アリウスの王   作:大嶽丸

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主人公ことニトちゃんが何者であるかは敢えてぼかしています。そのうち明らかになる予定です。


美少女版GTAまたは龍が如く

 

 

 “District of Utnapishtim.

 

 通称“D.U.”。連邦生徒会が管理する区域であり、いずれの学校の管轄にも属さないそこは謂わば首都のような立ち位置であった。

 

 Utnapishtimというのは恐らくは古代バビロニア、及びギルガメッシュ叙事詩において大洪水を船を作って生き延びたとされる人物、ウトナピュティムのことだと思われる。他にもアトラ・ハーシス、ジウスドゥラ、クシストロスという名でも知られており、“キヴォトス”というのがギリシャ語で“方舟”を意味する“Κιβωτός”と似ているが、果たしてこれが意味することは……? 

 

(偶然の一致……というのは無理があるな)

 

 大通りを歩きながらニトは思考する。以前から思っていたが、このキヴォトスという街には、彼女が知る古い神話や伝説、宗教の要素が多く存在していた。

 

 三位一体(トリニティ)地獄(ゲヘナ)千年紀(ミレニアム)……かく言うアリウスも神の子と唯一神の同一性を否定し、その人間性を重視した異端の人物、またはその説を信奉する宗派の名であり、そのアリウスも弾圧されているのだから因果的なものを感じてしまう。

 

 他にも百鬼夜行、山海経、アビドス、オデュッセイア、etc…etc…どうにも様々な神話や宗教、国家がごちゃ混ぜになっているような印象を受けた。

 

(……“忘れられた神々”か。それが文字通りなのだとしたら、“無名の司祭”、そして彼らが崇拝する“名も無き神”とやらは一体何なのだろうな?)

 

 アリウスに現存する古文書はまだ解読途中であり、古代キヴォトスの歴史については酷く断片的。故にこそ、想像が膨らみ、思考が廻る。

 

 単にニトの知る神話が外部に、或いは昔から存在していて、それがたまたまこの土地に流れ着いて今に至る……といった単純な理由ならばそれで良いが例えば──。

 

「おっと、いかんいかん」

 

 直ぐ様その好奇を押さえ込み、頭の片隅へと追いやる。このまま思考に耽ていては本来の目的から脱線してしまう。

 

 キヴォトスの由来や失われた歴史について興味が無いと言えば嘘になるが、己はアリウスの指導者であり、研究者ではないのだ。こういうのは技研辺りに任せておけばいい。

 

 尤も、ニトの今回の目的もキヴォトスという都市を直接見て廻って新たな見識を得たい、という酷く曖昧でざっくりしたものなのだが……。

 

 その為に久々に休暇を取った。単独で地上へ行くと言った際の副会長の驚いて眼鏡がずり落ちる様を思い返しながら改めてニトは周囲の街並みを観察する。

 

(やはりアリウス自治区よりもずっと広く、発展している。技術力は……まあ、こちらは最近まで農業と工業に力を入れていたからな。一歩劣るのは当然か)

 

 しかし、情報や技術は既に駐留部隊やブラックマーケットを経由して常に流れている。追い付くのにそこまでの時間は必要無く、また古代の“遺物”を解析して得られたテクノロジーの中にはキヴォトスにとっても未知の代物も存在しているだろう。

 

 故に、そういった面での差に関しては()()()()()然して心配していない。

 

「おい! 待てやコラ!」

 

「ん?」

 

 その時だった。背後から肩を掴まれる。

 

 振り向けば前時代的な不良の格好をした、見るからに柄の悪そうな女が二人の取り巻きと共にこちらを睨んでいた。

 

「……何だ?」

 

「あー? 何だ、じゃねぇんだよ。ぶつかっておいて詫びの一つもねぇとはどういう了見だ? ン?」

 

 急にそう言われ、心当たりのないニトは首を傾げるも考えてみるとつい先程肩に小さな衝撃があったような気がしないでもない。

 

 どうやら思考に耽ていて通行人に気付かずぶつかってしまったようだ。

 

「ああ、すまない。余所見をしていた」

 

「すまない……だぁっ!? ふざけんな! きちんと誠意ってモンを見せろや!」

 

「土下座しろ土下座!」

 

 謝罪するも女の勢いは収まらず、余計に食って掛かる。こちらが凄んでも無表情のまま平然としているニトの態度が気に食わない様子だった。

 

(えぇ……参ったな)

 

 しかし、ニトは平静に見えて内心酷く困惑する。まさか肩がぶつかっただけでここまで因縁を付けられるとは。このような状況になること自体、予想だにしていなかった。

 

 何せここは連邦生徒会のお膝元。ヴァルキューレ警察学校があることもあってか治安は他の自治区と比べても優れていると聞いていた。

 

 故に、このような表通りでこういったトラブルは起きないだろうとばかり思っていたのだが……。

 

(下手に揉めて警察沙汰になると困る。ここは穏便に済ませたいが……どうしたものか)

 

 ニトは頭を悩ませた。素直に土下座でも何でもして謝り倒すという選択は返って相手を付け上がらせるだけなので論外だとして、金で黙らせるにしても相場はどのくらいなのだろうか。

 

 そんなニトの悠長な思考が完結するまで、女達は大人しく待っているつもりはなかった。

 

「おい! 何か言えやこの野郎!」

 

 すると肩を掴んでいた女が今度は胸ぐらを掴み上げ──。

 

「やめろ、皺になる」

 

 即座に手首を捻られ、そのまま倒される。

 

「痛っ!?」

 

「む、すまん……つい反射的に」

 

 内心しまったと思う。言葉の通り攻撃的な行為に対して無意識に身体が反応してしまった。

 

 アリウス統一の戦いから数年が経過したが、未だにニトの肉体は宛ら獣の本能のように戦場でのことを微塵足りとも忘れておらず、身に染みているようだ。

 

「な、テメェ……!」

 

「やんのかゴラァ!」

 

 一瞬の内に仲間が尻餅を着く羽目になったことに驚きながらも女達はニトへ明確な敵意を向け、ショルダーバッグのように背負っていた銃を一斉に突き付ける。

 

 実弾の込められたまごうことなき本物。人殺しの道具であるそれを女達はそうは思っていないのだろう。ヘイローを持つ自分らはたとえ何十発と撃たれようと痛いだけで死にはしないのだから。

 

「……ふむ、治安はあまり良くないようだ」

 

 銃口を向けられながら、しかしニトは怯む素振りすら見せずに溜め息を吐く。少なくとも治安という観点においては我がアリウス自治区の方がずっと上だろう。

 

「落ち着け。事を荒立てたくはない」

 

「ハァ? やっぱ舐めてンだろテメェ! 殺すぞ!」

 

 尚も動じずにそう言ってのけるニトに遂に我慢の限界に達した女の一人が引き金に指を掛け──。

 

「ガッ!?」

 

 瞬間、ニトの腕がぶれたかと思えば女は顎に強い衝撃を受けると共に脳を揺さぶられた。

 

 僅か1秒にも満たぬ刹那。それだけで女の意識は刈り取られ、地に伏す。

 

「へ?」

 

「なっ──」

 

 そのままニトは近くのもう一人の女の銃身を掴んで射線を自分から逸らし、がら空きの腹部に足刀を叩き込んだ。

 

「ごはっ!?」

 

「え? え、ちょ──」

 

 堪らず踞る女に続け様に後頭部を殴打。そして未だに何が起きたのか分かっていない残った女の頭を掴み、振り下ろすように地面へと叩き付けた。

 

 アスファルトに罅が入る。

 

「……安易に引き金に指をかけるとこうなる。良い勉強になったな」

 

 瞬く間に、それも素手で三人を制圧してみせたニトは、しかし何てことのないように先程胸ぐらを掴まれた際に出来た皺を直しながらもう気絶して何も聞こえていないであろう女達へそう告げた。

 

ざわ…… ざわ……

 

「む、まずい」

 

 他の通行人らのざわめく声。何だ何だと既に野次馬が群がっている。

 

 このままではヴァルキューレに通報されてしまう。直ぐ様ニトは早足で人混みへと紛れ、この場から立ち去った。

 

「ふぅ……やらかしたな、早々に騒ぎを起こしてしまった」

 

 路地裏へと逃げ込み、一息付く。まずは首都かつ治安の良好なD.U.から……と軽い気持ちで来たのだが、早速雲行きが怪しい。

 

 少し肩がぶつかっただけで暴力沙汰になった。速攻で無力化しなければ女は躊躇無く発砲し、より大きな事件になっていたに違いあるまい。

 

 ニトとしては予想外な出来事だった。連邦生徒会が管理する区画で発砲事件など起こせばどうなるのか。赤子でも分かるはずであり、あまりにも考え無しが過ぎるが、これが一般的なキヴォトスの不良とでも言うのだろうか。

 

(……いや、偶々たちの悪いのに当たったのだ。そう前向きに考えよう)

 

 本当に前向きかどうかともかく、たった一例でレッテルを貼るべきではないのは確かである。

 

 とりあえずこの路地裏を通って反対方向の道に出ようとニトは歩き出した。

 

 しかし、ニトは気が付けなかった。あのような輩が表通りを堂々と闊歩しているのだ。ならば人気の無い路地裏では……という至極当たり前の理論を。

 

「三回も絡まれた」

 

 三回も絡まれた、以上。カツアゲ、当たり屋、難癖……まだ路地裏を進んで然程時間は経っていないというのに。

 

 まさか連邦生徒会が直接管理し、仮にも首都として扱われる区域がここまで治安が悪いとは。おまけにここは連邦生徒会の目を警戒して手を出さないようにしていたのでアリウスの息が掛かっていない。

 

 そのせいでニトは実力行使でしか対処出来ず、彼女の後ろには何人もの不良が倒れて死屍累々な光景が広がっていた。

 

(大丈夫なのか? キヴォトス)

 

 そう思わざるを得ない。呆れと心配が入り雑じりつつ、ニトはさっさと路地裏を抜けようと歩みの速度を上げ──。

 

 たん、と乾いた音が響く。

 

「────」

 

 内乱中に飽きるほど聴いた銃声。それも大きさからそう遠くはない場所だ。

 

「……本当に、治安が悪い」

 

 またトラブルの気配を感じてニトは眉をひそめ、しかし無視は出来まいと音が聴こえた方角へと向かってみる。

 

「へぶっ!?」

 

「──おっと」

 

 そして、曲がり角へと差し掛かったその時、飛び出してきた黒い影に衝突した。

 

 突然の体当たりにニトは微動だにせず、対する黒い影は尻餅を付く。

 

「……無事かね?」

 

「ううっ……あ、すっ、すみません……!」

 

 それはスーツ姿で二足歩行する推定イヌ科の人語を介する生命体。このキヴォトスにおいてはごく普通に街中を歩いている、ありふれた()()だった。

 

 アリウスにはヘイロー持ちの住人にしか居ないため、ロボット人間と並んで初めて知った際は度肝を抜かれたものである。

 

「あ、そ、それよりも逃げないと……! あなたもここは危ないから早く……!」

 

「? どうした。先程銃声が聴こえたがそれに関係が──」

 

 何やら急いでる様子の犬人。よく見ると大きめのアタッシュケースを両手で抱えるように持っている。

 

「見つけたぞ! ちょこまか逃げやがって……!」

 

 すると奥の方から武装した女が走ってきた。

 

「ヒィ!? もう追い付いてきたッ」

 

「……成程な」

 

 犬人の怯える様子を見てニトは彼女が銃声の発生源であり、この犬人のアタッシュケース、或いはそれらを含めた金品の類いを奪おうとしている強盗なのだと察する。

 

「おいコラ! 死にたくなきゃさっさとブツを渡しな──ぶっ!?」

 

 脅し文句を言い終わるよりも先に強盗は頬にめり込んだ拳によって宙を舞う。

 

「お次は強盗か。ここまで来ると笑えてくるな」

 

 問答無用で殴った張本人であるニトは強盗が完全に気絶して動かなくなっていることを確認し、淡々と言い放つ。五回目となれば輩の対処ももはや慣れたものだった。

 

「ひっ……」

 

「危ないところだったな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 強盗を一撃で沈めたニトに対し、ぶるぶると震えながらも自分を助けてくれたのだと理解した犬人は礼を言う。

 

「しかし、こんな所を一人で彷徨くのは良くないぞ。そのようなケースを大事そうに抱えていては尚更だ」

 

 自分が言えたことではないが。

 

「あ、いやその……ご、護衛を雇っていたのですが集団で襲われてしまって……」

 

「! 頭を下げておけ──」

 

「へ?」

 

 突如としてニトはそう言い、首を傾げるように元の位置からずらした。

 

 ──銃声が響いたのは、それとほぼ同時だった。

 

「ッ──」

 

 新手かと、ニトが即座に振り向くと敵の姿を確認するよりも早く白い煙が辺りを覆い尽くす。

 

(煙幕だと……? この手口、明らかに一介の不良では──)

 

「消えてください」

 

 煙を吸わぬように腕で口元を庇いつつ、ニトは疑問を抱くも相手は構わず発砲を続ける。

 

 視界不良になりながらも殺気を読み取り、ニトは回避行動を取るも敵の武器がショットガンであるため広範囲の散弾で僅かに掠ってしまう。

 

「ッ……折角の一張羅が駄目になるだろう」

 

 これにニトは犬人に被弾することも避けるため近くの壁を蹴り上がり、高く跳躍することで煙幕の中から脱する。

 

「!」

 

「そこか──」

 

 そして見つけた敵影。ニトは着地すると同時に地面を蹴り、一気に距離を詰める。

 

 当然、相手は銃口を向けるが、銃身を掴んでこちらへ引き込みつつ接近することで射線から消え、そのまま腕を絡めながら勢いよく壁に叩き付けた。

 

「がっ──」

 

「大人しくしろ。お前は一体何者──」

 

「ハルカちゃん!」

 

 完璧に押さえ付け、拘束しようとするもそれは別方向からの銃撃によって阻まれる。

 

 ニトは回避する為に飛び退き、離れたことで押さえ付けられていた相手にはこちらから距離を取られてしまった。

 

(仲間──それも、もう一人居るな)

 

 煙幕が晴れ、襲撃者が姿を現す。

 

 そこに居たのは三人の少女。ニトと交戦したショットガンの女に、銃撃したと思われるマシンガンの女、それからハンドガンを持った女が犬人の近くでまるで彼?を()()()()()立っている。

 

 ……おや? 

 

「依頼人。怪我は無い?」

 

「は、はい……」

 

「いやー危なかったね! けど大丈夫! ムツキちゃん達がやっつけてあげるからさ!」

 

「えっと、いや彼女は……」

 

「カヨコちゃんは依頼人さんを目的地へ。この子は私とハルカちゃんが対処するよ」

 

「了解。気を付けてね。後で社長も連れて来るから」

 

 ハンドガンの女が犬人を抱えて逃げ去っていく。ニトがそれを見ていると残った二人の女が行く手を阻むように視界へと入り込んだ。

 

「行かせないよ。連中……単なるチンピラの集まりかと思ってたけどまさか貴女みたいな実力者が紛れているなんてねー」

 

 マシンガンの女が言う。小柄な容姿だが、その立ち振舞いは相当場慣れしており、こちらを警戒しながら好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 察するに、彼女達が犬人の雇ったという護衛なのだろう。

 

「……ふむ、何やら誤解しているようだ」

 

「くふふっ 話せば分かるって? うーん……信用出来ないなぁ。だからさ、私達が依頼達成するまで大人しく寝ててよ」

 

 事情を説明しようとすれば返事は銃弾として返ってくる。

 

「──血の気の多い奴らだ」

 

 ニトは舌打ちし、けれど納得する。確かにこの状況下で自分のような得体の知れぬ存在に対して信用する要素はゼロなのだから。

 

 もし仮にニトが敵でなくとも、護衛対象を目的地まで守り抜けばそれで依頼は達成される。ならば下手に見逃して騙されるリスクを負うよりもこうして足止めする方が安牌……ということなのだろう。

 

 少なくとも彼女達はそんな判断を迷わず下せる程度には物騒な連中だった。

 

(付き合ってられん。逃げるが勝ち……と、言いたいところだが)

 

 この時点で、彼女達がこういった荒事を生業とする所謂“プロ”の集団なのは容易に察せられた。少なくともマシンガンの女の動きはアリウス兵と比べても遜色はない。

 

 となると知りたくなってきた。

 

 キヴォトスで腕を鳴らす者達が、どれ程の実力を有しているのかを──。





今回の主人公:キヴォトスの治安を舐めてた。以上
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