思いもせぬ偶然でした」
「……何?」
「実は私の同僚……つまり“ゲマトリア”の一人があなたへの接触を希望されていましてね。私としてはリスクが高いと制止していたのですが、“ミメシス”のことを知りたいのであれば丁度良い。──
黒服がそう言うと、彼の隣の暗闇から気配がする。正しく今そこに現れたのだろう。ニトは目を細め、そこに居る何者かを見据える。
程無くして、ギシギシと何かが軋むような音が足音と共にし、“ソレ”が姿を現す。
「……ほう。これはまた」
「──お初にお目にかかる。光をもたらす者、獣に権威を与えし紅き竜よ」
初めて会った際に黒服も呼んでいた、随分と不吉な名で呼ばれ、しかしニトは不快に思うことなくその容姿に着目する。
タキシードを着た、双頭の人型。美術や絵を描く際に用いられるデッサン人形だろうか。その頭部は何の飾り気も無いひび割れた木製の人形であり、片方は簡略化された目と口が、もう片方には単眼だけが描かれていた。
人間離れどころか生物にすら見えない。ベアトリーチェも黒服も大概だが、上には上が居るということを思い知る。話によればもう一人居るようだが、そいつは果たしてこれを上回る異形さであろうか。
「初めまして、ゲマトリアの者。何と呼べばいい? 見た目から察するに……そのまま
僅かに動くだけで木が軋む音を出しながら、黒服と同じようにどうやって発声しているか分からない不気味な声を出すそいつに、ニトは問いかける。
黒服と同じように名は体を表すのか、またはベアトリーチェのように普通の名前なのか。あれも神曲に登場する淑女から取って名乗っているのかもしれないが……だとしたら、似合わぬにも程がある。
「……後者の方だ。それから、人形呼ばわりされるのは不快極まりないので今後はくれぐれもやめてくれたまえ。そなたは黒服が言っていた通り、多少は
そう言いつつも、異形の姿を目の当たりにしても物動じなかったからか、或いは初見で名を言い当てられたからか、若干機嫌が良さそうな声質であった。
「私のことは、芸術への敬意を込めて“マエストロ”と呼んでほしい」
高らかに、双頭の木人形は自らを形容する呼称を名乗った。
「ふむ……それは失礼した。だが、君が気にするのであれば、相手の方も尊重してやることだ。生憎とオレは獣に権威を与えた覚えも天から追放された覚えも無い。況してや地獄の王でもないのだからな」
何故そう呼ばれるのかは何となく分かる。小鳥遊ホシノが“暁のホルス”と呼ばれていたのだから、恐らくそういうことなのだろう。
とはいえ、己の内に宿る“神秘”が何であれ、それは決して己を己足らしめるものではなく、単なる付属物に過ぎない。
「……真っ当な意見だ、改めさせてもらおう。その名の由来を知っていれば、自らを貶められていると感じるのは当然か。何より、今のそなたは“アリウスの王”であったな」
その言葉を受け、木人形改め、マエストロは素直に応じる。
「にしても、
音楽分野における指揮者ではなく、芸術分野における巨匠の意味合い。見た目がデッサン人形のようであるのはそういった理由なのだろうか、にしては自らの容姿を気に入っていない様子であるが。
「さて、マエストロ……差し詰め君が黒服の言っていた、最初に“ミメシス”を観測した同僚という奴か」
「ご名答だ。そして、“
実に興味深い、と軋む音をより一層強くしながら語る。彼からすれば驚くべき事実であると同時に、絶好の機会を与えてくれた吉報でもあった。
「アリウスの王、単刀直入に言う。そなたに私の作品作りに協力してもらいたい」
そして、唐突にそう言い放つ。
「マエストロ、それは──」
「……黒服とのやり取りは聞いていたかね?」
「無論。だが、それはもたらされた幸運と好機を不意にする理由にはなるまい。協力してくれるのなら、情報提供だけとは言わず、我が秘儀……即ち、“
己が交わした契約を無視し、ニトにそう頼み込むマエストロに黒服は何か言いたげだったが、もはや手遅れであることを察して諦める。
問題は、ニトの反応だが……。
「……ふむ、まずは内容からだ。それから応じるとなれば、そこの黒服と同じように“契約”を交わしてもらう。破れば当然、裁きが下る」
「分かった。話が早くて助かる」
彼女はマエストロに不快感を示すことなく、随分とあっさりと対応してみせる。
これに黒服は、首を傾げた。
「……私の時と態度が違い過ぎませんか?」
「カイザーと手を組み、小鳥遊を害した外道への対応と得体が知れずとも今のところ何もしていない彼への対応が違うのは当然至極だろう」
「クックックッ……成程。ファースト・コンタクトを致命的に間違えてしまったということですか」
笑いながらも、本気で残念そうにしていた。
マエストロさん、まさかのタイトル回収してしまう。
緑川ロミナ
アリウス調査技研部長。
三年生。今話では特にそういった面は見せなかったが、実はわりとマッドで倫理観ゆるゆる。
ニトがアリウスを統一しなければ研究者という立場にはなれなかったであろうことから忠誠心は高く、命令にも忠実。原作時空に居た場合その頭脳を活かすこともなく原作開始前に死んでる。
過去に一度だけを除き、ニトから◼️◼️◼️◼️を禁止されている。