アリウスの王 作:大嶽丸
アリウス新章ってマジ? 内容次第ではちょっと歴史改変するかも。ハーモニカちゃん気になる
かつてのアリウスでは、何かを
全てが虚しい──それを体現するかの如く貧しく、飢え、奪い合い、傷付く。憎しみと苦しみに満ちたそこは、とてもではないが“学校”などと呼べるような場所ではなかった。
そんな場所で学べるものがあるとすれば、それは“戦う術”に他ならない。銃の撃ち方、爆弾の使い方、罠の仕掛け方、敵の倒し方、etc、etc──それらを見て、或いは経験することで学習した者は自らの仲間にそれを教授する。
何故ならそうしなければこの地獄を生き抜くことなど出来やしなかったのだから。
──白洲アズサもまた、その一人だった。
けれど、そんなアリウスは変わった。
内乱は終結し、自治区は統一された。そこから僅か数年足らずで厳しい環境も大幅に改善され、ありとあらゆるシステムは改革され、正しき学舎へと戻ったそこでかつて無知だった子供達は多くを教えられ、そして多くを学べるようになった。
多くの選択肢も与えられた。かつてのように戦わなければ生き残れない世界では無くなったが、それでもアズサはアリウスの兵士として戦う術を学び続けることにした。今更生き方を変えられるほど器用ではなかったが故に。
ただ、変わったことがあるとすれば、生きる為に学ぶのではなく
それは決して苦痛ではなかった。それどころかサオリ達や同じ志を持つ同胞達と訓練する日々は充実し、楽しくさえあった。
アズサは知らなかった。飢えず、苦しまず、このような満ち足りた世界が存在することを。
何より感銘を受けたのは、この世界を変えた者──偉大なる生徒会長・失楽ニトが提唱した教義だった。
より良い明日を。全ては虚しいが故に
虚しいからこそ、今を懸命に生きなければならない。たとえその果てが無意味で無価値な終わりであろうと、それは今この瞬間を諦める理由にはならず、むしろ現状を打破すべく新たな意味と価値を創造し続けなければならない。
これまでのアリウスの教義を覆すような解釈に多くの者が困惑したが、アズサは別の意味で衝撃を受けた。
それは、正しくアズサの生き方そのものであり、彼女が抱いてきた疑問への答えだったのだ。
──嬉しかった。
今までずっと、誰からも理解されず否定され続けてきた。そもそも疑問に思う者すら居らず、誰も彼もが虚しいからと自由を奪い、憎しみ合うことを強い、或いは強いられて、あのサオリですらも異質な者を視るような眼をした。
それでもアズサは己の思想を疑うことも、曲げるようなこともせず、これからもするつもりは微塵も無かったが、実のところ己はそれが本当に正しいかどうか不安だったのかもしれないと今になって自覚する。
しかし、今や自らの思想は異端ではなく、多数派となり、我らが“王”の名の下に保証された。それはアズサにとって自分自身の在り方が肯定され、認められているような気がした。
ただ、そこで疑問が湧いてくる。
──果たして、世界とは本当に虚しいものなのか?
人とは考える葦であり、故にその思考は止まることは無い。思考の自由を与えられ、教育を受け、また多くを学習出来る環境へと身を置いた彼女は自らの疑問を自らの手で解決する手段を獲得した。
故に、
アリウスの教義について。その正しさ、そもそも虚しさとは何なのか。もしそれが真理ならば自分達がこれを打破するには──。
厳しくもやり甲斐のある訓練の時も、温かく美味しい食事の時も、かけがえの無い同胞との談笑の時も、来る日も来る日も考えたが、その答えを得るにはアズサはあまりにも世界を知らなかった。
そんな折に、サオリの推薦によりトリニティへの潜入任務に選抜されたのは正しく僥倖と言え、世界を知る為にアズサは二つ返事で承諾した。
『白洲よ、我らが同胞よ。トリニティでは、得難い体験をすることになるだろう。是非とも多くを識り、学び、知見を深めるといい。これは潜入任務ではあるが、最終目標は融和……アリウス分校の一員としての規範を損なわない範疇で思うままに学園生活を過ごしてくれ』
転校の当日、見送りに来たニトは優しげな瞳でこちらを見据えながらそう言った。
アズサとしては最初からそのつもりであったので願ってもないことであり、彼女の寛大さに心底感服し、またその期待を裏切らないことを誓う。
そうして転校生としてトリニティへと招かれた彼女は、ニトの言う通り多くを知った。
世界の広さを。
その輝きを。
そして醜さを──。
初めて訪れたトリニティは表面上は華やかで美しく、しかしそこには見るに堪えぬものがあった。
派閥争い、強い差別意識、陰湿なイジメ……そういったものがあることは事前に教えられていた。けれども心のどこかでこことは違う“地上”という未知の場所に対して憧れや期待が無かったと言えば嘘になるだろう。
ミカに散々飾り付けられた自分の姿を鏡で見た際は不思議な感覚だったが、似合うと褒めてくれる彼女の笑顔を見ると、これから始まる新しい学園生活はきっと良いものになると思わずにはいられなかった。
──だからこそ、この眼で“それ”を目撃したアズサは、義憤に駆られたのだ。
ほんの数年前に復興したばかりのアリウスよりもずっと豊かで発展しているはずだというのに。一見すると輝かしいような青春の日々の裏には疎まれ、排斥され、日陰で縮こまって暮らす者達が確かに存在しており、それはトリニティの中に限らず、キヴォトス全体がそうであった。
このキヴォトス、延いては社会全体においては当たり前のように発生してしまう歪み。
しかし、アズサは知らぬが故に、或いは知っているからこそ、到底許容出来なかった。加害者は当然として、その立場を受け入れ、抵抗しない被害者に対しても。
アリウスとトリニティの違い。起源は同じだというのに、何故こうも違うのか──それを考えた時、真っ先に思い浮かんだのはニトが掲げる教義だった。
そうだ、誰しもがあの教義を信仰し、人生の指針とし、現状を打破する為に生きれば……少なくとも自分と同じ思想ならば短絡的な動機で弱者を虐げたり身内で蹴落とし合ったりするような愚かな真似はしないはずだ。きっと、ニトもそれを知っているが故に、この教義を掲げ、アリウスの秩序は今も保たれている。
この発想に至った瞬間、アズサは一つの目標を──“夢”を抱いた。
自らの思想を、アリウスの教義を、失楽ニトの言葉を世に広め、普及させる。それはアズサが自ら考えた末の結論であり、純粋な願いであった。
ただ、その為にはアリウスの存在が公のものにならなければならない。故に、トリニティとの融和は必要不可欠であり、その架け橋となるのは他ならぬ己自身。
尽力しなければ。
アズサは今一度奮起する。自らの“夢”の為だけではない。期待してくれているミカ、推薦してくれたサオリ、敬愛するニト、そして何よりもアリウスの為に。
その為ならば、何だってする。
『やぁ、待っていたよ。白洲アズサ』
──そう誓ったはずだった。
『私が待ち構えていたことが意外だったかね? ああ、その通りだ。君が来ることは知っていた……
銃声と喧騒が響く中、彼女──“百合園セイア”は銃を突き付けられているにも拘わらず涼しげな表情で淡々と語る。
『おっと、御託を述べている内に撃たれてしまっては敵わないから、さっさと言わせてもらうとしよう。──協力してくれ、君達アリウスの未来の為に』
そのような提案をする彼女に、銃口を向けたまま硬直するしかない。口からの出任せ、単なる時間稼ぎと判断するには目の前の少女が有する異能はあまりにも荒唐無稽で強力、しかもここで襲撃を予測し、己がやって来ることを待ち構えていたことからそれは正真正銘本物であるということが証明された。
この時点でアズサに
『聡明だね。やはり環境が変わろうとも、君は私の知る白洲アズサで間違いない』
それを分かっていたように、否、実際に分かっていたのだろう。
『さて、簡潔に述べよう。君は止められたが、外で待機している彼女達は恐らく止まらないだろうからね。まず私の目的は──』
そして、彼女は語り始めた。
『────』
その内容にアズサは衝撃を覚え、今まで微塵も狙いを外さなかった銃口を遂に下ろしてしまう。
未来を識り、常人とはかけ離れた視点を持つ彼女の語るそれはあまりにも想像を絶するものであり、当然アズサにも理解が及ばぬものであったが、驚愕の情報の数々に頭がパンクしそうになりながらもどうにか噛み砕いて理解しようとする。
ただ、辛うじて理解出来たのは、愚直に任務を遂行しようとしていただけのアズサには、到底受け止め切れるようなものではないということ。
『──改めて、私に協力してもらいたい。運命に抗い、最悪を回避し、善き未来を創造する為にも』
『……私は、アリウスを、閣下を裏切ることなど出来ない』
絞り出すように、アズサは口にする。
彼女の言っていることが本当ならば、彼女のやろうとしていることはアリウスの未来に繋がる。そう理解しても尚、決断を下すことは出来ず、かといってここで彼女を撃つことも連れ去ることももはや出来ず、究極の選択を前に揺れ動く。
『そうか……ならばこれから先、君がその迷いを変えるような素敵な
『…………?』
すると彼女はそう言い、薄く笑みを浮かべる。
『ああ、そうだ、“シャーレの先生”に会ったら──』
次の瞬間、辺りは爆炎に包まれた。
彼女が何を言いかけたのかと疑問に思うよりも先にアズサの視界はブラックアウトし、次に意識が覚醒したのは救助してくれた仲間の腕の中だった。
原因不明の爆発により捕縛対象は失踪。あの時何があったのか報告することは出来ず、記憶が混濁していると誤魔化してしまった。アリウスへの背信行為に等しいが、それでも未だに整理が付いていないあの語らいを言う気にはなれなかった。
(百合園セイア……何故、私だったんだ?)
アズサは当時を思い返す。あの爆発は彼女が仕組んだことなのか、或いは第三者によるものか……いずれにせよ、彼女はこうなることを見越していたのだろう。
未だにアズサは迷っている。どうしようもなく迷い、決断を下せずに居るこの中途半端な有り様を客観視すると、何故セイアは一介の兵士に過ぎぬ己のような者に、あの“予言”を伝え、協力を求めたのだろうかと疑問に思わずにはいられない。
(Vanitas vanitatum……たとえ全てが虚しいものだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。でも……)
であれば、その最善とは何なのか。
決して間違えてはいけない選択だ。一体どうすればいいのかとアズサは思い悩む。
「──ん?」
そんな時、ある光景が目に入り、彼女の思考は現実へと引き戻される。
複数の生徒が一人の生徒を取り囲んでいる。何をしているのかは明白であり、しかし通りかかる他の生徒達は見てみぬフリをしていた。
「………………」
目を鋭くさせ、アズサは銃を手に近付く。
彼女にとっては到底看過出来ぬこと。たとえ迷い、惑いながらもその在り方と気高さは決して揺らぐことはない。
「何をしている?」
──こうして今日、トリニティにて一人の生徒による籠城事件が勃発した。
彼女にとって奇跡的な
ᓀ‸ᓂ「全人類ばにたす計画」