アリウスの王 作:大嶽丸
技研部長、緑川ロミナは興奮していた。
長らく手付かずだったカタコンベの遺跡群。当時はどうしようもなかったその謎が遂に解き明かされ、隠された
「素晴らしい! “遺物”も大概なオーパーツでしたが……これはまるで魔法です! こんなことが可能だなんて……!」
「魔法か。言い得て妙だな、正しくこれは科学と相反する、完全なる別次元の分野に属する存在だ」
目の前に鎮座する“赤い巨像”を前に称賛の声をあげるロミナと調査技研部員一同に対し、マエストロはそう語る。
「凄いとしか言い様がありません! マエストロ氏、これがあなたの“作品”なのですか!」
「フフ、左様だ。まだ未完成であるが……それでも、既に“太古の教義”は受肉し、“聖徒の交わり”を率いる神性の怪物にして人工の天使は、ここに顕現している。その名は、“ヒエロニムス”……嗚呼、かの福者は遂に列聖され、聖人となり、その証として奇跡を起こさんとせん……」
褒め称えるロミナ達に対し、マエストロは愉しげに説明する。自分の作品に対して拍手喝采を送られるのは悪い気はせず、それでいて彼女達はアリウスが誇る科学者の集団で相応の知性を備えているのだから、自らの作品を御披露目する資格は最低限有していると見なしていた。
尤も、ファーストコンタクトは会うなりマエストロの奇怪な容姿に興味津々で「身体検査させてほしい!」だの「せめて血液だけでも! そもそも血流れているのですか!?」だのと物凄い勢いでせがまれ、面喰らってしまったが。とはいえ怯えられるよりはずっとマシだった。
「……ヒエロニムスは既に聖人だろう? それとも、ここでは違うのか?」
一方、やたらとテンションの高い彼らを遠目から見ていたニトは自身の知識とは食い違う発言に疑問を投げ掛ける。
「最もな疑問だ。そもそも、そなたの知るかの聖人へと昇った神学者と、この“太古の教義”を生み出した福者の生涯には、大きな差異が存在する。しかし、単純に同じ名を持つだけの存在と切り捨てるには共通点が多く、そのような“類似性”がこのキヴォトスには溢れ返っている」
「……確かにな。それはオレも気になっていた」
各学園、都市、施設、場所……そして、人物。このキヴォトスに存在するありとあらゆるものに対してニトは既視感を感じずにはいられなかった。
「そういった神話や伝承、宗教の名残が流れ着く性質なのでは、と推測したこともあったが、人物まで似通るとなると……まさか
「成程……良い考察だ。実のところ何故ここまでの類似性が存在するかは、私達も解明し切れていない……今は幽閉されている“狂人”はその“真理”を解き明かした気になっていたがな」
マエストロは思い出す。ゲマトリアを追放された、屈指の危険人物にして狂人。アレの言っていることは理解し難くも個人的に興味深かったが、あろうことか“証明”を怠り、決め付けてかかっていたのはいただけない。
「然れど、この街のルーツが何であれ、オレにとってはどうでもいい事実だ。興味が無いかと言われれば嘘になるが、知ったところで我らアリウスが目指す先は変わらん」
キヴォトスという箱庭、そしてそこに住まう生徒という存在の正体。
それについての推測は幾つか立てているが、たとえどう転ぼうともニトがやることは変わらず、アリウスを何よりも優先するだけ。
故に、然して気にしていなかった。
「さて……データは取れたか? 緑川」
「はい! もう充分過ぎる程に! 今日だけで“神秘”の研究が飛躍的に進みました! これならば兵器転用も可能かと……あ、ですが、よろしければもう少し研究しても……」
「ああ。気が済むまで存分にやるといい。構わんな? マエストロ」
「無論。そういう“契約”だからな。作品作りの邪魔にならないのであれば、いくらでも見学し、教えを乞いたまえ」
ゲマトリアによる技術提供。その相手はニトだけではなく、他のアリウスの生徒も含まれていた。
“神秘”、そして“恐怖”。それらを取り扱う技術が普及すれば、それはアリウスにとって他校には無い大きなアドバンテージとなるだろう。
懸念点としてゲマトリアの信用性。これに関しては多少のリスクはやむを得ないと判断しており、もたらされる情報が信用するに足り得るか精査は厳しく行っていた。
(とはいえ……マエストロを疑うのは時間の無駄だな。ここまで話して、その人間性の大方は把握出来た。少なくとも黒服よりは
気分屋で感覚派、拘りの強い偏屈な芸術家、己が好奇心とポリシーに従い、ただひたすらに探究する求道者……それ故に純粋で分かりやすい。黒服のような策略家の面は薄く、“契約”の裏を掻こうとするつもりは無いと思われる。
その代わり善くも悪くも自身の感情優先であり、突発的に予想外な行動に出かねないのでそこは注意しておくべきだ。また他のゲマトリアと同様に倫理観は欠如しており、アリウスのことは作品作りの為のエッセンスとしか認識していないであろうから依然として油断ならないことには変わらない。
「──閣下!」
「ん?」
「失礼します。至急、報告したいことが……!」
野外無線機を背負った通信手のアリウス生がこちらへ駆け寄ってくる。何やら随分と慌てている様子だった。
「どうした?」
「そ、それが……歩哨からの無線がありまして……同胞と思わしき人物が一名、この付近で倒れているのを発見したらしく……!」
「何……?」
その報告に、ニトは目を見開く。
歩哨が発見した人物は、アリウスの生徒で間違いなかった。
きちんと学生証を所持しており、現場に知り合いも居たので身元確認は容易だった。
「……容態は?」
「怪我は大したことありませんが、衰弱しています。長いこと意識を失っていたようですね……栄養剤を打ったのですぐにでも目を覚ますかと」
「そうか……大事無くて良かった」
簡易テントの中。手当てを受け、目の前で眠っているアリウス生を見据えながら、ニトは命に別状が無いことに安堵しつつも難しい顔をする。
発見した場所は、ここから1㎞ほど先のカタコンベの迷路の中であり、現場の様子から崩落に巻き込まれ、落下した瓦礫により頭部を強打し、昏睡したのではないかと思われる。一部の老朽化は酷く、そういったことも無くはなかったが、珍しいことではあった。
問題は、何故そのような場所に一人で足を踏み入れていたということだが……。
「う、うう……」
「! ──意識を取り戻したか」
程無くして、そのアリウス生が目を覚ます。
「ここは……って閣下っ!? そ、そうだ私はっ……!」
「落ち着け。まだ安静にしておかねばならん」
周囲を見渡し、ニトの姿を確認したアリウス生は状況が理解出来ずに激しく動揺していた。ニトはこれを宥め、事の経緯を説明する。
「そ、そうでしたか……私はあそこで倒れて……」
「ああ。……それで、何故あの場所に居た?」
「は、はい! 私は“伝令”を任され、自治区から閣下率いるカタコンベ調査班へと向かっていました!」
落ち着きを取り戻したアリウス生が語る。彼女は警衛隊長の命で“聖園ミカ様が大事な用があって至急、会って話をしたい”という言付けをニトへ報せる為に遣わされた伝令であったが、その道中で崩落事故に遭い、気絶してしまったのだと。
「ミカが……だが、随分近くまで来たな。無線機は持っていなかったのか?」
通常アリウスが扱う無線機ならば見通しで約5㎞~10㎞以上は届くはずだ。
「いえ、勿論持っていました。ですが、どうにも電波障害が酷くて……繋がるまで歩いていたところで事故に遭い……」
「……成程な」
電波障害。こちらからはそのような現象は確認されていなかったが……。
「その……も、申し訳ありません! 伝令を任されたというのに、このような体たらくで……!」
「構わん。話を聞くに、不幸な事故だった。このような可能性を見過ごし、単独行動を許した我々に責任がある」
そもそも入り組んだ迷路で構成されたカタコンベ。そこで過ごすアリウス生は慣れているとはいえ複数人で行動させるべきだろう。
今回の件でそれが浮き彫りになった。歩哨が見回りする範囲だったから良かったもののもっと離れた場所で事故に遭っていれば発見が遅れ、最悪な事態に陥っていた可能性も充分にあったのだから。
(……嫌な予感がする。緑川達には悪いが、すぐに自治区へと戻るべきだな)
ミカからの用件。わざわざ伝令を寄越しているのだ。余程のことがあったと考えられ、エデン条約も近いことからトリニティで何かあったのかもしれない。
長時間意識を失っていたことから伝令が自治区から出て相当な時間が経っているはず。今から戻っても既に手遅れの可能性が高かった。
とはいえ本当に緊急を要する案件であれば、自治区の指揮権全般は副会長である月島ヒトミに譲渡しており、自分が居なくとも対応してくれていると思いたいが……。
いずれにせよ、確認する為にもニトは一旦アリウス自治区へと戻ることを即断した。
──尤も、あまりにも遅過ぎたのだが。
◼️月◼️日◼️時◼️分。
ティーパーティー・聖園ミカ、聖堂騎士団総長・剣持ユーグが本作戦『百合園セイア誘拐計画』を立案し、月島ヒトミ生徒会長代理へと進言。
同日◼️時◼️分。
審議の末、月島ヒトミ生徒会長代理、赤星サリア生徒会長補佐は本作戦実行を許可。
その後、聖堂騎士団20名、アルファ隊12名、及びトリニティへ潜入任務中の白洲アズサの総員33名が動員されることが決定。
翌日◼️時◼️分。
白洲アズサが夜間からトリニティ正義実現委員会一部メンバーが学園を離れ、合同演習を行うという情報を入手。その中には委員長であり、要警戒対象である剣先ツルギも含まれていた。
警備が手薄になるまたとない好機であり、聖園ミカの進言もあり本作戦決行をこの日の夜◼️時に急遽変更。これは目標・百合園セイアが『予知夢による未来視』を有することから本作戦を気取られる可能性があったという動機もあった。
同日◼️時◼️分。
聖園ミカの手引きにより、作戦部隊がトリニティ内部へと侵入。
この際、現場隊員は場を撹乱させる為にティーパーティーの制服に偽造した身なりをしている。
まず20名が陽動のためトリニティ・スクエア各所に爆弾を仕掛け、起爆。駆け付けた正義実現委員会と交戦。
残り13名は2分ほど遅らせ、ティーパーティーを襲撃。道中で警備と交戦しながらも白洲アズサが百合園セイアが居る部屋へと真っ先に到着。
しかし、約5分後に原因不明の爆発が発生。
爆発に巻き込まれ、室内に居た白洲アズサが負傷、扉付近に来ていた聖堂騎士団2名も軽傷を負う。
同じく爆発に巻き込まれたであろう百合園セイアの姿は確認出来ず、また蒼森ミネ率いるトリニティ救護騎士団も駆け付けてきたので本作戦続行を断念し、撤退。
本作戦メンバー全員が自治区へと帰還する。尚、白洲アズサに関しては治療を受けた翌朝にパテル派の手引きでトリニティへと戻っている。
以上のことから生徒会は、本作戦失敗を判断。原因究明と未だに消息が掴めない百合園セイアの捜索を命じる。
補遺:百合園セイアに関して、トリニティ内では『ヘイローが破壊された』という噂が流れているが、真意は不明。