アリウスの王 作:大嶽丸
白モップ(先生が敬語で話している……? 一体どういう関係なの……?)
ニトちゃん(相変わらず礼儀正しいなぁ)
ぽつぽつと、雨が降り始めた。
雨雲が空を覆い、陽光は遮られ、しかし古聖堂を焼く炎は絶えずそこで起きる狂乱を照らし出す。
「ふむ……天気予報は晴れだったのだがな」
まるで天が泣いているようだった。ニトは一瞬空を見上げ、そのまま眼前に居る空崎ヒナ、そしてシャーレの先生へと視線を戻す。
彼らと出会したのは思わぬ偶然だった。手にした
(別段スルーしても良かったが……これもまた奇縁か。どのみち彼とは話すつもりではあった)
故に、出迎えることにし、こうして相対している。
会って話すのは、これで四度目だったか。未だに名乗っていなかった自らの名前、それから立場を明かせば、酷く驚いた顔をされる。
「“失楽、ニト……”」
ぽつりと、つい先刻聞いた名を口にする先生。やはり大いに戸惑っているようだった。
信じられぬものを視るかのような眼。それは名乗る前からであり、対面した時から先生は目に見えて動揺していた。流石にここまでのリアクションをされるとは思っていなかったニトは少々面食らってしまう。
──その瞳に映る己の姿がどのようなものになっているかなど、気付くはずもない。
(“彼が、アリウスの生徒会長……?”)
一方、先生は戸惑いどころではなく、半ばパニックに陥っていた。
失楽ニト。その名は、確かにミカから聞いたアリウスの生徒会長の名と合致している。
しかし、それはヘイローを有する生徒だという話だったはずだ。ミカもアズサも虚偽を述べていたとでもいうのか? 否、とてもそうは見えなかったが──。
「ああ。随分と皮肉な姓だろう?」
──
溢れ出る疑問の濁流に思考が巡り、混乱する先生に対してニトはそう言って笑ってみせる。
「“ッ……あなたが、これを?”」
その言葉を受け、思考が現実へと引き戻された。混乱する脳内をどうにか諌め、一度あらゆる疑問を片隅へと追いやってから先生は問いかける。
変わらず、酷い顔をしたまま。その問いかけには、どうか嘘であってほしいと、何かの間違いであるはずだという、微かな願望が込められていた。
「……ああ、そうだ」
しかし、無情にもニトはこれを肯定する。
「“ッ…………”」
「君相手には、くだらぬ建前も下手な誤魔化しもするつもりはない。いずれは分かることであるし、君の理想への足掛かりを台無しにしたことへの、せめてもの謝意だ」
いつしか公園のベンチで話した内容。キヴォトスを変えたいと思い、エデン条約へ希望を見出していたその姿を思い返し、どのみちゲヘナが裏切るつもりだったとはいえ申し訳無さはあった。
だからこそ、ニトは己が所業を認めたのだが、それに対して先生は余程ショックだったのか失意に襲われながらその顔を歪める。
「“何故、どうして──? なんで、こんなことをあなたがする必要が……!?”」
「第一回公会議を再現する為だ」
「“…………!”」
第一回公会議……そのキーワードは聞かされてまだ日が浅く、先生もはっきりと記憶している。
かつて、この古聖堂で執り行われた、この地に多く存在していた分派が統合された、トリニティ総合学園の起源であり、そして併合に反対したアリウスが追放され、徹底的な弾圧の末に歴史の闇へと消えた原因──。
「我らアリウスは、トリニティに代わりこの通功の古聖堂にて条約に調印した。楽園の名の下に条約を守護する新たな武力集団、その結成に関する調印をな」
それは一発の弾丸によって始まった争いと、古聖堂が爆破されたことにより有耶無耶となり、そこへアリウスが割り込んだ。
「それは、かつての第一回公会議の再現には充分だった。これにユスティナに連なる、“血統の末”が干渉したことで条件が揃い、古くに失われた“戒律”は甦った」
そう言いながらニトは周囲で隊列を組んだまま沈黙するユスティナ聖徒会へと視線を向ける。
「その“威厳”を複製したのがこれら……自我無き存在ではあるが、一応は彼女達と言うべきか。“ミメシス”と呼ばれる存在であり、この調印式において結成されるはずだった
それが、アリウスの手へと渡った。
ニトの語る内容に関して戸惑いながらもここまで聞いていた先生だったが、その半分も理解出来ていない。
あのユスティナ聖徒会の亡霊のようなナニカ……“ミメシス”とやらを手に入れることがアリウスの目的であるということは理解出来たが、何故その第一回公会議とやらを再現することでそうなってしまうのか、血統の末とは何なのか、さらりと言った威厳を複製したとはどういうことなのか──。
疑問が湯水のように湧いてくる。そんな心情を察したのかニトは顎に手を当て、苦笑いを浮かべた。
「ふむ、あまり詳しく説明すると長くなってしまうが……まあ、要するに古きトリニティの“信仰”にはそういった
なるべく分かりやすく言い換えて端的に説明する。キヴォトスにおいても非科学的要素は懐疑的なのが常識であるが、こうして実際に幾度も甦る不死の亡霊を目の当たりにすれば信じる他無いだろう。
「そして、
どことなく誇らしげに、自慢するようにニトはそう言った。その言葉が真実だと示すようにユスティナ聖徒らの胸元には薔薇と髑髏──アリウスの校章が浮かび上がっている。
複製を終え、ニトが真っ先に行ったのは手にした“力”の解析と掌握。そうして全貌を解き明かした後、単なる複製に留まらず完全にコントロール下に置いた上で己が定めた法則へと
そうすることで“戒律”から生まれたが故に、“戒律”に縛られた存在であるミメシスの在り方を変化させ、独自のものへと確立させた上で手中に収めることに成功したのだ。
マエストロが“纂奪”と称した精錬された技術であり、また傲慢なる御業である。
「“つまり、そのミメシス……の力を手に入れる。ただ、それだけの為に、こんなことを……?”」
「ああ。不死の軍隊、無限の兵力……治世者としては喉から手が出るほど欲しいものだ。君には理解し難いのかもしれんが」
告げられた動機を理解しても尚、先生は信じられなかった。
かつて、サンクトゥム・タワーの制御権を手離したように、彼は権力にも軍事力にも興味が無く、故にこれだけ大勢を巻き込んで、この惨状を作り上げてまで手にしようなど到底考えられない。
ニトが言っているように治世者、上に立つ者にとってそれがどれだけ素晴らしく、欲するものなのかと理屈では分かっていたが、その上で、やはり受け入れ難かった。
もっと、他にもやり様が──。
「元々はトリニティとの融和において再現しようとも考えていたが、生憎と頓挫してしまったのでな」
「“…………!”」
あったのではないかと、口にする前にニトはそう言い、平和的な解決法は既に潰れていたことを知る。
だが、それでも──。
「“……そこまでして、そのミメシスとやらの力が欲しかった理由はなんですか? アリウスを守る為に……必要だったのですか?”」
ゲヘナやトリニティを脅威だと認識して……そう考えて尋ね、しかし内心疑問に思う。
ミカは言っていた。アリウスが保有する戦力はトリニティにも優るとも劣らないと。それはアズサの実力やミカによるクーデターの際に親衛隊と戦ったことから先生もよく把握している。
既にそれだけの戦力を有しながら果たして、そこまでの“力”が本当に必要だったのか。ニトが単なる戦力増強の為だけにこのようなことを行うような人間だとは思えず、思いたくなかった先生は堪らず質問した。
「……そうだ。いずれ来る“脅威”に備える為、延いては“変革”の為である」
──変革。
それは、いつしか語ったこと。力強く発言されたその言葉に先生は瞠目し、然りとて納得は出来なかった。
「“だけど……だけど、だからって、こんな方法で……!”」
「以前に言ったはずだ。革命には
「“ッ、それは急進的に行うからで、だからこそ慎重に時間を要して改革を進めていくべきだって言っていたはずでは──”」
「──生憎とそうも言ってられんのだ。言ったろう、“脅威”に備えると。我らには
そう、もはや一刻の猶予も無い。百合園セイアが語った予知が真実ならば、“災厄”が降り掛かるのはそう遠くない未来だった。
「それに、このやり方が確実かつ最善だった。アリウス、延いてはキヴォトスにとって……少なくともオレはそう判断した」
「“最善……?”」
こんな大勢を巻き込んで、被害をもたらした結果が最善であったと言い切られ、先生は頭が真っ白になる。
一体これのどこが──。
「言わんとすることは分かる。如何なる理由があれど、君には許容出来ないことなのだろうが、それでも事実は揺るぎはしない」
「“ッ…………”」
「オレは君ほど潔癖ではない。それが必要だと言うならば躊躇わず実行するとも」
──アリウスの為に。
高らかに、断言してみせるニト。そこに一切の迷いも無く、堂々としたその姿を前に先生は押し黙ってしまう。
そして、ここに来て漸く、二人の間に致命的なすれ違いがあったことに気付いてしまった。
理想を語り合い、理解し合えたと思っていたが、結局のところ生徒を教え導く者と、臣民を統べ導く者とでは視点があまりにも違い過ぎる。
てっきり同じ道を往く大人、理解者同士だと思い込んでいた先生にとってそれは、酷く衝撃的で、絶望的な事実であった。
「ふざけないで……!」
その時、黙って話を聞いていた今の今まで蚊帳の外だった少女──空崎ヒナが怒りを滲ませて、そう吐き捨てる。
対して、ニトは思い出したと言わんばかりに彼女の存在を認識して視線を送った。
「……空崎ヒナ。久しいな、随分と見違えた。ヒヨリからの
「ッ……今度は、私の番よ。UNKNOWN──否、失楽ニト!」
傷だらけの姿を揶揄され、顔を歪めながらもヒナは銃口を向け、闘志を滾らせる。
「あなたが何をしようとしているのかも、あなたと先生がどういう関係なのかも知らない……でも、どんなに御託を並べようとも私達にとってあなた達は単なるテロリストに過ぎない……ッ!」
「……そうか。否定はせんよ」
羽沼マコトとの共犯だと知ればどんな顔をするのだろうかと思いつつニトは満身創痍でありながら気丈に振る舞い、こちらへ一矢報いらんとする健気なゲヘナ最強を静かに見据える。
ユスティナ聖徒会も控える今、負ける道理は無いが、相手は手負いの獣……仕留めるにはだいぶ時間が掛かりそうだ。
尤も、目的は既に完遂しており、この期に及んで相手をしてやる必要性も無い訳だが。ベアトリーチェとの決着を控える今、無駄な消耗は避けたくもあり、どうしたものかとニトは思案する。
「がぁッ……!?」
──が、それは横合いから撃ち込まれた銃弾により無駄に終わった。
「“ヒナ……ッ!?”」
「──ご無事ですか、閣下」
鳴り響く銃声。突如として頭、胸、腹、とあちこちに火花を飛び散らせ、銃を落として膝を付くヒナ。
先生が駆け寄ろうとすれば、帽子を被り、マスクで口を隠した長髪の少女が行く手を阻んだ。
「……錠前か」
「は。申し訳ありません。部下が仕留め損なってしまい……」
「構わん。目的は調印までの足止めであるし、お蔭でシャーレの先生と言葉を交わすことが出来た」
謝罪の言葉を口にし、頭を下げようとするスクワッドのリーダー、錠前サオリを手で制する。
「“!? 君は──”」
「ん? ──ああ、アビドスでは世話になったな。シャーレの先生」
確か、サオリだったか。その顔はしっかりと覚えている。
便利屋68がアビドス高校へ襲撃を仕掛けた際に、彼女達に雇われた傭兵──その中でも特筆した実力を有していた少女。
それがまさかアリウス分校の生徒だったという事実に先生は驚きを隠せない。
「アズサも世話になっているそうだな。あの子を教え子として受け入れてくれたことに関しては、礼を言っておこう」
するとサオリは穏やかな口調でそう述べた。思わぬ言葉に先生は驚きよりも戸惑いが勝ってしまうが、次の瞬間には冷たい眼で射貫かれる。
「だが、容赦するつもりはない。アリウスの敵だと言うのならば……」
「“ッ…………!”」
腰のホルスターから抜いた拳銃を向けるサオリ。ちらりとヒナの方へと一瞥すれば、既にユスティナ聖徒達に取り囲まれていた。
「万事休すだな、シャーレの先生」
そして、ニトがそう告げる。正しくその通りで、完全に詰んでいる状況に等しい。
「“……私を、どうするつもりなのですか?”」
「ふむ……安心したまえ、悪いようにはしないとも。ただ、放逐するのもアレであるし、次の作戦が終了するまでは大人しくしてもらおうか」
歯噛みしながら問えば、ニトはそう言った。そこに嘘は無く、敵意すらも感じない。
以前、言葉を交わした時と何ら変わらず。それが今見せるニトの姿も発言も一切合切偽り無き本物であるのだということを見せ付けられているように感じ、表情を曇らせる。
──ここまでか。
『先生! 諦めないでください!』
打つ手無しと判断しようとしたその時、懐中の“シッテムの箱”からアロナがそう訴えかけてくる。
「アロナ──?」
『近くで救急車と思われる車両が走行しているのを発見しました! 今から全力で防御壁を展開しますからすぐにそちらまで走ってくださ「なんだ、今の声は?」──ッ!?』
一刻も早く先生を助ける為に逃走案を語るアロナだったが、底冷えするその声によって阻まれる。
視線を向ければニトが、困惑の色を見せながらこちらを見つめていた。
「声……? 如何なさいました、閣下?」
「……今、シャーレの先生が何者かと通信していたであろう」
「は? そ、そうなのですか?」
「何……?」
聴こえていないのか。ニトの耳に響いてきた
何故なら声を認識すると同時に、そこに“ソレ”が存在しているのを目撃したのだから。
シャーレの先生。その傍らに佇む、“水色の影”のようなものを──。
「あれは──」
──いつしか、アビドス高校で視たモノと同じ。
「……居るな? そこに
「“ッ!? まさか、アロナの声が聴こえて──”」
自分以外には見えず、聴こえず、これまで認識すらされることのなかった秘書OSの存在が認識されたことに先生が驚愕した次の瞬間──。
──ニトが、眼前へと迫っていた。
「“なっ──”」
「そいつが、“シッテムの箱”とやらへ
そして、先生へと。正確には彼を守らんとすかさず立ち塞がった“水色の影”へと手を伸ばした。
──我々は望む、七つの嘆きを。
──我々は覚えている、ジェリコの古則を。
「──は?」
景色が変わる。
ニトは呆気に取られてしまう。眩しさに思わず閉じた目を再び開ければ、そこに映るのは見たこともない“教室”だった。
床は浸水し、まるで水面のように揺れており、崩落した天井からは先程まで見ていた分厚い雨雲が嘘のように晴れ渡った透き通るような青空が、存在している。
「ここは──」
『だ、誰ですかっ!?』
そして、教室には一人の少女が居た。
小鳥遊ホシノよりも背が低く、ずっと幼そうな容姿をした彼女は、ニトの姿を見て驚愕している様子だった。
聞き覚えのある声にインナーが桃色掛かった透き通った水色の頭髪──恐らく彼女こそが、“水色の影”の正体なのだろう。
「……何者だ? 君は」
本物の肉体ではないため最初は“シッテムの箱”に搭載されたAIか何かかと思ったが、恐らく
何故だろうか。その顔に、既視感があった。
『こ、こっちの台詞です! あなたこそ、一体どうやって此処に──』
対する少女は訳が分からないといった様子で気が動転しており、質問には答えず逆にましく立てるように己が疑問を問い質そうとする。
──が、次の瞬間には
「なに──?」
またしても景色が変わる。
鏡面が叩き割れるように周囲が砕け、気が付けばニトが居たのは教室ではなく、“電車”の中だった。
「……誰だ?」
眼前に、誰かが座っている。
それは一人の女性であり、身に纏った白い服は血で汚れていた。
──既視感。
先程の幼童と同じように彼女にも見覚えがあり、けれども記憶している限りでは、
戸惑いながら、しかし情報を得ようとニトが問い掛ければ、顔を上げた彼女はにこりと微笑み──。
「────」
──拳銃を、向けていた。
???「ぶっ殺す」
二部の方で偽物出てきて笑った