アリウスの王   作:大嶽丸

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アリウスの悪魔

 

「──ごめん。一緒には行けない」

 

 ミカが出した答え。それを聞いた親衛隊はぴたりと動きを止めた。

 

「……何故だ?」

 

「私はまだ……あなた達との融和を諦めていない。たとえ捕まるからって私がトリニティから離れちゃったら、もう融和の可能性は完全に潰えてしまう」

 

 それだけはあってはならないと、解せない様子の親衛隊に対して、ミカは毅然とした態度で言葉を紡ぐ。

 

 先刻、ミカは絶望した。退却命令が出て、クーデターが失敗し、融和への道が、未来が閉ざされたのだと悲観してしまった。

 

 けれども、まだ可能性はゼロではない、ゼロではないのだ。ならば絶望することも心折れることも許されず、己に出来ることを成さなければならないと思い至る。

 

「もう一度、ナギちゃんと……セイアちゃんも説得してみる。あの日から、私達は対話を諦めたけど……ベアトリーチェのことだって、どうにか協力すればきっと……」

 

「……希望的観測だな。まだ融和が成立すると、本気で思っているのか?」

 

 覆水盆に返らず。親衛隊が正直に自らの所感を述べれば、これにミカは大きく頷く。

 

「うん、そう思いたいの。確かに、ナギちゃんのことを笑えないくらい夢見がちで、お花畑な考えかもしれない。だけど……やってみないまま終わるのは嫌なんだ。より良い明日を、でしょ?」

 

 セイアが失踪し、ナギサが疑心暗鬼に陥り、ベアトリーチェの存在から話し合いの為に表舞台へ出るにはあまりにもリスクが高く、融和を推し進める為にクーデターという手段に出た。

 

 だが、アリウスの存在が明るみになった今、そのリスクはもはやどうにもならず、この際思いきって全てを打ち明けてしまえば、新たな対抗手段を練ることが出来るかもしれない。

 

 クーデターの主犯、裏切り者となった人間の言葉など信用されないかもしれない。懐疑的な反応を見せる親衛隊の言う通りそれは確証の無い希望的観測に過ぎず、かといってミカは今一度その希望を叶える為に退く気は無かった。

 

「………………」

 

「だから……私のことは、置いて行って」

 

「……本当に良いのだな?」

 

 その意志を受け取り、親衛隊は静かに確認する。

 

「うん。ほんとにごめんね、我儘言って……」

 

「……そうか。了解した」

 

「隊長、それは──」

 

「分かっている。だが、仕方あるまい」

 

「……了解しました」

 

 流石にこれには冷静沈着だった親衛隊にも動揺が走る。が、ミカと会話していた隊長格の少女はあっさりと引き下がり、彼女の一言に他の面々もとりあえずは事態を受け入れることにした。

 

 ここで混乱している余裕は無いのだから。既に正義実現委員会の足止めを行っていたベータ隊も撤退しているであろうし、時間が経過すればする程、脱出の成功率は下がってしまう。

 

「では……我々は退却する。希望的観測だとは言ったが、私個人としては貴殿の健闘を祈ろう。聖園ミカ」

 

「うん……ありがとう。ニトちゃんにも伝えてよ、迷惑ばかりかけてごめんってさ」

 

「……ああ、確かに承った。さらばだ」

 

 そう言い、隊長が踵を返すと、それに続いて親衛隊はぞろぞろとこの場から立ち去らんと歩き出す。

 

 今後の動き次第では、もう二度と会えないかもしれない。そんな彼女達の背中をミカは静かに、辛そうに見送る。

 

「“待って……! ”」

 

 すると先生が慌てて彼女達を呼び止めようと声をあげた。

 

「“私は、ミカの言う説得にも最大限協力するつもりだ”」

 

「え、先生……?」

 

「……何?」

 

 彼の言葉にミカと親衛隊は驚く。

 

「“君達にも事情があるのは分かった。それが何なのかは分からないけど……君達が本当にトリニティとの融和を望むのなら、(シャーレ)も出来る限りの支援をして、改めて話し合いの場を設けたいと思っている”」

 

「ほう……理由は?」

 

「“私は、全ての生徒の味方だ。それは君達アリウスも例外ではない……今回は敵対してしまったけど、協力する道もあると考えている。だから──”」

 

 全ての生徒の味方。アリウスはここまで表舞台へと出たことは無く、連邦生徒会から正式に認可を受けている学校ではないが、そういうことではないのだろう。

 

 理解し難い発言ではあるが、目の前の大人が本気で発言していることは伝わった。

 

「……我々にそれを決める権限は無い。それに、個人的に“大人”という奴を信用もしていない。こちらの作戦を妨害した敵ならば尚更だ」

 

「“それは……”」

 

「にしても、噂通り変わった人間のようだ。シャーレの先生」

 

 少なくともあの異形の女とは違うのだろう。ガスマスク越しからその姿を見据えながら親衛隊長は淡々と言い放つ。

 

「義理は無いが、まあいい……その意志、我らが“王”へと報告しておこう」

 

「“! ……ありがとう。よろしく頼むよ”」

 

「………………」

 

 ──期待しない方が良いが。

 

 漏れそうになったその言葉は引っ込めた。クーデター失敗後にアリウスが予定している“とある作戦”についてはミカはおろか自分以外の親衛隊メンバーも知らないのだから。

 

 それは新たな混沌をもたらす。きっと、今回の騒動が生易しいものだったと思う程に。

 

 だが、それでも尚、こちらと解り合おうとするのであれば、その意志は間違いなく本物と言えよう。

 

「──そうだ、白洲アズサ」

 

「!」

 

 呼び止められたついでだ。そこで満身創痍で立ち尽くす、かつての同胞にも何か言葉を残しておこうと思った。

 

「お前に対して我々が告げる言葉は特に無い。だが、きっとサオリの奴は違うだろう」

 

「………………」

 

「かつての同胞よ。どこに往き、どこに居ようとも、全ては虚しいものだ……我らアリウスを裏切ってまで選んだその道を、後悔するようなことがないよう精々足掻くといい」

 

「……ああ、無論だ」

 

 その激励にも近い言葉を受け止め、アズサは静かに、しかし力強く頷く。

 

──お前の信じる道を往け。

 

 脳内に反響する言葉。それは確かにアズサの背中を押し、その信念を補強する活力となっていた。

 

 とうに後戻りは出来ない。同胞を、戦友を裏切り、刃を交え、そして今の言葉を受けたことでその決意はより一層強まったような気がした。

 

 こうして、真夜中のトリニティで起きた動乱は、一旦は幕を下ろすのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 翌日、トリニティは騒然としていた。

 

 聖園ミカによるクーデター、及び外患誘致。ティーパーティーのトップ一人により行われた前代未聞のその事件は、前回のティーパーティー襲撃事件と同じように桐藤ナギサらによって徹底的に隠蔽された。

 

 しかし、やはりと言うべきか。全てを隠すことなど到底不可能だった。特に正義実現委員会、シスターフッド、更には救護騎士団までもが出動した真夜中での大規模な戦闘行為は詳細が語られなかったこともあり、様々な憶測を招く。しかも正義実現委員会とシスターフッド、その二つの陣営が壊滅的な被害を受けてしまっているのだから尚更と言えよう。

 

 あまりにも隠蔽体質ではないか、と取り沙汰される中、それでもナギサは真相の公表を拒み、またこれに当事者たる上述した三団体、それからシャーレの先生も合意したのは、ひとえに事実をありのままに公表してしまえば途方も無い混乱を招いてしまうと皆が理解したからである。

 

 一番の要因はやはり、“アリウス分校”だった。

 

「私達は無事ミカさんによるクーデターを阻止しましたが……それはあくまで()()()()()からに他ありません」

 

 ティーパーティーのテラス。

 

 そこで桐藤ナギサは深刻そうにそう語る。周りに居るシャーレの先生、剣先ツルギ、羽川ハスミ、歌住サクラコ、蒼森ミネの五名もまたその言葉を重く受け止めていた。

 

「ミカさんは仰っていました。トリニティとアリウスが戦争になれば敗北するのはトリニティの方だと……それは正しかったのでしょう。何せ正義実現委員会のエースを打倒してしまう程の戦力を保有しているのですから……」

 

「………………」

 

「その……本当に負けたのですか? あのツルギさんが」

 

「……はい。完敗でした」

 

 あの歩く戦略兵器が、敗北を喫した。それも一対一の真正面からの戦闘で。

 

 未だに信じられないといった様子のサクラコに対してツルギは静かにそう肯定した。そこにいつもの狂気はなりを潜め、ただ物々しさだけが残っている。

 

「原因は明白です。奴が私より強く、私が奴より弱かった……単純な実力差によって、私は敗けました。完膚無きまでに」

 

 未だに痛みが残っているかのように錯覚する、殴られた頬と銃弾を撃ち込まれた脇腹を擦りながらツルギは言う。

 

「そんな……」

 

「……ツルギの言っていることは本当でしょう。お恥ずかしいことですが、現に私を含めたツルギ以外のメンバーは戦いにすらならずに一瞬にして無力化されました。他の主力部隊に至っては交戦状態となる前に闇討ちに遭い、全滅したとのことで……戦闘能力の高さの他に極めて高いステルス性を有していると思われます」

 

 そう補足して説明するハスミの顔は苦虫を噛み潰したようで昨晩の出来事を、あの脳裏に焼き付いて離れない戦い……否、戦いにすらなっていなかった敗北の記憶を思い返していた。

 

 抵抗すら儘ならずいの一番に眉間を撃ち抜かれ、意識を取り戻してからの決死の不意討ちも特段意に介されずに瞬く間に終わった。

 

 まるでツルギ以外は眼中に無しと言わんばかりのその戦いぶりは、現にその通りの結果だったのだから屈辱的に思う以前の話であり、ハスミやあの戦いに参加していた正義実現委員会全員にとって実に苦々しい記憶だった。

 

 輝く紅い瞳、白いコートを身に纏う幽鬼。その恐ろしい有り様は正しく──。

 

「アリウスの……“悪魔”……」

 

 震える声で、ぽつりとそう漏らす。

 

 既に正義実現委員会の間ではそう呼ばれ、恐怖の対象となっていた。

 

「その“悪魔”に加え、あれだけの練度を誇る兵隊……悔しいですが、相手が退いてくれて本当に助かりましたね。あのまま侵攻されていれば……」

 

「……戦争を望まぬ理性的な方々であったことに感謝すべきなのでしょうか」

 

 サクラコの言葉に、返す者は居ない。

 

「ミカさんと、アズサさんの証言を基に一旦整理しましょう。──まず事の始まりは、ミカさんがカタコンベの先にあるアリウス分校を発見し、接触したことです」

 

 順序立てて、ナギサが説明し始める。そもそも何故こうなったのかを皆知っておくべきだと判断したからだ。

 

「当初、ミカさんはアリウスに融和を持ちかけ、アリウスの方もこれに合意しました。しかし、アリウスの存在を公開せず秘密裏に長期的に行っていくという方針で」

 

「“……その理由が”」

 

「はい。ベアトリーチェ……そう名乗っていたという、異形の大人。今から10年前にアリウスを支配せんとした謎の存在」

 

 先生が反応を示す。今の今までアリウスが姿を現さず、ミカも口を閉ざしていた根本的な原因である。

 

「異形の大人、ですか?」

 

「はい。曰く、血のように赤い肌に白いドレス。そして、顔の上半分を覆い尽くすように無数の眼があるのだとか……」

 

「そ、それは……」

 

「確かに異形、と言う他ありませんね……」

 

 あまりにも人間離れした容姿。想像しただけで戦慄してしまう。

 

「“………………”」

 

「先生? 如何なさいました?」

 

「“……いや、何でもないよ”」

 

 異形の大人。その特徴に先生は心当たりがあった。

 

 ──ゲマトリア。

 

 アビドスにおいて接触してきた存在。“黒服”と名乗った異形の男が所属する組織。間違いなく無関係であるはずはないだろう。

 

 しかし、先生には一つ気になる点が。

 

(“赤い肌、か……まさかね”)

 

 赤い、そして大人。ただそれだけの合致だというのに、先生はつい同じくアビドスで出会った“友人”のことを連想してしまう。彼はドレスを着ていないし、眼が複数あるなんてこともないというのに。

 

 杞憂などと表現するのも烏滸がましい。彼がそのようなことをするはずがないし、一応ミカとアズサに確認を取ってしっかりと否定してもらっている。

 

『ドラゴンっぽい? いや……そんなことは言ってなかったと思うけど』

 

『ベアトリーチェのことか? ドラゴン……? いや、一度だけ見たことがあるが、そのような印象は無かった』

 

 これに先生は安堵し、けれどもその友人とアリウスとは何かしら関係しているのではと疑ってはいた。

 

 理由は、アリウスの教義である。

 

(“より良い明日を。全ては虚しいが故に……あの人は、これを自分の信条だと言っていた”)

 

 トリニティにも古くから伝わっていたらしいので最初に聞いた時はてっきり引用しているだけだと思ったが、詳しく聞けばその教義は元々あったものではなく、現生徒会長が新たに提唱したものだという。

 

 ならばとその生徒会長について訊けば、その者は異形でも大人でもなく、普通に生徒らしい……以前に彼は自らを指導者、と称していたのでもしやと思ったが、どうやら違うようだ。

 

(“じゃあ、その生徒会長の子と知り合いなのかな? どっちにしろ今度会ったら聞いてみないと……”)

 

 違和感。

 

 それがこびり付いて離れず、しかし先生はこれを呑み込んでそう考える。

 

 一先ずは、そう思うことに、した。答えがどうであれ、それは今この場での話には関係無いことだろうと判断し、ナギサの話へと意識を戻す。

 

「和解の象徴として白洲アズサさんを転入させ、長期的なプランになることを見据えてミカさんは後継者作りにも専念するようになり、結果としてそれがパテル派の強化にも繋がりました」

 

 そのお蔭で今のパテル派の団結力は高く、獅子身中の虫である。元より武闘派だったこともあり、ミカの拘束に対して反発し、いつ爆発してもおかしくはない。

 

「ここまでは両者共に順調に思えました。しかし、アリウスとの繋がりをセイアさんに気付かれてしまった」

 

 そして、ここから歯車が狂い始めた。

 

「恐らくあの方が有する予知能力によるものでしょう。以前にアリウスとの融和について反対されたことに加え、秘匿されていたアリウスの存在が明るみになることを焦ったミカさんは当時生徒会長が不在だったアリウスを焚き付け、セイアさんの誘拐を企てた……それがあのティーパーティー襲撃事件でした」

 

「予知能力……眉唾だと思っていましたが、本当だったのですね」

 

 そのような噂が耳には入ることはあったが、単に直感や観察眼に優れているだけだと殆どの者が認識していた。

 

「はい。しかもセイアさんはこの襲撃事件も予見されていました。白洲アズサさん曰く」

 

「なっ……どういうことですか?」

 

「アズサさんはあの夜、待ち構えていたセイアさんと少しの間会話していたそうです。その最中に原因不明の爆発が発生し、それに巻き込まれたと……」

 

「成程……そういうことですか」

 

 ナギサの言葉に皆が衝撃を受ける中、ミネだけは神妙な面持ちで深々と頷く。

 

「セイアさんの外傷は爆発の規模に比べて随分と軽微なものでした。咄嗟に障害物に身を隠して運良く……と、思っていましたが、事前に予見していたのならば、或いは自ら爆発を引き起こしたのならば合点が行きます」

 

「自ら……つまり自作自演であると?」

 

「私が死んだことにして匿うことも分かっていたのでしょう。アリウスに誘拐されるのが不都合に思ったのか、それとも……」

 

「私もミネさんの言う通り自作自演か、或いは例のベアトリーチェという大人が便乗してアリウスに罪を擦り付けようとしたのではと考えました。しかし、後者だとすれば逆に今度はセイアさんが生きていることに疑問が残ります」

 

「? それは、どういう……」

 

「ミカさん曰く、ベアトリーチェは()()()()()()()()()()()を有していると」

 

「ッ!?」

 

 ナギサから告げられた事実。これに周囲は一気に静まり返った。

 

「ミカさんがセイアさん死亡の可能性を捨てきれなかった理由でもあります。実際に過去のアリウスにおいて用いられ、何人か犠牲者が出ていると……」

 

「それは……恐ろしい話ですね……」

 

「“ヘイローを破壊……”」

 

 皆が戦慄し、先生の声のトーンも下がる。ヘイローの破壊とは、即ち生徒の“死”を意味しており、それはアリウスで実際に起きたことであるのだという。

 

 つまりそのベアトリーチェとやらは生徒を殺害しているということになる。それも一人や二人ではないと。

 

 ──それは許されざる行為だ。先生の心に沸々と怒りが湧き上がる。

 

「かといって前者だとしたらセイアさんの意図がいまいち解せませんが……」

 

 ここまで話が拗れた原因でもある。セイアが迂闊にアリウスについてミカへと言及しなければアリウスによる襲撃は起こらなかったとも考えられ、失踪に関してもそれでナギサが疑心暗鬼に陥らなければミカも他にもやりようはあっただろう。

 

 ──それとも、セイアはこの顛末を望んでいたのか。まさかとは思いつつも、ナギサはあのいつもどこか達観しているようだった未だ目覚めぬ友人の真意を図りかねていた。

 

「セイアさんについては一先ず置いておいて……その後、私はこの襲撃をエデン条約に反対する、裏切り者の仕業だと考え、その排除の為に炙り出した候補者で補習授業部を発足しました。後は……先生はご存知ですね?」

 

「“うん……そういえば、何でナギサは私を補習授業部の顧問として呼び寄せたの? ”」

 

「それは……その……」

 

 先生の問いに、どういう訳かナギサは言葉を濁す。

 

「ヒフミさんから話には聞いていましたから。想定外の変数としてシャーレを招くことで裏切り者を揺さぶる、といった意図……があったのでしょう、ええ」

 

「“……それだけ?”」

 

「はい。何となく()()()()()だと……思ったのでしょうか? も、申し訳ありません……正直、あの頃は常に気が動転してて今にして思えば、自分が何を考えていたかなどさっぱり分からなくて……」

 

「ハァ……セイアさんを死んだことにして匿ったのは私ですが、ここまで追い込む結果となるとは……」

 

「お恥ずかしい限りです……」

 

 自分のことなのに曖昧な物言いをするナギサにミネは溜め息を吐く。

 

 ミカのことといい、あの場では最善だと思ったセイアの生死を偽装したことは彼女達を追い込むだけの結果となってしまったことに関しては申し訳無く思う。

 

「今後の方針は、一体どうなさるおつもりで?」

 

「アリウスについては、今後ともコンタクトを取るべきだと考えています。ミカさんを通じてならば融和路線へと持っていくことが可能かと……」

 

「“私も、それに全面的に協力するつもりだよ”」

 

 ナギサの結論に先生も賛同する。

 

 昨晩、アリウス親衛隊へと語ったように先生はトリニティとアリウスの融和に対して最大限の支援を行うつもりだった。

 

「ええ。私もその方が良いと思います。戦争だけは何としてでも回避しなければなりません」

 

「ですが、あちら(アリウス)側にとっての気掛かり。そのベアトリーチェという大人については如何なさるのですか? 話を聞くに、そちらを先に対処しておかなければ融和を妨害される恐れがあるのでは?」

 

「そこが一番の悩みの種です。どこに潜んでいるのかもどう暗躍しているのかも不明。ここまで手掛かりが無いのでは探し様がありませんし……だからこそ、アリウスもあそこまで警戒しているのでしょう」

 

 ヘイローを破壊する手段を有し、学校の乗っ取りを企てる悪い大人……それはトリニティにとっても脅威であり、慎重にけれども速やかに対処すべき案件である。

 

 とはいえ現段階ではどうしようもない。それこそ向こうが尻尾を出さない限りは。恐らくアリウスもそれを待っており、故に迂闊に動けない状況なのだろう。

 

「それに、エデン条約の調印式もあります。正直、これだけの問題を抱えたまま臨むのはどうかと思いますが……かといって今更中止する訳にも行きません」

 

「では、予定通り調印式は行うと?」

 

「はい。仮にもしここで中止してしまうことになれば、トリニティ側に何かしら問題があったと勘繰られ、今回のクーデターやアリウスについて露見しかねないというのもあります。それはそれでまた別の火種に成り得る……どのみち中止なんて選択は取れるはずもなく、調印式はやらざるを得ない状況です」

 

「……左様ですか。私個人としてはアリウスの件を先に解決したいという気持ちがございますが、こうなってしまっては致し方ありませんね」

 

 知っての通りトリニティとゲヘナの平和条約は既に大きく注目を集めている。ここで中止にしてしまうのは更なる混乱を呼び込むだけになり、ゲヘナとの溝をより深め、それだけならまだしも新たな火種が生まれ、着火しかねない。

 

 故に、ミネもサクラコもエデン条約調印式を予定通り行うというナギサの意見に賛同する他なかった。

 

(……アリウスがゲヘナと繋がっている可能性については、伏せておきましょうか。余計な混乱を招きかねない)

 

 ナギサは内心そう判断する。今回ミカの言葉からアリウスはトリニティへ憎悪や復讐心を抱いていないといい、あの後ならばゲヘナはどうかと確認した。

 

 結果は、反ゲヘナへの意識も薄いと。ならば復讐云々が無くとも繋がりを持つのは自然のようにも思え、アリウスの規模を考えると信憑性は高いだろう。

 

(事実だとすれば、アリウス問題についてはゲヘナ側にアドバンテージがあるということ……そういう意味でもエデン条約の調印は滞りなく行わなければなりません。両校が同盟を結ぶところまで至ってしまえばパワーバランスは著しく崩壊。条約締結そのものが破綻しかねない)

 

 アリウスとゲヘナの武力同盟。ナギサの見立てでは、恐らくそこまでは至っていないと思われる。アリウス側もトリニティと融和路線だった以上、慎重に事を進めているだろうと考えたからだ。

 

 実際、その予想は一部正しかったが、何処ぞの万魔殿議長が前のめりで推し進めているせいでわりとスムーズに同盟の話が進んでいるということは想像しようもない。

 

(……まずは調印式。そして、アリウスとの融和。ここに来て問題がどんどん積み重なって行くとは)

 

 キリキリと胃が痛む。

 

 エデン条約調印式の日まで残り僅か。昨晩自爆したことによる傷など気にする余裕も無く、ナギサは山積みとなった問題に直面し、一体どうすべきかと逡巡するのだった。

 

 彼女はまだ知らない。

 

 これから巻き起こる、更なる混沌と、悲劇を──。




大体ベアトリーチェのせい
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