アリウスの王 作:大嶽丸
夜の王を狩ってました。
怒涛のオリキャララッシュ。
アリウス分校・生徒会室。
その中央に鎮座する大きな円卓を、複数の人影が取り囲んでいた。
「……閣下は、まだおいでにはなっていないか」
黒淵の眼鏡を掛けた、絹のように白いロングヘアが特徴的な少女が最奥の空席を見据えながら呟く。
──月島ヒトミ。
副会長、及び内務部門統括。
「あれ? いつも一緒に来るのに……流石に
「…………」
「シカト? 悲しいなぁ」
そんな彼女に対し、対面に座り頬杖を突く少女が愉しげに問いかける。
真っ赤に染まった頭髪をショートカットにしており、ニヤニヤと子供っぽい笑みとは裏腹に目付きは鋭く、縦長な瞳孔は爬虫類を思わせた。
──赤星サリア。
会長補佐、及び防衛部門統括。
「あんなこと……例の件に関して言っているのであれば、会長補佐であるサリアさんがとやかく言えないのではありませんこと?」
「あ、バレた? 痛いとこ突かれちゃった。えへへ」
「……相変わらず他人を揶揄うのが好きなようで何より。ですが、曲がりなりにも生徒会の一員なのですから、少しは分別を持ってくださいまし」
「へいへい。真面目だねぇ、ナナヤは」
その様子を見て腰から白い翼を生やした、しっかりと整えられた茶髪の少女がこほんと咳払いし、更に言葉を続けようとするサリアに対して呆れの入り雑じった表情を浮かべながら咎める。
──笛木ナナヤ。
書記、及び法務部門統括。
「け、喧嘩はしないで……うう、怖い……」
一方、見るからに気弱そうな薄い緑色の頭髪に垂れ下がった犬のような耳が特徴的な小柄な少女はブルブルと震えながら縮こまっていた。
──水無ヨモギ。
会計、及び財務部門統括。
「ったく……こっちは聖園ミカへの対応で大変だったのに、呑気なモンだぜ。今までは暇だったのに急に忙しくなっちまった」
そうぼやいたのは、黒のメッシュの入った金髪の少女。尖った耳を弄りながら背凭れに体重を預け、気だるげにしていた。
──阿在瀬カペラ。
広報、及び外務部門統括。
「………………」
その隣で短く切り揃えた銀髪の少女は能面のような無表情を浮かべ、彼女達の会話には興味無いのか天井をただ見つめている。
──雷同レミ。
環境部門統括。
「というか、もしかしなくても私達が集められたのはその例の件とやらに関することでしょう? ハァ……面倒臭いわね」
最後に、膝辺りまで長く伸びた青みが掛かった黒髪を一本に束ね、ホーステールにしていた痩せ型の少女が溜め息混じりにそう言いながら卓上に置かれたクッキーやチョコレートといった菓子類の盛り合わせへと手を伸ばす。
──霊群イツカ。
農商部門統括。
円卓を囲う七人の少女達は何もかもがバラバラな印象を受けるが、共通点として皆がアリウスの白い制服を身に纏っており、また胸元には王冠を象った徽章のようなものを付けている。
彼女達こそが、“セプテム”。
アリウス分校生徒会幹部にして自治区の中枢を担う各主要な部門の統括。現生徒会長によって権威を与えられた生徒達だった。
「……面倒臭いなどと、あまり滅多なことを言うものではありませんよ、イツカさん」
「あー? だって本当のことだもん。そもそも話し合ったって結局のところ対応するのはあんた達で私ら農商部門や環境部門がやることなんて特に無いし。ねぇ、レミ?」
「……概ね同意」
注意するナナヤにイツカは歯に着せぬ物言い。同意を求められたレミもこくりと頷く。
「にしても、これでトリニティとの融和がおじゃんになっちゃったら、どうしたものかしらねぇ……行く行くはこっちも農作物とかを輸出して貿易しようとか思ってたのに」
「ト、トリニティの紅茶とお菓子……美味しかった。もう食べられなくなっちゃうの? 残念……」
「まだ決まった訳じゃあないわよ。ミカさんの様子はどうだったの? カペラ」
「うーん……伝えた時は相当パニクってたが、閣下が対応したらとりあえずは落ち着いたように見えたな。恐らく依然として
外務部門統括であるカペラは他のアリウス生と比べてもミカと関わることは多く、またミカは地上駐留部隊を除けば初の直接的な外交相手でもあった。
「……流石閣下」
「ほんとね。聞けば聖堂騎士団の連中にも直接話をつけたらしいじゃないの。予期せぬ事態だったはずなのに手早く動いていらっしゃる……私達だけじゃてんわやんわだったってのにねぇ」
「うぇ、こっちを視ないでよ。あの方と比べられちゃあ堪らないっての」
じろりと当時のトップとNo.2へと視線を向ければサリアは肩を竦めながらそう言い、ヒトミは顔をしかめつつもただ黙るのみ。
ヒトミが無口ではなく、むしろナナヤに負けずと口煩い方であることを理解しているイツカは、いつものように言い返して来ないのでつまらなさそうに鼻を鳴らす。
今回の失態が、余程堪えたのだろうか。
「ま、ミカさんがまだ味方なら、万が一トリニティと戦争になっても問題無さそうね」
「む……戦争など有り得ません。絶対に回避すべき事態ですの」
「もしもの話よ。それに、有り得ないってことは有り得ないでしょ? 平和主義なのは良いことだけども」
「ですが……!」
戦争、イツカがぽつりと漏らしたその単語にナナヤは機敏に反応する。彼女としてはかつてのアリウス内乱の光景が脳裏に過り、その二の舞だけは何としてでも避けたい事柄であった。
「静粛に。──閣下が、おいでになった」
その時、ヒトミが沈黙を破る。それから僅か数秒後に生徒会室の扉が開かれた。
「……皆、揃っているようだな」
──失楽ニト。
生徒会長、及びアリウス自治区総督。
彼女の姿を視認すると同時に、セプテム一同は立ち上がって敬礼する。先程までの雰囲気は微塵も無く、不動の姿勢を維持していた。
これにニトは敬礼を返し、手で座るように促し、自らも円卓の最奥の席へと付く。
「──さて、では早速話を始めようか。我らアリウスの今後について」
悠然と、そう告げた。
トリニティとの“融和”──。
それは当初ベアトリーチェという脅威の存在から、長期的に行っていく予定だった。
しかし、百合園セイア誘拐失敗によりそうも言っていられなくなり、急進的な手段を取らざるを得ない状況と化してしまった。
「今後の方針は、主に二つ」
大まかな概要を改めて説明し、早速とばかりにニトは切り出す。
「まず一つは、トリニティの首のすげ替え。ホスト代理を務めるフィリウス派首長・桐藤ナギサを排除し、聖園ミカをティーパーティー現ホストへと就任させる。そして、我らアリウスがパテル派の武力に加わることで融和を円滑に進めていく」
「つまりは“クーデター”……ということですか?」
「ああ。そうなるな」
淡々とニトは告げる。それは一番手っ取り早い方法でもあった。
「ふうん……やっぱりそうなっちゃうか」
「……その、お言葉ですが、閣下。どうにか穏便に済む方法はありませんの?」
これに既に想定していたイツカは目を細め、ナナヤは歯噛みしながらそう具申する。しかし、内心その意見は否定されるだろうということは理解していた。
「残念だが、オレ達は既に先手を打たれた形になる……もはや無血、というのは不可能だろう」
その予想通り、当然の如く否定される。百合園セイアが失踪した時点でアリウスが取れる選択肢は限られ、融和を推し進めるのであれば、どう転ぼうと
「現在、桐藤ナギサは友人を失い、相当な疑心暗鬼に陥っている。エデン条約締結を間近に控えていることもあって、“裏切り者”排除に躍起になるはずだ……そうなると実力行使でなければ聞く耳を持たん」
「ッ……左様ですか」
「私は賛成ですよ。前回は怪我人こそ出ましたが、我が兵は正義実現委員会を相手に誰一人欠けることなく帰還している……当時エースである剣先ツルギは不在でしたが、それを加味しても主力部隊を投入すれば戦力的には問題無いかと」
肩を震わせて俯くナナヤとは対照的にサリアは特段気にすることなく同意を示す。
誘拐作戦は失敗したが、それでも得られたものは確かに存在し、特に戦闘データという副産物は大きかった。
「そりゃ楽観的が過ぎるぜ、サリア」
「およ?」
「ゲヘナの空崎ヒナやアビドスの小鳥遊ホシノ、ミレニアムの美甘ネルといった各学園のトップ連中からしてみれば自分以外は有象無象。戦力差などいくらでも覆せるバグった連中なんだ」
そんな物言いに、カペラが警告する。
「特にトリニティは層が厚い。その剣先ツルギだけでなく、救護騎士団長の蒼森ミネもかなりの化け物だ。尤も、最強の一角である聖園ミカはこちら側なのは幸いだが……」
「分かってるって、安心してちょ。それらを考慮した上で、閣下は決断したんだし。──ならばアリウスの牙であり、爪であり、剣であり、炸薬である私達は、相手が何であろうが勝つ。それ以外に選択肢なんて存在しない。あっていいはずがあるまい」
「……そうかい、頼もしい限りだ。軍司令官殿」
途中から気の抜けたその笑みを消し、力強く宣言するようにサリアは言い放つ。それこそが彼女の本質であると言わんばかりに。
これにカペラは退くしかなかった。
「普段から、あんなだと良いんだけどねぇ」
「い、嫌……あのサリちゃん怖いもん」
ぼやくイツカと怯えるヨモギ。
「クーデターに関しては、ティーパーティーの動向を監視しつつ、決行のタイミングを見計らう。実行部隊はベータ隊、ガンマ隊、そして“親衛隊”が担う予定だ」
「……親衛隊を動員するのも驚きですが、そういうのはスクワッドが適任なのでは?」
「スクワッドには別の作戦を担当してもらう。二つ目の方針……クーデターが失敗した場合、我らは
『!?』
その言葉に、ヒトミ以外の全員が目を見開く。
程なくして各員に資料が配られ、そこには作戦に関する詳細や一部には秘匿されていた情報の数々がこれでもかと記されていた。
戒律の守護者。
ミメシス。
ゲマトリア。
そして、ベアトリーチェの暗躍。
これから幕を開けるのは、トリニティとゲヘナの二大校、そして連邦生徒会を巻き込んだ、このアリウス分校の“未来”を賭けた壮絶な戦いであるということを、彼女達は知るのだった。
「流石だね、アリウスの王」
セイアは視ていた。
現在という名の過去を、現在という名の未来を。彼女の期待通りにニトは己が告げた事実を断片的ながらも覚えており、それに抗うように行動している。
「ミカのクーデターはこちらが誘導したが、やはり調印式襲撃、及び“戒律”の書き換えに関しても変わらなかったか。当然だ、彼女にとって何より優先すべきはアリウス……その磐石をより強固に、堅牢にする為ならば何だってする」
けれど、着実に変化が生じている。水面へ小石を投げ入れるに等しい僅かな揺らぎであるが、しかし事態は確実に好転していた。
このキヴォトスにとって失楽ニトという存在は特異点であり、事前知識を得た彼女の行動は定められた運命の流れを大きく乱す。少なくともセイアが知る未来よりは、これから起きるエデン条約を巡る争いは、平和的な結末を迎えることだろう。
「とはいえ、“災厄”の到来は免れない。いくら悲劇を防ごうと、諍いを減らそうと、辿り着く結末は変わらず同じ。強いて言うならばあの“舞台装置”たるベアトリーチェが行う儀式を未然に防ぐことでこの時間軸は“色彩”との接点を失うが──」
いや、きっと、そこだけは変わらない。
静かに目を伏せる。既に幾度も足掻いたが故の諦観であり、確信であった。
「それに、彼女でなくともまた別の誰かが呼び寄せる……砂狼シロコのように絶望した生徒か、それとも地下生活者辺りの狂人か。──そうだろう?」
唐突に、セイアは問いかける。
揺れる電車の中、眼前の座席に座る一人の少女へ向けて。
「……貴女は、既に知っているのでは?」
「観測しただけさ。君のように実際に経験した訳ではない……尤も、こうも影響されているのだからあまり変わらないのかもしれないがね」
「やはり貴女は、数ある並行世界の未来をも予知夢として観測しているのですね。私の知る貴女に宿った“神秘”は、そこまで強力なものではなかったはず」
「みたいだね。私としては、この異能を失った時間軸の私が恐ろしく、また羨ましく思うよ」
未来が視れなくなるなど、想像も付かない。きっと、立って歩くことすらも儘ならなくなるのではと怯えると共に、残酷な運命の流れに縛られずに済むことに対して強い羨望があるのもまた事実だった。
「だが、そのお蔭でこうして君と出会えた。よもやこんなところに閉じ籠っているとは」
「……私は失敗しました。だから、あの人に後を託し、委ねました。もう二度と表舞台に立つつもりはありません」
「ふむ……シャーレの先生か。彼もまた、特異点なのだろう。実際私が垣間見た未来を変革してみせた時間軸も存在している」
「! ──そうですか。それすらも既に視えているのですね」
ここで初めて少女が驚きの感情を見せる。
「君が待ち望んでいる未来……運命に打ち勝ち、滅びを乗り越え、あまねく奇跡を起こした。それは“始発点”に過ぎないが、闇に堕ちた生徒すらも救った、何ともまあ希望に溢れた、実に素晴らしいハッピーエンドだった」
「……でしたら」
「──だが、そこに彼女は、失楽ニトは居ない」
イレギュラー。
果たして、それは誰にとってだったのか。
「それでは駄目だ、論外だ。君には悪いが、到底認められるようなものではない」
「フフッ……驚きました。貴女が彼女に対してそこまでの感情を抱いているとは。随分と影響を受けてしまったみたいですね」
少女は思わず笑みを溢す。セイアの表情は変わらず、平坦なままだ。
「当然だろう。彼女は、
「────」
ただ一言。そう告げれば、少女の笑みは消え、まるで茫然としたかのように目を見開いて固まる。
一体、何を思ったのか──。
「そう言う君は、あまり良い感情を持っていないようだ。幾星霜も
「……意地の悪い方ですね。もう一度言います、貴女は既に知っているのでしょう。私が経験したことなど、とうに」
一瞬顔をしかめ、すぐに自嘲気味に笑う。これまでの失敗や間違い、それによって起きてしまった悲劇も、とうに過ぎ去った可能性すらも、すべて見透かされてしまっているのであれば、きっと敵意を抱かれてもおかしくはなかった。
何度、道を違えたか。何度、衝突し合ったか。
彼女にとってアリウスの王は、失楽ニトという異邦人は、己が理想の忌むべき障害であり、異分子であり、“敵対者”であったのだから。
「私では、無理でした。私では、駄目だったのです……結局のところ私は、何も理解出来ていなかった」
「だから、諦めたと?」
セイアは冷たく問いかける。
「はい。──ですが、それでも私は、どうやら“より良い明日”を求めるのを止めることが出来ないみたいです。“あまねく奇跡の始発点”……それよりも更に、ずっと、より輝かしい未来。あの人なら、きっと……」
「シャーレの先生は、ただの人間だ。全知でも全能でもなく、神の子でも救世主でもない。間違いを犯してしまう未来もある……それでも、君は彼に何もかもを託して、その輝かしい未来とやらを成し得ると言うのかい?」
「ええ。信じていますから」
力強い宣言に、セイアはきょとんとする。そこには強固なまでの信頼が存在し、微塵の疑いも存在していなかった。
「貴女も信じているのでしょう? 彼女のことを」
「……ああ。そうだとも」
するとセイアは少女へと背を向ける。
「話せて良かった。改めて、決意することが出来た」
「……もう行くのですね」
「ああ。たとえ全てが虚しくとも、私は運命に抗い、精々足掻き続けるとしよう」
セイアの姿が消える。
現実へと戻ったのか。それともまだ微睡みの中を彷徨い、無数の未来を観測し続けるのか。
いずれにせよ、彼女は茨の道を歩む。自らの意志で、自らの選択によって。
「……羨ましいですね、本当に」
残された少女は再び訪れる静寂の中で、どこか呆れるように呟く。
脳裏に過るのは、いつかの追憶。
「私が思い描く未来を、さも平然と打ち砕く貴女のことが、心底嫌いでした。そうでありながら、私では救えぬ者を救っていく貴女のことが、実に妬ましかった」
そう淡々と口にする。けれど、その表情はどこか穏やかな笑みのように見え、しかしその胸中はぐちゃぐちゃにねじ曲がっていた。
彼女にとって、失楽ニトとは──。
「……先生。どうか、お願いします」
ただ願い、祈る。
表舞台から去った彼女には、もはやそれしか出来ないのだから。
???「こいつ私のチャート破壊しまくるから嫌い」
セプテムの面子は全員天使モチーフだったりする。