アリウスの王   作:大嶽丸

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茶会とスイーツ

 

 

「こうしてお会いするのは初めてですね、“先生”」

 

 どこか“夢の中”で見たことがあるような無いような、トリニティを一望できるテラスの上。

 

 用意されたテーブルの向かい側に、長く伸ばしたプラチナブロンドの髪の少女が、右手に持ったティーカップを口元に寄せ、その香りを楽しみながら優雅に一息付いている。

 

 ──桐藤ナギサ

 

 ティーパーティー・ホスト“代理”、及びフィリウス分派首長。

 

 対面する彼──シャーレの先生は、彼女とは直接会うのは今回が初めてであるが、アビドスでのカイザーPMCとの決戦において砲撃支援を行ってくれたので好意的な印象を抱いていた。

 

「そしてこちらは、同じくティーパーティーのメンバーの聖園ミカさんです」

 

「やっほ、よろしくね☆」

 

 ナギサの隣に居る、トリニティ生の多くが有する特徴である純白な翼を携えた、桃髪の少女──ミカがそう快活に挨拶する。ナギサが淑やかなお嬢様ならばこちらは天真爛漫なお嬢様、といった印象を受けた。

 

 そして、視線を感じる。先生はすぐにそれがミカによるものであることに気付く。こちらを品定めしつつも自然を装っているナギサと違い、好奇の眼差しを隠そうともしていない。

 

「“こちらこそ、よろしく”」

 

 招かれた立場であるものの生徒会という立場からすれば外様の己を分析するのは当然であろうし、慣れているので特段気にすることはなく、挨拶を返す。

 

(へー、これが噂の先生。あんまり私達と変わらないね? ニトちゃんが警戒する程とは思えないけど、見かけで判断しちゃ駄目か。闇討ちは……あっ、銃弾を防ぐバリアがあるんだっけ? うーん)

 

 しかし、そんな先生もまさか目の前のお姫様が脳内でこちらを如何に始末するかの算段を立てているとは思いもしないだろう。

 

 表面上では笑顔を作りつつミカは分析する。あの慎重なナギサが外部から、それもトリニティにとって未だに不確定要素であるはずのあのシャーレの先生を呼び寄せるとは完全に予想外のこと。

 

 ミカはゲヘナとの関係性を持ち出したりハッキング能力についてもそれとなく仄めかしたりして辞めさせるように促したが、意外と頑固者な幼馴染みは首を縦には振らず、これ以上言うと自分に疑いが向くと考え、結局諦めた。

 

 お蔭でクーデターを先送りにする羽目になったのでどうにかして排除したいのだが……。

 

「トリニティの外の方が、このティーパーティの場に招待されたのは、私の記憶では先生が初めてです。普段はトリニティの一般の生徒達も簡単には招待されない席でして……」

 

「何それナギちゃん、ちょっといやらしい。恩着せがましい感じがするよ」

 

 そんな首の皮一枚繋がった状態のナギサの発言にすかさず茶々を入れるミカ。

 

「んんっ……失礼しました。そのような意図はなかったのですが」

 

 これにナギサは眉間に皺を寄せる。ジトリと睨まれるもミカはどこ吹く風といった様子でケラケラと笑う。

 

 二人を見て随分と仲が良さそうだと、先生は思った。確固たる信頼関係が成り立っていなければこのようなやり取りは出来ない。

 

「改めて、こうして先生をご招待したのは少々お願いしたいことがありまして……」

 

「“お願い?”」

 

 こほん、と咳払いした後、神妙な面持ちとなったナギサに対し、先生も姿勢を改め、真剣に耳を傾ける。

 

「おぉ……ナギちゃん、いきなりだね? もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの? 小粋な雑談とかは? 天気が良いですねとか、昨日は何を食べたのですか、とか、そういうのは挟まないの? ほら、ティーパーティーって基本的には社交界なんだし?」

 

 しかし、ミカの茶々入れは止まらない。彼女としては先生に関する情報がもっと欲しかったので本題に入る前にもう少しのんびりと話したかった。

 

「……ミカさん?」

 

「そんな綺麗なおメメで睨んでも、これはティーパーティーとしての在り方の問題なんだから駄目だよ。こういうのはきちんとしないと! ま、ほんとは私が先生の人となりを知りたいだけなんだけど☆」

 

 そう言ってミカは先生の方へと向いて微笑む。対して先生は苦笑いを浮かべるしかない。どうやら彼女は随分と自分に興味津々なようだ。

 

 一方、ナギサは微塵も表情を崩さず、しかし呆れを隠し切れない様子で嘆息する。

 

「ここ最近は落ち着いたのかと思っていたのですが……ミカさん、そういった事はあなたがホストになった際に追求してください。今は一応、私がホストですので私の方法に従ってくださいな」

 

 とはいえミカの言い分も一理ある。平時ならばそうしたであろうが、今のナギサにはそれをやるだけの時間と心の余裕がない。

 

「あ、そう。でもやっぱりこういう時だからこそ崩さない方が良いとは思うけど。常に余裕を持って優雅たれってね☆」

 

「──ミカさん?」

 

「……はいはい。ごめんなさい。もうお口チャックしておきまーす」

 

 しかし、その心境を分かった上で尚もからかってくるのがミカという生き物。ナギサは努めて冷静さを保たんとしていたが、既にうっすらと血管が浮き出ていてキレる一歩手前だった。

 

 それを見たミカは流石にこれ以上言ったらロールケーキをぶち込まれるなと察し、謝罪の言葉を述べて言葉を終える。

 

(まったく、この方は……)

 

 呆れながらも内心あのようなことがあった後も相変わらずな様子なミカの態度に安心する。

 

 にしても、普段ならば彼女とこういった言い合いをするのは自分の担当ではないのだが──。

 

(──ああ、もう()()()のでしたね)

 

「“…………?”」

 

 ナギサの表情が一瞬暗くなるのを先生は見逃さなかった。

 

「──さて、私達がシャーレの先生にお願いしたいことは、とても簡単なことです」

 

「簡単だけど、重要なことだよ!」

 

 漸く本題を切り出し、全くチャックを閉めていないミカの合いの手を華麗にスルーし、ナギサは言葉を続ける。

 

「……補習授業部の顧問になっていただけませんか?」

 

「“補習授業部?”」

 

 ──こうして、シャーレの先生によるトリニティでの活動が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「──ふむ、大体は予想通りだな」

 

 トリニティ自治区内にて。公園のベンチに座りながらニトは片耳に付けたイヤホンマイクからティーパーティーでの一連のやり取りを()()()()()

 

 一体どうやってかは単純明快であり、現場に居るミカがポケットの中に盗聴器を仕込んでいるだけ。協力が前提であるが、生徒会長の一人をいちいち身体検査することなど余程のことが無い限り有り得ないのでまずバレない方法だった。

 

(補習授業部の顧問に、か……十中八九、裏切り者探しをさせるつもりなのだろうが……)

 

 ニトはミカから教えられた補習授業部のメンバー、即ちナギサが選抜した裏切り者候補達のプロフィールについて思い出す。

 

 ──阿慈谷ヒフミ。

 

 ニトも面識のある()()()()、及びモモフレンズの“狂信者”。ナギサとは親しい間柄だったが、無断外出や出入り禁止のブラックマーケットでの単独行動など相当な問題行動が散見され、更に“ヒフミと思わしき人物が犯罪集団を指揮していた”、と言う不審な噂を耳にしたこともあり、敢えなく裏切り者候補となった。尤も、ナギサとしては杞憂であってほしいようだが……。

 

 尚、概ねその通りの情報であり、改めてやべーやつだなとニトは再認識した。

 

 ──浦和ハナコ。

 

 かつては一年生の時点で生徒会長候補と目される程の才女であったらしいが、現在はどういう訳か試験を真面目に受けず落第点ばかりを取るだけでなく、礼拝堂や校庭などを水着で徘徊するなどの奇行を繰り返しては正義実現委員会のお世話になっているとのこと。

 

 その来歴のため上層部も含め様々な派閥・部署の情報を握っており、かつ格別の才気を持ちながら何を考えているか不明であるためナギサは警戒して裏切り者候補とした。

 

 ミカも彼女の変貌に関して疑問に思っている様子だった。これに関してニトは単純にトリニティの環境が合わず、嫌気が差したのでは? と考える。過度な期待に対するプレッシャー、派閥争いへの嫌悪、政治の駒として利用されることへの拒絶……理由はいくらでも考えられ、束縛から解放される為に道化を演じているのだとすれば合点が行く。

 

 それでやることが水着で徘徊というのは困惑させられるが、恐らく当時の優秀さは損なわれていないと思われるので警戒しておくべきだろう。

 

 ──下江コハル。

 

 正義実現委員会の新入り。彼女に関しては正義実現委員会の予期せぬ暴走を抑制する為の“人質”であり、成績不良という口実が通るという理由で白羽の矢が立てられた。

 

 つまりは純然たる被害者。どうやらナギサは副委員長である羽川ハスミの言動により正義実現委員会全体が反ゲヘナの姿勢ではないかとも疑い、危険視しているようだ。

 

 治安維持組織からすればゲヘナの無法っぷりに嫌悪感を抱くのは妥当と言えるが、果たして……。

 

 ──そして、我らが同胞、白洲アズサ。

 

 キヴォトスにおいて珍しい転校生であるだけではなく、それまでの来歴が全く掴めない。その時点で疑うには充分だが、加えてイジメを止めるため、そしてそれに対する報復に抵抗の為に度々暴行事件を起こし、その戦闘力もあって統制不可能と判断したようだ。

 

 知っての通り正真正銘の裏切り者。ここまで怪しいといっそのこと陽動と思うくらいには怪しく、そしてその通りなのだから笑えない。

 

(先生は、阿慈谷ヒフミと面識がある。彼女は確かに少々イカれ……ぶっ飛んではいるが、和平条約を妨害するような人間ではないことは理解しているだろう。人質に過ぎない下江コハルを除けば浦和ハナコと白洲の二択になるが……ううむ、炙り出されるのは時間の問題だな)

 

 やはりこのままアズサをスケープゴートにした方が……と思うも、そんなことを言えばミカが猛反対することだろう。

 

(──となると、シャーレの先生に()()()()べきか。彼はあくまでもキヴォトス全体の教師。その人格からしても最悪補習授業部ごと纏めて排除しようと考えている桐藤ナギサとは対立する可能性は高く、そうなるように誘導してやればいい)

 

 単純な裏切り者探しでは無くすことで事態は複雑化し、付け入る隙は増えるだろう。それにナギサは疑心暗鬼に陥り精神的にも不安定……対立関係が続けば敵対にまで発展し、あわよくば共倒れも狙えるとみた。

 

「お、お待たせしました! 閣下!」

 

「──ん? おお、待っていたぞ。ヒヨリ」

 

 するとヒヨリがあたふたとニトの前へと駆け寄ってくる。その両手にはホイップクリームがたっぷりと入った“クレープ”が握られていた。

 

 すぐ目と鼻の先にあるキッチンカーで買ってきたものである。

 

「と、とりあえずオススメの奴と期間限定の奴を買ってきました。どちらを召し上がりますか?」

 

「ふむ……では、オススメの方を貰おう。初めての店はとりあえずオススメを選ぶのがベターだからな」

 

 そう言い、ヒヨリから苺が贅沢にこれでもかと盛られたクレープを受け取った。生地のサイズもかなり大きくボリューミーである。

 

「いくらだった?」

 

「二つで3000円でした。えへへ、ゴチになります」

 

 ナチュラルに奢られる気満々なヒヨリはニトの隣へと座ると、もう我慢し切れないといった様子で今が旬のフルーツが具沢山に盛り付けられた期間限定クレープに齧り付く。

 

 それを見て微笑み、ニトも続いてクリームが顔に付かぬよう注意しながら一口食べる。

 

「……美味いな」

 

「はい! 濃厚かつフルーティーで……流石はトリニティ、高級な味がしますぅ~!」

 

 甘味が舌を刺激する。ミカとの茶会を除けば普段はあまりこういったものは食べないためその感覚を静かに味わうニトに対し、ヒヨリは今にも泣き出してしまうのではないかという程に大袈裟な仕草をしながら舌鼓を打つ。

 

「にしても、良いのでしょうか?」

 

「ん?」

 

「いえっその……つ、()()()()の身で烏滸がましいのですが、こんなにのんびりしていて良いのかなって……」

 

 ふと、ヒヨリが尋ねる。不安そうにしながらもクレープを頬張る口は微塵も止まっていないが。

 

「ふむ……構わん。今はまだ様子見の段階だ、シャーレの先生、及び補習授業部の動き次第で今後の方針が決まってくる」

 

 まだナギサは補習授業部設立の真の目的である裏切り者探しについて先生に教えていない。恐らく一先ずメンバーの人となりを確認させてから、機を見て伝えるつもりなのだろう。

 

 そこから先生が一体どのように動くか……ミカにも協力してもらい、注視しなければ。

 

 ──つくづく面倒なことだ。

 

「補習授業部……アズサさんもそこにぶち込まれたんですよね。だ、大丈夫なんでしょうか? 虐められたり酷い目に遭ってたりしませんかね? トリニティは陰湿でネチっこいって聞きますし……あ、ミカ様は別ですけど」

 

 そう不安に思うヒヨリ。トリニティの陰湿さや黒い噂はアリウスでも出回っており、彼女も何度か耳にしたことがあった。

 

 とはいえ一時はミカが頻繁に訪れて交流を深めていたのでそこまで悪印象が広がっている訳ではないが。因みにヒヨリは初対面で優しくされ、会う度にケーキやらクッキーやら恵んでもらっているので神のように崇めている。

 

「そのようなタマではなかろう。むしろイジメを行っていた連中に割って入り、ボコボコにしたらしいぞ?」

 

 結果、逆怨みして虚偽の通報をされ、暴行事件にまで発展したことで目を付けられて補習授業部入りになってしまったが。

 

 これに関してニトは咎めるつもりはない。アズサが義憤に駆られ、自らの正義感の下に行動した結果であり、アリウス生としてむしろ称賛すべきとさえ認識している。

 

「え、えへへ……それは何とも、アズサさんらしいですねぇ……」

 

 内戦が終結する前からアズサは、どんなに辛くても苦しくても理不尽を許せず、とことん抗うような人物だった。

 

 ヒヨリからすれば理解し難かったが、同時にその在り方を眩しく思うこともあった。

 

「ふむ……白洲と、お前達スクワッドは付き合いが長いのか?」

 

「はい。内戦中に痛め付けられていたアズサさんをリーダー……サオリ姉さんが助けたのがきっかけで一緒に暮らすようになりまして……」

 

「……そうか。お前達の世代は優秀な者が多い。兵士となるまで守り、育てた錠前には感謝しなければな」

 

 サオリらスクワッドの面々は勿論、アズサもアリウスで上から数えた方が早いくらい優秀な兵士であり、特にゲリラ戦においてはサオリを上回る成績を収めている。Empty skyのCEOである葦原トウコもサオリと同じ学年だ。

 

 若い世代が順調に育っていることは、喜ばしい限りであった。

 

「こ、光栄です……姉さんに伝えたらきっと、卒倒するくらい大喜びすると思います」

 

「は。あの錠前が卒倒とは想像も付かんな」

 

 その姿をイメージして笑うニトに対し、別に冗談でもなく普通に有り得る程の崇拝ぶりを知っているヒヨリは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「あ。と、ところで閣下……そちらのクレープはどうでしたか?」

 

「ん? ああ、普通に美味かったが、どうした?」

 

「い、いえそのっ……どんな味なのかなぁって気になりまして……や、やっぱり何でもないです。申し訳ありません」

 

「……一口、食べてみるか?」

 

 物欲しそうな眼をしていたのでクレープを差し出しながら尋ねてみる。

 

「えっ!? 良いんですかっ!?」

 

「ああ。どれ、ここの口を付けていないところを──」

 

「ありがとうございます! で、では!」

 

「え」

 

 がぶり、と上から結構な勢いで齧り付く。

 

「うーん! こちらも美味しいです! 苺の酸味がクリームとマッチしてますぅ!」

 

「………………」

 

 頬を押さえ、味わいながら食レポするヒヨリ。一方、あまりの動きの早さと躊躇の無さにニトは絶句してしまう。

 

 遠慮無く一口でごっそり持ってかれたことに関しては別段構わないが……いやまあ、本人が気にしないのであれば何も言うことはあるまい。

 

「何というか、流石だな……」

 

「? あ、お返しに閣下も如何ですか? 私のを一口」

 

「いや別に……」

 

「はい、あーん」

 

 そんなニトの様子に気付くこと無くヒヨリは自らのクレープを差し出す。因みにあちこち齧られており、口を付けていない場所は見受けられなかった。

 

「……そ、そうか。じゃあお言葉に甘えて」

 

 何とも言えぬ表情を浮かべ、しかし別段潔癖でもないし、折角の好意を断るべきでもないかとあーん、とクレープを小さく齧る。

 

「美味しいですか?」

 

「……ああ。美味いとも」

 

「ですよね! えへへ」

 

 淡白な返事だったが、それでも嬉しそうに笑顔を浮かべるヒヨリに釣られ、ニトも微笑む。

 

 しかし、この光景。端から見ると……。

 

「フッフッフッ……青春しているようだね」

 

「ん?」

 

 正面から声がする。視線を向けてみると、そこには淡いピンク色の頭髪をポニーテールにした少女が腕を組みながらこちらを見ていた。

 

 制服からして、トリニティの生徒のようだが……。

 

「あ、先程ぶりです」

 

「……知っているのかね、ヒヨリ」

 

「はい。実は先程クレープ屋さんで種類が多くてどれを選んだら良いのか迷っている時に助けてくださいまして……」

 

 見覚えのない顔に首を傾げていると、ヒヨリがそう説明する。道理でキッチンカーから帰ってくるのが若干遅かった訳だ。

 

「そうか……連れが世話になったようだな、礼を言わせてもらおう」

 

「いやいや。困っている人を助けるのは人として当然のこと。それが同じ“ロマン”を探究する同志ならば尚更だとも」

 

「……ロマン?」

 

 浪漫、ロマンティック。唐突にそう言われ、ニトは再度首を傾げる。ヒヨリの方も困惑している様子であった。

 

「左様。君達が口にするクレープ……そして! この世に存在せし全てのスイーツとは!

 

 瞬間、カッと目を見開く。突然大声を出されてヒヨリはびくりと肩を震わせる。

 

「即ちロマンをもたらすもの──否、それ自体がロマンそのもの! ただ飲食することだけには留まらない! 時と場所、共に食す人や抱く感情、その他諸々のありとあらゆる環境と状況のマリアージュにより千変万化する幸福と青春……これをロマンティックと言わずして何と言うか!」

 

 のほほんとした雰囲気に似合わぬ芝居掛かった語り口調。力強く、演説かのように少女はそう語ったかと思えば、手に持つパック牛乳にストローを勢い良く突き刺し、飲み始めた。

 

 沈黙が、空間を支配する。ニトとヒヨリは固まり、少女もまたジッと見据え、返答を待つ。

 

「──ふむ、一理ある」

 

「あ、あるんですかっ!?」

 

 淡々と、しかし感心した様子でそう答えるニトに、思わずヒヨリは驚愕の声をあげた。

 

 対するパック牛乳を堪能していた少女は、にやりと笑みを浮かべる。

 

「ほほう? その理由は?」

 

「人は獣に非ず。それはただ単に栄養を接種し、空腹を満たし、生命を維持するだけの行為ではなく、自己或いは他者を喜ばせ、或いは幸福にし、時には希望を与え、救済すら成す」

 

 染々と、アリウスでの日々を思い返しつつニトは語る。飢え、貧し、満たされぬ余裕の無い日々を送りながらも彼女はそれを知っており、そして漸く安定して享受出来るような環境に身を置いたことで今一度痛感した。

 

 失楽ニト、こう見えて趣味は主に散歩と、“食べ歩き”である。

 

「菓子類に限らず、“食”とは、我ら人類が幾星霜もの研究と模索、そして挑戦により研鑽され、築き上げられた、今も尚進化し続ける至宝の文化にして概念と言えよう」

 

 はて、かつても似たようなことを述べたような気がする。

 

 確かゲヘナの肉料理専門店だったか、ある者と“美食”について語らったが、出来ることならば思い出したくない記憶だった。

 

「そこに浪漫を見出だし、夢想し、探究に邁進するのは何ら不思議なことではないと思った。特に菓子類(スイーツ)というジャンルは単なる甘味に留まらず、千差万別で奥深い」

 

 少なくとも真理やら崇高やらを探究するよりは余程健全なのは確かなことだ。

 

「にひ。その通り──やっぱり、理解してくれると思っていたよ、白フードのお姉さん。即興で演説した甲斐があった」

 

 一目見てピンときた、と少女は何故かドヤ顔で大きく頷いた。何故かは分からないが、どうやらニトは彼女の琴線に触れてしまったらしい。

 

「──私は柚鳥ナツ。“放課後スイーツ部”というものに所属している、しがないトリニティ生だ。もし良かったらお二方の名前を伺っても?」

 

 そして、少女──ナツと名乗った彼女はそう問いかける。

 

「あ、えっと……」

 

「ふむ……ルーシー、とでも呼んでくれ」

 

 あっさりとニトは偽名を名乗った。因みに実は彼女は基本的に外では偽名で通しており、便利屋68やホシノといった一部の者にしか本名を教えていなかったりする。

 

「えっ!? わ、私はじゃあ槌永だからっ……ハ、ハンマーですかね……?」

 

「……普通に名乗って構わん」

 

「あ、はい。槌永ヒヨリです、よろしくお願いします」

 

「むぅ? どうやら本名を名乗れぬ事情があるようだ……いや、余計な詮索はしないから安心するといい」

 

 あからさまに偽名を名乗られたことに対し、ナツは特に何を思うこともなくそう言って深く追及することはしなかった。

 

「すまないな、助かる……しかし、その“放課後スイーツ部”とは? アイドルグループか何かかね?」

 

「立派な部活だとも。その名の通り放課後にスイーツを食べることが主な活動内容であり、即ちロマンを追い求める部活だよ」

 

「ほう? それはまた変わった部活だな」

 

「ス、スイーツを食べることが部活……!? な、なんて羨ましい……か、閣下、こちらでも創設を検討してみては?」

 

「え? ……いやまあ、同好会なら」

 

 どうやらトリニティの部活は想像よりもずっと自由度が高いようだ。対してアリウスにおいては一部の部活が企業の立ち位置を担い、自治区、及び生徒や学園の利となることを重点に置く。

 

 そのため目を輝かせるヒヨリには悪いが、流石にただスイーツを食べるだけでは正式な部活動としての認可は難しいだろう。

 

「ヒヨリちゃん、ルーシーさん……先程のクレープを食べ合う光景に加え、今語ったガトーショコラのように濃密な熱き思い……私の目に狂いは無かった。我らが同志よ、そちらの都合さえ良ければ共にロマンを探究し、求道しようではないか」

 

 するとナツが相変わらず芝居掛かった喋り方でそのようなことを提案する。

 

「……要約すると、これからスイーツ巡りなんだけど良かったら一緒に行かない? 実は部員が皆都合が合わなくてね。スイーツは、ソロでも勿論至福だが、やはり誰かとその幸せを共有した方が、断然楽しめる」

 

「え、えっと……閣下……?」

 

「ふむ……まだ時間はある。ヒヨリさえ良ければオレは別段構わんが」

 

 思わぬ誘いにニトは一考し、そう言った。補習授業部の本格的な始動まではまだ暫く掛かるし、ここでずっと待機していても仕方あるまい。

 

 それに、トリニティのスイーツに関して個人的に興味が無いと言えば嘘になる。

 

「は、はい! ゴチになりますぅ!」

 

「……ということだ。お言葉に甘えて同行させてもらおう。因みに、財布に優しい店だと嬉しいが」

 

「ふふん。そう言ってくれると思っていたよ、それじゃあそのクレープを食べ終えたら早速行こう」

 

 こうして、ニトはこのトリニティにおいて真の意味で()()()()生徒の一人と出会い、関わりを持つことになった。

 

 その出会いが何をもたらすのか。それはまだ誰にも分からない……。

 

「──ところで、」

 

「ん?」

 

「その放課後スイーツ部とやらは、あー……気に入らない店や食するに値しないと判断した店などを爆破──は、せずとも物理的な制裁を行うようなことは……しないよな?」

 

「……はい?」

 

 思わぬ問いかけに、ナツはぽかんとする。その困惑の色を隠せない表情こそが返答だった。

 

「いや、何でもない。不躾な質問をしてしまった、気分を害したのなら謝罪しよう」

 

「えっと……大丈夫。まあ、確かに店には当たり外れはあるけど、それもまた醍醐味。そんな野蛮な真似はしないよ。私達は」

 

「……そうか」

 

 普通はそうであろうな、とニトは眼前で不思議そうにこちらを見据える彼女が少なくともトリニティ版美食研究会ではないという事実に安堵した。

 

 尚、この後ニトの財布は一段と軽くなったという。





ナツのエミュ普通に難しいッスね…
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