アリウスの王   作:大嶽丸

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バトル・オブ・トリニティ

 

「殺すっ!! キィェェェエエエエ!!」

 

 夜のトリニティに猿叫が響く。

 

 頂上決戦の火蓋が切られ、真っ先に動いたのはツルギ。前傾姿勢のまま疾走し、両手のショットガンを乱れ撃つ。

 

「ああ、来るがいい……!」

 

 迫り来る散弾をステップするように横へと回避しながら、ニトもまた笑みを浮かべ、拳銃を向ける。

 

「ッ──」

 

 轟音と共に射出される大口径の弾丸。寸前でツルギは顔を僅かに傾け、けれども頬を掠める。一筋の切り傷から血が流れ、それを微塵も気にすることなく乱射を続け、着弾地点を散弾とは思えぬ威力で粉砕していく。

 

 が、ニトは恐れること無くこれらを避けながら一気に駆け抜けて接近を試みる。

 

「ヒャハッ!!」

 

 そして、ニトは弾幕を潜り抜け、ツルギの眼前へと迫った。

 

 これにツルギは望むところだと応戦しようと銃身を振りかぶり──。

 

「────!!」

 

 寸前でその行動を中断し、後方へと飛び退く。それとほぼ同時にニトの拳銃を握ったまま繰り出された右ストレートが腕の距離が足らずに目と鼻の先で止まり、ぶわりと風圧が襲い掛かる。

 

 ニトは止まらず、避けられるのを見越していたように即座に体を捻り、回し蹴りを繰り出す。これも持前の反射神経で回避に移れば空を切った脚がそのまま地面へと向かう。

 

 ドゴンッ! と鞭のようにしなった脚が地面を容易く陥没させる。

 

「! シィィィイイ──!!」

 

 その威力に瞠目しながらもツルギは隙を突かんと距離を詰め、銃床を向けて思い切り殴りかかった。

 

 同時に、タイミングを合わせてニトも自らの拳を突き出す。

 

「ッ!?」

 

 捨て身のカウンター。繰り出された豪速のボディブローをツルギは咄嗟に黒翼を自らを覆うように展開して受け止める。

 

「ギッ……」

 

 ミシリ、と重い一撃により翼が軋み、介して衝撃が全身へと伝わる。

 

 防ぎ切れない。ツルギは顔を歪め、衝撃を逃がしながら飛び退いて距離を取った。

 

(──強い)

 

 シンプルな感想。自分がもう()()()()()()()()だと思ってしまうなど果たしていつ以来か。

 

 否、そもそもそのようなことを考えたことがあっただろうか。

 

 トリニティの歩く戦略兵器。そう呼ばれ、恐れられている正義実現委員会のエースは、眼前の敵たる白フードの実力に驚愕していた。

 

(馬鹿げた怪力、そして私と互角かそれ以上の身体能力……それらを十全に生かした戦闘スタイル……少なくとも近接はあちらに分がある)

 

 不意打ちで蹴りを入れられた腹が僅かに痛む。あと三発……否、二発でもまともに攻撃をくらうと戦闘に支障をきたす。そうなれば自分と互角以上の実力を誇る彼女相手に勝利は不可能だろう。

 

(それに、あの銃……あれも危険だ)

 

 拳銃としてはあまりにも規格外のサイズ。これもまたその怪力に見合った武器であり、これまで数え切れない程の鉛弾を浴びてきた自分でも致命的なダメージは免れないと、ツルギは理解した。

 

 この時点でいつものように敵の攻撃を恐れずにバーサーカーの如く特攻する、というツルギの常套手段を用いることは躊躇われ、被弾を可能な限り避ける真逆の戦闘スタイルへの変更を強いられてしまう。

 

 ──かつてない強敵。久しく感じていなかった緊張が走る。

 

「くけけ……ギャハハハハハァ!!」

 

 だが、それがどうした。

 

 そこに恐怖は無く、ツルギは相も変わらず狂気的に笑い、だらんと腕を垂らして脱力したかと思うと即座に構えて引鉄を引く。

 

 相手が誰であろうと敵ならば排除するのみ。況してやこのような怪物に対処可能なのはトリニティにおいて自分を除いて他には居ない。

 

 ──ここで仕留めなければ。

 

 その決意の下、ツルギは攻撃を行う。

 

(は。強いな、やはり……トリニティ最強は伊達ではないか)

 

 一方、銃撃を回避しながらニトは内心その実力を称賛する。

 

 先程銃弾が掠めたことによる頬の切り傷は既に消え、血痕のみが残っていた。治癒能力が著しく高いタイプ……戦闘力、耐久力も申し分無い。

 

 共同訓練で見たミカの実力もなかなかのものだったが、単純な実戦経験の数の差やそれに伴う戦闘論理、恐れ知らずな思考を考慮すると、やはりトリニティ最強に相応しいのはこちらの方だろう。

 

 そう考えるとアリウスは幸運だと言える。聖園ミカと剣先ツルギの両者を同時に相手取るような事態には至らなかったのだから──。

 

(さて、と……ベアトリーチェの気配はしないが、上手く潜んでいるのだとすれば……)

 

 剣先ツルギという無類の強者を自分が相手取っているこの状況。隙を突くには絶好のタイミングであり、水面下で暗躍しているであろうあの異形の女がどこかしらで介入してくる可能性は高い。

 

(構わん。願ってもないことだ。“例のアレ”は梯に託してある……尻尾を出した時が、年貢の納め時だ)

 

 当然、それはニトも容易に想像でき、対策を用意している。

 

 アリウスにとって不倶戴天の敵。対抗、そして抹殺し得る手段など、この七年間でいくらでも講じ、作り出していた。

 

(故に──)

 

 その時、肩口に衝撃が走る。

 

「おっと……クク。今は、存分にこの戦いを楽しむとしよう」

 

「ギャハハハハハァ──!! 死ィィィィィネェェェエエエエ──!!」

 

 防弾仕様のコートであったが、当然の如く破れて肌が露出する。ツルギが放った散弾の一部が掠った程度ではあるものの遂にニトへと命中した。

 

 だんだんとこちらの動きに慣れてきているようだ。足止めが目的であるが、このまま戦闘が長引けば不利に陥るのは明白。となれば早期に決着をつけるのが最適解であろう。

 

 にも拘わらずニトは終始愉しげであり、ツルギと同じように獰猛な笑みを浮かべ、二つの銃口を向ける。

 

 ──この勝負がどう転ぶか。

 

 それはまだ、誰にも分からず、夜は過ぎ去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 補習授業部は追い詰められていた。

 

 当然の結果。むしろ僅か六名、そのうち戦闘要員はたったの四名ばかりで未だに一人も欠けずに粘っているのは、ひとえにシャーレの指揮能力の賜物だろう。

 

 だが、それも時間の問題だった。

 

「凄いね☆ アリウス親衛隊相手にここまで持ち堪えるなんて、ニトちゃんが警戒するだけはあるよ」

 

 その戦いぶりを見てミカが拍手を送る。彼女は戦況を観察しているだけで参戦しておらず、それがまた絶望的な事実であった。

 

「でも正直……こんなもん? とも思っちゃうなぁ」

 

 防戦一方だが、そもそもこの人数差で戦闘が成立していることが異常。この異常を成し遂げるシャーレの先生の手腕は確かに大したものであるが、失楽ニトのそれ以上の異常さを知っているミカからすれば、彼女が率いるアリウスが最大限に警戒するのは杞憂ではないかと思わずにはいられない。

 

 或いは、他に隠し玉があるのか。ならばそれを引き出してみるべきか、その前に早々に潰すべきか──。

 

「きゃあっ!?」

 

「“コハル……! ”」

 

 そして、遂にその防御陣も崩れる。コハルに銃弾が被弾してしまった。

 

「コハルちゃ……くっ……」

 

 悲鳴をあげるコハルに気を取られるヒフミ達。そこを突くように親衛隊の銃撃が激しくなる。

 

 先生は体勢を整えるように指示し、コハルの様子を見ながら防御を固めようとするも、焼け石に水で敗北までの道のりが加速していく。

 

「とんだ泥舟に乗っちゃったね、アズサちゃん?」

 

「ッ…………」

 

「降伏して戻って来なよ、アリウスに。別にヒフミちゃん達も悪いようにするつもりはないし……ぶっちゃけトリニティもアリウスに統治してもらった方がマシになるとは思わない?」

 

「…………! ティーパーティーであるあなたが、あろうことか他校へ政権を明け渡すなどと発言するとは」

 

 アズサへそう優しげに投げかけるその言葉を聞いたハナコが眉をひそめてそう言えば、ミカは肩を竦める。

 

「浦和ハナコ。あなたにとっても悪い話じゃないと思うけど」

 

「……どういうことですか?」

 

「だって、あなたはトリニティの陰湿さとか、派閥争いとかが嫌で逃げ出したんでしょ? それでやることが水着で徘徊ってのは笑っちゃうけど……まあ、気持ちは分かるよ。私もそういうのにはうんざりしてたからさ」

 

 訝しみ、しかしミカの言葉に意外そうな顔をするハナコ。彼女からすればミカは自身が嫌うトリニティらしい人間だとばかり思っていたからだ。

 

「アリウスは全然違うよ。元が同じトリニティだとは思えないくらい結束していて、良い子が沢山。街並みも綺麗で治安なんてびっくりするくらい良くてさ……あなた達が想像しているよりもずっと、良い所なんだ」

 

 指先と指先を合わせ、花が咲くような笑顔を浮かべながら楽しそうにミカは語る。

 

 純粋にアリウスの良さを伝えたがっているように見え、実際彼女はずっとこの思いを皆に啓蒙したかった。

 

「みんなもきっと、気に入るはず。そして武力の面に関しては……言うまでもないでしょ? アリウスと組んだ新生トリニティならゲヘナなんて恐るるに足らず、じゃんね☆」

 

「ですが、ミカさん……アリウスは我々(トリニティ)を憎んで──」

 

「あー、それもナイナイ」

 

「……え?」

 

 ナギサが口を挟もうとし、けれどもそう遮られて呆気に取られる。

 

 それは、アリウスとの融和。それを成すのに致命的な問題点であり、そこの否定は根底を揺るがすものであるが故に。

 

「過去の遺恨なんてとっくに風化してるよ。反トリニティ派なんて呼ばれている人達ですらあんまり良い印象を抱いていない、って程度だし何なら角付き(ゲヘナ)も別に嫌ってないし……なんか凄いよね、ほんと」

 

 こればかりはミカも本当に驚いたものだ。つい最近まで内戦でそのような余裕が無かった、というのもあるが、それを加味してもトリニティ、延いてはゲヘナとの遺恨までもほぼ無いに等しいものにまで至っているのが如何に異常なことなのかは未だに犬猿の仲で平和条約なんてものが必要なトリニティとゲヘナを見れば一目瞭然だろう。

 

 ナギサは言葉を失う。彼女が想定していたアリウスとは、あまりにも違い過ぎる。

 

「だからさ、いい加減降伏してくれない? どっちにしろ勝てる要素なんて無いんだし……ほら、先生は賢いからよく分かってるでしょ?」

 

「“………………”」

 

 先生は考える。

 

 ミカの行動は、クーデターに加えて、外患誘致罪に等しくトリニティにとっては重罪であるが、その根幹にはアリウスとの融和。それに伴って和解の象徴たるアズサを守る為というシャーレ、及び先生の視点からすれば決して間違っていると言えるものではなかった。

 

 彼女は彼女なりの正義の下に行動している。そこに疑いの余地は無く、またナギサを失脚させようとも害を与えるようなことはしないようにも思えた。アリウスに騙されている、という可能性も有り得なくはないが、ならば同じアリウス生であるアズサが何か言うはずであり、そうでないのからば恐らくミカの言っていることは事実なのだろう。

 

 となると、シャーレの先生として如何に動くべきなのか難しいところだ。

 

 ──故にこそ、確かめなければ。

 

「“アリウスと手を取り合いたい……ミカの思いはよく解ったよ”」

 

「ほんと!? 流石先生。じゃあさ──」

 

「“だから、一つ訊かせて。最初からミカはクーデターするつもりだったの? アリウスと融和する為に”」

 

「え……違うよ。勿論最初は平和的にやるつもりだった。だからアズサちゃんを転入させたの。そこからゆっくり計画を進めていくつもりだったんだけど、ナギちゃんが退学させようとするから……」

 

「“──じゃあ、やっぱりミカはこんな方法は間違っていると思っているんだね?”」

 

「────」

 

 先生のその言葉に、ミカは硬直する。彼女の心がここで初めて揺らいだ。

 

「ま、まあ……そうかな? でも仕方無いじゃんね。セイアちゃんが失踪してナギちゃんがおかしくなっちゃった時点で、私にはその選択肢しか残されていないんだもん」

 

「“……今ならまだ間に合う。ナギサはもう疑心暗鬼の闇から解き放たれた。きちんと話し合えば、きっと──”」

 

「ッ……きっと、か。そんな確証が無い方法よりも、クーデターを成功した方が確実だと思わない?」

 

「“それが、本当にミカが望んだこと?”」

 

「先生に私の何がわかるの? 私がどんな思いでやってきたかなんて知りもしないくせに」

 

 ミカの手が僅かに震える。先程までの余裕が、取り繕っていた姿が剥がれかけた。

 

 それに気付き、先生は理解する。彼女はこのようなことを望んでおらず、その心には深い後悔があるということを。

 

 そして、それでも退けぬ理由がある。その覚悟を否定するつもりはない。

 

 ない、が──。

 

「“やっぱり止めさせてもらうよ。先生として、これ以上君を苦しめる訳にはいかない”」

 

「……そっか。意味が分かんないけど、そう言うんだったら望み通り叩き潰してあげる」

 

 残念そうにミカは言い、一体どうやってここから逆転するつもりなのかと先生の行動を窺う。

 

 今も尚、親衛隊を相手取る補習授業部達は既に満身創痍であり、いつ突破されてもおかしくない正に絶体絶命と言う他無い状況。

 

 けれど、負ける訳には行かない。

 

 先生は意を決して“鬼札(ジョーカー)”を切らんと懐へ手を入れ──。

 

「何……? 聖園ミカ、通信が入った。正義実現委員会の一部がこちらへ向かってきているとのこと」

 

「え?」

 

 その時、傍らに立つ親衛隊の一人がそのような報告をする。

 

「ど、どういうこと?」

 

「ベータ隊がしくじったようだ。どうにも()()()方面から現れた集団が加勢したらしく……」

 

「っ! まさか──」

 

 大聖堂。

 

 そこに存在する武装勢力など一つしかない。ミカが思い至った次の瞬間、突如として壁が爆発する。

 

「けほっ、今日も平和と安寧が、皆さんと共にありますように……けほっ……」

 

「す、すみません、お邪魔します……」

 

 そして、現れる修道服の集団。

 

シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」

 

 それを率いるリーダーは深紅の瞳でミカ、そしてアリウス親衛隊を見据えながらそう言い放つ。

 

「歌住サクラコ……!」

 

「ティーパーティーの聖園ミカさん。他のティーパーティーメンバーへの傷害教唆及び傷害未遂で、あなたの身柄を拘束します」

 

 睨み返すミカに、シスターフッドの長、歌住サクラコは返礼に銃を向ける。ここに来て第三勢力の登場……完全に予想外であったが、誰が呼んだかは明白だった。

 

「……浦和ハナコ、どうやってシスターフッドを動かしたの? あの子たちが何の得も無く動くはずがない……何を支払ったのかな?」

 

「…………」

 

 シスターフッドと交流があったのは把握しており、何らかの交渉があったのは確実。故に質問してみるが、返答は無く、またハナコの顔に笑みは無かった。

 

 当然だろう。シスターフッド参戦は彼女にとって切り札であったが、これで戦況が覆った訳ではないのだから。

 

「まあいいや……どうせホストになったら大聖堂も掃除しようと思ってたし……ユスティナ聖徒会の後継だからちょびっとだけ大目に見てやろうと思ってたけど、やっぱり叩き潰そっか。なんか胡散臭いし」

 

「…………? ユスティナ聖徒会が何の関係が?」

 

 唐突に、話題に出された自らの組織の前身であり、暗部でもあるその名にサクラコが疑問を尋ねる。

 

「聞いたよ? 大昔にアリウスを匿って逃がしてくれたのはユスティナ聖徒会らしいじゃん」

 

「…………! それは──」

 

 サクラコは目を見開く。

 

「そのお蔭でアリウスは今まで生き延びて、私と出会うことが出来た。だからその点においては感謝しているよ……ま、それはそれとして前から気に入らなかったんだけど、ね!」

 

 そう言い、ミカはサブマシンガンを取り出して構え、シスターの集団へと撃ち放つ。

 

「────ッ!?」

 

「あはっ、こっからは私も参戦するよ! 正実の連中も来るだろうしさっさと潰しちゃおう!」

 

「了解。援護する」

 

 親衛隊の半数がミカへと続く。彼女達はシスターフッドの参戦にも一切動揺しておらず、冷静さを保ちながら戦闘を続行していた。

 

「戦力が分散した。今が攻め時だ」

 

「はい! やりましょう!」

 

「依然として厳しい状況ですが……少なくとも勝率はゼロではなくなりました」

 

「ああもう! やってやろうじゃないの!」

 

「“そうだね。ここを逃したらもうチャンスは二度と来ない。皆、アズサを中心に陣形を組んで!”」

 

 一方、補習授業部の面々はこの状況に今一度奮起し、先生の指揮の下で攻勢に出る。

 

 真夜中の決戦。

 

 トリニティの命運をかけたその内紛は、遂にシスターフッドまでもが参戦したことで多くの勢力が入り乱れ、混沌を極めようとしていた。

 

 その結末は、果たして──。





うおアリウス強過ぎ…
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