アリウスの王   作:大嶽丸

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選択の刻来たれり

 

 

「……予想外、全く以て予想外の結果です」

 

 トリニティのテラス。

 

 紅茶を嗜みながら、桐藤ナギサはもたらされた報告に嘆息し、そして戦慄していた。

 

 補習授業部の第二次試験は、目論見通り不合格に終わる。テスト自体は受験出来たが、やはり急遽変更された範囲と合格点の大幅な引き上げに対応することは難しく、健闘こそしたものの僅かに点数が足りなかったのだ。

 

 しかし、ナギサはそもそもテストを受けさせるつもりはなかった。範囲の変更と合格点の引き上げはあくまでも保険であり、試験会場をゲヘナにし、悪名高き温泉開発部まで差し向け、丁寧に、念入りに試験そのものを潰さんと根回しを行った。

 

 だというのに、思惑と違って彼女達は、何ら問題無く試験を受けられた。みすみす受けられてしまった。

 

 ──そこには、裏で暗躍する者達が居た。

 

「温泉開発部……あれはそこらの不良程度が手に負えるような方々ではない。動いたのは、かなりの手練れ──」

 

 そう、あの夜、ティーパーティーを襲撃した武装集団のような。

 

 ナギサは確信する。やはり自分の推理は正しく、あの四人の中にアレらと繋がっている裏切り者が居るということを。

 

「──アリウス分校」

 

 それはトリニティの闇。かつての負の遺産であり、歴史から抹消された存在。つい最近までナギサは、それが今も尚現存していることを、可能性にすら考えていなかった。

 

 けれども、もはや候補はそれしかない。正義実現委員会も、救護騎士団も、シスターフッドも、あのような部隊を今の今までティーパーティーに微塵も気取られること無く隠し持っていたとは到底考え辛い。

 

 証拠は無いが、有力だ。迫害され、追放された彼女達ならばエデン条約の崩壊、延いてはトリニティへ復讐せんとするには充分過ぎる動機がある。

 

 故に、ナギサは急浮上してきたアリウス分校こそが黒幕であると半ば確信していた。

 

「……皮肉なものですね。私は、先人と同じことをしようとしている」

 

 不穏分子の排除。ナギサが補習授業部に対してやろうとしていることは、奇しくも統合に反対したアリウスへの仕打ちと酷似しており、歴史とは繰り返すものだと思わずにはいられない。

 

 それを理解しても尚、もはや止められるはずもなく、そして恐怖する。

 

「アリウスは強い。想定よりもずっと……」

 

 先の襲撃においては正義実現委員会は主要メンバーが不在であったが、今回のゲヘナでの一件を見るにあの時動いた戦力はほんの片鱗に過ぎなかったのだろう。

 

 温泉開発部を撃退した集団もそうだが、ゲヘナ風紀委員会はその存在を認知している様子は無く、恐らく情報操作にも長けている。或いは、既にゲヘナ上層部と通じているのかもしれない。

 

 アリウスも元を辿ればトリニティを源流とする派閥。その頃から不倶戴天の敵と認識していたはずのゲヘナと組むのは考え辛いとも思ったが、それだけトリニティのことを憎んでいると考えれば別段不思議ではなかった。

 

 ──その可能性は、ナギサにとっては酷く残酷で絶望的なもの。

 

「もしも本当にアリウスがゲヘナと通じているのなら……エデン条約など張りぼて、水泡と消えてしまうではありませんか……!」

 

 か細く、消え入りそうな声。亡き友の遺志を継ぎ、今ある友を切り捨ててまで成そうとしていることが、内部の思惑とは関係の無いところで無為に終わるかもしれない。

 

 馬鹿な、空崎ヒナは誠実な人間だと実際に対面して判断したというのに。だが、彼女もまた騙されているのだとしたら? そんなはずはないと思おうとし、しかし少しでも可能性として過ってしまっては疑わずにはいられないのが今のナギサの状況だった。

 

 疑心暗鬼。先日、シャーレの先生が言っていたことが幾度も脳裏に過る。

 

「ですが、仕方ないではありませんか……信じたくない推測ばかりが有力になっていくのですから……これが、罰だとでも言うのですか? ならばきっと、“神様”というのは実在していて、よく私達を視ているのですね──」

 

 あの四人の中に裏切り者が居ることは確定し、最も怪しい人物が一人。その者と近しい人間は? その者を()()()()()()()()()()人間は──? 

 

 聡明な彼女はすぐに悟った。頭の中に浮かんだこれまた最悪が過ぎる推理に、下唇を強く噛む。

 

「フフ……何と、酷い。全部滅茶苦茶、何もかもが台無しではありませんか」

 

 笑うしかなかった。

 

 これから起きるであろうことを想像し、推測に推測を重ね、想定する事態はどれも最悪な結末だった。

 

 ──けれど、彼女は止まることは出来ない。何もかもが遅過ぎたのだ。

 

「正義実現委員会……ツルギさんか、ハスミさんに連絡を──」

 

 改めて、覚悟を決める。

 

 これが、これから起きる地獄こそが己にとって最後の戦いになるであろうと予感したが故に。

 

『──ええ。エンドマークはもうすぐです』

 

 クスクスと、嗤う。

 

 相も変わらず赤い影は、さぞ愉快そうに、その有り様を嘲りながら──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「ごめん……」

 

「あ、謝らないでください! 私も全然駄目でしたし……」

 

 一方その頃。合宿所にて、下江コハルはしょんぼりとした様子で頭を下げる。

 

 無事テストを受けることが出来たが、そのうち変更された範囲に対応出来なかったコハルと元々合格点ギリギリだった阿慈谷ヒフミは敢えなく不合格。浦和ハナコは今回ばかりは手抜きをせずに満点の100点を取り──。

 

「にしても凄いですね、アズサさん。元々地頭は良いとは思っていましたが」

 

「……紙一重だった。単に運が良かっただけだ」

 

 アズサもまた合格点に達していた。ニト達の支援もあって不甲斐無い結果にだけはさせまいと死に物狂いで今まで学習した内容を記憶から掘り起こし、答案用紙に噛り付いた結果の賜物である。

 

「………………」

 

「? どうかしましたか?」

 

「え? いや……何でもない」

 

「元気を出してくださいアズサちゃん! コハルちゃんも! 次こそは皆で合格しましょう!」

 

「! ……ああ。無論だとも。今一度、共に勉学に励むとしよう」

 

「わ、分かってるわよ! 次はあんた達に絶対負けないんだから!」

 

 ヒフミの言葉にアズサは頷き、コハルも奮起する。けれども内心では果たして次はあるのかと考えてしまう。

 

 次の第三次試験ではより強力な妨害を強いてくるのは明白。ナギサの策略により補習授業部は着実に追い込まれていた。

 

「………………」

 

 一方、ハナコは先程から、いやそれよりもずっと前から不審な態度を見せるアズサを静かに見据えていた。

 

 彼女は聡明だ。故に、アズサの中に自分達には伝えていない、否、伝えられない“何か”があるということは、とうの昔に理解している。

 

 総合的に見れば、“トリニティの裏切り者”は彼女──白洲アズサである可能性が高い。否、あからさま過ぎて逆に白ではと思ってしまうくらいには、真っ黒だった。

 

 故に、確定と見て構わないだろう。

 

 そして、裏で何者かが糸を引いていることも容易に察しが付く。

 

(ああ、それでも──)

 

 ハナコは、信じてみたくなった。

 

 これまでの短くも濃密な日々。諦めかけていた青春を思い出させてくれた、皆のことを。

 

 彼女達は、特にアズサはその過去を知りながらも自分を秀才やコネクションを得る手段でも、政治の駒としてでもなく。

 

 ただ一人の友人として粗雑に、普通に、対等に扱ってくれたのだから──。

 

「……少し、夜風に当たってくる」

 

 そんな思いを知ってか知らずかハナコへと数瞬視線を返し、アズサはそう告げて部屋からそそくさと出ていく。

 

 ──その足は、微かに震えていた。

 

(……どうすればいい)

 

 月明かりのみが照らす廊下を歩きながら、アズサは思考を巡らせる。

 

 彼女の胸中は、罪悪感に満ちていた。これまでの数週間の日々は、あまりにも濃密で鮮烈で……視て、聞いて、感じたそのどれもが何よりも得難いものだった。

 

 たった一ヶ月程度の付き合いだというのに、アズサの中では既に補習授業部の面々は大切な、かけがえのないものとなってしまっており、それはアリウスと天秤に並べても釣り合うような──否、そもそも比べられるようなものではない。

 

 だからこそ、まるで刃物を突き立てられたように胸が苦しかった。桐藤ナギサが端から試験に合格させる気が無いことを知りながらも言えず、また自分のせいで裏切り者探しに巻き込まれているということも打ち明けられず。

 

 果たして、このまま良いのか。

 

(百合園セイア……お前は知っていたのか? こうなることを。だとしたら、とんだ見込み違いだったな。確かにお前の言っていた通り素敵な出会いだったが、迷いが晴れるどころか──)

 

 あの夜に交わした会話を今になって思い出す。ここまで思い悩み、葛藤することになると知っていてああ言ったのだとすれば何て性格が悪いのだと思わずにはいられない。

 

 果たして、かの預言の大天使はこんな体たらくの己に何を期待して──。

 

「──ごきげんよう。白洲」

 

 その時、目の前から声がする。ハッとして視線を向ければそこには対照的な白いコートを纏いながらも完璧に闇へ溶け込んでいる少女──失楽ニトが立っていた。

 

「閣下……!?」

 

「様子を見たくて忍び込ませてもらった。まあなに、定例報告も兼ねた抜き打ちの視察だと思ってくれていい」

 

 思わぬ登場に驚きを隠せないアズサに、ニトは優しく笑いかける。

 

 どうにも機嫌が良さそうに見えた。第二次試験の後、ゲヘナで別件にあたっていたと聞いていたが、それが影響しているのだろうか。

 

「は、はぁ……その、入口に仕掛けていた罠は……?」

 

「ああ。随分と多くて驚いたぞ。ゲリラ戦が上手いとは聞いていたが、見事なものだった」

 

「ありがとうございます。ですが、起動させずに突破するとは……流石ですね」

 

 褒められるアズサであるが、相手がニトだとはいえ厳重に仕掛けたつもりだったブービートラップの数々をあっさりと突破されて全く気付かれずに忍び込まれていたことに内心己はまだまだ未熟であったと恥じる。

 

 これがニトではなく、敵だったのであればこの時点で気付くこともなく甚大な被害を出していたことだろう。

 

「試験については、本当に申し訳ありません。折角閣下自ら助力していただいたというのに……」

 

「いや、気にする必要は無い。言ったろう、リカバリーはいくらでも利くと。それに、むしろあれだけのことをされながらもお前は合格しているのだから大したものだ」

 

 試験結果を謝罪すればニトはそう返す。それはアズサも理解していたが、それでもやはり申し訳無さがあった。

 

「は。次こそは、全員で合格する所存です」

 

 故に、そう意気込むが──。

 

「ああ。そのことについてなんだが……次の試験に向けての勉強についてはしなくても構わない」

 

「は……?」

 

「時が来た。近々我らアリウスはクーデターを起こす。桐藤ナギサを拘束し、トリニティから排除する」

 

「………………!?」

 

 その言葉にアズサは目を見開き、同時に遂にこの時が来てしまったのかと冷や汗を掻く。

 

 分かっていたこと、分かってはいたことだ。いつかはこうなると事前に聞かされ、サオリからも覚悟しておくように警告されていた。

 

(ッ……私、は──)

 

 だというのに、結局この日まで自分は決心することも出来ず、こうして揺らいでしまっている。

 

 何と、情けないことか。

 

「今のところお前が作戦に参加する予定は無いが、当日シャーレの先生によって補習授業部が動かされるかもしれない。その際は──」

 

「閣下……!」

 

 だが、だからこそ、このままではいけないと遂に彼女は意を決した。

 

「その……! お言葉ですが、私達(アリウス)がやろうとしていることは、本当に正しいこと……なのでしょうか?」

 

 クーデターによる乗っ取り……百合園セイアが失踪し、桐藤ナギサが疑心暗鬼に陥った今、融和を成すには致し方無く、避けられぬことなのかもしれない。

 

 けれど、それは当初思い描いていた、聖園ミカと目指した融和とは程遠いものではないのか。

 

 果たして、そのようなやり方で成すことは正しいものなのかどうか、アズサは直談判する。

 

「……ほう?」

 

 これに対して、ニトは目を細める。その質問がさぞ意外なように、或いは()()()()()かのように。

 

「ふむ、正しいことなのか、か……それはまた何とも曖昧で、難しい質問だな」

 

 結局のところ突き詰めて行けば正しさ、ないし正義などというものは、自己の認識や価値観により多様に変化していくものであり、定義付けられるようなものではない。

 

 少なくともニトはそう解釈している。正義の反対は悪ではなく、また別の正義である、なんて弁は今や至極ありふれたものだろう。

 

 故に──。

 

「──お前の言う正しいかどうか、とは一体どの目線からだ? アリウスとしてか? それとも、補習授業部(トリニティ)としてか?」

 

「────」

 

 その問いかけに、アズサは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 

「随分と迷っているようだな、白洲」

 

 ニトが語りかける。その声は酷く優しげで、けれども蛇に睨まれた蛙のようにアズサは体が硬直して動けず、たらりと冷や汗が首筋を伝う。

 

 ジッとこちらを見据えるその深紅の瞳は、まるで全てを見透かしているようだった。

 

「ふむ、阿慈谷ヒフミ達と触れ合ってから……いや、決定的なきっかけはもっと前か。例えば──百合園セイアが失踪したあの夜とか」

 

「知って、おられて──」

 

「クク。存外分かりやすいよ、お前は」

 

 自らの葛藤を見抜かれていたという事実に驚くアズサに対し、ニトはそう笑いかける。そのポーカーフェイスに反して実直な性格なためか彼女の心情を読み取るのは実に容易であった。

 

「友を作れと言ったのは、このオレではあるのだが……いやはや、よもやこうなるとはな」

 

 元より惑い、迷っていた。それ故に今回のクーデターに対して疑問を抱いたのは当然であるものの、補習授業部の面々と友情を育んだことによりその比重は傾いてこうして意見具申するまでに至った。

 

 それはニトにとっては誤算。事の次第では今後の計画の歯車が大きく狂うことになるだろう。

 

 しかし、彼女の口角は吊り上がっていく。百合園セイアの件で疑いを向けた時点からその胸には小さな“期待”を秘めていた。

 

「ッ…………」

 

 これに対してアズサは顔を歪める。彼女からすればアリウスへの背信行為を言外に責められているように感じたのだ。

 

 尤も、ニトにそのつもりは微塵も無い。

 

「お前は一体どうしたい? 白洲アズサ」

 

 煌めく紅眼が、射抜く。

 

 愉しげに問うその言葉に、アズサは身の毛がよだつ。ニトの背後にぐにゃりと歪み、うねる巨大な“ナニカ”を幻視してしまう。

 

「…………私、は──」

 

 ニトは見定めるように、答えを待つ。首元に刃を突き付けられたような感覚に陥りながら、アズサは返答しようとし、けれども言葉が続かない。

 

 当然だ。アリウスか、補習授業部か。どちらが正しく、どちらを選ぶべきか……この期に及んで葛藤し、己の中で明確な答えなど定まっていなかったのだから。

 

「……Vanitas Vanitatum」

 

「ん?」

 

「申し訳ありません。たとえ全てが虚しいのだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない……でも、閣下。今の私には、何が“最善”なのか分からなくなってしまっていて……」

 

 結局、問いに答えることは出来ず、懺悔するようにアズサは震える声でアリウスの聖句を述べ、頭を下げる。

 

 情けなかった、情けなくてたまらなかった。アリウスのやり方に疑問を口にしておきながら揺れ動き、その決断を下す為にニトに判断を委ねてしまっている。

 

 誰よりも敬愛し、この世で最も偉大だと認識している存在。彼女の言葉ならば己が一体どう選択すれば良いのかを、答えを示してくれるのではと思ったからこそ、ああやって質問したのだ。

 

「……頭を上げたまえよ、白洲」

 

 さぞや失望しているであろうと思われたニトは、しかし笑みを浮かべ、そう投げ掛ける。

 

 その声は相も変わらず優しげで、慈しみに満ちていた。

 

「最善、か……実のところオレも自分が最善を尽くせているとは思っていない」

 

「え……?」

 

「こうするべきだったのではないか、もっと良い方法があったのではないか……そう思うことは多々あるし、今でも思い返される。お前のようにオレも迷い、疑いながら選択を繰り返しているのだ」

 

 信じられなかった。

 

 アリウスにとって失楽ニトとは、正義の象徴。これまで成し遂げた偉業と救済の数々から来る信頼と信仰。そんな彼女が今の自分と同じように思い悩み、揺れ動くことが幾度もあったのだという。

 

 考えてみれば当然だろう。彼女もまた人間なのだから……そのような当たり前の考えが思い浮かばぬ程には、アズサは遠い雲の上の存在だと認識してしまっていた。

 

「けれども、時間は有限だ。迷いながらも決断しなければならず、オレはそれを実行してきた」

 

「……それは、どうやって──」

 

「難しく考える必要は無い。結局のところ正しさとは、他者に委ねるのではなく、己自身が定めるべきものだ」

 

 先刻、ニトは問うた。

 

 正しいかどうかとは、一体どの目線から見たものなのかと。アリウスから見た正しさと、トリニティから見た正しさとではあまりにも違う。

 

 そんなものは、何の指針にもならない。正義と敵対するのが悪ではなく、また別の正義であるようにそれは決して答えが出るような話ではなかった。

 

 ならばどうするのか。最終的に決断を下すのは自分自身──故に、正しいかどうかを見極めるのは常に己の目線なのだ。

 

「でなければ、納得出来るはずがない。たとえ迷い、疑った末の選択が間違いであったとしても、納得した結果なのであればオレは受け入れ、前へと進める……だが、納得出来ずに行う選択は、単なる妥協に過ぎん」

 

 それはアリウスの教義に反する。そう定めたようにニトは決して妥協を許さない。

 

「──お前が信じる道を往け。白洲アズサ」

 

「信じる、道……」

 

 光明が差すような感覚がした。

 

「お前は賢い娘だ。アリウスで育ち、トリニティで学び、どちらの正しさも理解しているはずだ……ならば後は、お前自身が何を信じ、何の為に戦うかに他ならない」

 

 結局、どう理屈をこねようとも行き着く先はそれだ。どちらが正しく、何が間違っているのか、そのような一生答えの出ない選択に対して答えを出すのは、己が信じるものが何なのか。

 

 それを他者に委ねる者も居るが、アズサはそうではないのだろう。

 

「如何なる選択を取ろうとも、オレはお前の選択を尊重する。それは紛れも無くお前が成長した証であり、ならばオレは長として祝福しよう」

 

「……閣下」

 

 するとニトは踵を返す。

 

 その先には暗闇があり、彼女の姿は影のように溶け込んでいく。

 

「だが、選択には責任が伴う。自らの選択がもたらす結果に関しては決して良いものだけではないことだけは、覚悟しておけ」

 

 最後にそう言い残し、ニトは立ち去った。

 

 既に姿は見えない。痕跡すら無く、静寂が支配する空間を前に、ただ一人立ち尽くすアズサは先程までのやり取りは夢だったのではないかと錯覚してしまう。

 

「アズサちゃん」

 

「!」

 

 名を呼ばれ、バッと振り返ればトリニティで得た、かけがえのない友人──ヒフミが心配そうにこちらの顔を覗いていた。

 

「どうしたんですか? こんなところで立ってて……」

 

「あ、いや、別に何も……」

 

 ──お前が信じる道を往け。

 

 ニトの言葉が、脳内で木霊する。それはまるで既に答えが出ていたかのように、アズサの背中を押してくれた。

 

「……ヒフミ、実は──」

 

 初心に帰る。己が信じるのは、信じたのは、失楽ニトが掲げたアリウスの教義に他ならない。

 

 ──より良い明日を。

 

 その為に己が取るべき選択は、己が納得出来るものでなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「……よろしかったのですか?」

 

 合宿所の外。

 

 上機嫌そうに鼻歌混じりでそこから出てくるニトに、待ち構えていた人物が問う。

 

 その者は、ティーパーティーの服装をしていた。

 

「ああ。道を違えるのは残念だが、それでも彼女は彼女なりに選択した。紛れも無くアリウスの人間として」

 

「ですが、裏切りです」

 

「──それでも、だ。少なくともオレは彼女が往く道を否定せず、祝福する」

 

 ニトは嬉しかった。

 

 それはもう、嬉しかった。かつて、彼女は独裁者である己に反抗する者が全く現れないことに対して嘆いたことがあった。

 

 つくづく疑問であったが、ここに来て漸く現れてくれる。それも迷い、悩んだ末の実に正当で真っ当な考えの下に。

 

 何と、素晴らしきことか。

 

 ──正しくあれこそが、ニトが築いた、新たなアリウスの申し子と言えよう。

 

 ならば最大限のエールを送る。敵対することになろうともあの娘はアリウスなのだから。

 

(白洲アズサ……お前はお前が往くべき道を往け。そこに如何なる障害があろうと、如何なる悲劇があろうと、心折れずに乗り越え、推して推して進み続けることをどうか願う)

 

 けれど、こちらも妥協するつもりはない。

 

 予定通りクーデターは決行される。アズサはシャーレの先生と共に立ち向かうのだろうが、ニトは決して手心は加えるつもりはなく、全身全霊でそれを叩き潰す所存だった。

 

 決戦の夜は、近い──。





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