アリウスの王   作:大嶽丸

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レイドボスかな?


【総力戦】聖園ミカ

 

 

 蒼森ミネがこの日、学園内に居た理由は()()()がしたからである。

 

 ただ何となく、()()()()()()()()()()だと、そんな予感がした。それだけの理由で何の疑問も無く、昏睡状態の百合園セイアの付き添いで救護騎士団を離れていた彼女は、突発的に戻ってきた。

 

 ──着いた頃には夜。来てみれば、戦闘が勃発していたのだから酷く驚いた。

 

 何という()()か。自分の勘は当たっていた。であれば、やることは一つ。

 

「“救護”!」

 

 そうして、今に至る。

 

 落下してくる隕石を盾で防ぎ切り、全身に伝わる衝撃や痛みなど気にも留めずミネは突き進み、ミカへと肉薄する。

 

「ああもう! 時間が無いんだからさっさと倒れてよ!」

 

 その猪武者っぷりにうんざりしながらミカがサブマシンガンを掃射。けれどもやはりミネは止まらず、盾を構えながら接近し、隙あらばショットガンを撃ち放つ。

 

「そういう訳には行きません! 私はあなたを救護しなければなりませんから!」

 

「訳分かんないなぁっ!? 歌住サクラコといい、ユーグちゃん達を見習いなよ。まあ、ちょっと腹黒いところはあるけど」

 

「誰のことですかっ!?」

 

「あなた達の後釜になる予定の子たち! だから、さっさと引退してねっ!」

 

「あなたの方こそ、訳が分かりません……!」

 

 ミカは苛立っていた。

 

 補習授業部、シスターフッド、挙げ句に救護騎士団。イレギュラーに続くイレギュラーにより計画は大幅に狂い、ここに足止めしている正義実現委員会も合わせればいよいよ以てトリニティ全軍を相手取ることになってしまい、そうなれば何もかもが破綻しかねない。

 

 ──失敗。

 

 それだけは避けねば。絶対に。

 

「邪魔を……するなぁ!」

 

 拳に、神秘を込める。

 

「ッ!?」

 

 振り抜かれた右ストレート。ミネは盾を構えるも、次の瞬間に伝わってくる重厚な衝撃を前に瞠目する。とてもではないが、あの華奢な身体やか細い腕から生じた力とは思えなかった。

 

「くっ……何という膂力……!」

 

 歯を食い縛り、どうにか踏ん張るミネ。すると今度は横合いから水を差すように銃撃が襲い掛かった。

 

「ッ──」

 

「あれが蒼森ミネか。報告通りの実力者のようだ、援護する」

 

 親衛隊が取り囲む。ミカへ向かって猪突猛進している間に彼女達はミネを包囲しており、一斉射撃を開始する。

 

「くっ……!」

 

「あはっ☆ 多勢に無勢だね、降参したら?」

 

 これにミカが笑う。面倒な手合いではあるが、幸いにも相手は単独であり、他の救護騎士団はまだ駆け付けていないようだ。

 

 ならば、単純な実力は上回っているミカに加え、精鋭である親衛隊が居て負ける道理は無い。

 

「それが、救護を諦める理由になりますかッ!?」

 

「……あっそ。どいつもこいつも往生際が悪くて困っちゃうなぁ」

 

 雨のように銃撃を浴びながら、それでもミネは倒れずに抵抗を続ける。

 

 それをミカは冷たく見据え、トドメを刺さんと銃口を向け──。

 

「ッ!?」

 

 その時、背中に衝撃が走る。

 

「──主よ、我らを救い給え!」

 

「ッ……歌住、サクラコ……!?」

 

 振り向けば、満身創痍のシスターがすぐ後ろまで接近しており、銃口を押し付けていた。隕石に巻き込まれて気絶していたとばかり思っていたミカはその姿に驚愕する。

 

「シスターフッドを……我々を甘く、見ないでください……!」

 

 そのままサクラコは引鉄を引き続け、銃を乱射する。至近距離からの銃撃に流石のミカも身体をよろめかせ、顔を歪める。

 

「がっ……このッ! 負け犬のくせに、邪魔しないで!」

 

 振りほどかんとするも、サクラコは抱きつくようにしがみついて離れず、弾を撃ち尽くしても動く気配は無く、ならばと殴り付けてもそれは変わらない。

 

 信仰により鍛え上げられた精神力。ほぼ気合で彼女は意識を保ち、抵抗していた。

 

 それを見た親衛隊の一人がミカを助ける為に銃口を向け、発砲しようとする。

 

Vanitas vanitatum et omnia vanitas……!」

 

「なっ──」

 

 瓦礫の陰から飛び出した白洲アズサが、それを阻む。彼女は親衛隊の一人を撃ち抜き、そのまま奇襲を仕掛ける。

 

「ッ……大したものだ。サオリの奴に鍛えられただけはある」

 

「もう止めるべきだ!」

 

「何?」

 

 銃撃戦を繰り広げる中、アズサが叫ぶ。

 

「分かっているはずだ! これ以上戦い続ければ──」

 

「……そうだな。だが、聖園ミカは諦めておらず、我々は彼女に従うように命じられている」

 

「なっ……だからといって……!」

 

「我々はアリウスの兵士であり、猟犬に過ぎない。──ならばただ命令に従い、与えられた仕事を全うするまで」

 

「ッ──それで、良いのか? お前達は」

 

「そう望み、そう在らんとしている。とはいえ閣下が求めるのはきっと、お前のような者なのだろうな」

 

 アズサは親衛隊を説得しようとしてみるも、やはり無駄。彼女達はアリウスの兵士として己を律し、私情を完全に切り離している。

 

 彼女達は、たとえ自分達に不利益がもたらされる結果になろうと、それがアリウスが下した命令ならば何の躊躇も無く実行し、役目を完遂するのだろう。

 

 ──兵士として完成されている。

 

 そのような印象を抱き、アズサは己では出来なかったその在り方に内心敬意を表する。

 

「それでも、私は……!」

 

「皆まで言うな。言ったろう、言葉は不要だと」

 

 アズサは顔を歪め、しかしとうに覚悟は決めており、改めてかつての同胞へ牙を剥く。対する親衛隊も迷い無く淡々と応戦する。

 

「ッ……救護の邪魔を、しないでください! あなた方も救護が必要だと言うのならば聖園ミカさんを処置した後にまとめて救護してあげますから!」

 

「ぐっ……何を言ってるかさっぱり分からん。言葉が通じん奴だとは聞いていたが、ここまでとはな」

 

 そして、ミカがサクラコに、親衛隊の一部がアズサに気を取られたことによりミネへの攻撃の手が僅かに緩む。

 

 その瞬間を見逃さずにミネは反撃に転じる。盾を構えたまま全速力でダッシュ。

 

 宛らシールドバッシュの如く親衛隊の壁を突き飛ばしながら目指す先は当然、未だにサクラコを振り払うのに悪戦苦闘しているミカだった。

 

「気を付けろ! 聖園ミカ!」

 

「えっ──」

 

 親衛隊の叫びで漸くミカは反応。こちらへ迫るミネに瞠目し、即座に近くの瓦礫を掴み、動きを止めんと思い切りぶん回す。

 

 が、ミネは大地を踏み締め、蹴った勢いに任せて高く跳躍することでこれを避け──。

 

「救護ォ!!」

 

 ──降下すると共に盾を突き立て、ミカの頭を殴り付けた。

 

「がっ……!?」

 

 盾はそのまま地面へと突き刺さる。頭が割れたのではと錯覚するような激痛を前にミカは堪らず膝を付く。

 

 そこへ、ショットガンの銃口が向けられた。

 

「ッ~~~~!! 救護救護言いながら……殺す気なのかなっ!?」

 

「殺してでも救護する! その覚悟です!」

 

「ああそう! ふざけてるねほんとに!」

 

 襲い来る銃撃をミカは翼を展開して防ぎ、怒りのままに飛び出してミネの懐へと飛び込んで掴み掛かる。

 

「ッ────」

 

「じゃあ、私も殺す気で行くよ! 蒼森ミネ!」

 

 ミカが拳を握り締める。ガードしようにも盾の内側へ入り込まれ、間に合わない。

 

 轟!! と振るわれた拳がミネの腹へと突き刺さった。

 

「がはっ……!?」

 

 鋭く、重厚な衝撃で内臓がシェイクされる。えずき、倒れ込もうとするミネをミカは掴んで無理矢理立たせた。

 

「まだまだ……救護騎士団の団長なんだから自分を治すのはお手の物でしょ? なら、もっと殴っても大丈夫だよね?」

 

 壊すことしか出来なさそうだけど、とミカは眉間に青筋を立てながら笑い、拳を振り翳してもう一度腹部を殴らんとする。

 

 ──パンッ!!  

 

 が、後頭部に衝撃が走ったことでそれは阻まれる。

 

「ぐっ……!? 今のは、狙撃──?」

 

 振り返れば、離れた茂みに狙撃手が隠れているのを発見した。

 

「あれは正義実現委員会の……マシロちゃんだっけ? ニトちゃんやスバルちゃん達が足止めしてるはず……って、ああ、時間をかけすぎちゃったかぁ」

 

 ミカが顔をしかめる。彼女一人だけということはなく、他にも何人か潜んでいるのか、向かって来ているのだろう。

 

 ぱん、と再度銃声が響く。眉間を狙って飛んできたそれをミカは見てから容易く回避し、腕を振り下ろす。

 

「ッ!?」

 

 すると狙撃手が居た場所へと隕石が落下した。結果を一瞥することもなくミカはミネへと向き直り、同時にその身に散弾を浴びる。

 

「──頑丈だね」

 

「きゅ……ご、を──」

 

 涎を滴し、踞りながらもミネはショットガンを構え、発砲し続ける。その執念と銃撃による痛みに顔を歪め、ミカもサブマシンガンで撃ち返しを行う。

 

「ぐっ……」

 

 暫く互いに無防備での撃ち合いが続き、先に倒れ伏したのはミネだった。

 

「ハァ……ハァ……やっと、厄介なのが倒れてくれたじゃんね」

 

「“……まだ続ける気? ミカ”」

 

 肩で息をしながら勝利の余韻に浸るミカだったが、そこへ先生の言葉が水を差す。

 

「そりゃ……当たり前でしょ? どうせ、向かって来てる正実の面々は大したことないだろうし……ああ、でも、先生が指揮するのなら話は変わってくるか」

 

 カラカラと笑い、ミカが銃口を向ける。

 

「じゃあ、先生を優先的に排除しないと。やっぱりあなたが一番の変数だったみたい」

 

「“………………”」

 

 その宣言を前に、先生は微動だにせず、そこに立っている。動じることも恐れることも無く毅然とした程度で、その瞳はただミカの顔を面と向かって見据えていた。

 

 銃弾を防ぐバリアがあるからではない。たとえバリアが無く、一発の銃弾で命を落とすといった状況であろうとも、彼は変わらずそうするのだろう。

 

 何となく、ミカにはそれが解った。

 

「ッ……そんな眼で視ないでよ。悪いことしてるみたいじゃんね」

 

「“……ミカ。君はもう、いやきっと、最初から分かっていたはずだ”」

 

「こんなこと間違ってるって? あは、そうかもね☆ けど……正しいか間違ってるかでどうにかなるほど政治って簡単な話じゃない。それに……そういうの抜きにしても私は止まることなんて出来やしない」

 

「“……どうして、そこまで”」

 

「──だって、ここで止まったら、ここで終わったら、全部無駄になっちゃう。これまでのアリウスとの触れ合いも、友情も、セイアちゃんの犠牲も、こうしてナギちゃん達を傷付けたことも、何もかもが」

 

 悲痛な面持ちでミカは語る。それこそが彼女を突き動かしている根幹。

 

「いや……無駄で終わるだけならまだいい。けどアリウスを危険に晒してしまった。ただ無意味に、私のせいで……これが終わってしまえばもう、次に和解出来るチャンスはいつになるか……もしかしたら金輪際無いのかもしれない。そんなことは、絶対に在ってはならない。そうに決まってる」

 

 失敗に終わったら、アリウスはまた地下へと隠れる。これ以上の混乱を避けて、自分達を狙う悪い大人に付け入られることを防ぐ為に。

 

 トリニティとの和解に留まらず、彼女達が表舞台に立つ機会もまた遠ざかってしまうだろう。あんな良い子達が、光の下に出られず闇に潜み続けることを強いられる……なんて不条理なのだと思わずにはいられない。

 

「“……その意志は、素晴らしいものだと私は思う”」

 

 ミカから感じたのは罪悪と恐怖、そして自分がやらねばならぬという強い使命感だった。

 

 その思いを、間違っているなどと、口が裂けても言えるものか。

 

「“それでも、私は君を止めないといけない。これ以上の戦いは戦争であり、侵略であり、それは遺恨を残す。それすらも君は背負う覚悟があるのだろうが、だからこそ子供が背負うべきものではない”」

 

 先生はそう断ずる。あくまでも生徒達は大人ではなく、子供なのだと。

 

 それはこのトリニティでは、キヴォトスという街では常識から外れた考え、国家にも等しき学園を運営し、政を行う彼女達に対して失礼にあたるのかもしれない。

 

 大人を必要とせず、生徒だけで成り立ってしまう学園都市──けれども、だからこそ、その在り方はあまりにも歪である。

 

 ()()()()()()だと受け入れるには、そこで暮らす生徒達は、内外問わずまだ未完成の子供としか思えず、その認識はナギサやミカを見ていても変わらなかった。

 

 世界とは、社会とは。大人ですら迷い、惑うような場所だというのに、彼女達はそこを歩き、生き抜かんとしている。

 

 故に、()()()()と思うようになった。

 

 それは先生という役割から逸脱した願い。ただ教導するだけでは駄目だと、ただ救済するだけでは無意味だと、このキヴォトスそのものを、改革すべきだと彼は理想を胸に抱く。

 

 そのきっかけは、やはりあの柴関ラーメンの屋台での“邂逅”──。

 

「“シャーレの先生として、一人の大人として……何よりも私という人間として、私は君の行く手を阻む”」

 

 ミカがやろうとしていることも、きっと改革なのだろう。アリウスと手を取り合い、トリニティの現状も改善したいという目的は美しく、尊ばれるべきであり、その手段がクーデターであろうと、悪しき行いではなく、決して否定すべきものではない。

 

 しかし、急進的な改革は血が流れる。ミカは焦り、事を急いているように見えた。ナギサに言っていた、アリウス側の込み入った事情とやらが要因だろうか。

 

 彼女は優しい子だ。クーデターも本当ならば望んでいないし、今もずっと苦しみながら、泣きながら戦っている。

 

 そのような子に、背負わせる訳にはいかない。手を汚させる訳にはいかないのだ。彼女もまた小鳥遊ホシノや調月リオのように自らを犠牲にしようとしている。

 

 ──それは理屈ではなく、教師という立場としてでもなく彼個人として決して容認出来ないことだった。

 

「……ふふ。立派だね、先生は」

 

「“恨んでくれて構わないよ。結局のところいくら綺麗事を並べようと、私は君のやろうとしていることを踏みにじろうとしているのだから”」

 

「そう? 綺麗事こそ実現すべきだってニトちゃん……アリウスの生徒会長は言ってたよ。私もそう出来るならしたかったし」

 

 意外と話が合うかもね、と目を伏せる先生に対してミカはそう言って笑いかける。

 

 綺麗事……むしろアリウスへ和解を持ち掛けた際の自分の方が、よっぽど綺麗事を語っていたことだろう。

 

 だからこそ、後には退けない。そんな綺麗事をニトは、アリウスは肯定してくれ、それが己のせいでこんな有り様になっても尚、ついて来てくれているのだから。

 

「──ミカ!」

 

 その時、誰かが自分を呼ぶ声がする。

 

 視線を向ければ白洲アズサが、親衛隊の猛攻を凌ぎながら必死で叫んでいた。

 

「なら、まだ戻れるはずだ! 今からでも止まれるはずだ!」

 

「……アズサちゃん。言ったでしょ? 今更後戻りなんか──」

 

「──百合園セイアは、生きている!」

 

 ぴたり、とミカは動きを停止させる。

 

「……え?」

 

「生きているんだ! 彼女は襲撃を予見し、自ら身を隠した!」

 

 その発言に、親衛隊も困惑する。その間にもアズサはあの夜に何があったのかを打ち明けていく。

 

「すまなかった。口止めされていたんだ、それがアリウスに、閣下に良い未来をもたらすと……だけど、もう耐えられない。もっと早く言っていれば……あなたをそこまで苦しめることはなかったのに」

 

 無駄にしたくない、そう発言したミカの言葉の中にはセイアの犠牲も含まれていた。生死不明で行方を眩ませた彼女の身を一体どれだけ案じていたのか。

 

 分かっていた、分かっていたはずだ。ミカが止まれなくなった発端。そう理解しながら目の当たりにするまで打ち明けることが出来なかったことを、アズサは深く後悔する。

 

「……セイアちゃんが、無事? 生きて、いる?」

 

「彼女の言っていることは……本当です」

 

 茫然とするミカに対してミネが仰向けになりながら告げた。

 

「身の安全の為にヘイローが破壊されたと偽り、トリニティの郊外で私が匿っていました」

 

「蒼森ミネ……」

 

「犯人が判明するまで、限られた者以外には教えるつもりはありませんでしたが……あなたには教えるべき、だったのでしょう。それがきっと、あなたへの“救護”になる、と思いました……」

 

「……やっぱり訳分かんないや。ミネ団長は」

 

 予想はしていた。

 

 ナギサに語ったように、アリウスはセイアを殺しておらず失踪にも関わっていない。だから生きている可能性は大いにあると思い、現にこうして救護騎士団が匿っているのではという推測も見事的中した。

 

 けれども、あくまでも可能性。本当に生きているのか死んでいるのかは、真相を確認するまで分かるはずがなかった。

 

 何よりヘイローを破壊する手段を有する存在がこの失踪に関わっているかもしれないという事実があまりにも致命的であった。

 

 平気で人の命を奪うような存在が、セイアの持つ予知能力を危険視して排除に掛かるなど別段何ら不思議でない。

 

「──そっか。生きてたんだ」

 

 故に、生存を強く信じながらもミカはずっと不安だった。

 

 それが真実と判明した今、彼女は──。

 

「ああ……良かったぁ……生きてて……」

 

 どうしようなく安堵する。

 

 震えた声を吐き出し、その場にへたり込みそうになってしまうのをどうにか持ち堪えた。

 

「でも──」

 

 ──まだだ。

 

 戦いは終わっていない。たとえ友人の生存が確定したのだとしても、それは歩みを止める理由にはならないのだから。

 

『──諸君、退却だ』

 

 銃を構え、再起動しようとしたその瞬間。タイミングを見計らっていたかのように、そんな声が響き渡る。

 

 発生源は、親衛隊が身に付けた無線機から。

 

「“! 今の声は……”」

 

 凛とした、少女の澄んだ声だった。

 

 先生にとってそれは初めて聴く声のはずであり、しかし何故だろうか。聞き覚えがあるような気もする。

 

「ニトちゃん……?」

 

『時間が経ち過ぎた。正義実現委員会だけではなく、シスターフッド、そして救護騎士団の出動も確認した。この騒動もトリニティ全体に伝わりつつある。もはやクーデターを成功させ、桐藤ナギサを排除したところで事態の鎮静化は不可能だろう』

 

 淡々と、述べられる事実。それはとどのつまり本作戦が失敗したということを意味していた。

 

『よって、作戦を立て直す。速やかにトリニティ総合学園から脱出し、帰還せよ。復唱する、速やかにトリニティ総合学園から脱出し、帰還せよ』

 

 そして、通信が切られる。

 

 その使令は、ミカにとって恐れていた、絶望的なものだった。

 

「……了解しました」

 

「そんな……待って! 残存戦力なんて大したことない、このままシャーレの先生さえ無力化しちゃえば──」

 

「残念だが、閣下の命令が優先される。それに貴殿の方も既に限界であろう」

 

「ッ…………」

 

 即座に攻撃を停止し、銃を下ろす親衛隊たち。これにミカは尚も食い下がろうとするも、そう言われてしまい、押し黙る。

 

「……うん。そう、だよね」

 

 親衛隊にとって失楽ニトの命令は絶対。ここまでミカに従っていたのもそう命じられていたからに過ぎない。

 

 これ以上の作戦続行は不可能。百合園セイアの生存を知ったミカにとってそれは駄目押しであり、遂に彼女は脱力してへたり込む。

 

「あーあ……」

 

「“……ミカ”」

 

「うん、降参。私達の負けだよ先生」

 

 失敗した、失敗してしまった。

 

 トリニティにゲヘナ、更には連邦生徒会にまでアリウス分校の存在は知られ、大きな注目を集めることになるだろう。

 

 そうなれば脅威はベアトリーチェだけではない。彼女以外にもアリウスを狙う者、利用しようとする者、排除しようとする者、この街に潜む幾つもの悪意に晒されてしまう。

 

 ──何故こうなってしまったのか。

 

 ミカが胸の内で疑問を投げかけ、しかしそれは分かりきったことである。

 

 元々アリウスとの融和はゆっくりと、長期的にやっていくプランだった。にも拘わらずここまで狂ってしまったきっかけは──。

 

(セイアちゃんの誘拐をけしかけた、私のせい)

 

 そうだ。そこから大きく転落した。結局のところこの結果を招いたのはミカ自身によるものだ。セイアにアリウスについて尋ねられたことやニトが不在だったことなど言い訳にしかならない。

 

 自業自得、因果応報。その結果が、この有り様であり、暗く、暗い闇へと沈んでいくかのような心境だった。

 

「さっさと準備しろ、聖園ミカ」

 

 しかし、そんな彼女に対して親衛隊の一人が急かすようにそう言い放つ。

 

「……え?」

 

「? 貴殿も同行するのだろう。このままトリニティに留まればクーデターの主犯として捕えられるぞ」

 

 ぽかんとするミカ。これに親衛隊は何を惚けていると首を傾げた。自分の発言に不思議な点は微塵も存在しないと言わんばかりに。

 

「えっと……良いの?」

 

「当然だろう。元より作戦の失敗の際には護衛して必ず連れて来るように閣下に命じられている」

 

 ──アリウスへ来い。

 

 そう言ってニトが手を差し伸べているのを幻視する。考えてみれば当たり前のこと。

 

 これまでの触れ合いでよく知っていたはず。彼女達は同盟相手を見捨てるような真似など決してしないことなど。

 

「────」

 

 手を取るべきか。

 

 ミカが思案する。その善意に甘えた方が、断然楽なのだろう。このままトリニティに残っても親衛隊の言う通りクーデターの主犯として裏切り者の烙印を押され、囚われるのに対し、アリウスならば手厚く迎え入れてくれる。アリウス自治区での日々は楽しく充実していたし、不自由は無い。

 

 何を躊躇うことがあるのだろうか。迷わず、その手を取ってしまえばいい。

 

 果たして、本当に? それで良いのか。自分にはまだ出来ることが、やらなくてはならないことがあるのではないか。

 

 ──より良い明日を。全ては虚しいが故に。

 

 脳裏に過るアリウスの教義。ちらり、とアズサの方へと視線を向けた。

 

 彼女は諦めなかった。多勢に無勢で、追い詰められ、絶望的な状況の中でも決して折れることなく、己が信じるモノの為に逃げずに自分達へと立ち向かった。

 

 他の補習授業部の面々も、桐藤ナギサも、歌住サクラコも、蒼森ミネも、シャーレの先生も皆、諦めずに戦い続けたからこそ、こうしてクーデターを阻むことが出来たのだ。

 

 ──ならば、ここで諦めてはならない。ここで逃げてはならない。

 

 最善を尽くさなければ。少しでも、良い方向へ、明日へと向かう為にも。

 

「……私は」

 

 そして、ミカの答えは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「………………」

 

 失楽ニトは立ち尽くす。

 

 まるで魂が抜けているかのように茫然とした様子で、事の顛末を見届けていた。

 

 アリウスへ退却命令を出すよりも前から、既に彼女はそのような有り様だった。

 

「……もっと早く言うべきだった、か」

 

 原因は、アズサの発した言葉。百合園セイアの生存を打ち明けた際の後悔の嘆き。

 

 正しくその通りであり、彼女がもっと早いタイミングで暴露していれば、作戦はともかくミカの精神に関しては、少なくともここまで追い詰められるようなことはなかったはずだ。

 

 ──そして、それはニトにも言えること。

 

 彼女は知っていた。百合園セイアの生存を、夢を介して接触してきた本人に直接告げられたが故に。

 

 しかし、ミカの精神面を考慮し、その事を教えることはしなかった。自らの思惑の為にミカを焚き付けたセイアのことが気に食わなかったのもある。

 

 それが、仇となった。誤魔化さず、はっきりと生存を告げて少しでも安心させてやるべきだった。ただでさえ彼女を矢面に立たせ、追い込んでいたというのに。

 

「……つくづく度し難い」

 

 またしても選択を間違えた。ミカとセイアの不和を放置してしまったことや小鳥遊ホシノとの一件といい、どうやら己はこういうのは苦手らしいと今更ながら気付く。

 

 人とは斯く在るべきものであるが、そうだとしてもやはり──。

 

「ッ…………」

 

 ニトの口元が怒りに歪む。どこかで嘲笑している赤い影など、今は気にしていられる余裕も無い。

 

「待っていろ、ミカ。我らが敵を討ち滅ぼした後、必ずや君の語った理想を成し遂げてみせよう」

 

 届かぬ言の葉は残響となり、それと共にニトも踵を返してこの場から消えていく。

 

 クーデターは失敗した。よって、作戦は次の段階へと移行する。

 

 恙無く、無情にも──。





ミカ大勝利クーデター成功ルート、或いはトリニティ融和&ナギちゃん胃潰瘍ルートとかもしかしたら番外編を設けて書くかも
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