アリウスの王 作:大嶽丸
ぽこあが楽し過ぎる…
とある場所、とある領域。外界から隔絶されたような異質なその空間にて、三つの人影があった。
そのどれもが、果たして本当に人と呼んでいいものかと疑ってしまう異形。正確にはその内一人は実のところ二人であり、彼らは互いに顔を向け合い、話し込んでいる。
「マダムは……今日
その中でも比較的、人の形を保っている方であるスーツを着こなす漆黒の男、“黒服”がそう言って笑う。
「例の条約締結が近い。
タキシードを身に纏った双頭の木人形、“マエストロ”はぎいぎいと体が軋む音を響かせながらそう語る。
「ふむ……マダムの前でアリウス分校に関する情報を話すことは、あの“紅き竜”との契約により禁じられているのでしたね」
「そういうこったぁ!!!」
そして、一人から二つの声。正確にはコートを着た
絵画の方を“ゴルコンダ”、胴体の方を“デカルコマニー”と名乗っている。
「正確には、かの“光をもたらす者”……失楽ニトさんとその輩にとって害になることを、です。分かりやすいようでその実酷く曖昧で大雑把かつこちらに悪意が無くとも迂闊な発言をすれば違反となり“罰”が下る恐れがあるが故に、私達は関連付く全般の情報をマダムの前で言うことが出来ません」
今こうして話題に出すことも本当は危ういものだ。この話が彼らの言う“マダム”に伝わったり、こっそり盗聴でもされていれば、それで契約に違反すると判定される可能性もあるのだから。
そして、その理不尽さはわざと。敢えてリスクを高め、黒服達へ危険を強いていた。
「それは……随分とマダムの存在を警戒しているのですね。“紅き竜”は」
「当然だろう。アリウスの王にとってベアトリーチェは不倶戴天の敵だ。技研の者から貰った当時の記録を拝見したが、酷いものだった……あの者はそれだけの大罪を犯した。そんな存在と同僚の我々がここまで許されているのは幸運なことであろう」
「そういうこったぁ!!!」
「ヘイローの破壊……となると、やはり私は会うべきではないのでしょうね。デカルコマニーは大丈夫でしょうが、私は消されかねない」
「それがオススメかと。個人的にはあなたを見たニトさんのリアクションが気になりましたが……私もアビドスでのファースト・コンタクトに失敗しましたし、マエストロが特例のようなもので、彼女と
「残念です。テスクトを専門とする身としては、あまりにも“特異な在り方”をしている彼女のことは非常に興味深く思っていたのですが」
──黒服。
──マエストロ。
──ゴルコンダ。
──デカルコマニー。
彼らは“ゲマトリア”。キヴォトスの外からやって来た不可解な存在の集い。
ただ、一人だけ不在のようだが。
「ならばやはり、今回私達は傍観に徹すると?」
「はい。ニトさんとマエストロの共同実験とも言うべき儀式……マダムが介入してくる可能性も考えると下手なことはしない方がよろしいと判断しました」
「私としては貴下にも協力してもらいたかったのだがな。黒服よ」
「クックックッ……申し訳ありません。どちらが泥船かは明白ですが、それでもマダムは私達の同志の一人。彼女が“ルール”を破らない限りは、ゲマトリアは中立の姿勢を取ります」
「最低限の義理、という訳か」
「はい。ニトさん曰く、私は“真面目”らしいので……」
代価を払うならば話は別だが。然りとて法外なものを要求されることを察してニトは何も言わず、よって黒服は傍観者としての立ち位置を維持することを選んだ。
「それに、シャーレの先生という不確定要素も存在しています。あの方は私達を敵視している……故に、でしゃばるのはそちらの首を絞めてしまうことになるやもしれません」
「ふむ……シャーレの先生か。かの者がトリニティへ招かれたのは、私にとってはむしろ吉報だったと言えよう。是非とも“作品”を御披露目したいと常々思っていたからな」
自分達とはまた違う領域からやって来た大人。その存在を知った時からマエストロはその活躍ぶりを見聞しており、黒服同様に高く評価し、興味深く思っていた。
また真の“芸術”の理解者と成り得る存在としても期待している。別段かつてのように自らが手掛ける作品を理解してくれる者に飢えている訳ではないが、知識を共有し、造詣を深め、共に高め合える存在は多いに越した事はない。
「計画についても何ら支障は無い。アリウスの目的はあくまでも“複製”に過ぎず、決してシャーレの先生の打倒などではないのだから」
よって、
「成程……ククッ、なら良いのですが、くれぐれも油断なさらないように」
「ああ、分かっているとも。であれば観客席で楽しみに待っておくといい。
自信満々にマエストロが言い放つ。
それは一世一代の大舞台。主体はニトであり、彼はあくまで補助ではあるが、それでもかの作品を手掛けられることを光栄至極に思う。
「フフ……“神秘”を操る者が“恐怖”に由来する力を獲得する。それ即ち、“崇高”への道に他ならないのだから──」
嗚呼。
来る約束の日が、待ち遠しい。
「……ミカ様の件、どうやら本当らしいですわ」
場所は変わり、トリニティ総合学園内のどこか。
ティーパーティーの制服を纏った者達が人目を忍んで密会していた。
「! やはり、そうなのですか……? あのミカ様がクーデターを……」
「しかし、何故私達には何も言わずにアリウスなどと……!」
一人の言葉にざわつく。彼女達はパテル分派であり、聖園ミカの忠実な配下達であった。
故にこそ、自分達が知らぬ間に敬愛する上司がクーデターを画策し、あまつさえ追放されて消えたと思われた学校と繋がっていたというのはあまりにもショックであり、大きな混乱を招く。
「──落ち着いてください。我々が信用されていない、ということは有り得ません。むしろミカ様は巻き込まないようにしてくれた、と考えるのが自然です」
その中で、最も地位の高いリーダー格だと思われる人物がそう言い放つ。
「巻き込まないように……?」
「どういうことですか?」
「まずアリウスの件ですが……ミカ様はどうやら我々への“引き継ぎ”の準備を行っていたみたいです。しかし、その前にクーデターを起こしたということは……」
「……想定外のことが発生した?」
「はい。急遽起こすこととなったクーデター。失敗の可能性もある……ですから、我々には伝えず、巻き込まれないようにした。私は、そう考えます。思えば、後進の育成に励んでいたのもこれを見越していたのかと──」
「そんな……!」
「うう、ミカ様……何とお優しきこと、私らなどいくらでも使い潰してくれて構わないのに……!」
実際は少し違うのだが、その推測は説得力があり、元よりミカへの忠誠心が高い彼女達はすぐに納得した様子だった。
「ミカ様はトリニティの行く末を憂いていらした。アリウスとの融和の話も以前に持ち出した際にセイア様とナギサ様が難色を示されたのだとか……あの方々はよりにもよって、ゲヘナなどと和平を結ぶ愚行を行おうとしているというのに……」
「ならば大義はこちらにある、とみて良いでしょう! 私はどこまでもミカ様について行きますわ!」
「ええ! 野蛮なゲヘナのことです……絶対に裏切ってくるに決まってますもの!」
「で、でしたら! 今すぐにでもミカ様を救出しましょう! トリニティの王となるのはあの方以外に考えられませんわ!」
「アリウスともコンタクトを……!」
「噂によればかなりの戦力を有しているのだとか──」
「あのツルギさんも重傷を負ったと聞きましたわ!」
「落ち着いてください。今騒ぎを起こしたところでゲヘナに付け入られる隙を作ってしまうだけ……それよりもまずは、エデン条約のことです」
反ゲヘナ感情を爆発させ、すぐに武装蜂起を提案する血の気の多い彼女達をリーダー格は努めて冷静に諌める。
彼女は知っていた。ミカが水面下でエデン条約反対派や反ゲヘナの者を派閥を問わず集め、“対ゲヘナ用”の私兵を作っていたことを。
その存在は今も尚、継続されており、誰一人として欠けていない。事件が隠蔽され、噂に等しい断片的な情報しか出回っていないのもあるが、皆リーダーの不在程度で足踏みしてしまうような士気ではないのだ。
「ミカ様の意志を継ぎ、裏切ったゲヘナを打倒する……そうすることであの方が正しかったのだと証明するのです……!」
そう、隠していた激情を露にする。
彼女らの中では、ゲヘナの裏切りは確定事項。そんな偏見にまみれた決め付けが紛れも無き真実なのだから何とも悲しいことだ。
「おお! 確かにそれは素晴らしいお考えですわ!」
「憎きゲヘナを潰せてミカ様の名誉も回復できる! 一石二鳥ですわね!」
皆が賛同し、湧き立つパテル派。彼女達のミカへの忠誠はクーデター程度で揺らぐものではなく、むしろ逆にその思いをより強固なものへと至らせた。
かつてはお飾りのトップなどと揶揄されることもあったにも拘わらずこうなったのは、ひとえにミカが政治に関心を示し、部下の顔と名を覚えるようになったことにより、その求心力を爆発的に集めたからである。
元よりそのカリスマと他の分派のリーダーには無い圧倒的な“力”は多くの者を惹き付けた。
故に、信じて疑わない。
──彼女こそが、我らパテル派が長年待ち侘びた、“神の如き者”の再来なのだと。
「……虚しいですわ、本当に」
ぽつりと、誰かが呟く。
無機質なその小さな声は喧騒に紛れて消え、誰の耳にも届かなかった。
一方、ゲヘナでは──。
「……もうすぐね」
予定通りならば、シャーレの先生と万魔殿議長が顔を会わせているであろう時間帯。風紀委員長、空崎ヒナは執務をこなしながら逡巡する。
エデン条約の調印式を目前に控える今、ゲヘナ側の推進派代表である彼女はその日が来るのを待ち侘びているのだが、幾つか気掛かりがあった。
「──トリニティで何かが起きた」
詳細は不明。上手く隠蔽工作が成されたのかゲヘナには全く情報は入ってこないが、それこそがヒナの推測が事実であることを裏付ける。
とはいえ下手に嗅ぎ回れば条約締結に影響が出るかもしれないためどうこうする気はない。むしろ万魔殿辺りがつつこうとするのならば止めるつもりだったが、この頃は妙に大人しくしていた。
「……そういえば、ついこの間。温泉開発部と美食研究会が騒ぎを起こした時にトリニティの生徒が何人か目撃されたって聞いたわね」
ふと、思い出す。温泉開発部が毎度の事ながら破壊活動を行い、それに便乗して美食研究会が脱獄、更には
その日はヒナは別件にあたっており、それを片付けてから現場に到着した頃には美食研究会は雲隠れし、温泉開発部も部長らを含めた大多数は逃走してしまっていた。
そして、対応していた風紀委員から聞いたのだ。検問を張っている際にトリニティの生徒を目撃してしまい、その内一人は正義実現委員会の制服を着ていたので条約締結が近い中でピリついていたこともあって追い返そうとしたとのこと。
後日、シャーレの先生から連絡を受け、それは補習のテストを受けに来ただけだったらしく、こちらの早とちりであった。トリニティの生徒がゲヘナでテストを受ける、というのは一見すると意味不明で困惑したが、そのような突拍子も無い嘘を吐く理由も無く、何かしらの事情があるのだろうとヒナは判断した。
「思えば、妙な点が幾つかある。かなりの規模の抗争だったにも拘わらず情報が少ないし、動機も不明。それに、縛した温泉開発部の部員の証言……」
曰く、
下倉メグの実力はよく知っている。自分相手にもまともな戦闘が可能であり、ゲヘナにおいては上澄みの強者だ。鬼怒川カスミも本人の戦闘力は低いが、知略に長けた立ち回りで直接戦闘に入るまで持っていくのに苦労するイメージがあった。
そんなヒナも認めるような実力者二人が一介の不良生徒に倒されたというのは眉唾としか思えない。そもそも温泉開発部は不良同士の抗争に巻き込まれ、乱戦になって部長が倒されたことで瓦解して敗走する形となったらしいが、それもまたおかしな話である。
温泉開発部は個人個人はそうでもないが、圧倒的な母数を誇り、その規模だけならばゲヘナの部活の中ではトップクラスでまた団結力と士気も異様に高い。そんな集団を相手に不良グループ程度の規模が相手になり、あまつさえ敗走させるなど考えれば考える程に不可解である。
そして、騒動を起こしたであろう不良生徒達は、未だに捕まっていないどころか
「何者かがゲヘナの不良を装っていた? でも、それで温泉開発部と戦闘をして……何のメリットがあるの?」
百害あって一利無し。わざわざあのテロリスト共に関わろうとする理由は、残念ながらヒナでは思い付かない。
「……一番気になるのは、温泉開発部を単独で壊滅させたという存在」
ズキリ、と脇腹が疼く。
脳裏に過ったのは、アビドスでの苦い思い出。己を蹴り飛ばした、白フードのUNKNOWN──。
ただの直感であり、それだけで結び付けるには確証は無く、けれども無性に気になってしまう。あの白フードに関しては徹底的に調べたが、全く以て情報が得られなかったが故に。
「……何が目的かは分からない。けれど、また私の前に現れたのなら、その時は──」
必ず、お礼参りをする。
蹴り飛ばされた挙げ句、まんまと逃げられた。あの時の雪辱を果たさんと、ヒナは今一度決意するのだった。
──そうして、様々な思惑が巡る中、けれども別段大きな騒動や事件が起きるようなことはなく、そのまま時は過ぎて行く。
『今この動画をご覧の皆さん、こんにちは! “クロノス・スクール報道部”のアイドルレポーター、川流シノンです!』
そして、遂にその日は訪れた。
『本日は遂に締結される、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の“エデン条約”の調印式、その現場に来ております!』
通功の古聖堂。
かつて、トリニティ総合学園が誕生することとなった、その場所にて大々的に、華々しく、多くの人々に見守られながら歴史的な瞬間とも云える式典が幕を開けようとしていた。
希望。
策謀。
因縁。
長きに渡り対立してきた両校の、形ばかりとはいえの和平条約。そこには見た目の華々しさとは裏腹に様々なものが交錯し、入り乱れていく。
「こちらスクワッド-1。各員、配置完了したか。送れ」
そして、闇の中。
少女は静かにその光景を冷たく眺め、無線機へそう呼び掛ける。
『スクワッド-2。配置完了』
『……スクワッド-3。配置完了』
『ス、スクワッド-4。配置完了しました』
『こちらα-1。アルファ隊第一小隊、第二小隊、第三小隊、第四小隊、総員異常無く配置完了した』
『β-1。同じくベータ隊第一小隊、第二小隊、第三小隊、総員異常無く配置完了しました』
『あー、γ-1。えっと、ガンマ隊も全員配置完了してるよ』
『──便利屋68、配置完了よ!』
「了解。これより作戦を開始する。行くぞ──」
かくして、舞台の幕は上がる。
演目の主役はゲヘナでもトリニティでもなく、しかし今ここに歴史的な出来事が起きようとしていることだけは確かである。
何せ、とうの昔に歴史の闇へと葬り去られた存在が亡霊の如く帰還し、今一度表舞台に立たんとしているのだから──。