アリウスの王   作:大嶽丸

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突撃チョッキが恋しい…


戒律の守護者

 

 

『先生! 目を覚ましてください!』

 

 青空の見える教室。

 

 意識を取り戻したシャーレの先生が真っ先に視たのは、こちらを心配そうに覗き込む“シッテムの箱”に内蔵された秘書OS──アロナの姿だった。

 

「“アロナ……一体何が──?”」

 

『古聖堂が爆破されて……どうにか守ることは出来ましたが、だいぶ力を使ってしまいました』

 

「“爆破……そうだ、それで建物の崩落に巻き込まれて私は……”」

 

 そこで意識を失う寸前のことを思い出す。突然の銃声、それによって生じた混乱が銃撃戦へと発展し、そのタイミングであちこちで爆発が起こった。

 

 自身の体を確認してみるが、目立った外傷は無い。ショックで気絶してしまったとはいえ、あれだけの崩落に巻き込まれても無傷とは“シッテムの箱”のバリアの頑丈さを再認識する。

 

(“だけど──”)

 

 果たして、自分はどれくらいの間、気絶していたのだろうか。外は一体どうなっている──? 

 

『早く戻って避難してください! もう一度防げるかどうか……それに何だか嫌な予感がします! 先生!』

 

 その疑問を尋ねるよりも先に、普段からは考えられない程に焦った様子のアロナの手により先生は現実へと戻る。

 

「“なっ……”」

 

 そして、言葉を失う。

 

 先程までの面影など皆無。瓦礫の山に燃え盛る火の手、そこかしこから聴こえる悲鳴と怒号、それから銃声と爆発音……地獄のような様相が視界の端から端まで広がっていた。

 

 テロ? 誰が? 様々な思考を巡らせながら起き上がると、ほぼ同時にすぐ隣から声がする。

 

「先生! ご無事でしたか!」

 

「“ヒナタ……君の方こそ、大丈夫?”」

 

「は、はい! 私はこの通り……」

 

 灰で汚れた修道服の少女、若葉ヒナタ。つい先程まで古聖堂の案内をしてくれていたシスターフッドの少女である。

 

 近くに居たので彼女も同じように崩落に巻き込まれたと思われるが、自分のことなど微塵も気にせずに先生のことを心配している様子。ヘイローを持たぬ普通の人間なのだから当然の反応ではあるが、こちらはアロナが守ってくれたので軽い打撲程度で済んでいた。

 

「先生! 無事ですか!」

 

「せ、先生……」

 

 そう話していると、二つの影が颯爽と飛び込んでくる。視線を向ければ、そこには正義実現委員会の羽川ハスミと剣先ツルギが立っていた。

 

「“ハスミ、ツルギ……状況は?”」

 

 先生の姿を見て安堵する彼女達に対して問いかける。すぐに避難するようにアロナは言っていたが、シャーレの先生としては何が起きているのか全容を把握しなければならない。

 

 対して、ハスミらは険しい表情を浮かべる。

 

「怪我人多数。甚大な被害です……私達以外の古聖堂の中に居た正実(こちら)の人員も全滅に近く……更には一部の方々がトリニティ・ゲヘナ問わず暴徒化し、交戦する始末。互いにどちらが攻撃したかと主張していて、これではもう……」

 

「……まるで戦争です。残った人員で鎮圧に動いていますが、このままでは──」

 

「“成程……深刻な状況だね”」

 

 暴徒化。先程から響き渡る銃声や爆発音はそれによるものか。

 

「一体誰がやったのか……ミカ様を失ったパテル分派の暴走? それともゲヘナ、あの万魔殿の仕業? そもそも聖堂内の不審物の有無は徹底的に確認を行ったはずなのに、どうやって爆弾を……いえっ、今は一先ず先生を連れてここから離れて──」

 

 様々な可能性、不可解な点、現段階で考察したところで答えが出そうにもなく、ハスミは思考を中断してこの危険区域から先生を避難させるべきだと判断してそう行動しようとしたその時。

 

 不意に、瓦礫が落ちる音がした。

 

「!」

 

「作戦区域に到着。正義実現委員会の残党を……いや、訂正。残党じゃなくて真髄だ……剣先ツルギに羽川ハスミを発見。それからシャーレの先生も……こっちに兵力を回して」

 

 白い外套の集団。ガスマスクで顔を隠した兵士達が炎を背にぞろぞろと現れる。

 

「なっ……アリウス分校ッ!?」

 

 その姿を認識し、瞠目する。あの夜、トリニティ校内で交戦したその姿を忘れるはずがない。

 

 尤も、ツルギもハスミも実際に直接相手取ったのは、()()()()()だけであったが……。

 

「どこからこれ程の兵力が……周辺地域は全て警戒態勢だったのに……!」

 

 数にして50人は下らない。クーデターの件では、聖園ミカによる手引きがあったが、今回は一体どうやったというのか。

 

「まさか、地下か……? 古聖堂の地下にある、カタコンベから──」

 

 するとツルギが訝しげに呟いた。

 

 調印式に先んじて補修作業が行われた古聖堂、その地下に関しては全くの手付かずだったはずだ。何があるのかもどこへ繋がっているのかも不明。故に、古聖堂地下に侵入出来る経路があったのかもしれない。

 

 しかし、だとすれば……古聖堂を会場に指定したのはゲヘナ学園万魔殿である。つまりアリウスはゲヘナと繋がっており──。

 

「ッ……つまり古聖堂の爆発は、この状況は、あなた達アリウスの仕業ということですか!?」

 

「……さあ? 何のこと?」

 

 ハスミの言葉に集団を率いる、ガスマスクではなく黒マスクで顔を隠した少女は、わざとらしく惚けてみせる。

 

「“君はっ……!?”」

 

 一方、先生はその姿を見て目を見開く。

 

 “あんた達には悪いけど……巻き込まないようにするのも面倒だから、八つ当たりさせてもらう。嫌ならさっさと逃げて”

 

 脳裏に過るのは、アビドスでの記憶。柴関ラーメンが破壊され、ゲヘナ風紀委員会と交戦した際に乱入してきた、結局最後まで正体不明だった二人の少女──。

 

 その内の一人。当時と全く同じ格好をしており、唯一違うのはその白いコートに薔薇と髑髏──アリウスの校章が刻まれていること。

 

「ん? ああ、そういえば会ったことあったか」

 

 驚く先生に対して、その少女──戒野ミサキは然して関心が無さそうに冷たく見つめ返す。

 

「先生、知っておられるので?」

 

「“うん、アビドスで……やっぱりアリウスだったんだ”」

 

 薄々察してはいた。クーデターの際に見たアリウス生の格好……白い服にガスマスク。それは彼女達を助けた正体不明の人物の特徴とも合致しており、関係性を疑うなと言う方が無理があったのだから。

 

 しかし、そうなると、あのガスマスクの、白フードの人物の正体はもしかして──。

 

「何故です、何故このようなことを……!」

 

 問い詰めんとするハスミの言葉に思考が中断される。ナギサと同じようにこのタイミングで襲撃を仕掛けるなどアリウス側のメリットが皆無だと認識していたが故に、彼女はこの凶行に及んだ動機が心の底から解せなかった。

 

「だから何のこと? 私達より疑うべきはゲヘナだと思うけど?」

 

「それは、あなた達がゲヘナと組んでいるということでは──」

 

「何、証拠でもあるの? というか、そっちの自作自演って可能性も有り得るんじゃない?」

 

 一方、ミサキは冷ややかにそう言い放つ。これにハスミは一瞬虚を突かれたように硬直してしまう。

 

「何を──」

 

「テレビで観てたよ。たった一発の銃声で、簡単に争い始めて……あれで和平を結ぼうとしてたって言うのだから、ほんと笑える」

 

「ッ…………」

 

「そう考えると、むしろあのタイミングで爆発が起きたのはラッキーだったね」

 

「──何ですって?」

 

「だって、爆発が起きなかったら、あの醜態があのままずっと生放送され続けたってことでしょ? おたくらにとってはその方が困ったんじゃない?」

 

「…………!」

 

「図星、か……じゃあ、見知らぬテロリストさんに感謝しないと」

 

 怒りを滲ませ、しかし何も言い返せないハスミを鼻で笑うミサキ。本来であれば、わざわざ古聖堂を爆破するだなんて大それたことをする必要など無かったのだ。

 

 扇動した後、放置するだけで勝手に条約は破綻し、自滅する……にも拘わらず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるということになるが、ミサキには図りかね、恐らく本作戦において最優先目標である“儀式”を成功させる為に必要不可欠な要素なのだろうと推測する。

 

「ッ……あくまでも認めるつもりはない、ということですか。ならば、これだけの兵を率いてここへ攻め入った理由は?」

 

 激情に駆られるのをどうにか抑え、努めて冷静さを保ちながらハスミは言葉を紡ぐ。

 

 口振りからして推定有罪。こちらをおちょくっているであろう目の前の少女は容疑を認めこそしていないが、かといって隠すつもりもなさそうだった。

 

「テロの鎮圧、とかどう? 慈悲深きアリウスは今回の未曾有のテロ被害を憂いて私達を出動させた……そういう訳だから、大人しくしてくれる? ()()()さん達」

 

 そう言ってミサキが片手を上げれば、他のアリウス生達が一斉に銃口を向ける。

 

「“……容疑者? 私達が? ”」

 

「そちらの副委員長さんのゲヘナ嫌いは有名だし、シャーレの先生も、私達からすれば連邦生徒会長が呼び寄せた得体の知れない大人だ。よって、事態が収束するまでは拘束させてもらう」

 

 淡々としたミサキの返答に先生は戸惑い、そして顔をしかめる。無感情な声ではあるが、その節々から自分への敵意、そして大人への不信感が感じられた。

 

 そうなった理由は察せられる。ミカから聞いた、かつてアリウスを侵略せんとした大人──。

 

「尤もらしい理屈を……! このような所業、決して許しませんよ……!」

 

「──ハスミ」

 

 激昂し、今にも駆け出そうとしたハスミを、隣に立っていたツルギの静かな声が止めた。

 

 彼女は自然体なまま、スカートの中に仕込んでいた二挺の愛銃を抜き、その鈍く光る銃口をミサキ達へと向ける。

 

「役割を果たせ、暴れるのは私の役目だ」

 

「ツルギ……!」

 

 冷静な声とは裏腹に、強烈な殺意がアリウスを襲う。その鋭く血走った眼には、眼前の敵を屠らんとする為だけの意思が宿っていた。

 

「──殺す」

 

「へぇ……流石はトリニティ最高戦力であり、閣下が定めた特記戦力。怖いね」

 

 ゲヘナ風紀委員長と対峙し、一方的に打ち負かされた苦い記憶を思い出しながらミサキは言う。

 

 しかし、その言葉に反してそこに恐怖は一片足りとも無く、それは他のアリウス生らも同様。如何なる存在が相手であろうと、彼女達は兵士として任務遂行に殉ずるまで。

 

「各員、火力を剣先ツルギへと集中……ああ、()()()()は、くれぐれもシャーレの先生は勿論、羽川ハスミにも()()()()()()()

 

 そうして、戦闘が勃発しようとしたその時──。

 

 膨大な数の、厳かな()()が彼女達の周囲を覆い尽くした。

 

『ッ!?』

 

 全員の動きが止まる。

 

「あれは──?」

 

 その正体はすぐに判明した。

 

 瓦礫の上に立つ、青白い光を放つ幽鬼達。アリウスと同じようにガスマスクで顔を隠した修道女だと思われる集団が炎に照らされながら悠然とそこに存在している。

 

 その姿を認識し、ミサキは理解する。

 

 我らが姫が無事条約に“調印”し、偉大なる生徒会長とあの外様の木人形が恙無く“儀式”を完了させたということを。

 

「……あれが、聖徒会の複製(ミメシス)。成功したみたいだね。アツコ、閣下──」

 

 動揺する先生らを他所に、ミサキはマスクの下で僅かに微笑み、火の粉が舞う曇天を見上げる。

 

 ──作戦の第一目標、達成。

 

(これで不確定要素であるシャーレの先生を足止めする目的も無くなった訳だけど……今更引き返せる雰囲気ではないか)

 

 本来の目的は単なる時間稼ぎに過ぎず、そのため挑発的な言動を繰り返した訳だが、想定よりもあっさりと“儀式”は終わってしまった。

 

 突如として現れたユスティナ聖徒会の大群を前にしても微塵も闘志を揺るがすこと無くこちらを睨み、今にも襲い掛かって来そうな猛獣(ツルギ)を見据えながら、ミサキは面倒臭そうに溜め息を吐く。

 

「まあいい……どうせ、全ては虚しいだけ。故に、善き終末が在らんことを」

 

 どのみちシャーレの先生はアリウスにとっては脅威と成り得る存在。ここで拘束しておいても良いかもしれない。

 

 そう思い立ち、ミサキは戦闘態勢に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 古聖堂、地下。

 

 トリニティにとっては未開の地。静謐が支配する、崩れかけた遺跡の中で双頭の木人形と仮面の少女が佇んでいた。

 

「素晴らしい。これが戒律の守護者たちの“威厳”。実に興味深い」

 

 ぎぃと軋む彼──マエストロが笑う。周囲もまた決して短くない時を“神秘”に触れていたが故に、その力の奔流を感じ取った。

 

 そして、それが今しがた安定したことも。

 

「……成功したの?」

 

「勿論。儀式は何の滞りも無く済み、調印は完了した。そなたらは望み通り、不死の軍隊を手に入れたのだ」

 

 秤アツコの問いに、マエストロは上機嫌そうにそう言えば彼女以外のアリウス生達は沸き立つ。

 

 戒律の守護者、その“威厳”から生み出された“複製(ミメシス)”なるもの。決して斃れることのない、不死の軍団……それを手中に収めることこそが、アリウスがこのエデン条約の調印式を襲撃した目的だったのだから。

 

「おお! ありがとうございます、マエストロ氏! これでアリウスの戦力増強だけではなく、私達(調査技研)の研究も更なる段階へと踏み入ることが可能でしょう!」

 

「否、礼を言うのは此方の方だ。戒律を守護せし者の血統──その“ロイヤル・ブラッド”の“戒命”が動作する様を見届けられたのは、幸甚であった」

 

 無言なアツコとは対照的に目を輝かせてはしゃぐのはアリウス調査技研の部長、緑川ロミナ。彼女もまた失楽ニトとマエストロとの“共同実験”がもたらす成果を目の当たりにしようと同行していた。

 

「それに、実のところ私が出る幕は無かった。そなたらの“王”は、寸分の狂いも無く我が秘儀を再現してみせたのだから……見事なものだ、単なる複製に終わらず浸蝕し、十全に支配している。否、これは“纂奪”に近いか」

 

 末恐ろしいと、マエストロは笑い、そしてだからこそ残念でならないと嘆く。

 

 これだけの才能を探究のみに注げば、それこそ“崇高”へと到達も不可能ではないというのに。少なくともゲマトリアよりはずっと可能性があった。

 

「いえいえ、マエストロ氏が技術を提供してくれたからこそですよ! ミメシス……“恐怖”に由来する存在。恥ずかしながら閣下と違い、未だに核心へと到達出来ぬ未熟者の身ですが、それでもアレが素晴らしいものであることは理解出来ます! この技術があれば私めが手掛けた()()()()の再開もきっと、お許しになられるはず!」

 

「ふむ……確かに、自我無きミメシスならば“倫理”という問題点は消える」

 

 ロミナの言葉にマエストロは頷く。彼としては倫理観というのは実にくだらぬ観点であり、それで探究への道を足踏みしてしまうなど有り得ぬ話であったが、かといって彼は()()()()()()という訳ではなかったのでアリウスの方針にも一定の理解は示していた。

 

 少なくともその倫理観とやらが無ければ、マエストロはこの場には居ない。

 

「ならば僥倖。そなたの“人体”への造詣、そして“改造”に関する技術は私から見ても取り分け秀でている。もたらされた“成果”を実際に目の当たりにすれば尚のこと……その類稀なる才が埋もれずに済むのは実に喜ばしい」

 

「何と、有り難きお言葉……! 期待を裏切らぬよう精進します! この“フランケンシュタイン博士”が!」

 

「ほう……その名を知っているのか」

 

「はい! 以前に閣下が私めのことをそう称してくださりまして! 何でもキヴォトスの外に居る著名な科学者だとか……」

 

「ああ。優れた才能を持ち、狂気と妄執に囚われた人物だ。フフ……成程。それは確かに、言い得て妙であるな」

 

 となると、辿り着く先は冒涜の果ての破滅ということになってしまうが、そうならぬようにニトが手綱を握っているのだろう。

 

(……なんか危ない雰囲気がする。研究者って皆こうなのかな?)

 

 一方、そんなやり取りを見据えながらアツコはそんなことを思う。技研部長とは以前から面識はあり、その時から変わった人間だと思っていたが、あのマエストロなる大人と関わってるとその変人っぷりに拍車が掛かる。

 

 マエストロの方も小難しい言い回しをしていて、何とも胡散臭い。あのベアトリーチェの同僚なため警戒しているが、アレと違って少なくとも言葉には悪意は感じられなかった。

 

 怪しさは凄まじいが。

 

「さて……このまま舌を噛み、語り明かしたいところだが、そろそろ私の“作品”を起動させる準備に取り掛かっておくとしよう」

 

「おや? それは“サブプラン”のはずでは?」

 

「ここまで恙無く、完璧に成し遂げたのだ。そなたらが待ち侘びている“マダム”がこの期に及んで何か出来るとは思えん……如何に奴とて決して白痴ではない。もはや出てくることは無かろう」

 

 慎重になり過ぎたのか、あまりにも機を逃した。クーデター、調印式、襲撃の瞬間、儀式……妨害し、乗っ取らんとするタイミングはいくらでもあったが、一向に姿を見せることはない。

 

 その判断は正しく、動きを見せればここぞとばかりにアリウスが用意した反撃(カウンター)が発動する。現にあの巡航ミサイルによりニトに位置を特定されており、逃げ隠れし続けることすらも現実的ではなくなった。

 

 マエストロはベアトリーチェの有する能力の全容を把握している訳ではないが、七年前の内戦でも手を焼いてゴルコンダへ助力を求め、挙げ句に返り討ちにされる始末……当時のニトにすら及ばなかった女が、成長した彼女に加え、ここまで磐石なアリウス相手にどうこう出来るか甚だ疑問である。

 

 聞くにトリニティにおいてはゲマトリアも知らぬ間に何やら暗躍していたようだが、それも融和の妨害とマエストロからしてみれば“狡い”ことしか成し得ていない。内戦での経験からニトはやたらと警戒しているものの所詮は()()()()の存在に過ぎないのだ。

 

 以上のことから、今回ベアトリーチェが姿を見せようとすることはないとマエストロは判断していた。

 

「肝心の舞台装置が現れぬようでは収拾が付かず、何より興醒めである。故に、我が“ヒエロニムス”で代用するしかあるまい」

 

「えぇ……それは残念です。閣下はベアトリーチェを始末することをとても楽しみになさっていたのに」

 

「ああ。そなたらには悪いが、私としては大変喜ばしい結果だ。ベアトリーチェなどではなく、私が作り上げた“芸術”をぶつけ……互いに競い、高め合うことが出来るのだからな」

 

 マエストロは夢想する。

 

 自らの芸術。それと、かの“光をもたらす者”が相対する。その結果がどうであれ、それは互いの認識と理解をより上位へと至らせ、やがて“崇高”への道へと繋がっていくと信じて止まない。

 

「いざ、往かん……」

 

「あ、御供しますよ! マエストロ氏ー!」

 

「………………」

 

 何処かへと向かっていく二人。他のアリウス生らもこれに続き、アツコもまた黙ったまま追う。

 

(……ベアトリーチェは来ない)

 

 アツコは内心そう呟く。

 

 酷く安堵するように。果たしてそれは、仲間達が危険に晒されることがないという事実に対するものか、それとも──。

 

(でも、閣下は彼女(あいつ)()()……あの時、言っていた通りに、きっと)

 

 いつしかの会話を思い出す。どこまでも強く、真っ直ぐで絶対的な殺意。

 

 残念がったロミナのように誰もがそれを肯定し、それどころか期待すらする。

 

 ここで憂いを断つべきだと、一度ならず二度までもアリウスを脅かさんとする痔れ者を、今度こそ消し去るべきだと。

 

 けれど、やはりアツコは思うのだ。

 

(……閣下に、人殺しなんてさせたくない)

 

 それだけは駄目だ。

 

 漠然とした思い。命を奪う、それはキヴォトスでは何よりも忌避される事であるからか、然りとてアリウスにおいてそれはかつて身近だったものであるはず。

 

 それでも、アツコがそう思わずには入られないのは生来の優しさが故なのだろうか。

 

(もし、ベアトリーチェが来るならその時は……きっと、私を狙う)

 

 かつて失われた“戒律”を現代へ呼び起こす程の力を秘めた、貴き血統。恐らくアリウスを狙うのもそれが目的であり、そしてこの状況を打開するには、そうするしかないと考える。

 

 当然そんなことはニト達も予測済みであり、幾重にも及ぶ対策が施されていた。仮に今この瞬間にベアトリーチェがどこから奇襲を仕掛けても余裕を以て対処可能なだけの()()があり、だからこそマエストロは彼女が現れることはないと断じたのだ。

 

 けれど、マエストロらの予想とは違い、何らかの要因でベアトリーチェが目の前に現れるのであれば──。

 

(そうなったら、私が閣下の代わりに……)

 

 静かに決意する。

 

 大切な恩人が、手を汚すくらいなら、罪を背負うことになるくらいなら、アツコは喜んで咎人となろう。

 

 足音のみが反響する地下空間にて。姫には似つかわしくない暗い殺意が揺れ動く。





書いてて思ったけどナツのコスプレからしてフランケン的な怪物はキヴォトスにも居るんだよな…
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