アリウスの王   作:大嶽丸

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また夜を駆けたりまたミアレ駆けたりサッカーやったりしてました…


忌々しき美食研究会

 

 

 シャーレの先生と三度目の邂逅、そして二度目の語らいを終えてからまた幾日。

 

 変わらずニトはトリニティ自治区に留まり、彼と補習授業部の動向を注視していたのだが──。

 

「試験範囲の変更、合格点の引き上げ、挙げ句に試験会場がゲヘナとは……いよいよ形振り構わなくなってきたな、桐藤ナギサ」

 

 ニトは溜め息を吐く。一週間の勉学を終え、遂に第二次試験を迎えることになった補習授業部であったが、前日にて急遽上述したような変更が行われた。

 

 ただでさえ犬猿の仲だというのに、エデン条約を目前にして緊張が走っているこのタイミングでトリニティの生徒がゲヘナ自治区へと足を踏み入れればどうなるかは想像に難くなく、必ず退学させるという強い意思を感じさせられる。

 

「こうも強引な手段を取るということは……やはりシャーレの先生とは意見が合致せずに対立したようだ。先日会った際はエデン条約に好印象であったことからわりと上手くやっているのかと思ったが、杞憂であったようで何より」

 

 ここまでは概ね筋書き通り。明確に対立した今、近い内にシャーレの先生とナギサは衝突し、そこがクーデターを決行する絶好のタイミングである。

 

 とはいえ流石にこのような強行に表立って及ぶとは思わなかったが。周囲の反感や顰蹙を買うことなど意に介さぬ程に、ナギサは裏切り者を排除したいということだろう。

 

 これで不合格となりアズサ達が退学を言い渡されるのはミカの望むところではなく、慌てた様子でニトへ連絡があった。

 

「であれば──」

 

 次の瞬間、銃声が鳴り響く。

 

 発生源はニトの真正面。薄暗い路地の影を迸るマズルフラッシュが埋め尽くし、放たれた鉛弾の雨が彼女へと襲い掛かる。

 

「目には目を歯には歯を。そちらが強引に推し進めるのであれば、こちらも強引な手を使うのみ」

 

 しかし、ニトは微動だにしない。

 

 回避することも防御することもなく、ただ無防備なまま銃撃を素肌に受け続け、にも拘わらず平然と言葉を続けていた。

 

「撃て撃て! とにかく撃ちまくれ!」

 

「こ、こいつ効いてねぇのか……!?」

 

「糞が! こんなバケモンに恨みを買われた覚えはないぞッ!?」

 

 悲鳴に近い叫び声をあげながらアサルトライフルを乱射するのはごくごく一般的なゲヘナの不良生徒達だった。

 

 いつものようにこのゲヘナでも指折りの無法地帯で屯していた彼女達であったが、その日常はたった一人の“怪物”によって崩壊してしまう。

 

「何なんだよ、何なんだテメェは──!?」

 

 正体不明かつ理解不能な存在を前に狂乱し、半ば自棄糞のように銃撃を繰り返す。

 

 しかし、装填された弾薬は当然有限であり、こうも乱射しているのだからあっという間に弾切れを起こし、最終的にはカチカチと引鉄を引く音だけが虚しく木霊する。

 

「……終わったかね?」

 

 そして、それだけの弾薬を撃ち尽くした戦果は衣服をボロボロにしただけ。ダメージを受けた素振りは一切無く、怪物は何事も無かったかのように悠然と立っていた。

 

 その絶望的な光景を前に、不良達は銃を構えたまま茫然と立ち尽くす。

 

「ま、まじかよ……」

 

 ぽつりと漏れたその呟きは、皆の思いの代弁だった。対してニトは無造作に懐中へと手を突っ込む。

 

 そして、次はこちらの番だと言わんばかりに取り出した大口径の拳銃を彼女達へと向けた。

 

「ヒッ!? 出たあの銃だ! 逃げっ──」

 

ドォン!!  ドォン!!  ドォン!!  ドォン!!  ドォン!!  ドォン!! 

 

 不良達の声をかき消す、おおよそ拳銃による銃声とは思えぬ轟音が六回。

 

 それとほぼ同時に、音の数と同じ人数の不良が砲弾でもくらったかのように後ろへ吹っ飛んで宙を舞う。

 

「ち、畜生! 何なんだよさっきから、あの馬鹿みてぇにデカい拳銃は……あんなモン片手でバカスカ撃てるはずがねぇだろうが!?」

 

「とにかく逃げるぞ! あんなのまともに喰らったら流石にヤバい!」

 

「だ、だけどありゃリボルバー式の骨董品だ! 今ので撃ち尽くしたはずだから弾込めしている内に──」

 

ドォン!! 

 

「……へ?」

 

 再度鳴る銃声と共にまた仲間が一人倒れる。

 

 そんな馬鹿なと視線を向ければ先程握っていた拳銃は既に下ろされ、しかしもう片方の手に同じ拳銃が握られていた。

 

「クク。そりゃ対策はしているだろう」

 

 目を剥く不良達に対して静かにニトは笑う。至極当然の事実であったが、不良達の命運が完全に尽きた瞬間であった。

 

「お、教えてくれ……何だって私達を……私達に一体何の恨みが──」

 

「ん? ああ、特に無いとも」

 

「は?」

 

 今まで散々悪事は行っているので身に覚えの無い恨みを買われることに関しては不思議には思わないが、何も知らぬまま一方的に蹂躙されるのは酷く理不尽に感じられる。

 

 故に、せめて理由だけでも知りたくて問いかけたが、淡々としたより理不尽な返事に今度こそ言葉を失ってしまう。

 

「悪いが、災難だと思って諦めてくれ」

 

 そして、無慈悲にも引鉄が引かれ、つい先程の光景と同様のものが再現されながら不良達はあっという間に一掃されていく。

 

「……これで大方は片付いたか」

 

 最後の一人が倒れ、残存戦力の有無を確認しつつゆっくりと二丁の拳銃へと弾込めをする。ニトの背後には同じように撃破された不良達が何人も転がっており、死屍累々と言う他無い光景が広がっていた。

 

 無論、実際に死んでいる訳ではないが。

 

「──お見事です。閣下」

 

 倒れ伏す不良達を跨ぎ、一人の少女がニトへと駆け寄る。薄い紫色のインカラーが特徴的な短髪の少女だった。

 

「梯か……そちらの状況は?」

 

「こちらも既に鎮圧に成功し、補習授業部の進行方向へ先回りしているところです。今のところ目立ったトラブルは見受けられていませんが……」

 

 ──梯スバル

 

 アリウス主力部隊が一つ、“ベータ隊”の隊長を担っている人物である。

 

「……そうか。流石だな」

 

「いえ……所詮はならず者達ですので。たった一人で壊滅させた閣下と比べれば大したことはありませんよ」

 

 補習授業部を時間通りに試験会場へと送る為に、ニトはベータ隊を動員し、また己自身も加わって彼女達の移動経路に屯するゲヘナの荒くれ者達を先立って無力化することにした。

 

 単純かつ力ずく。しかし、アリウスならば可能な手段であった。またゲヘナ同士の抗争に見せかける為にニトもスバルもブラックマーケットで入手した偽制服を着用し、ゲヘナ生に扮している。

 

(恐らく桐藤ナギサは我らの支援に勘付くだろうが……まあいい、致し方無いことだ。一先ずは今回の試験を乗り越えなければ)

 

 流石に抗争によるものだと馬鹿正直に信じるほど愚かな相手ではない。これによってナギサは補習授業部の中に裏切り者が居ることを確信し、たとえ試験に合格しようとも何がなんでも排除せんと動くだろう。

 

 だが、それは現状と然して変わらない。むしろそうなればシャーレの先生、及び補習授業部は本格的にナギサと対決するしかなく、アリウスにとって理想的な構図と言えるのでその為にも補習授業部を時刻通り万全の状態で試験会場へと送り届けることに尽力する。

 

 肝心の試験に関しては補習授業部の一週間の努力によって磨かれた学力に委ねてしまうが、こればかりはアズサ達を信じるしかなかった。

 

「しかし……驚きました。アズサの支援はともかく、閣下が自ら出向くと聞いた際には。特に下の子達は何事かと戦々恐々としていましたよ」

 

「そうか。要らぬ心配をかけたようだな」

 

「いえ、滅相もありません。むしろ閣下と共に任務へあたれるなど光栄至極……先程の戦いぶりといい、心強い限りです」

 

「……別段オレの前で取り繕う必要は無いぞ? 突発的な行動をしている自覚はある」

 

 スバルの言葉にニトは素直に申し訳無く思う。ただでさえ今回のベータ隊の出動要請は突発的なものであったというのにトップまでもが実働要員として加われば余計な混乱を招いてしまうのは自明の理であり、スバル達には迷惑をかけてしまった。

 

「フフ……安心してください。紛れも無き本心ですよ」

 

 これにスバルは微笑みながらそう言う。

 

「……なら、良いが。もし言いたいことがあったら何でも言ってくれるといい」

 

「では、お言葉に甘えて……よろしければ理由を聞いても? ゲヘナにはトウコ達が運営するEmpty skyでの傭兵稼業で何度か寄った程度ですが、もしかして閣下のお手を煩わせる程の魔境だったりするのでしょうか?」

 

 スバルを含めたベータ隊の面々がニトの参戦に驚き慄いていたのは理由の大半がそれである。実際、ここら一帯のスラムはブラックマーケットにも負けない治安の悪さではあり、キヴォトス最強と名高い風紀委員長はスクワッドのメンバーでも手も足も出なかったとも聞く。

 

「いや。元よりゲヘナには別件で用があってな……丁度良く、と言えば聞こえは悪いが、オレ自身も足を運ぶことにした。白洲らの退学は確実に阻止すべき案件であるしな」

 

「……そうでしたか」

 

「それと、こいつの試運転も兼ねている」

 

 するとニトは自らが握る拳銃へと視線を下ろす。

 

 ──“The Lucy12”。

 

 そう名付けられた、世に二丁しか存在しない特注の大型拳銃は、もはや銃よりも()に近く、拳銃という枠組みからは考えられない逸脱した威力を誇る。

 

 大きな欠点として反動が凄まじく、弾道が逸れやすく扱いづらいが、ニトならば片手で高速連射したとしても問題無く反動を抑え切ることが出来るためそのデメリットは帳消しとなり、リボルバー式故の弾数の少なさと装填の手間はあるものの単純に脅威的な威力を持った恐るべき拳銃が完成したのだ。

 

「試運転? 閣下が雑兵相手に武器を使うのは珍しいとは思いましたが、また新しく改造を施したのですか? 僭越ながら既に過剰な威力だったように思うのですが……」

 

「ん? いや、これ自体には特別な改造は施していないさ。無論、“弾薬”の方もな……ただ銃に“神秘”を込める。我々が無意識に用いているそれを如何にしてコントロールするかを試していた」

 

「“神秘”……ですか。以前にナナヤさんやユーグさんから少しご教授していただきましたが、恥ずかしながら正直よく分かっていません。“ポルタパシス”では、その“神秘”とやらに関連するモノが多数保管されているとは聞いていますが……」

 

「理解出来ずとも当然だ。かつては“神秘”を利用する術は確かに存在していたようだが、今では僅かに由来が残る程度で失われてしまっている……あの建物に秘せられたモノも大半がオーパーツで未だに解析が完了していない」

 

 キヴォトスに蔓延る非科学(オカルト)的要素。その殆どが“神秘”、或いは対となる“恐怖”を由来とするモノであり、然れどもそれらに関する知識は現代において不自然なまでに失われ、忘れ去られてしまっている。

 

 そこには()()()()ものすら感じる程に。ゲマトリアが“神秘”の獲得に苦戦し、マエストロが諦めたのはそういった要因もあったのだろう。

 

「けれど、我々ヘイローを有する人間にとっては身近なモノでもある。いずれそれをコントロールする術を獲得したのならば、アリウスにおいて普及させるつもりだ……学んでおいて損は無い」

 

「成程……それは素晴らしい。きっと、トリニティやゲヘナに対する大きなアドバンテージになるでしょう」

 

 つまりは“神秘”の普及化。

 

 スバルからすればあまりにも壮大過ぎて今一ピンと来てはいないが、ニトがやろうとしていることがアリウスの利になるということはよく理解出来るが故に、関心を示す。

 

(しかし……一体ゲヘナで何をなさろうと?)

 

 その一方で先程ニトが述べたゲヘナでの“別件”に関して内心訝しむ。

 

 トリニティと同じ源流である彼女達アリウスにとってゲヘナは不倶戴天の敵……とはいえ内紛のゴタゴタや統一後のあれこれでそれどころではなく、その悪感情は薄れてしまっているが、実際にあの粗暴さや無秩序な有り様を目の当たりにすると先人達が嫌悪した理由も納得出来てしまう。

 

(閣下がここまで導いてくれたお蔭で、私達は今の幸福を享受出来ている。だから案ずる必要など無い……とは思うけど)

 

 そんなゲヘナで我らが敬愛する生徒会長は何かしようとしている。

 

 先の百合園セイアの失踪や補習授業部発足、そして聖園ミカによるクーデター計画と現在トリニティで巻き起こっている騒動の数々からしてここ最近のアリウスから感じる不穏な空気に不安を抱かずにはいられなかった。

 

(……考えても仕方無いか。たとえ何が起ころうとも閣下がお望みならば、私はただその望むままに為すべきことを為すまで。それがアリウスを守ることに繋がるのだから)

 

 ただ愚直に信じる。スバルのそれは決して思考停止などではなく、単純に優先事項の問題だった。

 

 彼女の行動原理は、自らの居場所(アリウス)の守護と維持、そして“恩人”に報いるということ。それ以外は二の次なのである。

 

「──ん?」

 

 その時、思考を中断するかのように通信が入り、スバルが耳元に取り付けた小型無線機へと触れる。

 

「こちら梯スバル……ああ、マイアですか。どうかしましたか? ──何ですって? はい……はい、はい。分かりました、速やかに対応してください。私もすぐに向かいます」

 

「……何があった?」

 

 するとスバルは険しい表情を浮かべ、それを見たニトが尋ねる。 

 

「それが……どうやら道中でゲヘナ風紀委員が補習授業部を敵と勘違いして進行を妨害しており、援護しようとしたところ美食研究会までもが乱入して少々面倒なことに──」

 

「──ほう?」

 

 報告を聞いた、ほぼ同じタイミングで補習授業部が向かった先で爆発音が響いた。

 

 ニトは顔をしかめる。

 

 忌々しき美食研究会。その苦い記憶を、思い出したが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 美食研究会。

 

 ゲヘナ学園の部活の一つで、料理のレビューや食事に対する探究活動を行っている……と、一見すると普通の部活に思えるが、その実態はキヴォトスでも一二を争う犯罪者集団である。

 

 不味いと言う理由で飲食店を爆破する、高級食材を強奪する、大食いメニューを徹底的に喰らい尽くす、etc……etc……などといった暴虐の数々を繰り返しており、指名手配は勿論のこと温泉開発部と並ぶテロリストとしてゲヘナやトリニティのみならずキヴォトス全体で恐れられていた。

 

「いやぁ“人助け”をするのは気持ちがいいですね……!」

 

「ええ。借りを返せて何よりです」

 

「良いねっ! どんどん爆破しちゃおう!」

 

「んんっ!! んー!!」

 

 そんな泣く子も黙るアウトローな彼女達は、爆発して崩落していく吊り橋を背景に側面にでかでかと“給食”と書かれた車で爆走していた。

 

 ついでに哀れにも縄で縛り上げられた給食部一名も乗せて。

 

「くそっ! 貴様ら、この混乱に乗じて……!」

 

「人聞きが悪いですね。逃走計画は既に放棄し、今は先生達をお助けする為に動いていますので」

 

 ──美食研究会会長・黒館ハルナ

 

 美しい銀髪を靡かせる彼女はそう言い捨て、追いかけてくる風紀委員らを手榴弾で吹き飛ばす。

 

 何故こうなったのか。時は少し遡り、不良達に特に絡まれることもなく試験会場へと向かっていた補習授業部はある理由から検問を張っていた風紀委員に捕まり、更にただでさえトリニティ生であることから怪しまれていたのにコハルの制服を見て正義実現委員会が遂に攻めてきたのだと勘違いされてしまう。

 

 そんな一触即発といった状況の中でゲヘナ生に扮したベータ隊が助け船を出そうとしたのと奇しくも同じタイミングで混乱に乗じて脱獄した美食研究会が乱入。シャーレの先生への恩から彼らを目的地へと届ける為に手を貸した……というのが事の顛末である。

 

「しかし……」

 

「? どうしたの、ハルナ」

 

「いえ、見ない顔ぶれが居たなと……温泉開発部では無さそうでしたが」

 

「ああ、私達が来た後に風紀委員と戦っていた方々のことですか? 確かにあんなに強い割には記憶にありませんでしたね」

 

 ハルナの言葉に運転している湾曲した角を持つ金髪の少女、鰐淵アカリが思い出したように言う。

 

 今しがた乱入して風紀委員と抗戦するゲヘナ生達は一見するとただの不良集団。しかし、いつもなら蹴散らされるであろう彼女達は妙に統率の取れた動きで天下の風紀委員相手に拮抗していた。

 

 ゲヘナ生の生徒数はあまりにも多いので自分らが見ていなかったり記憶に残っていない生徒が居ることは不思議ではないのだが……。

 

「それに、あの方々の動き。少し違和感が──」

 

「まあ良いじゃん! お蔭で先生達を助けた後そのまま逃亡出来そうだしさ!」

 

 赤髪ツインテールの少女、赤司ジュンコが顎に手を当てて何やら考え込むハルナに対して笑顔でそう言った。実際、あちこちで抗戦している影響で追ってくる風紀委員の数は想定よりもずっと少なかった。

 

 このまま行けば問題無く逃げ去る余裕がある。その言葉にアカリも顔を向け、一石二鳥ですね☆と笑う。

 

「うわぁ!? ちょっとアカリ! 前、前──!!」

 

「ん?」

 

 すると残りの灰色掛かったボリューミーな頭髪の少女、獅子堂イズミが慌てた様子で叫び出す。

 

 何事かとアカリは言われた通りに正面を見て、目を見開いた。

 

ドンッ!! 

 

 そして、次の瞬間。

 

 突如として車が停車し、とんでもない衝撃が身を襲う。

 

「うわっ!? な、何っ!?」

 

「おっと……アカリさん、まさか運転ミスですか? こんなだだっ広い道で──」

 

「い、いえ、急に人が飛び出してきて……」

 

「ん!? んん──!?」

 

「……人?」

 

「──久方ぶりだな」

 

 転げ落ちそうになる程の突然の衝撃と車が止まったことに一同が混乱している中、正面から声がする。

 

 その底冷えするような声に、ハルナは聞き覚えがあった。

 

「……ええ。お久しぶりですね」

 

 恐る恐る視線を向ければ、忘れられるはずもない顔がそこに存在しており、内心何故彼女がここにと動揺しつつも冷静を装うように笑みを浮かべ、ハルナはそう言葉を返す。

 

 対して、つい先程まで全速力で疾走していたはずの自動車を真正面から()()()()()受け止めている、目の前の少女は冷ややかに彼女を見据えている。

 

 因みにハルナ以外の他の面々は面識が無い、或いは記憶に無いらしく誰? と困惑していたが、車を片足で受け止めているその常識外れな光景から“やべーやつ”だということは理解出来た。

 

「聞いたぞ? 水族館のマグロを盗もうとしたのだとか。懲りずに暴れているようだ、実に嘆かわしい」

 

「当然です。あの程度で美食への道を諦めるなど言語道断。にしても、以前会った時とは随分と装いが違う……もしかしてゲヘナへ転入したのですか? ならば是非ともこの美食研究会へ入部を──」

 

「……寝言は寝てから言いたまえ」

 

 少女──ニトがそう言い放った刹那、ぐるんっと車がひっくり返った。

 

「ッ! 残念です、あなたと私達はきっと、良き“同志”になれるはずですのに……!」

 

 真っ逆さまに地面へと叩き付けられ、一瞬にしてスクラップと化す車。間一髪のところで美食研究会の四人は脱出しており、宙を舞いながらハルナが手榴弾のピンを抜き、投擲する。

 

「寝てから言えと言っている」

 

 しかし、ニトは動じること無く懐中から取り出した拳銃による正確無比な射撃で手榴弾を撃ち抜き、空中で爆発させる。

 

 同時に銃声が鳴り響く。脱出して地面へと着地するなり真っ先に戦線復帰したアカリが発砲したのだ。

 

「アカリさん! 駄目です!」

 

 が、それに対してハルナが叫ぶ。

 

 その声を聴く前にえ? と呆気に取られる。照準を定め、狙った先に居るはずのターゲットの姿が突如として消え、銃撃が在らぬ方向へと飛んで行ったが故に。

 

 そして──。

 

「かはっ……!?」

 

 一体何処へ。

 

 そんな疑問を抱く暇すら無く、腹部に激痛が走る。視線を下へと向ければいつの間にか眼前へと迫っていたニトの脚がめり込んでいた。

 

「アカリっ!? こいつ……!!」

 

 吹っ飛んで壁へと叩き付けられる仲間の姿を目撃したジュンコは憤慨した様子でニトへと銃口を向け、引鉄を引く。

 

 ──が、放たれた弾丸は無造作に振るわれた裏拳により弾き落とされる。

 

「嘘ぉ!?」

 

 漫画や映画でしか見ないような予想外の光景に目を白黒させる。対してニトは淡々と拳銃を向けており、これにぎょっとしたジュンコは慌てて近くの遮蔽物へと飛び込んで身を隠す。

 

 が、それとほぼ同時に拳銃とは思えぬ轟音が鳴り響き、弾丸が厚みのあるコンクリート製の遮蔽物を容易く貫通して頬を掠めた。

 

「ひっ!? な、何なのあいつ……!?」

 

「戦うだけ無駄……というか無理です、ジュンコさん。あの方のことはターミネーターかマトリックスだと思ってください。──故に、ここでの最善手は」

 

 顔を青くさせるジュンコにハルナはそう言って再度ピンを抜き、手榴弾を投擲──否、今度は手榴弾ではなく、投げた場所も自らの足元であった。

 

 その正体は、スモークグレネード。発生した煙が周囲を覆い、視界を封じる。

 

「逃げるが勝ち! 今日はここで解散するとしましょう! アカリさんもそれでよろしいですね?」

 

「ッ……ええ勿論。今のをもう一発くらったら意識が飛びかねませんし、弱肉強食の掟に従いましょう。ではお先に☆」

 

 ハルナが呼び掛ければ壁に叩き付けられて踞っていたアカリが即座に起き上がって脱兎の如く駆け出す。

 

 思っていたよりも丈夫なようだ、頭部を狙って確実に意識を刈り取るべきだったかとニトは眉をひそめた。

 

「ちょっと! 名案だけどフウカはどうすんの? たぶん車の中でのびてると思うけど」

 

「フウカさんならば心配ありません。あの方は“善良な市民”ですので」

 

「あ、そう? りょーかいっ! じゃあ早速ばいばい! イズミも早く逃げなさいよ!」

 

「えぇ!? ちょ、ちょっと待って! 私だけ置いてかないでよー!」

 

「──では、恐ろしき御方。またいつか“美食”について語り明かしましょう」

 

 彼女達の行動は早かった。

 

 煙幕に紛れてバタバタと逃走し始める美食研究会。撹乱するつもりなのかそれぞれバラバラの方向へと走り去って行く。

 

「……くだらん真似を」

 

 声と足音からどちらへ逃げたかは明白。視界の妨害など大して障害にならないニトはとりあえずリーダー格のハルナを真っ先に仕留めようかと追おうとし──。

 

「んぅ……」

 

 その時である。

 

 のそのそと芋虫のようにひっくり返った車の中から少女が這い出てきた。

 

「………………」

 

「ん……? んん!? んー! んん──!!」

 

 少女はこちらに気付くと踠きながら何かを訴えてくる。

 

 仲間……のようには見えない。美食研究会は拉致なども行っているのかとニトは当惑してしまう。

 

(すぐに追わなければ逃げられてしまうが……美食研究会め。これが狙いだったか?)

 

 僅かに逡巡し、ハァと溜め息を吐く。そのうち風紀委員が来るとは思うが、ここはゲヘナ。万が一更なるトラブルに見舞われる可能性を考えると放置するのには抵抗があった。

 

 それに、今回の目的は美食研究会を捕らえることではないので躍起になって追う必要性も無い。そう結論付け、ニトは太股に装着していたサバイバルナイフを取り出して少女へと近寄る。

 

「んん──!?」

 

「……安心しろ、縄を解くだけだ」

 

 ぎょっとして踠く少女を落ち着かせ、彼女を縛る縄をナイフで容易く切断し、口元も解放してやる。

 

「ぷはっ……た、助かった……」

 

「災難だったな、怪我は無いか?」

 

「は、はい……誰かは知りませんが、本当にありがとうございます……」

 

 新鮮な空気を口から取り入れながら少女はニトに対して心の底から感謝する。その様子からして、やはり美食研究会の仲間という訳ではなく、純然たる被害者のようだ。

 

「礼には及ばん。しかし、連中に捕まるとは……何があった? もしや食材にでもされて──」

 

「へ? いや、流石にアイツらもカニバリズムは……しないよね? しないはず……え、えと、偶然出会したところを拉致されまして……いつものように」

 

「……いつも?」

 

 純粋に気になって問えば、死んだ目でそんな返答をされて余計に困惑してしまう。すると少女は詳しい事情を説明する。

 

「とにかく、料理してくれだとかパーティーだとか事あるごとにいっつも拉致してくるんです。本当に、毎回毎回ただでさえ忙しいのに……ハァ……」

 

「ふむ……苦労してきたのだな」

 

 途中からやさぐれながら鬱憤を吐き出し始める少女。その呪詛にすら近い声にニトは圧倒されつつ相当酷い目に遇ってきたのだろうとシンプルに同情する。

 

 ついでに美食研究会への評価は底辺を更に突き抜けた。

 

「まあじきに風紀委員がやって来るだろうから保護してもらうといい……ああ、髪が乱れて角に絡まっているぞ。取ってやろう」

 

「あ、いや……これは元からそういう髪型で……」

 

「……そうか」

 

 お洒落だね。

 

 親切心から手を伸ばそうとしたニトだったが、そう返され、気まずい雰囲気が漂う。

 

「──って、ああ!! わ、私の車が!! 新車だったのに……ッ!!」

 

 すると少女は思い出したようにバンパーには靴跡がめり込み、ひっくり返った挙げ句に叩き付けられてスクラップと化した自分の愛車へと視線を向けて叫ぶ。

 

 どうやら愛車ごと拉致されていたらしい。そうとは知らずに完膚無きにまで破壊した張本人であるニトはばつが悪そうに頭を掻く。

 

「……なんか、すまない」

 

 何と、不憫なことか。

 

 あんまりな仕打ちを受ける見ず知らずの少女に対してニトはそう声をかけることしか出来なかった。

 

『──閣下!』

 

 その時、通信が入る。

 

「梯……美食研究会の連中は逃げた。そちらはどうだ?」

 

『それが実は……温泉開発部が試験会場へと向かっていて迎撃にあたっているのですが……!』

 

 銃声が入り乱れるスバルの声から程無くしてドカンと爆発音が響き、周りが若干明るくなった。

 

「……そうか。すぐに向かう」

 

 まだまだこの長い夜は続く。

 

 何せここはゲヘナ。その掲げる校風が示す通りトラブルには事欠かさず、どこまでも混沌に満ちているのだった。





梯スバル
 ベータ隊の隊長。生徒会役員でもあり、次期セプテムとしても期待されている。
 主にリーダーシップと指揮能力が高く評価されており、面倒見が良いため部下からの信頼も厚い。サオリや他の隊長に対しては若干対抗意識を燃やしていたりする。

黒館ハルナ
 一般テロリスト。まずい店は爆破するし水族館のマグロは強奪するし友人を拉致するやべーやつ。
 ニトとは因縁がある模様。狂人扱いされているが、一体何を仕出かしたのやら……。
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