アリウスの王   作:大嶽丸

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墓守の王

 

 

 どこまでも続く荒廃した大地。

 

 残骸や瓦礫の数々が、かつてそこに高度な文明が築かれていたのだということを辛うじて証明しており、その殺伐とした風景は栄枯盛衰、世の無常と儚さをありありと表していた。

 

 しかし、それらを燦々と照らす太陽と、どこまでも透き通った“青空”の存在が、この地の滅亡を真っ向から否定している。

 

 確かに文明は崩壊した。あの日、“災厄”により大勢が狂い、或いは殺され、犠牲になった。準備していた者も、そうでない者も、唐突に現れたそれに対処するのはあまりにも困難なことだった。

 

 けれども、僅かな人々は生き残り、身を寄せ合って細々と暮らしていた。

 

 異界から顕現し、世界を滅ぼさんとした“災厄”は、しかしそれを成すことなく逆に殲滅される結果となった。

 

 ──たった一人の少女の手によって。

 

 “方舟”は墜とされた。“嚮導者”は朽ち、守られた“死の神”もまた死闘の末に自ら命を絶った。“色彩”の光は拒絶され、消失した。逃げた司祭達は尚も抵抗を続けたが、“神”を失った彼らではもはやどうすることも出来なかった。

 

 そうして、世界は救われた。

 

 少女は君臨する。かつてのように、このただ救われ、滅びを免れただけの荒廃した世界の“王”として。

 

 何と、痛々しい姿だろうか。そこにはもう、彼女が()()()()()()者達も、帰るべき居場所も存在しないというのに。王として振る舞う理由などとうに喪失したはずなのに──。

 

 民を失い、輩を失い、国を失い、もはや討つべき敵すらも居ない……それでも心折れず、歩みを止めぬのは託されたからか、その犠牲を無為なものにしたくないからなのか、いずれにせよ、彼女はただひたすらに遺されたモノを守り続けている。

 

 ──まるで、“墓守”のように。

 

 否、実際そうなのだろう。彼女を突き動かしているのは死人だ。死んでいった者達の遺志が、朽ちかけた肉体を動かし、過去に縋り付かれながら、それでも対極の未来を目指す。

 

 そして、きっと、それには意味がある。何故なら世界はまだ滅んでいないのだから、彼女が生き残ってほしいと願った者は皆死んだが、それでも生き残った者達は居るのだから。

 

 種は、命を繋いだ。であればきっと、いつか文明は再興する。人は遥か昔から産み、育み、増えてきたのだから。

 

 故にこそ、これからも歴史は紡がれ、新たな時代が築かれる可能性は大いにあり、そこで救世主として語り継がれるであろう“墓守の王”は、その覇道を突き進み、守り、戦い続ける。

 

 自らの命が潰える、その瞬間まで。

 

 恐るべき鋼の精神。不屈とは正にこの事であると誰しもが驚嘆することだろう。

 

 けれど、()は知っていた。彼女の心は折れず、挫けずとも、深い絶望に蝕まれていることを。

 

 “ごめんね、最後まで私は──

 

 “……今まで幸せでした、閣下。さようなら

 

 “ここは私達が食い止める。だから、後は任せたわよ……! 

 

 “あなたにこんなことを言うべきではないかもしれない……だけど、お願いします。生徒のことを、どうか──

 

 それは◼️◼️が死んだ時か、或いは◼️◼️◼️達が死んだ時か、はたまた◼️◼️◼️◼️◼️が死んだ時か、それとも……etc、etc、 あまりにも彼女は多くを失い過ぎてしまっていた。

 

 とうの昔に、その心は──。

 

 私は問うた。これで良いのかと、このような結末で納得出来るのかと。

 

 今まで視ていることしか出来ず、干渉する気すら起きなかったのに、ここにきて思わず口が動いてしまった。諦め、しかし心の底では切に願っていた滅びが回避された未来に対する、どうしようもない絶望を抱えながら。

 

 彼女は、ゆっくりと振り返った。本来ならばここに居ないはずの私の存在に最初から知っていたかのように、静かに笑いかける。

 

 どこか色褪せた紅い瞳でこちらを見据え、口を開く。その答えを聞いて、私は決意したのだ。

 

 ──運命に叛逆してみせると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「──という訳で、聖堂騎士団にはしばらく活動を自粛してもらいたい」

 

「はい。畏まりました、閣下」

 

 アリウス大聖堂。

 

 美しいステンドグラスから光が降り注ぐ、神聖な雰囲気に包まれたその場所で、ニトは聖堂騎士団総長(グランドマスター)・剣持ユーグと対面していた。

 

「……随分と聞き分けが良いな」

 

「当然でございます。むしろ慈悲深く、寛大な処置に感謝します……ミカさんと共に百合園セイアさん誘拐を進言した私としては、この首を差し出す覚悟でしたから」

 

 ユーグは頭を垂れる。先日の百合園セイア誘拐計画に際して実働部隊の半数以上が聖堂騎士団であり、また総長であるユーグは誘拐を進言し、引き金を引いた形になるため何かしらの責任に問われることは覚悟していた。

 

 その結果は、活動自粛。とは言うもののユーグら主要メンバーが聖堂街外から出ることを禁じるだけであり、教義の布教活動やミサ等は今まで通り行って良いとする内容……総長の地位を剥奪されることも想定していたユーグからすれば慈悲すら感じる程に甘い処分であった。

 

「それに、現在アリウス自治区内で流れている噂は私達の耳にも入っています。“暴走した反トリニティ派がミカさんを唆し、混乱に乗じて百合園セイアさんを殺害したのではないか”と……」

 

 逆も然り。今回の一件で混乱しているのはトリニティだけではなく、アリウスもまた同様であり、大きな波紋が広がっており、情報規制が敷かれていることもあって詳しい事情を知らぬアリウスの住人の間では様々な憶測や噂が錯綜している。

 

 加えて、同時期に聖園ミカが慌てた様子で自治区を訪れていたことと、聖堂騎士団の戦闘員が多数動いていたことから、上述した噂が有力視されてしまっているのだ。

 

 ──そして、それを眉唾だと知る者も、大半がある疑念を抱いている。

 

「我ら騎士団の中に裏切り者が居るのでは。──と、閣下もお考えなのでは?」

 

「……そうだな。正直に言うと、想定はしていた」

 

「していた、ですか?」

 

 過去形なことに、ユーグは小首を傾げる。

 

「ん? ああ、言葉の綾だ、気にするな。ただ、お前達は“異端”であるオレの治世を許容し、これまでよくやってくれた。その実績から、疑うのではなく、信じるべきだと判断したまで……特に、お前のことはな、総長(グランドマスター)よ」

 

「! ふふふ……かつての()()相手に言うような言葉ではありませんよ、閣下」

 

 思わず笑みを溢してしまう。ユーグは他者の心情を読み取る能力に関しては高い方だと自負しているのでニトの一連の発言が紛れも無き本心であると悟ったが故に。

 

 かつて、ユーグは原理主義……それも“ロイヤル・ブラッド”の血統を信仰する一派だった。今は亡き“先代”の生徒会長の派閥に属し、内乱においては仲間と共に反抗戦力を弾圧していた。どっち付かずの穏健派とも何度敵対したか分からない。

 

 そんな歴代生徒会長の血統を信奉する彼女からすれば貴き血を持たずして生徒会長の座を纂奪したニトは容認出来る存在でないことは明白。にも拘わらず従っているのかと言えば、それはひとえにニトが長として有能であったからに他ならない。

 

 先代は、恐ろしい人物だった。その貴き血が証明するように気品に溢れ、賢く、そして“魔性”という言葉が何よりも似合う、()()()()()()()少女だった。

 

 これまで飢えと苦しみが絶妙なバランスを保ち、貧しくも静謐と安定が保たれてきたアリウス自治区に()()()不和をもたらし、不満を蓄積させ、不穏分子を炙り出した。とうとう勃発した内乱すらも裏でコントロールし、自らが創り出した混沌を見世物のように愉しみ、玩んだ。

 

 尤も、その先代が外からやって来た異形の大人、ベアトリーチェの手によって()()()()()ことにより、内乱は生徒会のコントロール下から外れ、泥沼化したのだが……。

 

 現代においてはアリウス内乱の引鉄を引いた戦犯扱いであり、その動機について様々な考察が成されているが、実際に会ったニトやユーグは知っている。そこに大した意図は無く、ただ停滞と静謐を倦み、好奇によるものだということを。

 

 そのような恐慌を招きながらも悪魔的なカリスマ性は損なわれず、人々を惹き付け、付き従わせた。かくいうユーグもそれに充てられ、心酔してしまった一人であった。

 

 先代の死後、生徒会長派閥の大半がベアトリーチェに取り込まれたが、ユーグは“ロイヤル・ブラッド”の信奉者として最後まで抵抗することを望み、しかし穏健派を率いる怪物──失楽ニトによって纏めて叩きのめされた。

 

 最終的に、ユーグは屈服した。あの異端の少女が成した学校という名の帝国を目の当たりにしたことで。

 

 “ロイヤル・ブラッド”が特別なのであれば、彼女もまた特別な存在なのだろう。それは圧倒的な強さを誇り、先代を殺したベアトリーチェを返り討ちにし、アリウス統一を成し遂げた時点で誰しもが認める確固たる事実なのだ。

 

 如何に貴い血が流れようと、遠く及ばない。少なくとも好奇から混沌をもたらした先代と秩序だけでなく幸福までももたらしたニトでは比べるまでもなかった。

 

 ユーグは信仰心はあるが、盲目ではない。平和なアリウスでは原理主義も形骸化し、その中で統一後初期はまだ燻っていた反骨心ある者達もその悉くが牙を抜かれた今、ニトを生徒会長として認めざるを得なかった。

 

 唯一の生き残った“ロイヤル・ブラッド”である秤アツコが政治に全く興味が無いのもある。ユーグとしては次期生徒会長として推しているのだが……ニトが有能な君主で在り続ける限り、聖堂騎士団総長として付き従い続けることだろう。

 

 ただ、憂いがあるとすれば──。

 

「して、閣下。今回の一件で分かったのではありませんか? あなた様がアリウスに居なければ、その存続は難しいと」

 

「……ほう。ヒトミでは分不相応であると、そう言いたいのか?」

 

 その問いかけに、ニトは僅かに目を細める。

 

「言わんとしていることは分かる。しかし、確かにイレギュラーはあった訳だが、判断や対応については間違っていなかった。オレが居たところで似たようなことをしたであろう」

 

「果たして、そうでしょうか? そもそも私とミカさんが百合園セイアさん誘拐を進言しなければ、あの方は閣下が戻られるまで何もしないつもりでしたよ」

 

「む……」

 

「そんな悠長にしていられる状況ではないのは誰から見ても明白であり、仮に間に合ったとしても閣下に叱責されるのは目に見えている……それを分かっていながら自らの選択を恐れ、閣下に委ねんとした」

 

「……確かに、奴にはそういうきらいがある」

 

 憂うように語るユーグに、心当たりがあるニトは何とも言えぬ表情を浮かべる。能力の優秀さに対してヒトミにはそういった欠点が存在すること自体はニトも把握していた。

 

 そして、それは単純にアリウスの命運を左右する選択を代理の立場で執行する恐れやプレッシャーによるもの……という訳ではなかった。

 

「ええ。その通りです。ヒトミさんは臣下として、副官としてならば優秀なのでしょう。それは私も認めていますが……結局のところあの方は、あなた様の“覇道”に付き従い、身を捧げることを悲願としている。未だにあの戦場で駆け回っていた一兵卒の幼子の頃と、何ら変わっていないように見えます」

 

 ユーグが知る月島ヒトミとは、それだ。まだ初等部にもなっていない幼少の頃から銃を手に取り、我武者羅にニトの背中を追っていた猟犬……何度も戦場で矛を交えたためその狂信っぷりはよく理解していた。

 

「………………」

 

「いえ、成長はしているのでしょう。あの頃と比べれば見違えるほど理性的に振る舞うようになりました。ですが、あれは閣下への忠誠心でのみ成り立っている……よって、恐れながらあなた様の後継足り得る人物だとは到底思えません」

 

「……あまり仲間を悪く言ってやるな。気持ちは分からんでもないがな」

 

「む……申し訳ありません。言葉が過ぎました」

 

 諌めれば、すぐに謝罪するユーグ。一方、思っていたよりもヒトミに対して不平不満があったことにニトはどうしたものかと顎に手を当てた。

 

(ううむ……一応、ヒトミの奴も是正しようと努力はしているが、こればかりは一朝一夕で矯正出来るものではない。後進育成に関してはゆっくり進めていくつもりだったが、今回のような重要な局面でその悪癖が発動してしまったようだな)

 

 アリウスの引き継ぎシステムはこれ以上改善する見込みも必要性も無い程に完璧に近く、しかし相応しい人材が育っているかと言われれば、疑問を呈する者が居るのも不思議ではなかった。

 

 とはいえ、ニトはそれでも然程問題無いことを知っている。それは今回の件があっても変わりはしない。

 

 何故なら──。

 

「総長……剣持よ。お前が進言しなければ、確かにヒトミは思考を放棄し、何も出来なかったかもしれない。──だが、お前は進言したではないか」

 

「……はい?」

 

「お前はヒトミのやり方に不満を抱き、進言することで奴を動かした。それで良いのだ、お前達は臣下であるが、頭の無い手足ではないのだから」

 

 むしろその在り方こそ、ニトは望んでいる。専制君主制など論外。独裁もまた発展を阻害する要素だ、ただニトがその振る舞いをしているのは、アリウスを急速に復興させるにはそうする他無かったからに過ぎない。

 

「人が人である限り、完璧な君主も、完璧な指導者も存在し得るはずがない。現に、オレも多くの失敗や間違いを犯してきた」

 

「それ、は……」

 

 咄嗟に反論しようとし、しかしユーグは口を噤む。彼女は知っていた、内戦での多大な犠牲を、その中に含まれている、()()の人物を。

 

 誰よりも強く、賢く、王者足るに相応しい存在。そのように敬愛する目の前の彼女が、()()()()()()者達は確かに存在している……そういう意味では、終ぞ解り合えなかった先代生徒会長もまたそうなのだろう。

 

 ニトは、今も忘れていないのだ。救えず、死んでいった者達のことを。

 

「オレも、ヒトミも、その後に続く者達も、きっと多くの過ちを犯すだろう……だからこそ、その時は周りが諌め、補うべきだ。その為にオレは生徒会(セプテム)に権威を与え、聖堂騎士団(おまえたち)という第三勢力の存在を容認しているのだ」

 

「…………! まさか、あなた様は──」

 

 かつてのアリウスには絶対的な存在たる“王”が必要だった。しかし、覇道の果てに待つのは、“停滞”に他ならない。

 

 如何に権威を示そうが、如何に栄華を極めようと、いずれは虚しく消え去るのが世の摂理。それは人類がこれまで歩んだ歴史が証明しており、絶対君主というのはとうの昔に過去の存在……ただ一人に権力を集中させ、依存していては繁栄も発展も著しく阻害されてしまうのだから。

 

 であれば、アリウスも行く行くはそのような絶対的な存在というのは不要になる。つまりは君主制から共和制或いは民主制への移行……一国がそこに至るには相当な時間を有するが、ニトはこれを自分の生涯の内に実現したいと思っていた。

 

 少なくとも次のリーダーは“選挙”によって選ばれることだろう。これに関しては代々血統で受け継がれるアリウスが異端であり、このキヴォトスの大多数の学園では至極当たり前の常識であるのだから。

 

 聡明が故に、その真意を察したユーグは目を見開く。それはこれまで生徒会長こそが唯一絶対の王であったアリウスでは考えられなかったことだ。

 

 ただ、不思議と受け入れられる。恐らくニトが既にアリウスの教義も、学園システムも何もかもを大きく変革してみせたからだろう。

 

「故に、剣持よ……お前はこれからもそうやって我らの間違いを正さんと動き、支えてくれればいい。アリウスの行く末を憂うお前のその感情は、正しいものなのだから。王への諫言を恐れぬ姿勢は、何よりも尊ばれるべきであるとオレが保証しよう」

 

「……支える、ですか。それはまた、困難なことをおっしゃいますね」

 

 先程まで饒舌だった声が尻すぼみになっていく。ユーグもヒトミも偉大なる王が歩む覇道に追従し、身を捧げるつもりだった。

 

 しかし、ニトは己が覇道の終端、その更に先を見据えているという事実に、如何に矮小な視点であったのかを悟らざるを得ない。

 

(まったく、敵いませんね……結局のところ依存していたのは私も同じだったという訳ですか)

 

 覇道も栄光も過程に過ぎず、どこまでも見据えているニトに感服する。

 

 だからこそ、恐ろしかった。

 

 いずれ、いつか、ニトが生徒会長を辞するという事実が。アリウスが最高の王を失ってしまうという未来が。その現実に残された自分達だけで立ち向かわなければならない……それは何と、恐ろしく、残酷なことであろうか。

 

(──そうか。閣下は、望まれておられるのだ。我らがこの虚しき世界で迷い、足掻き続けることを……)

 

 けれど、それこそが紛れも無き世の摂理なのだろう。

 

 Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 

 全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいもの──正しくそれを体現しており、アリウスの教義が真実であるということをユーグは今一度思い知り、故にこそ恐怖を覚えながらも絶望することはなかった。

 

 ならば受け入れるしかあるまい。聖堂騎士団総長として、アリウスの一生徒として、失楽ニトの臣下の一人としてこの現実を受け入れ、これまで通り歩み続けねばならないのだ。

 

 ──そう、理解しながらも是の言葉をニトへと告げることは出来ない。今こそ、しかと拝命したと高らかに宣言し、誓いを立てるべきだというのに。

 

「答えを急がなくてもいい。その迷いもまた、正しいものだ」

 

「! ……はい。申し訳ありません、閣下」

 

 そんな心の内を見透かしているかのようにニトはそう告げる。これにユーグは言葉を口に出来ぬことへの羞恥心から顔を歪め、ただただ頭を深く垂れることしか出来なかった。

 

「それと、自治区を不在にすることが多発したことについては申し訳無いと思っている。必要なことだったとはいえ、お前達を不安にさせてしまったようだ」

 

 思えば、アビドスの件がある程度片付いた後もニトは頻繁に自治区を不在にしていた。特に、ゲマトリアとの接触、及びマエストロによる技術提供に関しては機密扱いなため端から見れば不安に思うのも無理は無い。

 

 そして、前回は技術提供への対価としてマエストロを“太古の教義”の元へ案内する為のカタコンベ遠征。その隙を突くかのように起きた百合園セイア誘拐失敗と失踪……ユーグの諫言は酷く妥当なものだと言えよう。

 

「しばらくは、オレも自治区に留まるつもりだ。もし外出する際にもすぐに連絡手段を確保出来る環境にしておく」

 

 本当はマエストロの作品作りや地上駐留部隊の様子、シャーレの先生の動向など色々と気になっていたが、流石に今回の件があったここでトップが不在では更なる不安と混乱を招いてしまうのは明白だった。

 

「……しばらく、ですか? それは事態収拾の目処が立つまでという認識でよろしいでしょうか?」

 

「──いや、埒が明けるまで、と言った方が良いかな」

 

「はい……?」

 

 確認するように問うユーグだったが、これにニトは淡々とそう言い、余計に首を傾げる。

 

(そう、いずれ埒は明ける。奴が()()()()()()とやらによれば、近い内に桐藤ナギサが次なる一手を打つ……そうなった場合、否が応でも動かざるを得ない)

 

 ニトは思い出す。あの夜、行方不明であるはずの百合園セイアと語らった夢の中での出来事を。

 

 所詮は夢。泡沫の如く忘却の彼方へ追いやられるのが運命であるそれを、断片的ではあるもののニトは確かに覚えている。とはいえ常に意識していなければふとした拍子に忘れてしまう程に曖昧で危うげな状態ではあったが。

 

 そのお陰で、聖堂騎士団及びアリウス内部の反抗を疑う必要は無くなった。

 

 ──敵は、ただ一人。

 

(そして、これは単なる座興……“真なる脅威”は、全てが終わった後に降臨する。紅い空と共に)

 

 想定よりもずっと、早かった。現れる大体のタイミングが判明したのは良かったが、今から準備を急いだとしても万全を期するには到底間に合わない。

 

 最善は尽くすが、世界を滅ぼさんとする最大級の脅威相手に準備不足な状態で挑まねばならぬという事実に、ニトは頭を抱えそうになったものだ。

 

 しかし、自分達は恵まれている。セイアが観測した未来では、出現の予兆すら分からずに強襲され、対処しなければならなかったのだから。

 

(奴は言った。今回の一件も、これから続くであろう“エデン条約”を巡る争いも、全ては定められた運命へと行き着く為の()()に過ぎないと)

 

 過程は所詮過程であり、それをいくら変えようと、行き着く結果は変わらず、故にセイアはああも諦観することになってしまった。

 

 そして、そんな彼女に、逆に反骨心を思い出させた未来とは──。

 

(上等だ、上等だとも。未来だと? 運命だと? 全く以てくだらん……誰であろうと、何であろうと、立ち塞がるのであれば全身全霊で叩き潰すのみ)

 

 アリウスの為に。

 

 悲劇的な未来を知ったところでニトは変わらない。変えようとも思わなかった。

 

 ただ、彼女はひたすらに進み続ける。そこに待ち受けるのが如何なる未来であろうと、足掻き続け、その果てに朽ちようとも決して後悔することはなく、きっとそれはどこかの未来で荒野に立つ“墓守”も同じだろう。

 

 けれど、願わくは。

 

『──どうか、あまねく奇跡の始発点へと』

 

 電車の中で、血に塗れた少女が呟いた。





先代アリウス生徒会長
 退屈だったから意図的に内乱を誘発させた狂人。邪悪であると同時に無垢、魔性と称するに相応しい人物であり、混沌を招きながら天性のカリスマだけで生徒会と派閥を掌握し、多くの者を心酔させたらしい。
 当初、ベアトリーチェはロイヤル・ブラッドである彼女を捕らえ、傀儡にしようとしたが、その狂人っぷりから支配は不可能と判断して自ら始末した。
 ヘイローが破壊され、次の王に看取られ、死ぬ瞬間まで彼女は己が招いた喜劇を愉んだ。

ヒトミとユーグの関係
 元敵同士。そりゃ仲が悪いわな……

とある未来
 何もかもが間に合わなかったけど、めっちゃ死にながらもめっちゃ頑張って全員一切合切ボコボコにして救われちゃった世界。
 救われてしまった。
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