アリウスの王 作:大嶽丸
実はパヴァーヌ編もやるつもりだったけど百合園ボンバーと同時並行になるし色々考えて断念しちゃった。内心ちょっと未練があったり…
キヴォトスの住人は、大きく三種類の人種に区分される。
まずヘイローを有し、その身に“神秘”を宿す生徒。容姿に限れば通常の人類と然して変わらない、キヴォトスで代表的な人種と言えよう。そこから角付きや羽付きといった身体的特徴で更に細分化されるが、今回は割愛しておく。
それから森から飛び出してきたような犬や猫といった動物の姿をした“獣人”とも言うべき者達。
そして、身体を機械で構築したロボット、オートマタ達……彼らは当然の如く人権を有し、このキヴォトスにおいて明確に“人類”、及び一個の“生命体”として定義付けられている。
キヴォトス人からすれば今更説明する必要など皆無な、当たり前の常識であるが、外から来た者……少なくとも失楽ニトにとっては驚くべき事実であり、アリウスから地上へ出て彼らを目撃した際には目を疑い、腰を抜かしそうになるくらいにはたまげた。
特に、ロボットに関しては彼女の価値観では人類はおろか生命体と認めることさえ受け入れ難く、大いに困惑した。確かに固有の自我を有しているようだが、よもや過去にシンギュラリティが起きてロボットの反乱でもあったのだろうか。そんな妄想を口にすれば、ミカが腹を抱えて笑った。
かといって普通に自我の無い機械やプログラムされた
それはさておき、そのような機械群が人として、生命として認められているのだ。
つまりこのキヴォトスの価値観においては、世界を滅ぼす為に造られた、人と変わらぬ姿をした
「光よ!!」
轟音と共に、爆発が起きる。
抉れた地面。立ち昇る煙。爆心地には黒焦げになって気絶しているスケバンの群れ……知らぬ人が見れば、この有り様がたった一発の
「……凄まじい威力だな」
その瞬間を間近で見ていたニトは感心した様子で呟く。
レールガン、という奴だろうか。ニトの知る知識では実用化したものでも戦艦に搭載するような代物であり、実際に目の前の
「大丈夫ですか?」
「ああ。すまないな、助かったよ」
「怪我が無くて良かったです! パンパカパーン! アリスは突発クエストを無事完了しました!」
見る限り100㎏を優に越える鉄塊の重量をまるで気にしていない様子で少女はこちらへ駆け寄り、手を広げて大袈裟に喜ぶ。
ミレニアム自治区。
このキヴォトスにおいて最先端、最高峰とも言うべき科学技術が総結集されている自治区であるが、ここもまたキヴォトス。D.U.がそうであったように不良は当然の如く蔓延っており、またもやニトは絡まれて金銭を要求されてしまう。
どこもかしこも治安が悪過ぎると辟易しながら仲間を呼んで続々と現れるスケバン共を軽く片付けていたところを、目の前の少女が突撃してきた次第である。
「にしても……ふむ、成程」
「?」
「いやなに、よく笑う娘だと思っ──」
その時、少女が瞠目した。
「危ないです! 避けてください!」
「ん?」
ゴンッ!! と後頭部に衝撃が走った。
「へ、へへ……どうだッ──」
「……ほう。逃げれば良いものを。何をするかと思えば、勇敢なことだ」
「はぁッ!?」
物陰に隠れ、隙を突いて金属バットをフルスイングしたスケバンは、しかし後頭部に直撃したにも拘わらず微動だにしない鉄人に目を見開く。
一方、スケバンの一人が隠れていることにもこちらへ接近していることにもとっくに気付いていたニトは先程のレールガンの威力を見ていながら逃げずに何をするのかと放置していたが、あまりにも無謀な行動に呆れを含んだ笑みを浮かべる。
「ヒッ──」
とんでもない化け物に喧嘩を売ってしまった。スケバンは今頃になってそれを悟り、怯えた様子で金属バットを投げ捨て逃げようとするも、次の瞬間には視界が空を向くと同時に体が宙を舞っていた。
「────」
その光景に、少女は圧倒される。
「す、凄いです! 見事なアッパーカット……もしかして昇龍拳コマンドが使えるんですかッ!?」
「……コマンド?」
「アリス驚きました! 村人Aではなく武闘家のジョブ持ちだったのですね!」
「……ああ。アレか、もしかしてテレビゲームで例えているのか? すまんな、恥ずかしながらそういうのはあまりやったことが無くてな」
興奮した様子の少女が口にする独特な言い回しにニトは首を傾げる。
それが所謂テレビゲームというジャンルの中で登場する用語であるということは理解していたが、娯楽の少ないアリウスで暮らしていた彼女には縁遠いものであった。
「本当ですかっ!? それは大変です! ゲームをやらないだなんて人生の半分、いえ99%以上も損してしまっています!」
これに少女は信じられないといった様子だった。
「そんなにかね?」
「はい! だってアリスは色んなゲームに出会えたお蔭で、こんなにも楽しく過ごせていますから!」
大袈裟な反応に苦笑いを浮かべながら問えば、満面の笑みでそう返ってくる。どうやら
「フッ……そうか。それは良かった」
──そう、たとえ生命体でなくとも、彼女には間違いなく
ニトは、静かに笑う。
「……あれ?」
するとどうしたのか。それを見て、少女は不思議そうに首を傾げる。
「もしかして……あなたは、実は武闘家ではなく“魔王”なのですか?」
「……何?」
思わぬ問いかけに、ニトの表情が固まる。
魔王。その起源は仏教用語であり、俗な用法にはそのまま悪魔や怪物といった人ならざる者達の王を意味し、そして少女が度々口にするテレビゲームの世界観において主に用いられる意味合いは──。
「あっ、いえ……アリスは一体何を……?」
対して、少女は自身が口にした言葉に困惑している様子だった。
「すみません! 恐らくなのですが……先程のチビメイド先輩に勝るとも劣らない“邪悪な笑み”を見てしまい、アリスは誤作動を起こしてしまったようです。あらゆる可能性を思案した結果そうとしか……」
「……そんなに酷かった?」
「はい! とても悪そうでした! それにチビメイド先輩よりも威厳やカリスマがあるように感じました!」
何となしに笑っただけなのだが、それを邪悪とまで言われてしまい、ニトはシンプルに傷付く。実はアリウスの面々にもそう思われているのだろうか。
しかし、少女は気付いていないのか、或いはまだデリカシーというのを理解出来ていない年頃なのか自らの率直な感想を一切オブラートに包まずに表へと出す。
「そ、そうか……まあ確かに“王”、ではあるが……」
「何と! 王様だったのですね! 120ゴールドの軍資金しかくれないあの!」
「……まあ、そんな感じだ」
流石にそこまでケチではないもののアリウスはわりと貧乏なので何とも言えない表情をする。
「その……本当にすみません。見ず知らずの人に“魔王”だなんて……自分が嫌なことは人にしてはいけないって先生に教えられていたのに……」
すると再び謝罪の言葉を口にし、しょんぼりと少女は俯く。どうやら傷付けるようなことを言ってしまったという自覚はあるようだ。
「……口振りから察するに、君は魔王呼ばわりされるのは嫌かね?」
「? はい。その通りです」
「ふむ……良ければ理由を訊いても?」
ニトは問う。少女を見据えるその眼は、まるで見定めているかのような──。
「アリスのジョブは、“勇者”ですから。いえ、本当は違うのだとしても……世界を滅ぼす“魔王”だとしても……私は、“勇者”に
それは硬い決意だった。
自らの宿命に、
かつての彼女ならば挫折したのであろうが、多くの者に支えられ、成長した今の彼女はきっと、その歩みを止めることはない。
「ク、クク……そうか。そうだな、結局のところ決めるのは己自身だ。己が望み、納得して選んだそれは、生まれついての宿命や立ち塞がる障害程度で諦めるようなものでは決してあるまい」
その表明に近い返答を聞いたニトは見事だと言わんばかりに頷く。
他ならぬ彼女もまた、誰に強いられる訳でもなく自ら望んだからこそアリウスの為に戦い、生徒会長となり、今ここに立っているのだから。
「──であれば、“勇者”を目指す君の往く道を、オレは祝福しよう。たとえ全てが虚しく終わろうとも」
そう言い、ニトは少女の頭を撫でる。
「……? よく分かりませんが、ありがとうございます! パンパカパーン! アリスは王様からバフを貰いました!」
急に頭を撫でられ、アリスはきょとんとするもすぐに嬉しそうにそう言って笑った。
「──は! そうでした! アリスはモモイ達とゲームセンターで遊ぶミッションの最中だったことを思い出しました! もう行きませんと!」
そして、唐突に自分の現在の目的を思い出す。向かっている途中で銃声を聞き、ニトの所へと駆け付けてそこからずっと立ち往生してしまっていた。
「ふむ……では、お別れだな」
「はい! 残念ですが、ここで一時パーティー解散です! 良ければ今度時間があったらこの近くのゲームセンターに来てください! アリスのお気に入りのゲームを布教します!」
「……ああ。楽しみにしておこう」
少女は急いで路地裏の外を目指す。ニトはそんな彼女の背中を見送り、真反対の方角へと歩き出した。
「──さらばだ、天童アリス」
「……え? あの、何故アリスの名前を──」
思わず少女──“天童アリス”は足を止める。下の名前は先程から一人称で散々口にしていたが、姓に関してはそもそも名乗ってすらいなかったはずだ。
振り返ってみたが、既にその姿は無かった。
「さて……今のは君の差し金かね?」
『………………』
路地裏を進みながら、ニトはいつの間にか自身の背後で飛行している小型のドローンへとそう尋ねる。
返答は無く、しかし無言こそが肯定の意だった。
『あなたの見解が聞きたい』
ドローン、正確にはそれを遠隔で操作している人物はその質問に答えることはなく無く、女性の声でただ淡々とそう言った。
「……結論から言うと、あれは
名もなき神々の王女……アリウスの古文書においてもその存在は示唆されており、それはミレニアムの廃墟で眠っていた。
笑えぬ話だ、自身の知らぬ内に一歩間違えれば世界が滅びていたかもしれないなどと。
『なら……』
「──だが、芽を摘まぬ理由にはならん」
『…………ッ!』
“鍵”は、まだ存在している。であれば、またいつ起動してもおかしくはない。
たとえ本人が望もうが、望むまいが、それが存在理由である限りふとした拍子に再び牙を剥く可能性は充分にあった。
であれば、そうならぬ前に葬ってしまった方が世界にとっては都合が良いだろう。それが如何に残酷で悪逆であろうと、必要とあればニトという少女は選択する。
「オレは殺せる。一片の迷いも無く」
ニトと、ドローンを操る人物と違う所があるとすれば、そこだろう。
「では、君はどうかね? 実際に接し、対峙して、失敗した今、君はどう思った? ビッグシスター」
『……私は、あなたの言う通り失敗した。それは私の決断が間違っていたことを意味する。──だから、私は“あの子”をまだ見定めたいと……信じたいと、考えている』
「ほう……?」
絞り出すように語る。信じたい、と……彼女のその
『この考えは、合理的ではないのかもしれないけれど……私はあなたのその意見には賛同出来ない。だから、あなたが彼女を抹殺するというのなら──』
「フッ……安心したまえ。元よりそのつもりはないさ」
ドローンから発せられる、深刻そうな声に、ニトはそう笑い飛ばす。これにドローンを操る人物は怪訝な反応を見せる。
「しかし、そうか……初めて会った際はとんだ堅物だと思っていたが、随分と絆されてしまったようだな? いや、元より君は迷っていた。ならばこうなることは当然の帰結か」
合理主義を極めたマキャベリスト。然れど、その根幹を成すのは紛れも無く善なるものであり、また純粋であるといった印象をニトは受けた。
だからこそ、彼女は最後まで
それは指導者としては甘いと言わざるを得ないが、人としては尊ばれるべきことだった。故に、その在り方をニトは決して嗤うことなく、むしろ愛おしく思った。
願わくは、彼女のような人間が手を汚すようなことが無いように。
『……あなたは』
「今回の件に関してオレは蚊帳の外、単なる部外者に過ぎん。であれば、調月リオ……君が悩み、迷い、そして否定され、その果てに辿り着いた答えを、オレは尊重するとしよう」
ニトがそう答えれば、ドローンを操る人物……
そして、同時に嬉しく思う。最初から最後まで彼女は誰からも否定された己を否定することなく肯定してくれた。
「──オレも君のように見定めることにする。だが、もしものことがあれば取り返しの付かなくなる前に、終わらせる……それで構わんな?」
『……ええ。その時は私も、改めて覚悟を決めるわ。機会を与えてくれて、ありがとう』
こうして、二人は密約を交わした。
時は過ぎ、現在。
──面倒なことになった。
会長室にてニトは、つい先程上がってきた報告を前にどうしたものかと思案しながらデスクに頬杖を付いていた。
「アビドスにミレニアム……その次は、トリニティか。仕事熱心なことだな」
先日、シャーレの先生がトリニティへと派遣されることが決まった。それは桐藤ナギサ直々の要請らしく、ミカも完全に寝耳に水であったようだ。
ここにきて更なる不確定要素の追加。思わぬ一手を打たれたニトはやはり一筋縄では行かぬかと険しい表情を浮かべる。
(ふむ……桐藤ナギサにしてやられたな。シャーレとは、調印式で相対する想定だったが、ここで参戦させられては計画が大幅に狂う)
クーデターが成功した後であれば、連邦生徒会が介入しようと後手に回るのでどうとでもなる。その間に目的を達成すれば手を出せなくなるのだから。
然れど、この時点でのシャーレの介入はクーデターの成功確率が低下するだけでなく、成功したとしても連邦生徒会側が警戒して調印式が中止されかねない。
(そうなれば、当初のプラン通りアリウスとトリニティとの融和で“第一回公会議”を再現することになるが……確実性は薄い。少なくとも調印式に関しては百合園セイアからお墨付きを貰っている)
無論、あの未来を悲観する少女の言葉を完全に信用した訳ではない。彼女が思い描く未来の為に虚言でこちらを惑わしている可能性も有り得る。
ただ、百合園セイアには諦観とはかけ離れた覚悟と執念があった。ニトとしてもそれが“アリウスにとって最善”であると考え、今回の計画を練ったのだ。
となると、より安牌なのは──。
「──ううむ、こうなってくるとオレが直接赴いて判断したいが……剣持にああ言った手前なぁ……」
あのシャーレの先生を相手取るとなれば、ミカ達では手に余るかもしれない。そう考えるも、百合園セイアでの一件があった今、再び自治区を不在にしてヒトミに代行をやらせれば不安を招いてしまう。
とはいえ先日ミレニアムで起きたある出来事を顧みると、やはりこういったことに関しては己自身が動くべきだとも思った。調月リオから聞かされていた“ AL-1S”に関してニトは気になっていたもののトリニティでのゴタゴタもあってミレニアム駐留部隊に監視させるのみで静観に徹していた。そもそもミレニアムは他の自治区と比べてセキュリティや監視の目が厳しく不用意に動けないのもあったが。
故に、事の仔細を知った際には心底驚いた。シャーレの先生が尽力したことで事なきを得たが、下手すると自分の知らぬ間に世界が滅ぶ羽目になっていたというのだから。
因みにどうやらゲマトリアの面々は観測し、把握していたらしい。シャーレの先生の活躍をそれはもう愉しげに語る黒服の姿に僅かな苛立ちを覚えたのを思い出す。
「……お忍び、ということにするか。トリニティ内であれば連絡さえ取れればすぐに戻れる」
結局、悩んだ末にニトは自ら動くことにする。ユーグの言う通り王としては玉座でどんと構えてもらっている方が臣下も民も安心するのであろうが、それが悪手になっては元も子も無く、また元より一つの場所に留まるのは性分ではなかった。
それに、シャーレの先生という不確定要素を相手取るには万全を期す必要がある。今回の計画はアリウス、延いてはキヴォトスの命運に繋がる重要なものであり、失敗は許されないのだから。
思い立ったが吉日とばかりに、ニトは腰を上げる。それは、一見すると正しい選択のように思えた。
しかし、
「よもや、こうなるとはな」
少し先の未来。
やはりと言うべきか。端的に言うと、状況はニトが当初思い描いていたシナリオから大きく外れ、完全に予期せぬものとなってしまっていた。
その原因があるとすれば──。
「お前は一体どうしたい? 白洲アズサ」
「…………私は」
問いかけが、空間に響く。
かつて勇者であらんとする少女に魔王と揶揄された愉しげな笑みを浮かべるニトの視線の先には冷や汗を流し、緊張した面持ちの少女が立っていた。
“和解の象徴”であるはずの少女には怯えと畏怖が存在し、また眼は迷いに満ちている。まるで裁判にかけられた罪人のようであり、裁判官であるニトは自らの計画を大きく狂わせることになったこの少女の言葉をただ待つ。
そこにある感情は──。
アリスに関してはわりとドライなニトちゃん。
いつの間にかビッグシスターと繋がってたことなってるけどその経緯についてはまた後々…