アリウスの王   作:大嶽丸

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気付いたら長くなってた。戦闘シーンって書いてて楽しいけどつい無限に書いちゃうから止め時が分からなくなるのが悩みどころ


死闘

 

 

 かつて、便利屋68に語ったようにニトは自分と同格以上の相手との戦闘経験に乏しい。

 

 アリウスにおいて彼女は疑いの余地無く絶対強者であり、こと戦闘のみに限定すればベアトリーチェを除いて彼女を脅かすような戦力は殆ど存在していなかった。

 

 否、最初期。アリウスに流れ着いたばかりの頃は()()()()()()()()()、幾度も死にかけたが、それはまた別の話だろう。

 

 ともかく、何が言いたいのかと言うと──。

 

「シィィッ──」

 

「ハッ まだ()()()()()……!」

 

 ニトにとってこの経験は未知であり、得難いものであるということだった。

 

 心底楽しそうに笑みを浮かべる彼女の紅眼が映すのは、こちらへ肉薄するツルギの姿。獰猛に突撃し、一見すると狂犬としか思えぬ捨て身であったが、その実なるべく近接を避け、付かず離れずの絶妙な間合いを維持している。

 

 その風貌と戦い方に反して、剣先ツルギという戦士は恐ろしいまでに冷静に戦況を分析し、最適に近い戦闘論理を立てていた。

 

「ギヒッ!!」

 

 獣が如く這うように姿勢を低く疾走し、刺々しい風貌の二挺のショットガン──ブラッド&ガンパウダー。血と火薬と命名されたそれを荒々しくぶっ放す。

 

 対するニトはThe Lucy12──二挺で一挺の銃であるが故に、双方にその銘が刻まれた大口径の拳銃を向ける。

 

「なら、これはどうだ?」

 

 次の瞬間、二挺から()()()弾丸が一気に射出される。

 

「────ッ!?」

 

 爆発かと見間違うマズルフラッシュ。

 

 これにツルギは瞠目する。何をしたのかと言えば、単に人間離れした凄まじいコッキング速度によりマシンガンの如く高速乱射したに過ぎない。

 

 それが異常な、常識外れな行為であることは誰の目から見ても明らか。拳銃で、況してやあのような普通ならば片手で撃つことすら儘ならないはずの代物でそれが可能だとは思いもしなかった。

 

 有り得ない、しかし現実としてそれは起きている。拡散するように迫り来る銃弾を前にツルギは驚愕により生じたその動揺を一瞬にして振り払い、回避せんと全力で飛び退く。

 

「ギィ──ッ!?」

 

 ──が、流石の彼女もこれは避け切れずに一発が片方の翼へと被弾。また肩や太股にも掠め、激痛にツルギは呻き声をあげながらずさりと地面へ滑るように倒れ込む。

 

 そこへニトは一瞬で距離を詰め、片足をぴんと直角に振り上げ──。

 

「ッ────」

 

 思い切り振り下ろされた踵落とし。ギリギリのところでツルギは横へ転がることでこれを避け、代わりに地面が砕ける。

 

 ニトは追撃を──することはなく、逃れたツルギへと視線をロックしながらラピットローダーを用いて撃ち尽くした拳銃へと弾を込めていく。

 

「きひっ、させるかァッ!!」

 

 それを見てツルギはすかさず発砲。しかし、ニトはこれをステップするように回避しながら素早く装填を完了させ、銃口を向ける。

 

「チィッ──」

 

 ツルギは舌打ちし、再度放たれる弾丸を避けて距離を取った。

 

(ッ……たった一発でこれ、か。やはり、まともに受けるべきではないな)

 

 激痛が走る翼へと視線を向ければ貫通こそしていないが、僅かに折れ曲がり、動かそうとしてもピクピクと痙攣するのみ。掠めた部位からも出血しており、直撃していればどうなっていたか……考えるだけで恐ろしい。

 

 一発でも必殺級。ただ威力を突き詰め、それ以外を徹底的に度外視した馬鹿馬鹿しいまでに凶悪な拳銃。

 

 それが脅威的に思えるのは、十全に扱う使い手による影響が大きい。反動を殺し切って片手で容易く連射してみせる肉体スペックもだが、狙いも精密でツルギから見ても高い射撃技能を有しており、鬼に金棒とは正しくこのことだろう。

 

「きひひっ……くけけけ……」

 

 敗北の可能性。

 

 それが何度も過りながら、しかし恐怖は無く、逆に異様なまでの高揚感に身を包まれる。

 

「楽しいか? オレも楽しい」

 

「……なに?」

 

 その心の内を見透かすようにニトが尋ね、ツルギは怪訝そうに顔をしかめ、しかし次の瞬間には合点が行く。

 

(ああ……そうか。楽しいのか、私は。自分が敗けるかもしれない、この状況が)

 

 かつてない強敵との死闘。そのような未知の経験により抱く感情は、奇しくもニトが感じているものと酷似しており、その答えを提示されたツルギは正しくそれこそが正解であると、あまりにも自然に受け入れてしまう。

 

 即ち、闘争の歓喜。

 

 これまでも戦いが楽しいと感じたことは幾度もあったが、今回のそれは格別に違う。危機的状況を前にしてもどうしようもなく気分が高揚し、胸の内で何かがマグマのように熱く煮え滾る。

 

「さあ、続けようか。戦士よ、血湧き肉躍る我らだけの一心不乱の闘争を」

 

 両手を広げ、ニトはそう言い放つ。

 

 彼女の方も既に何度も被弾しているはずだが、堪えた様子は一切無く、心底楽しいと言わんばかりに笑い、ツルギの存在を歓迎していた。

 

「──語るに及ばず」

 

 それに応えるかの如く、ツルギは大地を蹴る。

 

(恐らくあの銃の最大弾数は六発だけ。二挺合わせて十二発……おまけにリボルバーだ。さっきは失敗したが、如何に速度を追求しようとも、リロードは致命的な隙になる)

 

 相手もそれを理解しているのだろう。好んで近接戦闘を行うのは身体能力の高さだけでなく、極力弾薬を無駄遣いしないためとみた。

 

 口角を吊り上げ、胸を高鳴らせながらも彼女の脳内は相も変わらず冷静に状況を分析し、勝機を見出ださんとする。

 

(なら、リロードの隙を与えないよう攻めて、攻めまくり、撃ち尽くさせる……!)

 

 故に、ここで攻めに転じる。

 

 まずは厄介な銃を封じようと疾走。些か脳筋が過ぎる方法ではあるが、相手がどれだけの弾薬を有しているのか分からず、そうでもせぬと埒が明かぬと判断した。

 

「──良いだろう、やってみせろ」

 

 その意図を察し、けれどもニトは逃げも隠れもせず迎え撃たんと銃口を向ける。

 

「キィィィィェェェエエエエ!!」

 

「む?」

 

 しかし、ツルギは速度を緩めることなく突撃し、引鉄が引かれるよりも先に一気に距離を詰め、ニトの眼前にまで迫る。これに驚きながらも構わずニトは発砲するもその瞬間に腕を蹴り上げられ、銃弾は在らぬ方向へと飛ぶ。

 

 ならばともう片方の拳銃を構えようとするも、その時には既にツルギはこちらの懐にまで入り込んでいた。

 

 そのまま両者の距離が縮まり──。

 

「ギッ──」

 

「ぐっ──」

 

 ──衝突する。

 

 肉体と肉体のぶつかり合い。そうとは到底思えぬパンッという空気が切り裂かれる音が響く。

 

 数秒ほど鍔迫り合い、しかしやはりフィジカルはニトの方が上であり、力負けして圧し込まれる。

 

「ッ──キャヒャァッ!!」

 

 が、寸前で衝撃を逃がすように横へずれ、ショットガンの銃口を腹部へと押し当てた。

 

 ダンッ、と間髪入れずに引鉄を引く。

 

「かはっ……」

 

 ゼロ距離からの散弾を受け、仰け反るニト。それで終わらずにツルギはそのまま銃口を更に押し出し、再度発砲。二度目の衝撃によりニトの足は宙に浮き、彼女の体は大きく吹っ飛んだ。

 

「ッ──やるな」

 

 然りとて、吹っ飛ばされながらもニトは笑い、照準を合わせて引鉄を引く。

 

「きひっ……!!」

 

 その行動はツルギも予測済み。放たれた銃弾を首を曲げて避け、カウンターするかのようにショットガンを発砲する。

 

 狙った先はニトの頭でも胴でも無く、彼女が握る拳銃だった。

 

「ぬっ──」

 

 見事命中し、手から拳銃が撃ち落とされる。これにニトは顔をしかめながら地面へと叩き付けられ、転がっていく。

 

 そのまま体を捻って受け身を取り、起き上がるなり即座に飛び退けば、先程まで居た場所にツルギの弾丸が如き速度で飛び蹴りが炸裂する。

 

「死ねェ!!」

 

「は。血の気が多くて何より」

 

 容易く地面が砕け、土煙と破片が舞う。

 

 足が突き刺さったままツルギはぐるんっと方向転換して散弾を乱射。これにニトは近くの街路樹へと体を掩蔽し、防ぐ。

 

 そして、街路樹へと銃口を押し付けた。

 

「ッ!!」

 

 ドンッ、と銃弾が幹を貫通して放たれる。思わぬ場所から飛んでくる銃弾を、しかしツルギは視てから回避し、そのまま突撃してニトが隠れる街路樹の後ろへと回り込む。

 

「ほう──」

 

「──殺すっ!!」

 

 向けられるショットガン。ニトも迎撃せんと銃口を向け、しかし即座にそれがブラフであることに気付く。

 

 ツルギは自らの膝を限界まで折り畳み、そのまま勢いをつけて足刀を繰り出す。

 

「!」

 

 咄嗟にニトが片腕でこれをガードすれば背中を預けていた街路樹が衝撃でへし折れる。けれどもその威力をしっかりと受け止め、もう片方の腕で足首を掴んだ。

 

「アヒャッ!?」

 

「なかなか良い蹴りだったぞ」

 

 轟!! とニトは足首を掴んだ腕を思い切り振るい、ツルギを地面へと叩き付ける。

 

「がはっ──!?」

 

 当然の如くツルギは地面に陥没し、そのまま引き摺られるように前方へとぶん投げられてしまう。

 

「ギヒィッ!? ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──ー!! 

 

 ゴミのように宙を舞い、しかしツルギは空中で無理矢理体勢を整えて地面へと着地。そこから一瞬足りとも止まることなく絶叫しながら尚も疾走する。

 

「ッ────」

 

 迎え撃たんとニトは拳銃を向け、しかしツルギは更に加速。漆黒の弾丸となって銃口の射線から外れ、一気にニトの懐へと入り込んだ。

 

 またしても瞬間的にではあるが、こちらの反応を上回るスピードに眼を見張る。そんなニトへとツルギはショットガンを槍のように突き出しながら撃ち放つ。

 

「!」

 

 散弾が頬を掠めながらもニトは横へと飛び退いてこれを避け、再度銃口を向けた。ツルギもその行動を予測して振り向き──。

 

「ッ!?」

 

 ダダダダダッ、と明らかに拳銃ではない銃声が鳴り響く。ニトの手にはこれまで持っている素振りを見せなかったアサルトライフルが握られており、これを片手で乱射する。

 

(ッ…………! 落ちているのを拾ったか……ッ!)

 

 気絶している正義実現委員会の誰かの武器。ツルギは顔をしかめ、銃撃を回避して再び接近し、その銃身へと掴み掛かった。

 

「おっと──」

 

「ギィ──吹っ飛べッ!!」

 

 そして、思い切り振るった。

 

 銃を握ったまま振り回される形となったニトは何度も背中から叩き付けられ、先刻のお返しだと言わんばかりにそのまま遠心力に任せて放り投げられる。

 

 ドゴン! と、ニトは重力に従って飛んで行き、レンガ造りの壁へと頭から激突した。

 

「ッ……クク。今のは効いたぞ」

 

「きひっ……とてもそうは見えないがな……」

 

 崩落してくる瓦礫を払い除けながら立ち上がり、称賛の声をあげるニトに対して、ツルギは渋い表情を浮かべた。

 

 ──まるで不倒の大樹。眼前の敵が倒れるビジョンがこれっぽちも見えてこない。

 

 手応えが無い、とは言わない。けれども、あれだけ攻撃を受けながら堪えた様子も無く、こうも余裕の態度を取られると流石のツルギも効いていないのではと不安に思ってしまう。

 

 とはいえ考えてみれば特段不思議なことではない。何せあの身体能力と怪力なのだ、それを駆使する肉体もまた丈夫に、屈強なものへと育つのは自然なこと。

 

 一方、ツルギの方はどうだ。頭からは血が流れ、見るからに満身創痍。傷は徐々に再生しているが、それでもダメージは着実に蓄積しており、気を抜けばすぐにでも倒れ込んでしまいそうだった。

 

 客観的に見て、劣勢なのは間違いなくツルギだった。

 

(──それが、どうした)

 

 だが、笑みは崩れずまた発せられるその闘志と殺意は衰える気配が無く、むしろ強まっているようにすら思えた。

 

 少なくともそれを一身に浴びるニトはそう思い、改めて彼女を称賛する。

 

「……大した奴だ、本当に」

 

 速度が上がっている。

 

 それはもはや動きに慣れる、というレベルではなかった。単純な身体のスピードだけでなく、反射神経や動体視力、五感に至るまで戦闘が始まって今この時までの短い間で著しく向上しており、まるで適応、或いは()()しているかのようだった。

 

 身体能力というアドバンテージ。ことスピードにおいては失われつつある。

 

(流石に少し……いや、かなりまずいか? 一体どこまで強くなるのやら)

 

 追い付かれ、追い抜かれる可能性。分かってはいたことだが、それが現実味を帯びてきたことで改めてこのまま戦闘を長引かせてはならぬとことを理解する。

 

 短期決戦──ニトもツルギも危機的状況の中でそれが最適解であると認識し、実行に移す。

 

「────」

 

「────」

 

 故に、両者がほぼ同時に前へと出る。

 

 互いに銃口を向け、発砲。迫り来る銃弾を避け、そのまま近接して再びぶつかり合う。

 

 殴り、蹴り、銃身で殴打、また殴って蹴って殴り──。荒々しく、泥臭い格闘戦が繰り広げられる。

 

「ギィィ──ッ!?」

 

 そして、応戦を征したのはニト。ツルギが振りかぶった銃身を弾くように受け流し、素早く繰り出された裏拳が下顎へと叩き込まれる。

 

「ッ──まだ、まだァ!!」

 

 脳が揺れ、意識が遠のく。けれどもツルギは気合で覚醒し、仰け反った上半身を勢いよく前面へと揺らす。

 

「ぐッ…………!?」

 

 繰り出された頭突きが顔面へと激突。鼻っ柱へと伝わる衝撃に流石のニトも堪らず後退してしまい、その隙にツルギはショットガンを構える。

 

 この距離ならば、狙う必要は無い。銃口を向けた瞬間に引鉄を引いてぶっ放す。

 

「ヒャハハハァッ!!」

 

「はっ──やってくれるな、此奴め」

 

「ッ!?」

 

 至近距離から放たれる散弾。対してニトは血が混じった唾を吐き捨て、何を思ったのか避けも防ぎもせずにそのまま前進する。

 

 これにツルギは目を見開く。身体中隈無く鉛弾を浴び、しかし一歩も後退せずにニトは魔物のようにその紅い眼を輝かせながら距離を詰めると、拳を握り締め──。

 

「ふん!!」

 

 鈍い音と共に発生した風圧が周囲を揺らす。

 

 腰を深く落とし、砲弾の如く腹部を狙って振り抜かれた拳。咄嗟にツルギは腕をクロスさせて防御するも恐ろしく重い一撃に踏ん張ることも出来ずに足が宙へと浮き、そのまま吹っ飛んだ。

 

「ご、が……ぁ……っ!?」

 

 腕が軋み、内蔵が圧迫される。怪力により繰り出された渾身の拳はガードの上からでもツルギに致命的なダメージを与えた。

 

 ニトは止まらず、追撃とばかりに宙を舞うツルギへと拳銃を向ける。

 

「──ニィ!!」

 

「む────?」

 

 が、ツルギは苦痛に顔を歪め、しかし笑みを絶やさず、ショットガンを構える。

 

 同時に、銃声が鳴り響く。先に撃ったのはニトであり、放たれた二発の弾丸を狙い、ツルギは引鉄を引いた。

 

「グ、ギィ…………ッ!!」

 

 空中でありながらその狙いは精密で一発を相殺して撃ち落とすことに成功する。

 

 しかし、二発目は命中したものの軌道が僅かに逸れただけでツルギの肩口へと撃ち込まれ、堪らず握るショットガンの片割れを手から放してしまう。

 

「ッ──残り、二発ゥ!!」

 

 にも拘わらずツルギは微塵も怯むことなく、そのまま体を捻って地面へと着地。再びニトの下へと獰猛に疾走していく。

 

 先刻弾き落とした拳銃がどちらかは不明だが、相手の残弾はどんなに多くても僅か二発のみであり、ここまで来れば意地でもリロードの隙は作らせない。

 

「きひ、キヒャヒャヒャッ!! 前へ! 前へ! 前へ前へ前へェェエエ──!!」

 

 だらんと垂れ下がる片腕も、身体のあちこちから悲鳴のように訴えかけてくる激痛も知ったことではないとツルギは駆け抜ける。

 

「しぶとい奴だ。だが──」

 

 ──次の瞬間、ニトの姿が視界から消える。

 

「ギィッ!?」

 

「先の一撃は流石に堪えたようだな。動きが鈍くなってきているぞ」

 

 背後へと回り込まれた。直ぐ様ツルギは振り向けば、ニトが拳を振り抜いて──。

 

「ッ────」

 

 ぶわりと髪の毛が舞う。寸前でツルギが首を曲げ、拳は空を切り、続け様にニトは拳銃を握る方の腕を振るい、銃床で殴らんとした。

 

 これに対してツルギは咄嗟にショットガンの銃身で防ぐ。ならばとニトはそのまま圧し潰そうと力を込めるも、負けじとツルギも踏ん張り、鍔迫り合いが発生する。

 

「シィッ…………!!」

 

「そろそろ終わりにしようか。剣先ツルギ」

 

「きひ、クケッ、上……等、だァ!!」

 

 筋力は変わらずニトの方が上であり、すぐにでも現在の拮抗は崩れるだろう。

 

 この死闘にも漸く勝敗が見えてきたこの状況にニトは笑い、対するツルギも微塵も諦めた様子は無く、歯を剥き出しにして唸る。

 

 その執念に感服しつつ、ニトは空いたもう片方の腕を振るい──。

 

「──ミカ?」

 

 次の瞬間、遠くから轟音が響く。

 

 聴こえてきた方角。そこは彼女が親衛隊と共に戦っているはず。

 

 そして、ほぼ同時に()()がした。懐かしく、決して忘れるはずのない、忌々しき、忌むべきもの。

 

 ──赤い、あの異形が嗤うのを幻視する。

 

「来たか、ベアト──」

 

「余所見をォ……」

 

 ほんの一瞬、気を取られる。

 

 刹那に満たぬそれであったが、そんなものを見逃すツルギではなかった。

 

「するなァァアア!!」

 

「ぬっ────!?」

 

 僅かな綻びを突き、起きたのはまさかのニトが押し負けるという大番狂わせ。

 

 ツルギはここに来て巡った絶好のチャンスに歓喜し、同時に相手があろうことかこの至高の戦いの最中に他の何かに気を取られたことに怒り狂いながらショットガンを向けると間髪入れずにぶっ放す。

 

「ぐっ……ああ、失礼した」

 

 ニトはこれを腕でガードし、後退しながらも即座に銃口を向け──。

 

 パンッ!! 

 

「──何?」

 

 背中に衝撃。振り向けば、何者かがスナイパーライフルをこちらへ向けている。

 

 その顔には、見覚えがあった。

 

「ハァ……ハァ……正義実現委員会を、舐めないでください……!」

 

 副委員長、羽川ハスミ。

 

 先程眉間を撃ち抜いたはずの彼女が意識を取り戻し、地面を這いつくばりながらも銃を構え、こちらを発砲したのだ。

 

「ツルギ、今で──」

 

「ガッツのある奴は嫌いではないが、水を差すな」

 

 もう一度頭を撃ち抜き、ツルギの方へと向き直る。既に彼女はすぐそこにまで迫っていたが、ニトは動じることなくその()()()()()を外すまいと照準を合わせた。

 

 対して、ツルギは足を止めない。一度ならず二度目の好機。ここで止まってしまえばもう終わりであることを理解しているが故に──。

 

「──終わりだ」

 

 一片の容赦無く引鉄を引く。

 

 ダメージの蓄積により動きに支障が出ているツルギを外す道理は存在せず、放たれた弾丸は寸分狂わず彼女の胸元、心の臓腑へと命中する。

 

「ガフッ……キィィェェェエエエエ!!」

 

 ──それでも、足を止めない。

 

「何──?」

 

「きひっ、くけけけ。これでぇ……()()()()()()なァ……!?」

 

 あれだけ恐れていた大口径の銃弾の、それも急所への直撃を物ともせず、おおよそ人から発せられるものとは思えぬ声で絶叫しながらツルギは突き進む。

 

 思わぬ光景にニトは瞠目し、然りとて答えは明白であった。

 

 よく知っている。別に何の絡繰も無い……伊草ハルカと同じく、剣先ツルギはただ執念と気合のみで銃撃を耐え抜いたのだ。

 

「殺すッ!! 今度こそ、絶対に殺すゥゥウウ!!」

 

 そのままツルギはニトのがら空きとなった胴体へとタックルを繰り出す。

 

「ぐっ────!?」

 

 砲弾が如き突進。無防備に受けたニトは思わず後退りしてしまい、次の瞬間には側頭部へと衝撃が走る。

 

 ツルギがショットガンの銃身をフルスイングして殴り付けたのだ。

 

「ギヒャヒャヒャァ、死ねェ!!」

 

 よろけるニトへと即座に銃口を向け、発砲。ここで漸く生まれた致命的な隙、ペースを崩したニトに対し、好機は今しかないとツルギは荒々しく、ここぞとばかりに畳み掛け、攻め立てていく。

 

(かはっ……これは、まずいな──)

 

 撃たれ、殴られ、また撃たれる。

 

 逃れようにもツルギの猛攻は止まらない。虚を突かれたニトは抜け出す機会を模索するも一向に見えてこず、一方的に攻撃を受け続けてしまう。

 

 形勢逆転。今までのダメージも考慮するとこのまま行けば、そう長くない内にニトの肉体が限界に達する。

 

(……ここまでか)

 

 ニトは静かに目を閉じた。

 

「──The grass is withers and it’s flower fall away.

 

「────?」

 

 ぼそり、と何かが呟かれる。それと共にニトはゆっくりと狙うように銃口を向けた。

 

 それは六発撃ち尽くしたはずの拳銃。これにツルギは一瞬呆気に取られ、しかしブラフのはずだと構わずに攻撃を続け──。

 

ドォン!! 

 

 ──轟音が、鳴り響く。

 

「は──?」

 

 思わず、ツルギはその動きを停止させる。

 

 なんだ、今の音は? 銃声? だが、それは有り得ないはず──? 

 

 そんな思考を、上書きするように腹部から激痛が伝わってきて、己が()()()()ということを認識した。

 

「がはっ……!?」

 

 同時に、()()する。

 

 腹の傷口。そこにある弾丸が爆ぜ、更なる衝撃と痛みが襲い掛かった。

 

(なんだ? これ、普通の弾とは違──)

 

 未知なる現象にツルギは戸惑い、しかしその思考も長くは続かない。

 

 ニトの拳が、彼女の頬へとめり込んだ。

 

「見事だ、剣先ツルギ」

 

 バゴンッ、と銃声にも負けない鈍い音。ツルギは為す術無く地面へと叩き付けられ、ゴロゴロと転がっていく。

 

(がぁっ……ぁ……グゥッ、まずい、意識が……)

 

 何が起きたのか分からず、しかし立ち上がらなければとツルギは力を振り絞るも、脳が揺さぶられて身体が上手く動かない。

 

 そんな彼女の耳に、カチャカチャという音が小刻みに聴こえてくる。

 

「しまっ──」

 

ドォン!! 

 

 再び鳴り響く銃声、それも次は六回。

 

 素早くリロードを完了させたニトは躊躇無く地を這うツルギへと全弾撃ち込んだ。

 

 その後空間を静謐が暫し支配し、薬莢が落ちる音だけが反響する。ニトが見下ろせば、既にツルギはぴくりとも動かず、完全に意識を失っていた。

 

「ふぅ……手強かった……」

 

 コキリ、とニトは首を回す。

 

「聖なる1()3()()()……とでも言っておこうか。なに、そう大層なものではない。単に“神秘”を用いて銃弾を一から構築しただけに過ぎんよ」

 

 笑みを浮かべ、ニトは語る。尤も、話しかけている相手はもはやそれを聴くことは出来やしないのだが。

 

「だが、これまで誰にも見せたことがない“とっておき”の一つではあった。ここで使うつもりはなかったが、引き出されてしまうとはな……」

 

 相手がこちらの愛銃(The Lucy12)を脅威に感じ、残弾を気にした時から作戦としては考えていた。現に実行すれば見事不意を突き、決め手となったのだからそれは正解だったと言えよう。

 

 しかし、手札は隠し持っておくべき。何よりこの業はまだ発展途上であり、全貌を見せるのはまだその時ではないとニトは認識していた。

 

 にも拘わらずその手札を切ることになったのは、ひとえにそれだけ剣先ツルギが強かったということである。

 

「……楽しかったぞ、強き者よ」

 

 名残惜しそうに。そう言い、倒れ伏すツルギを一瞥するとニトは踵を返す。

 

「さて、と……ミカ達の方はどうなっている? このままでは、間に合わんぞ」

 

 タイムリミットは近い。

 

 白洲アズサの離反。桐藤ナギサの奇策による正義実現委員会の出動。その他にもイレギュラーが多発しているようだ。

 

 混沌、それが長引けばトップの首を取るだけでは終わらず、トリニティ全軍を敵に回すこととなり、現在動員している部隊だけでは勝てる見込みは薄いし、仮に勝ったとして損耗は激しい。

 

 何より()()()()()()()での戦争など端から望んでおらず、その段階へ至る前にクーデターを完遂させ、パテル派とアリウスの体制を確固たるものであることを知らしめる必要があるのだが、現在は厳しい状況であるとみた。

 

 ならばニトはすぐにでも加勢したいところだが……。

 

「──ベアトリーチェ。漸く尻尾を見せたな」

 

 既に気配が消えている。コソコソと隠れ潜み、今回はアリウスではなくトリニティの方へと干渉し、裏で糸を引いているのだろう。桐藤ナギサの不可解な行動も、それで説明が付く。

 

 でなければ今の今までニトがその存在に気付かぬはずがない。元より奴の暗躍は確信していたが、これで決定的なものとなった。

 

「そうまでしてアリウスが欲しいか? 憐れな女よ」

 

 聴いているのか、視ているのか。その問いかけに、返答は無く、しかしニトは構わず言葉を続ける。

 

 トリニティとアリウスの戦争を誘発……にしては動きがあまりにも雑。腐ってもゲマトリアに所属し、かつてのアリウスを支配しかけた女、多少は考える頭がある。

 

 だとすれば、本当の狙いはクーデターの阻止。この期に及んで仕掛けて来ずに狡い妨害しかやって来ないのは、そういうことなのだろう。

 

 恐らく目的はエデン条約、その調印式。黒服が言っていたことが真実ならば彼女がアリウスを狙った動機はそこに隠された“秘術”なのだから──。

 

「……良いだろう。良いとも、貴様が一体何を企んでいるのか知らんが、こちらは逃げも隠れもせん……いつでもかかって来るがいい」

 

 ここで仕掛けて来るのならば始末するのは造作も無いが、残念ながらここではもう姿を見せることはないと思われる。

 

 しかし、奴がトリニティに潜んでいることが分かっただけでも大きな収穫。後は思うままに“舞台”を整え、お膳立てしてやればいい。

 

「──何度でも滅ぼしてやる。我らが怨敵」

 

 その瞳が、紅から金色に輝く。

 

 明けの明星。光をもたらす者は、闇夜へと消えていった。





因みにツルギは30分後くらいには回復して起き上がってくる。こわ~
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