アリウスの王   作:大嶽丸

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炎の中での再会

 

 ──不死身の軍隊。

 

 顕現したユスティナ聖徒会の亡霊(ミメシス)は、正しくそう形容すべき者達だった。

 

 被弾すれば体は弾け、容易に欠損する。ヘイローを有しながらもその耐久性は生徒と比べて著しく低い……が、致命傷を受けない限りその損傷は時間経過で修復されていき、また致命傷により消滅したとしても暫くすればまるで影法師のように復活する。

 

 幸いにも個人ごとの戦闘力は大したことなかったが、それが数百人規模。圧倒的なまでの数の暴力にツルギとハスミは次第に追い詰められていく。

 

 むしろ未だに劣勢止まりで戦いが成立しているのは、流石と言えよう。

 

「くっ……撃っても撃ってもキリが無い……!」

 

 ハスミが悪態を吐く。

 

 命中しているはずなのに手応えが無く、まるで実体の無い虚像を撃っている様な感覚だった。すぐそこではツルギがその圧倒的な力を以てして蹴散らし続けているが、それでも多少勢いが止まるだけでユスティナ聖徒は次々と現れては消え、消えては現れる。

 

 水面へいくら石を投げ込んだとて、影をいくら踏みつけたとて、水面も影も消えずに存在し続けるように、それはハスミ達の必死の抵抗を嘲笑うかのように進軍していた。

 

「このままでは……!」

 

 残弾が、足りない。このまま闇雲に戦い続ければものの数分で撃ち尽くしてしまうことだろう。

 

「キィェェェエエエエ!!」

 

 既にツルギは弾薬を節約する為に接近して銃身を振るうことでユスティナ聖徒の頭をかち割っていが、如何に彼女といえども残弾の無い状態ではこの数相手にはジリ貧であり、時間の問題だった。

 

 更に恐ろしいことに、先程からアリウスの兵──ミサキ達は手を出さずにこちらを観察しているだけ。彼女らが参戦すれば、この僅かな拮抗もあっという間に崩されてしまうことだろう。

 

 絶望的な事実が重くのし掛かる。

 

「せめて、先生だけでも……!」

 

 自分達はともかく、シャーレの先生。本来であればゲヘナともトリニティとも部外者な彼を捕らえられる訳には行かない。

 

 彼だけでも守り抜き、どうにかして逃がさんと、ハスミは捨て身の覚悟を決める。

 

「………………」

 

 そんな無意味な足掻きを、ミサキはつまらなさそうに見据えていた。

 

(兵士としての練度は……水準レベルはあるか。思っていたよりは脆いけど、不死身なのは間違いない。数はもっと増やせないのかな?)

 

 彼女はただ視ている訳ではなく、“兵器”の威力査定を行っていた。

 

 戒律の守護者に、果たして本当に戦略的な価値があるかどうか。言ってしまえば、今こうしてツルギらを相手させているのは単なる試運転に過ぎない。

 

(……あの剣先ツルギが劣勢に追い込まれている。正直、“数の暴力”なんてのは閣下や空崎ヒナみたいな化け物相手には無意味な戦法だと思っていたけど……こうも極まるとまた話が変わってくるね)

 

 不死身の軍隊。幾度倒されても永久に復活し続ける、補給すら必要としない無限の兵力──。

 

 字面だけでそれが如何に凄まじく、恐ろしいものであることが理解させられるが、実際に目の当たりにしたことでミサキはそれでも己の認識が甘かったということを知る。

 

 たった三人の兵隊と一人の指揮官を未だに倒せていないものの相手はトリニティ最強とそれに連なる者。あのシスターフッドの少女も意外と頑強であり、また指揮官はアリウスが最大限警戒しているあのシャーレの先生である。

 

 それを何の損耗も無く、こうして追い詰めているのだから兵器として申し分無いと言えよう。

 

(シャーレの先生には“奥の手”があるって話だったけど……一向に使う素振りを見せない。出し渋っているのか、或いは使えない状況なのか。いずれにせよ、このままじゃあ拝むことは出来なさそう)

 

 曰く、“大人のカード”なるアイテム。自らのトップがもたらした情報であり、果たしてそれには如何なる“力”が秘められているのか。

 

 現状において最大級に警戒すべき脅威かつ未だに情報が不明瞭な存在……そんな得体の知れぬ大人が有する手札は、アリウスとして、そしてミサキ個人としてもどうにか暴いて把握しておきたかった。

 

 しかし、この様子だと望みは薄そうである。

 

「──もう良いかな」

 

 よって、充分査定を行えたと判断したミサキは背負うその多角誘導式ミサイル──聖なる捕食者(セイントプレデター)を天高くへと向ける。

 

「“ッ、まずい! 皆、伏せて──! ”」

 

「巻き込んでも平気なのは気が楽でいい。──まあ、()()()()()()というのは自分としては御免被るけど」

 

 アビドス自治区で散々くらった大量のミサイルの子弾による広範囲攻撃。その前兆を見て先生が鬼気迫る表情で叫ぶ。

 

 対してミサキは淡々とそう呟き、ユスティナ聖徒ごと生き埋めにしてやろうと耀く破壊の雨を降り注がせ──。

 

「──何?」

 

 発射スイッチを押す寸前、眼前のユスティナ聖徒達が突如として一人残らず吹き飛んだ。

 

 思わぬ出来事を前にミサキは片眉を上げ、取り囲まれていたツルギらも困惑している様子だった。

 

 一体、何が──。

 

「先生……ッ!!」

 

 そして、現れたのは。

 

「“ヒナ……ッ!? ”」

 

 ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ。

 

 血に濡れた白髪を靡かせながら、彼女は()()()()の状態でそこに立っていた。

 

「──良かった、無事だったのね」

 

「“ヒナ、大丈夫なのっ!? 血が……”」

 

 息を切らしながらこちらの存在を認識して安堵するヒナに対して先生は目を見開く。

 

 ゲヘナの最高戦力──それに違わず、今までも圧倒的な力を見せていた彼女が、頭から血を流し、体中のあちこちが服ごと焼け焦げ、長大な愛銃を脇に抱え、どうにか必死に立っているように見える、あまりにも痛々しい姿と化している。

 

 崩落に巻き込まれた? しかし、ヒナタやハスミらが無事だったようにキヴォトス人の耐久力でここまでの重傷を負うだなんて──。

 

「私は大丈夫。だけど、敵は“恐ろしい兵器”を使用している……早くここから離れないと……ッ」

 

「──驚いた。天下の風紀委員長様がボロボロじゃん」

 

 驚きの混じった嘲笑の声。いつぞやは為す術も無く、一方的に叩きのめされた相手の無様な姿を前にミサキは一瞬笑みを浮かべ、しかし次の瞬間には呆れたように溜め息を吐いた。

 

「もしかして、空崎ヒナを止められなかった? ──ヒヨリ」

 

「え、えへへ……すみません。しこたま“神経断裂弾”を撃ち込んだのですけど……逃げられちゃいました。こっちの部隊も何人かやられちゃいましたし、やっぱりお強いですねぇ……」

 

 するとミサキの隣に薄い緑髪の少女、槌永ヒヨリが卑屈な笑みを浮かべながら現れる。

 

 目標に逃げられたにも拘わらずヘラヘラとしている彼女にミサキは顔をしかめるも、想定内の結果だったので咎めはしない。

 

 むしろあの日と比べれば、戦闘がまともに成立するどころか満身創痍にさせているのだから凄まじい戦果だ。ひとえに秘密裏に開発された()()()()()の使用を許可されたからに他ならないが。

 

「ッ…………」

 

 もう追い付かれた。ヒヨリの姿を見てヒナは苦虫を噛み潰したように顔を歪め、先生の方へと駆け寄る。

 

「……ゲヘナの風紀委員長」

 

 そんな彼女を見つめながらハスミは顔を歪める。仇敵とも呼べるゲヘナ、加えてつい先程和平の場であのようなことがあったばかり。

 

 個人的な好悪で語れば手を結ぶなど論外であるが──。

 

「先生を、頼みます」

 

「……!」

 

「トリニティの首脳陣はほぼ壊滅状態です、シスターフッドも、ティーパーティーも居ない今、先生に万が一があっては、本当に収拾がつかなくなってしまいます……!」

 

 ヒナに先生を託し、自身達が殿を務める。ほんの僅かな時間、けれども永遠のように感じられる逡巡の末に導き出した選択だった。

 

 ツルギと並び立つと称される彼女の実力は正しく噂通り、否それ以上であり、現に自分達があれだけ苦戦していたユスティナ聖徒を瞬く間に一掃してみせた。

 

 ならば単独での戦闘能力に優れた彼女の方が先生を守りながらこの場を切り抜けられる可能性が高い。

 

「……良いんだな? ハスミ」

 

「はい。すみません、決してあなたが──」

 

「──分かっている。それが最適解だ」

 

 その選択を、ツルギは一切の躊躇いも無く受け入れ、従う。

 

 彼女としても自らが空崎ヒナに劣っているとは微塵も思っていないが、敵が殺しても殺しても復活してしまう出鱈目な存在で殲滅が不可能である現状、攻めるしか能が無い己のような者は肉壁になるしかない。

 

「わ、私も殿を……! 盾代わりくらいにはなると思います……!」

 

 話を聞いていたヒナタも志願する。先生の護衛をしようにも自分ではヒナのスピードについて行けないだろうということを察したが故に。

 

 何より、あのゲヘナ嫌いのハスミがゲヘナの生徒に希望を託したのだ。己もまたシスターフッドの端くれとして覚悟を決めるのが道理であろう。

 

「“ハスミ、みんな……”」

 

「先生、私達が退路を守ります。ここはどうか、私達の覚悟を受け取ってください」

 

 そう言った彼女の顔は、耐え難い屈辱と怒りに満ちていた。それは決して憎きゲヘナに頼るからではなく、己の無力さに対して。

 

「“──分かった。けど危なくなったらすぐに逃げて。後で必ず助けに行くから”」

 

 本当は残りたい。

 

 生徒を置いて自分だけが尻尾を巻いて逃げるなど言語道断。だが、意地を張って留まったところでこの状況を打開するような手段は持ち合わせていない。

 

 彼が持つ“鬼札”も、無尽蔵に湧き続ける軍勢を相手に果たしてどれだけ有効なのか。足止めにはなるだろうが、不明瞭のまま“代償”を支払い続けることのリスクを理解出来るだけの冷静さは残っていた。

 

 ならば、ここは退いて立て直す。内心こうするしか出来ない不甲斐無さを嘆きながらも、ハスミ達の覚悟を無下にしない為にも先生は応じるしかなかった。

 

「風紀委員長! 先生をよろしくお願いします!」

 

「ッ……ええ、任せて。──それと、奴らが使う銃弾にはくれぐれも当たらないように気を付けて。一発でも受ければ()()()()だから」

 

 自身の体の傷を指差しながらヒナは言う。最強格の彼女がこうなってしまうような銃弾。それを自分がまともに受ければどうなってしまうか容易に想像出来たハスミは険しい表情を浮かべる。

 

 しかし、そこに恐怖は無い。

 

「ッ──分かりました。それでは、行ってください!」

 

 次の瞬間、ヒナは返事の代わりにその華奢な体から考えられない膂力で先生をひょいと軽々と担ぎ上げ、全速力で駆け出す。

 

「先生、どうかご無事で──」

 

 絶対に守ると雄弁に語るその背中を見送り、ハスミは敵──既に復活を終えたユスティナ聖徒達、そしてアリウスへと向き直る。

 

 意外にも彼女らは先生とヒナの逃走を妨害することなく、ただ静かに見据えていた。

 

「あーあ……良かったの? 戦力を分散なんてして。私達からすれば助かるけど」

 

 淡々と気だるげにミサキはそう言う。彼女からすればここでヒナとツルギの最強格二人を同時に相手取る方が嫌だったので片方が優秀な指揮官であるシャーレの先生と共に勝手に消えてくれたのはむしろラッキーだった。

 

 ヒナと先生に関しても、逃げた方角には既に別動隊が手配されており、すぐにでもそちらと鉢合わせることになるので、どのみち逃げられまい。

 

「まあでも……逃げ切れると良いね。シャーレの先生」

 

「……何ですって?」

 

 唐突に呟いた、ミサキの思わぬ言葉にハスミは怪訝な表情を浮かべる。

 

「これはアリウスとしてではなく、私個人の見解。だって、自らを犠牲にして大切な人を守り抜く……そういった終わりはきっと、美しいものだと思うから」

 

 愉しげに、ここで今まで淡々としていたミサキの言葉に喜色が入り雑じり、酷く弾んだ声となる。マスク越しで見えなくともその口が笑っていることが容易に察せられた。

 

 そこに秘められた静かな、狂気にも似た渇望に、ハスミは戦慄する。

 

「──あなた達に、善き終末が在らんことを」

 

「えっと、まあ……本当に殺すことはありませんのでご安心を。こちらのミサキさんはちょっと思想拗らせてて、少々痛い台詞を言いたい年頃なだけなので、お気になさらず──」

 

 が、そこにヒヨリが申し訳無さそうにそう言いながら割って入ってきたことで上機嫌から一転して無表情のまま青筋を立てる。

 

「……死にたいの? ヒヨリ」

 

「ひぃ……!? す、すみません。せめて最後の晩餐に満漢全席をたらふく食べさせてくれないと善き終わりになりませぇん……」

 

「ったく……どんな状況でも変わらないね、あんたは」

 

「いやぁ……そ、それ程でも……」

 

「褒めてないから」

 

 怯えながらもどう考えてもおちょくっているとしか思えない命乞いを始めるヒヨリだが、これで悪気が無いのだから始末に負えない。

 

 突然始まったコントのようなやり取りにハスミらは困惑するも、余裕を見せ付けられているのだと解釈して怒りを滲ませて銃口を向ける。

 

「先程からふざけたことを……! ここは絶対に通しません……!」

 

「──あ、そう。じゃあ、精々頑張ってよ」

 

 その啖呵にミサキは笑みを浮かべ、彼女達へ美しき終焉をもたらさんと改めて、セイントプレデターを構える。

 

 ヒナの乱入により中断された攻撃。これにハスミは顔を強張らせ、しかし妨害しようにも迫り来る不死の軍勢が行く手を阻む。

 

 絶望的な状況。殿を務めると言ったものの果たして、どれくらいまで持ち堪えることが出来るか──。

 

「ギィ……ッ!? この気配は──」

 

 その時だった。

 

 ツルギが突如として動きを止めた。瞠目し、顔を向けたのは、ヒナが先生を連れて走り去った方角。

 

 その先で、紅いナニカがうねるのを幻視する。

 

「? ツルギ、どうかしました……?」

 

「……()だ。これは、間違えるはずがない、やはり来ていたか──」

 

「奴? まさか……ッ!?」

 

 気配、というよりは第六感に近い感覚。けれども確信を持ちながら、ツルギはその存在を感じ取った。

 

 来ているのだ。あの夜、自らを完膚無きまで叩きのめしたあの女が、この場所に。

 

「──アリウスの悪魔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──走る、走る。

 

 袖を血で濡らしながら、ヒナは先生を連れて駆け抜けていく。

 

「ッ、一体どれだけ居るの……!?」

 

 どうにか大通りまで出て、しかしそこには埋め尽くすように並ぶ青白い亡霊の群れ。既にここ一帯は彼女達に包囲されていた。

 

 これにヒナは悪態を吐き、撃滅せんと愛銃の“終幕:デストロイヤー”を構え──。

 

「────?」

 

 その時、不可解なことが起こる。

 

 ゆらりとゾンビのように進軍していたユスティナ聖徒達が突如として足並みを揃え、一斉に整列し始めたのだ。

 

 恐ろしく統率の取れた動き。何事かとヒナは眉をひそめ、すると次は波打つように中央を開けていき、“道”を作るように隊列を組む。

 

 かつん、かつん……。

 

 ──そこを、誰かが歩く。

 

「ッ……!? あなたは──」

 

 艶のある黒髪。煌めく紅眼。

 

 その顔に見覚えはないが、白いフード付きのコートという服装、それから背格好、その所作は忘れもしない。差異はガスマスクで顔を覆い隠しているかいないか、たったそれだけ。

 

 ──“UNKNOWN”。

 

 あの日、アビドス自治区で辛酸を舐めさせられた正体不明の白フードこそが、この少女なのだと。

 

「やっぱり、居たのね……」

 

 ヒヨリを見た時から察してはいた。きっと、奴もここに来ているのだと思い、そして最悪のタイミングで現れる。

 

 万全ならともかく手負いの状態で、しかも先生を守りながら。自分に匹敵する強者であろう眼前の少女とユスティナ聖徒の壁を突破する自信は無かった。

 

(だけど、やるしかない。先生だけでも逃がす)

 

 そう覚悟し、己が守るべき者へと視線を向ければ──。 

 

「“…………は?”」

 

「──先生?」

 

 彼は、酷く茫然としていた。瞳孔を大きく開き、まるで信じられぬものを見たかのように、未だに現実を受け止め切れていないかのように。

 

 シャーレの先生。頼れる大人が見せたその姿を、ヒナは初めて見た。

 

「やぁ、久方ぶり……という程でもないか。奇遇だな、こんな所で」

 

 その瞳には、ヒナが視たモノとは違う光景が映し出されている。

 

 ──龍。

 

 相変わらず、辛うじてそう思わせるような赤黒いディティールだらけの姿をした“彼”は、相変わらず性別も年齢も判別不可能なノイズ混じりの声でそう話しかけてくる。

 

 いつもと変わらず。それは眼前の光景が幻覚などではなく、紛れも無い現実であると無慈悲に伝えてくるようであった。

 

「“あっ……えっ……?”」

 

 言葉が出ない。上手く喋れない。それだけ動揺してしまっていた。

 

 何故ここに? 未だに目の前の事実が信じられずについそのような逃避をしてしまい、だが思えば、容易に推測出来た事実だった。

 

 彼は言っていた、自分には()()()()()()()が居てその為に戦ったと、そして今は“指導者”をやっていると。それはミカから聞いたアリウス分校の内乱から統一までの歴史と当て嵌めてみればとてもよく似通っていた。

 

 アズサから聞いたアリウスの教義と彼が語った信条とやらの共通点、それにアビドス自治区であの二人を助けた白フードからは、彼と酷似した異様な気配を感じ取っていたではないか。

 

 実際、関連性を疑ってはいた。明らかに疑わしく、限りなく黒に近い繋がりが、そこには存在していたのだから。

 

 ──けれど、断定することは()()()()()

 

 深く調べようとしなかった。あれから彼の姿を探そうとしなかった。アズサやミカにより詳しく訊けば、何か分かったかもしれないというのに。

 

 無意識に考えないようにしていた。心の底で否定したがっていた。

 

 疑いたくも、信じたくもなかった。

 

 今もまだ、現実を直視することが出来ず、思考が纏まらない有り様。

 

 だって、“彼”は自分と同じように外から来て、自分と同じように守るべき対象が居て、同じ立場で、あの柴関ラーメンの屋台で理想を語り合って……。

 

 このキヴォトスで、初めて出来た──。

 

「今更ながら、自己紹介をしようか」

 

 そんな動揺を知ってか知らずか、彼はそう口にし、それにより先生は気付く。今頃になって。

 

 自分は、未だに彼の名前すら知らないではないかと──。

 

「──“失楽ニト”だ」

 

 唖然として、ただ立ち尽くす先生へと悠然と告げる。

 

「アリウス分校において生徒会長の座に就いている。改めて、よろしく頼む」

 

 ──シャーレの先生よ。

 

 メラメラと炎が揺れる中、その水晶体のような瞳で見据え、自らの名とその立場を高らかに名乗った。

 

 四度目の邂逅。

 

 先生は、漸くその者の正体を知る──。





ニトちゃん(流石に驚き過ぎじゃね……?)
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