アリウスの王 作:大嶽丸
地上駐留部隊。
その名の通り自治区から離れ、地上で活動するその部隊が、正式に設立されたのは比較的最近のことである。
ベアトリーチェという脅威もあって、様々な問題が解決して自治区の運営が安定するまで、アリウスは謂わば鎖国状態だったこともあり、地上への進出は慎重に、秘密裏に行っていた。
その過程でアリウスは地上へ潜伏する為に幾つかの区域に自らの拠点を築いた。
ミレニアムの“廃墟”やゲヘナのヒノム火山、及びその深奥にある“アビス”、それから各自治区の山間部や森林といった人の手が行き届いていない場所。他にもブラックマーケットでは闇企業や犯罪組織の一つとして区画の一部を掌握しており、連邦生徒会の知らぬ所でアリウスは陣地を構え、着実に勢力を伸ばしている。
──そして、そのアリウスの拠点の一つが、“アビドス自治区”の広大な砂漠の中にも存在していた。
「お久しぶりです。閣下」
「ああ。久しぶりだな、調子はどうだ?」
アリウス分校アビドス駐屯基地。
そこはアビドス自治区内で活動する駐留部隊の本拠地であり、その営門を潜った先でニトは大勢のアリウス生に出迎えられる。
「ぼちぼちってところですかね。あの“蛇野郎”はあれから妙に大人しいですし、探索の進捗も順調と言って良いッス」
真っ先にニトと握手し、そう言って笑みを浮かべるのはこの基地の最高責任者である部隊長である褐色肌の少女。気安いその態度とは対照的にその背後に居るお付きの生徒達は自らのトップであるニトの来訪にガチガチに緊張した様子であった。
「しかし、お忍びで外出とは驚きました。……どういう気紛れなんスか? それとも抜き打ちチェックってヤツですかい?」
「いやなに、少しばかり知見を深めようと思ったに過ぎない。ここへ来たのは食事のついでだ」
「食事? ああ、柴関ラーメンですかい? 旨いッスよねあそこ。大将も人が好いし、自分も週末はよく食べに行ってますよ……あ、とりあえず客室まで案内しますんで」
そうして、部隊長の案内でニトとガスマスクの少女は基地内を進んでいく。
外の景色は右も左もどこを見ても辺り一面砂しかない砂漠地帯。人目を避ける為にもこの基地は大砂漠の未開の奥地に建設されており、巧妙に隠されている。
道中、ニトは会話を続けた。
「“アビドス高校”の方はどうだ?」
「相変わらず借金生活……ですが、最近は新入生も入ってわりと楽しそうにしていやしたよ。と言っても五人しか生徒は居ませんが。“カイザー”からの利息も変化無しッス」
「そうか……支援は怠るなよ」
「ええ、勿論。この土地を使わせてもらってる立場ですし、“暁のホルス”を怒らせるのは怖いんで」
アビドスは、キヴォトスで最も長い歴史を誇り、かつては多数の生徒が通う、キヴォトス最大の学園として名を馳せていた。
しかし、数十年前のある時期から頻発し始めた大規模な砂嵐によって学区の環境が激変。進む砂漠化対策のために多額の資金を投入するも事態は好転せず、膨らみ続ける借金のせいで学園の経営は悪化し、人口の流出にも歯止めが掛からないまま地区全体の衰退を招いてしまっている。
おまけに借金したのがよりにもよって悪徳金融であったが為に、利息も膨らんで9億円以上もの多額の借金を抱えてしまっていた。
そして現在。僅かに残ったアビドス高校の生徒達は借金返済の為に今も懸命に活動している……アリウスはそうして管理外となった砂漠の一部を秘かに占領したのだ。
ニトはその経緯を詳しくは知らない。彼女達が地上へ進出した時には既にアビドスは廃れ、荒れ果てていたのだから。
ただ、そこに何かしらの陰謀が渦巻いていることは明らかであった。
砂漠を我が物顔で泳ぐ、鯨と蛇が混ざったような姿をしたヘイローを持つ正体不明の巨大な機械。借金の大元であり、砂漠のあちこちで何かを掘り起こしている“カイザー・コーポレーション”……特に後者の傲慢にも皇帝を名乗るあの企業はブラックマーケットにも繋がっているなど悪名高く、アリウスはその動向を注視していた。
「それと、以前報告に挙げたカタカタヘルメット団にアビドスを襲撃させた奴の正体はまだ掴めてませんが……」
「十中八九、カイザーだろうな」
アビドス高校は頻繁にヘルメット団、その中のカタカタヘルメット団という集団の襲撃を受けていた。五人という少数ながらキヴォトスの中でも群を抜いた実力を有する彼女達は毎回問題無く撃退していたが、それでも弾薬は補給が着実に減っていく。
カイザーの狙いは、そこだった。目障りなアビドスを消耗させ、排除するつもりなのは明白。
「ええ。セコい奴らッス。カタカタヘルメット団も食っていく為に依頼として受けている訳ですし、そこを我々から口出しすれば反発するでしょうぜ。かといって表立ってアビドスに支援するのも……」
「ふむ……今は様子見しておけ。ここで手出ししてカイザーや他の勢力に感付かれる訳にはいかん。現状であれば今の支援のままでもアビドスが潰れるなどということにはならないだろう」
カイザーが次なる一手を打たなければ、だが。その時は連中も尻尾を出す。考えるのはそこからだとニトは現状維持という判断を下した。
「……分かりやした」
これに部隊長は応じるも、どこかもどかしそうだった。個人的にカイザーや今のアビドスの現状が気に食わないのだろう。
カイザーに関してはベアトリーチェによって植え付けられた大人に対する悪印象。そしてアビドスはある意味ではアリウスよりも過酷な環境下にある。尤も、転校という逃げ道はあるし、それを選ばず学校の復興を望んだのは他ならぬ彼女達であるが……。
(恐らく連中が探しているのは“遺物”……であれば、果たしてその知識はどこから、誰から仕入れてきたものなのやら──)
冥府の神が復活した聖地の名を冠する土地。その砂の底に眠る物はきっとろくでもなく、カイザーのような俗物共の手に渡るなど持っての他だ。
それは大前提として、ニトが気になっているのはその情報源。古代文明などというオカルトを大企業であるカイザーが信じ、土地を買収し、多額の資産を投じ、犯罪行為を行ってまで血眼になって捜索するのだ。余程信憑性のある筋からの物なのだろう。
脳裏に過るのは、赤肌の女。そいつがいつの日かぽつりと漏らした神秘を探究する集団。
──確か、“ゲマトリア”と言ったか。
「そういえばアリウスの方はどうですか? まあ、多忙だった閣下が外出できてるくらいですから、余裕ある状況なんでしょうがね」
そこで部隊長が尋ね、思考が引き戻される。
「ん? そうだな、特段異常は無い。元よりオレが居なくても機能できるように運営している。お前達も優秀であるし、単純な自治区運営に関してはもうオレは必要無いさ」
「いやぁ閣下無しじゃあアリウスはやっていけないッスよ。月島さんが聞いたら怒りますぜ?」
「……世辞はいい。それに、いつかはお前達だけでアリウスを維持し、運営しなければならん。いつまでも宛にされては困る」
「うへぇ……そりゃまた手厳しいッスね」
ワンマン体制など論外。独裁者であるニトが言うのは笑い種であるが、如何に優れた国家や団体であろうとその要因がただ一人に集中している場合、肝心の指導者が消えてしまえば瞬く間に機能停止し、崩壊するのは世の常だ。
だからこそ、ニトは頭を失おうが、滞りなく運営可能な体制を構築しようとしていた。戦力面ではベアトリーチェに対抗出来るかまだ微妙であるが、それ以外の面に関してはトップ抜きでも問題無い段階まで来ている。No.2の副会長が優秀なものあるが、アリウスの気質自体が真面目で勤勉であった。
とはいえ部隊長のように自覚していないものが大半。アリウスで反発する者達が全く出てこないのもこのせいではないかとニトは考える。
(まあ、そう急かすようなこともでもない。ゆっくりと地道に意識改革していけばいい……ベアトリーチェ、そして無名の司祭という脅威が消え去るまでは、オレも死ぬ気は無いしな)
明確な脅威が迫っている。けれど、焦ったところでどうにもならないのもまた事実。
現段階でもかなり駆け足だったのだ。今は着実に戦力を増強し、地盤を固めるしかない。
『………………』
「それと、
ふと、先程から相変わらず無言でついて来るガスマスクの少女へと視線を向け、尋ねる。
「ん? アイツですかい? ええ。最初の頃は怖がったり警戒したりする子も居ましたが、今はもう普通に受け入れられてるッス。ちょっと無口ですけど意外と愛嬌があったりするんスよ」
そう言って部隊長が手を振れば、ガスマスクの少女はぎこちないながらも小さく振り返す。これにニトはどこか安心した様子で小さく笑う。
以前と変わらず人間味が無いままかと思っていたが、少しは情緒が芽生え、成長しているのだと理解した。
「命令にも忠実でうちの最高戦力としてよく働いてくれています。頼りになる方ですぜ」
「そうか……それは良かった。これからも彼女をよろしく頼む」
「ウス。任せてください」
ニトがこのアビドス駐留基地に赴いた理由の一つは、ガスマスクの少女の様子を知ることだった。
──彼女は、ニトにとって成果であり、戒めなければならない“罪”なのだから。
──暗い
──寒い
──痛い
ひたすらに。
力が抜け、息苦しくなっていく。思考が澱みのように底へと沈んでいく。
これが“死ぬ”という感覚であり、
嫌だ
怖い
助けて──
そんな思考でさえ、すぐに沈み、抜け落ちていってしまう。
途方もない虚脱感。手を伸ばそうにも体に力は入らず、抵抗する気力すら湧かなかった。
その時だった。
冷えきったはずの体に“温もり”を感じたのは。
「成功です! 施術に適合しました!」
「素晴らしい! あの状態から息を吹き返すなど……正しく奇跡と言っても過言ではないでしょう!」
「ただヘイローを破損した影響か脳に障害が……」
誰かが歓喜する声が聴こえる。周りに大勢の人が居るようだったが、どれも聞き覚えのない声だった。
目が、開く。先程まで暗闇だったはずの世界に、強烈なまでの光が差し込んできた。
「……目が覚めたか」
暫くして、自分はベッドで寝かされるのだと気付く。体を起こし、辺りを見回せば、白い服を着た人達が大勢、こちらを見据えていた。
「おはよう。いきなりですまないが、己が何者なのか分かるか?」
先頭に居た黒髪の女の子が問いかけてくる。
私、私は──あれ?
その時、漸く気付いた。
──私は
名前も、生い立ちも、家族や友人の顔や名前すらも、全く思い出せなかった。
分からない。分からない、分からない……!
なん、で──。
「──そうか。なら、オレが君に与えよう」
すると彼女はそう言った。
記憶が無いことへの恐怖に埋め尽くされていた私はその言葉にきょとんとし、その顔を見る。
そこには口角を吊り上げながらも、どこか申し訳無さそうに、悲しそうにしているような、そんな表情があった。
不思議だった。
だって、彼女と私が初対面であることは、何となくだけど、理解出来たから。
「生きる目的、生きる意味、生きる価値……君が何者であるかを証明する全てをくれてやる。──だから、我らと共に生きてくれ」
ただ、その優しげで、でも鋭さを感じる眼には、妙な既視感があった。
差し出されるその手を私は、ゆっくりと、しかし微塵の躊躇も無く握り締める。
──私は、生きなくちゃいけない
理由は分からない。けどただひたすらにそんな思いが湧いてくる。
それは単なる生物としての本能なのか、それとも記憶を失う前の誰かの意志の残り香なのか。
どちらにせよ、きっと多くの間違いを犯し、後悔をしてきた私は、この選択だけは後悔しないだろう。
部隊長
アビドス駐留部隊のトップ。
敬語が苦手で三下のような口調だが、立場は結構上だし実力も高い。
因みにアビドス駐留部隊の規模はブラックマーケットを除くと一番大きかったりする。
ガスマスクの少女
アビドス駐留部隊の最高戦力。少々特殊な生い立ちをしている。
かなりデカい。どことは言わんが。