アリウスの王 作:大嶽丸
ゲヘナ自治区の郊外。
その某所にある雑居ビル内に存在する賃貸オフィス。額縁に飾られた“一日一惡”と無駄に達筆な書写が真っ先に目を引くその一室に、ヴァルキューレから逃亡したニトら五人は集まっていた。
「改めて、自己紹介させてもらうわ。私は陸八魔アル──この“便利屋68”の社長よ」
肩にコートを羽織った、赤髪のロングヘアの少女が不敵な笑みを浮かべ、そう名乗り、それに続いて他の面々も自己紹介を始めた。
「浅黄ムツキだよ。よろしくね、お姉さん」
白髪のサイドテールの少女が好奇の眼差しと共に悪戯っぽく笑い、
「……鬼方カヨコ。よろしく」
白と黒が入り雑じった頭髪の、物静かな印象を受ける目付きの悪い少女が探るようにこちらを見据え、
「い、伊草ハルカです。え、えっと……その……よ、よろしくお願いします」
紫掛かった短髪の少女は、先の戦闘の際の狂乱っぷりとは打って変わってオドオドとした様子で俯きがちに、
「……失楽ニトだ。こちらこそ、よろしく頼む」
そしてニトもまた名乗りつつ、“便利屋68”のメンバーだという四人の少女達を観察する。
曰く、部活動やサークルではなく立派な企業で、便利屋という名の通り金さえ貰えれば何でもやる、所謂何でも屋稼業。アリウスの諜報部や駐留部隊からそのような団体の名は報告に挙がっていないので恐らく最近設立されたのだろう。
「ニトさんね……今回は本当にごめんなさい。まさか勘違いで襲っちゃうなんて……依頼は達成したけど無駄な被害を出すとこだったわ」
根が真面目なのだろうか。事情を聞いたアル社長は「な、何ですってェ!?」と、白目を剥きながら謝り倒し、今も心底申し訳無さそうにしている。
「別に構わない。聞くに、君達は護衛対象とはぐれた状況だったのだろう? ならば事実確認よりも依頼達成を優先するのは当然だし、妥当な判断だった」
「ほら! ニトちゃんもそう言ってるしさ! そんな落ち込むことないよアルちゃん!」
「……君はもう少し悪びれた方が良いのでは?」
「そ、そうよ! 少しは反省しなさいよムツキ!」
「えー? けどぶっちゃけニトちゃんも結構ノリノリだったでしょ実は?」
アルとは対照的に開き直った態度でクスクスと笑いながらそう言うムツキ。確かに彼女達の実力が見たかったのも、途中から戦闘が楽しくなってきたのも事実である。
故に、ニトは何も言い返さず、ムツキはこれを肯定と受け取ってより笑みを深くした。
「それに、フード被ってて見るからに怪しかったし」
「……そうか?」
小首を傾げ、フードの裾を触る。
「そうだよ。んでもって滅茶苦茶強かったから絶対カタギじゃないって思ったもん」
「ふむ……目立たないようにしていたつもりだったが、逆効果だったようだ。やたらと不良に絡まれたのもそのせいか」
ニトの服装自体は一般的なアリウスの制服に校章等を外したり隠したりしたもの。特に改造等は施されていないが、先の戦闘の影響でボロボロなのも加味しても随分と年季が入っている。
これは彼女が最初に
「あー、それは別の要因じゃない?」
「……何?」
「ニトちゃん、銃を隠してるじゃん。それじゃあ、持ってないと思われてて舐められるのは当たり前じゃない? 頭の足りないチンピラなら尚更ね」
「……そういうものか。オレとしては、戦時でも無いのに得物を見せびらかすなどみっともないと思うのがな」
それはニトにとってポリシー、というよりは常識に等しかった。
しかし、ムツキの言うことも理解出来る。あそこまで治安が終わっているのであれば、銃を持っていることを明白にし、己に戦闘力があることをアピールするのは自らの安全を確保する為には必要な措置なのかもしれない。
「くふふ。何それ変わってるー」
(そ、そういう考えもあるのね。なんか硬派って感じがしてカッコイイ……!)
ニトの弁に可笑しそうに笑うムツキに対し、アルの方は内心そんなことを思いながら目を輝かせる。
先程見せた恐るべき強さに加え、落ち着いたクールな態度……どことなくニトから彼女が憧れて止まない“アウトロー”な雰囲気を感じ取っていた。
「で、でも……その、二、ニトさんは、沢山武器を持ってますよね……?」
「え?」
「ほう……気付いていたか」
ハルカの問いにニトは感心した様子でジャケットを開いてその内側を見せる。
そこには拳銃の入ったホルスター、大小様々なナイフ、手榴弾や閃光弾といった各種グレネード、弾倉、etc…etc…と、大量の武装がずらりと並んでいた。
因みに下着は黒のタンクトップに紺のホットパンツであった。
「す、すごい……!」
(! へぇ……かなり重量がありそうだけど、それであれだけ化け物染みた動きをしてたんだ)
(やっぱり只者じゃない……あの服が制服だとして、見慣れない格好だし……一体何者なんだろう?)
素直に驚嘆するだけのアル。一方、ムツキとカヨコは内心警戒を強め、その素性について考察する。襲撃こそ誤解だが、ニトという少女が圧倒的な力を有しながら、これまで一度も出会ったことも聞いたこともない謎の人物なのは変わらないのだから。
そんな彼女達の様子を察しながらも気にも留めず、ニトはハルカへと笑いかける。
「流石だな。あの時は“安い方”などと侮ってすまなかった。あそこまでガッツのある奴は初めてだった」
「そ、そんな……私なんて……」
「謙遜することはない。オレが保証しよう、君は指折りの強者だとな」
「え、えっと……あ、あああ、ありがとう、ございます……!」
純粋に称賛され、誉められ慣れてないのかハルカは頬を染め、恥ずかしげに俯く。しかし、口元は緩んでおり、嬉しそうだった。
「他の面々もなかなかの連携だった。それと鬼方……だったか? 君とは戦っていないが、二人が足止めしている間に一人で護衛対象を送り届け、ヴァルキューレから逃げる際も予め逃走経路も確保していたのは見事と言う他無い」
「……それはどうも。あんたが本当に敵だったら、どうなってたか分かんないけど」
「ふふっ、そうでしょう? カヨコはうちの参謀なのよ!」
微妙な反応をするカヨコとは対照的に仲間を誉められたアルは満面の笑顔を浮かべ、自慢気に胸を張った。
「ああ。この随分と立派な事務所を見る限り、さぞ儲けているのだろう?」
「え? え、ええ! まあそれなりには……」
「もうアルちゃんったら、見栄張っちゃってさ。本当は火の車なのに」
「ちょ、ちょっと!」
「社長……」
本当は無理して借りてるだけでついこの間まで公園でテント暮らしだったくらいには貧乏なのだが、つい見栄を張ってしまうアル。
これにムツキが面白そうに揶揄い、カヨコが溜め息を吐く。
「む……そうなのか?」
「うんうん。アルちゃんの金遣い荒かったりうっかりポカしちゃって依頼失敗してタダ働きになったり。今回の依頼は達成したけど今月赤字なのには変わりないしさー」
「べ、便利屋を始めてまだそんなに経ってないんだし仕方ないでしょうっ!? こういう仕事は“信用”が大切なのだし地道に依頼をこなしていくしかないのよ!」
その言葉に、便利屋68の実力をこの身で体感しているニトは心底意外そうにする。
「成程……そういえば、その角と制服を見るに、君達はゲヘナ学園の生徒と見受けるが、もしかして学園の支援は受けていないのか?」
まさかと思い、ニトが尋ねる。
「それどころか指名手配されているよ」
「授業にも出てないし、扱いとしては“脱走者”って感じかな? 風紀委員とも敵対しちゃってるし」
「……やはりか」
となれば、色々と不自由しているのだろう。まず指名手配されている時点で銀行口座は凍結される。学生証が使えるかも怪しく、学生という立場が身分証明や戸籍になるキヴォトスの生徒にとってはわりと致命的なのは間違いない。
「解せんな。それでも便利屋という不安定な仕事を続ける理由は何だ?」
彼女達の実力ならば風紀委員にでも入っても活躍するだろうし、わざわざ非合法の仕事に就く必要性は皆無なように思えた。
これにアルは一瞬むっとした表情になったかと思うと、腰に手を当て、高らかに宣言する。
「決まってるじゃない! このキヴォトスを股に掛ける“真のアウトロー”になる為よ!」
「……あうとろー?」
これにニトは首を傾げる。
「ええ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになる為に私はこの“便利屋68”を立ち上げたの!」
決まった……と言わんばかりに胸を張るアル。対するニトは思わぬ理由に一瞬フリーズするもすぐに納得した様子で頷く。
「成程……美学、或いは拘りという訳か」
それは人によっては、何よりも優先される。他ならぬニトもまたその部類であると言えよう。
ゲヘナ学園の校風は“自由と混沌”だと聞いていたが、その環境下ですら彼女にとっては欺瞞に過ぎず、それ故に飛び出したということか。
「──クク」
思わず笑みを溢す。
「? どうかしたのかしら?」
「いや……少し
在りし日の記憶。ニトからすれば善悪など時代と環境の中で常に変わり続ける不確かな概念に過ぎないが、この世の何よりも悪を愛し、憧憬していた彼女をついぞ悪だと思ったことはなかった。
「へぇ……その人とは気が合いそうね!」
「……ああ。きっと、そうだろう」
改めて、ニトは彼女達を分析する。
真のアウトローになると宣うアルに対し、他三名は様々な感情を見せているが、共通してこれを否定はしておらず、受け入れているように見えた。
恐らくこの“便利屋68”という組織が厳しい経営状況の中でもこうして成り立っているのは、ひとえにアルの求心力、天性のカリスマによるもの。これに加えて確かな戦闘力までも兼ね備えているのだから、リーダーとしての適正はかなり高いとニトは評価を下す。
そして、先程からずっと考えていたある
「……陸八魔アル社長」
「へ?」
「いきなりですまないが、こちらに提案がある」
「な、何かしら?」
内心社長と呼ばれた! とアルは舞い上がる。一方、ニトの雰囲気からその提案が何なのかある程度察したカヨコは更に警戒色を強めた。
「──これも何かの縁だ。
そう言ってニトは笑みを浮かべ、手を差し出した。
「──散々な目に遭ったが、見合った収穫だった」
時刻は夕暮れ。
交渉の末、
少数精鋭の何でも屋。その実力は確かであり、これから台頭していく可能性は充分にあると予想したニトは彼女達をアリウスで囲い込むことを思い付く。
とはいえ彼女達はその性質上、どんなにメリットがあろうと何かの下に着き、使い走りに成り下がることも決して了承しない。故に、アリウスの事は出来る限り暈し、対等な関係、所謂ビジネスパートナーということで納得してもらった。
しばらくは個人的な関係として続けていくことになるだろう。ムツキやカヨコは未だに警戒しているが、信頼はこれから獲得していけばいい。
彼女達の目指す道が“真のアウトロー”ならばある意味で利害は一致しており、何も問題あるまい。
失楽ニトが、アリウス分校が往く道もきっと、このキヴォトスにとっては紛れも無く“
「さて……そろそろ出てきて良いぞ」
唐突に、虚空へと呼び掛ける。
『………………』
暫くして、一人の少女が物陰から姿を現す。
淡い水色のショートカットで、ガスマスクで顔を隠した少女だった。ニトとよく似た白い制服を着用しており、その胸元にはアリウスの校章である髑髏と薔薇が刺繍されており、これを見たニトは眉をひそめる。
「……一応、校章は隠しておけ。お前にとっては己が忠誠を証明するモノなのかもしれんが、万が一がある」
彼女はニトの同志。アリウス分校の生徒であり、地上の駐留部隊の一員である。
ニトがD.U.へ来訪した時から、彼女は影の中に身を潜め、その動向を見守っていた。
『………………』
少女は無言のまま、スッと何かを取り出してそれをニトへと差し出す。
「ん? ああ。拾っていたのか、すまないな」
それはあの時、アルによって弾き飛ばされた拳銃だった。回収しそびれていたが、あの騒乱の中、拾ってきてくれていたようである。
戦闘の際に加勢に来なかったのはニトの目論見を察し、問題無しと判断したからか。どうであれ、気が利く奴だ。
ニトは拳銃を受け取るとこれを腰のホルスターにしまい、再び歩き出す。少女もまたその背中を追っていく。
『………………』
「まだ暫くは地上に滞在するつもりだ。本来の目的も達成していないしな」
D.U.という連邦生徒会のお膝元で得られた知見は、この街が思っていたよりもずっと、治安が悪かったということのみ。
(……あれが、日常茶飯事か)
今回、ニトが経験したトラブルはどれも恐らくキヴォトスでは何も珍しくないことなのだろう。
息をするように犯罪に及ぶ。息をするように銃口を向ける。そこら辺の学生が何の意識も矜持も無く銃を持ち歩き、己が欲望のままその軽い引き金を引き、平然と他者を傷付け、治安を乱し、警察機関は「ああ、またか」と取り締まる。人死になど滅多に無いからこそ皆あまりにも楽観的なのだ。
そんな日常。大人も子供も例外無く、このキヴォトスでは何の変哲も無い、当たり前のこと。
──反吐が出る。
秩序も、混沌も、何もかもが中途半端。それはブラックマーケットなんてものが存在し、看過してしまっている時点で既に分かりきったことであったはずだ。
(くだらんな。悲劇などいくらでも見てきただろうに。まだオレは連邦生徒会とやらに期待していたようだ)
ちらり、と少女の方を一瞥する。
この透き通った美しい空の下は、あまりにも硝煙臭く、歪な在り方で形成された箱庭。失楽ニトという存在にとっては実にくだらなく、受け入れ難く、本来であれば関わりたくもなかった。
だが、残念なことに、彼女が愛するアリウスは、その地下にあった。
「──より良い明日を。全ては虚しいが故にこそ」
『………………?』
「何でもない。にしても、腹が減ったな……“柴関ラーメン”はこの時間でもまだ営業していたか?」
『………………』
ニトは笑い、少女を引き連れてゲヘナから少し離れた砂に埋もれた土地へと歩みを進める。
実際に目の当たりにして、より実感が湧いた。己がこの世に存在する以上、いつかキヴォトスは変えねばならない。
たとえ多くを壊し、多くを奪い、多くを犠牲にすることになろうと──。
けれど、その日が来る、それまでは。
──精々この箱庭を楽しむとしよう。
こんな場所でも
便利屋のニトちゃんへの印象。
アル:強くてクールでカッコいい! ビジネスパートナーって響きすっごくアウトロー!
ムツキ:何か隠しているため怪しさを感じているが、アルちゃんは嬉しそうだしなんか面白そうなのでオーケー。
カヨコ:怪しい。社長の決定なので従うが、私兵にされたり利用されたりしないようにサポートしないと。後でニトの背景を調べるつもり。
ハルカ:誉めてくれた良い人。アル様の敵なら殺すが、そうでないのなら仲良くしたい。