アリウスの王   作:大嶽丸

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アロナ・ラッシュだ!

 

 

 ──空がある。

 

 雲一つ無い、馬鹿馬鹿しいとさえ思えてしまう程にどこまでも透き通った青空。そこに浮かぶ燦々と耀く太陽が地上のあまねく全てを照らす。

 

「……私の、敗けですか」

 

 それを前に、血塗れの少女は呟く。

 

 仰向けに寝そべったまま、虚ろな眼で。その有り様は満身創痍と言う他無く、瓦礫の山があちこちにある周囲の光景と相まって死体と見間違う程であった。

 

「──ああ。お前の敗けだ、■■■■■■」

 

 少女の視界に映る空を遮るように人影が現れる。

 

 ──薔薇と髑髏。

 

 その()()()()印を胸に刻んだ彼女は背景の澄んだ青とは対照的な紅い瞳で、死に体の少女を冷徹な眼差しで見下ろしていた。

 

「……良き闘争だった」

 

 しかし、すぐにその顔は、穏やかなものへと変わり、とてもではないが、つい先刻まで熾烈な戦いを繰り広げていた相手に対するものとは思えなかった。

 

 当然だろう。彼女にとって少女は確かに敵であるが、それでも決して憎きものでも忌むべきものなどでもないのだから。

 

「どうやらオレはお前のことを随分と低く見積もってしまっていたらしい……すまなかった。お前は、今まで相対した誰よりも強く、厄介な存在だったよ」

 

 淡々と、しかし称えるように、そう語りかけてくる彼女に対して少女の眼は死んだまま、その表情も一切変わらない。

 

 今の言葉も、これから吐き出される言葉も、とうの昔に()()()()()が故に。

 

「これより、キヴォトスは生まれ変わる。幼年期の終わり……夢から醒める刻が来たのだ」

 

 夢──。

 

 そう、まるで幼童が見る夢のように稚拙で異常で欠陥だらけな箱庭。あまりにも歪な在り方のまま長きに渡って続いた、続いてしまった煉獄。

 

 彼女は今の有り様をそう表し、断じ、だからこそ、否定する。

 

「オレは、この現状が許せず、打破すべきだと思わずにはいられなかった」

 

 空を見上げる。あの日、薄暗い地下を出て自分達が住まう場所がどのような有り様なのかを目の当たりにした時から、運命は決まっていた。

 

「楽園を創ろう、などと烏滸がましいことは言わない。幸福を与えたい、などと贅沢を言うつもりもない……だが、もっと“マシな世界”を欲した。昨日とも、今日とも違う明日を……それは決して高望みなどではなく、実例は確かに存在しており、つまりやろうと思えば、手が届く理想なのだ」

 

 ならば、やらぬ道理は無い。

 

 彼女は語る。人の本質は渇望であり、その“意志”の下、武器を手に取り、軍勢を率い、戦争を引き起こし、そして勝ち取った。

 

 この透き通った、しかし悲劇に満ち、硝煙の漂う世界で、己が()()()()()がくだらない理不尽を強いられながら生き続けることを容認出来なかったが故に。

 

 幸運にも、彼女にはそれだけの“力”があった。

 

 ──あって、しまった。

 

「より良い明日を」

 

「……その行き着く果てが、破滅だとしてもですか?」

 

 少女は問う。全てが既知の出来事であり、何と答えるのかも一言一句覚えているにも拘わらず、それでも問わざるを得なかった。

 

「無論。元より全ては虚無へと還るもの……いくら最善を取ろうと、選択を間違えなかろうと、往き着く先は皆同じ。そこに意味も価値も無く、ならば何よりも優先されるのは、己が納得出来るかどうかに他ならない」

 

 根底にあるもの。それは単なる感情論であり、結局のところそれこそが物事を決める。

 

 くだらない大義やら御託やら諸々を差し引いて残るのは、少女も彼女もお互いの選択に納得が行かず、気に食わなかったから──。

 

 戦う理由など、所詮はそんなものに過ぎず、また充分が過ぎる。

 

「後悔することもあろう、絶望することもあろう……だが、それでもオレはオレが渇望し、在るがままの選択を取り続ける。その行く末がどうであろうと──」

 

「……貴女は、“王”になるべきではなかった」

 

 ぽつり、と少女は言い放つ。

 

 忌々しげに、呪詛を吐くように。少女にとって彼女は障害であり、異分子であり、敵対者であり、自らが住まう世界を破壊する存在であったのだから。

 

 唐突に、何の脈絡も無く、降って湧いたように流れ着いた異邦の者。そんな得体の知れぬイレギュラーがこの街の現状を憂い、憤った結果が、この有り様、この結末……これから更なる混沌が招かれ、そして終焉がもたらされる。

 

 何ともまあ、ふざけたシナリオだと、少女は内心そう吐き捨てて自嘲気味に笑う。

 

 楽園の破壊者、方舟を撃ち落とす者。

 

 このキヴォトスは“色彩”ではなく、彼女の手によって崩壊し、破滅を迎えてしまう。

 

 ──そして、新たな時代が幕を開けるのだ。

 

 それは希望であり、救済。破壊の次は創造しかなく、混沌の末には秩序と安定が待ち受け、未来はどこまでも可能性に満ち溢れている。

 

 少女は知っている。業腹ではあるものの認めざるを得ない。あの“捻じれて歪んだ先の終着点”とは比べるのも烏滸がましい落陽と黎明。終わり、また始まる耀かしい行く末であるということを。

 

 きっと、()()の彼女は“墓守の王”へとは至らずに──。

 

 だが、知るからこそ、少女は相容れない。彼女と同じようにこの結末に納得が行かず、当然妥協することも出来やしない。

 

 ──そこに己が望む未来も幸福も存在していないのだ。

 

「王になるべきではなかった、か……ああ。そうかもしれんな。結局のところオレがやっているのは先人の模倣に過ぎない。ただの死に損ないが王様気取りなど“超人”からすれば気に食わんのも分かる」

 

 呪詛を受け、あっさりと肯定する。対して少女は()()()()()()と歯噛みし、しかし口にすることはなかった。

 

 どうせ、無意味なことだ。

 

「だが、それはやらなくていい理由にはならないのだ。凡人であろうと、器が無かろうと、現状に甘んじて妥協する理由には到底足り得ない……お前のところの防衛室長がそうであったようにな」

 

「……貴女という人は、本当に」

 

 この会話、この光景を見るのは、一体何度目だろうか。

 

 現れない時もあったが、現れた時は毎回こうなる。こちらの思い描く未来の悉くを打ち砕かれ、今この状況が示すように対峙して破滅へと向かう……倒れ伏すのが彼女の方であった場合もあるし、共倒れしてしまう場合もあった。

 

 争わずに協力する場合も……あったのかもしれない。少なくとも少女にとってそれは思い出したくもない記憶だった。

 

 幾星霜も繰り返し、終ぞ解り合うことは出来ず……もたらされる結末はどれも少女の望むものにはならず、足掻き続けた果てに、()()()()()

 

 悟ってしまったのだ。己ではどうやっても無理だったのだと──。

 

 そう思い至り、少女は自らの願いを()()()後に表舞台から姿を消した。

 

「──ぶっ殺す」

 

 そして、再び彼女と見えた瞬間。

 

 愛憎渦巻くその思考が働くよりも先に銃口を向け、引鉄を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「え?」

 

 渇いた銃声が鳴り響く。

 

 その微笑みからは考えられぬ殺害予告と共に銃口が向けられ、即座に発砲された。

 

「ッ────!?」

 

 これにニトは瞠目し、迫り来る弾丸を顔を僅かにずらすことで回避する。

 

 ──が、次の瞬間には何かが視界を埋め尽くす。

 

「ぐっ──」

 

 それは銃撃を回避されるのを見越していたかのように繰り出された()()()()によるもの。側頭部を狙ったこれをニトは瞬時に片腕を移動させてガードしたが、衝撃により真横へ吹っ飛ばされた。

 

「ッ……重いな」

 

 ガードの上からでこの衝撃。パワーは剣先ツルギと同等か、或いはそれ以上か……体勢を整えながらニトは相手の実力を分析する。

 

 対して、微笑みながら殺害予告をかました見知らぬ女は座席から立ち上がって相変わらず微笑を浮かべ、しかし眼は微塵も笑っておらず、冷たい眼差しでこちらを見据えていた。

 

 相変わらず血塗れであるが、先程の動きから見ても、傷を負っているようには見えない。

 

「問答無用とはな……一体何者だ? その服は、連邦生徒会の物のように見えるが……」

 

 どうにも妙な違和感がある。訝しげな視線を送るニトに対して女は溜め息混じりに口を開く。

 

「──失念していました。“神秘”に“恐怖”……これらを動力に非科学(オカルト)を具現化させ、コントロールする貴女からすれば、“シッテムの箱”への干渉など容易なことに」

 

「……何を言って、否、何を()()()()()? まさかゲマトリアの関係者か?」

 

 こちらの問いかけには答えることなく、けれども女の言葉は聞き捨てならぬものだった。

 

 己が行使する“異能”について把握している人間は限られる。しかし、シャーレの先生が所有するオーパーツの内部に居た者がゲマトリアと繋がりを持つのはともかく、情報共有を行っているとは考えづらく、だからこそニトは首を捻らざるを得ない。

 

 考えられるとすれば──。

 

「お前も……百合園セイアのように未来、或いは過去を観測しているのか?」

 

「………………」

 

 その推測に、女は答えなかった。

 

 返答の代わりに向けられるのは、拳銃。こちらを射貫くその眼は冷たく、しかし敵意も殺意も感じられないまま。

 

 酷く不気味である、とニトは顔をしかめる。

 

「──出ていってください。キヴォトスの破壊者」

 

「……黒服の奴にも言われたな、それ」

 

 やはりゲマトリアなのか? そう口にするよりも先に銃声が鳴り響く。これにニトは先程同様に放たれた弾丸を避け、ホルスターから二挺の拳銃を抜いて即座に撃ち放たんと──。

 

「……む?」

 

 ──が、指が動かない。それどころか体も微動だにせず、まるで何かに無理矢理縛り付けられているようだった。

 

「ここは私の領域。土足で踏み入るには、準備を怠りましたね」

 

 対して、女はゆっくりとこちらへ歩み寄る。

 

「ッ……お前──」

 

「──さようなら、ニトさん。叶わぬとは思いますが、もう二度と会うことがないことを祈ります」

 

 銃口を眉間へと押し付けられる。

 

 ニトは顔を歪め、抵抗せんとするも敢えなく引鉄が引かれ、銃弾は彼女の脳天を容易く撃ち抜いた。

 

 血、その代わりに歪んだデータの破片のようなものが飛び散り、これに連鎖するように体がひび割れていく。ここにある肉体は仮初めであり、精神体のようなもので、存外脆弱である。

 

「ぐ、……ああ。また、会いに、来る。──お前が、何者かを知るまで、は……ッ」

 

 霞のように消える寸前、ニトはそう言い残す。女は何を言わず、彼女が完全に消滅したのを見届け、小さく嘆息する。

 

「……百合園セイアさん、まだ視ているのでしょうか? 貴女が上手くやれることを期待しています。もはや私ではどうすることも出来ませんが、願わくは」

 

 ──あまねく奇跡の始発点を。

 

 彼女はただ、それだけを追い求めていた。本来であればそこに苛烈なる“アリウスの王”の姿は無かったが……。

 

「あの方は──」

 

 その眼は、異分子に向けられるものでも敵対者に向けられるものでもなく──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

『出てって……ください!』

 

「──は?」

 

 脳天を撃ち抜かれ、視界が暗転した次の瞬間、ニトの目の前では先程の幼子がファイティングポーズを取りながら立っていた。

 

 呆気に取られ、漸く反応した時には既にその拳は振り抜かれており──。

 

「ごふっ!?」

 

 小さな拳がニトの頬へとめり込む。因みに身長差については机の上に乗ることで補っていた。

 

 更にもう一発! と拳を振りかぶる幼子の姿を最後にニトの意識は途絶え──。

 

「………………!」

 

 雨が滴り落ちる。現実へと引き戻されたニトは瞠目しながら辺りを見回す。

 

 困惑した様子でこちらの様子を窺う錠前サオリ、ユスティナ聖徒達に制圧された空崎ヒナ、そして眼前には茫然と固まるシャーレの先生が居る。

 

 頬を触れてみるが、特段腫れてはおらず、しかし痛みだけは確かに残っていた。

 

「今のは……?」

 

「“アロナ? アロナ……ッ!? 反応しない、一体何をしたのですか──!?”」

 

「アロナ……あの幼童の名か? 何をしたというか、された側というか……」

 

 先程まで喋っていた秘書OSが急に反応を示さなくなったことに慌てる先生を他所に、ニトは困惑の色を隠せない。

 

 ──不可解な体験だった。

 

 あの青空の見える教室。水色の影の正体であろう幼子。そして電車の中で会った女……頬に残る痛みは、それが紛れも無き現実であったということを証明する。

 

「……あの女は、何者だ?」

 

 妙な既視感、それから僅かな嫌悪……つい今しがた脳天を撃ち抜かれたからだろうか。どれもニトからすれば解せぬ感情であり、また彼女はあれが何やら“核心”を掴んでいることを察した。

 

 己が知らぬ、重大な何かを──。

 

「解らねば」

 

 そう思い至り、先生が持つ端末へと手を伸ばす。

 

「“ッ、何を──!?”」

 

「すまない。その“シッテムの箱”とやらを、回収する必要が出てしまった」

 

 尋常ならざる雰囲気に身構える先生に対してそう告げ、ニトは再度距離を詰めていき──。

 

「ッ──先生から、離れろ……!」

 

 次の瞬間、ユスティナ聖徒達が吹っ飛び、ほぼ同時にニトの体に衝撃が走る。

 

「ぬ──?」

 

「あ、ぁ……あぁあァァァアアアッ!!」

 

 咆哮が響く。つい先程まで地を這いつくばっていた少女がニトの懐へ飛び込むようにタックルを仕掛けたのだ。

 

「ぐっ──まだ立つか、空崎ヒナ」

 

 自動車が激突したような衝撃。体をよろめかせ、しかしニトは踏み留まってこれを受け止める。

 

「ッ──死に損ないが、閣下のお手を煩わせるな……!」

 

 これにサオリがすかさずヒナへ向けて発砲。けれども全身に鉛弾を浴びながらもヒナは微塵も怯まずに引き摺るようにして愛銃を構えてその銃口をニトへと押し当てた。

 

「!」

 

 そうはさせまいとニトは銃身を掴んで逸らそうとするが、火事場の馬鹿力という奴か、微動だにしない。ならばと後退しようとすれば展開された漆黒の翼膜が壁のように覆って妨害する。

 

 ──そして、そうこうしている内に引鉄が引かれ、終幕:デストロイヤーから大量の弾丸が放たれる。

 

「ぐぅ……おお……ッ!?」

 

 ドドドドドッ! と閃光が迸り、ニトの胴体で紫色の小爆発が幾度も起こる。

 

 密着した、ゼロ距離からの機関銃による連射。それもヒナから放たれたそれには濃密な“神秘”が込められており、流石のニトも堪らず苦痛に顔を歪め、嗚咽をあげた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」

 

 ヒナが半ば慟哭に近い絶叫をあげながら押し潰さん程の指圧で引鉄を引き続ける。高速で射出され続ける弾丸はやがて収束していき、一つの塊──まるで光線のような紫色の一閃と化す。

 

(え、ビーム?)

 

 そうして装填された弾薬を撃ち尽くしたと同時に、ニトは勢い良く吹っ飛んだ。

 

「閣下……ッ!?」

 

「──シャーレの先生を拘束しろ!」

 

 動揺するサオリに対して地面を派手にスライディングし、瓦礫の山に叩き付けられながらもニトは極めて冷静にそう指示する。同時に、復活したユスティナ聖徒らも先生の方へと駆け出していく。

 

 優先事項は変わった。シャーレの先生、正確には彼が保有するあの“シッテムの箱”とやらの秘密を解き明かさなければならない。

 

「ッ…………!!」

 

 弾切れ。もはや打つ手は無く、しかしヒナは愛銃を鈍器のように構え、先生を守らんと立ち塞がる。

 

「──ん?」

 

 その時だった。サオリ達の行く手を阻むように、一台の車両が突っ込んできた。

 

「ッ!?」

 

「先生ッ! 委員長ッ! 手を──」

 

 甲高いブレーキ音が響く。ドリフトしながら急制動をかけた装甲車が如き“救急車”の後部ドアがスライドし、そこからゲヘナ学園救急医学部──氷室セナが手を伸ばす。

 

 突然の乱入と救援──これに先生もヒナも驚き、けれども迷わずにその手を掴んだ。

 

「チィッ、逃がすものか……ッ!!」

 

 まずい、とサオリは()()()()()()()拳銃で発砲する。

 

 どうせ、あのバリアで防がれてしまうだろうが、既に救急車は走り出しており、逃げられる可能性が高かったので半ば悪足掻きに近い行動だった。

 

「“がぁっ……!?”」

 

「──え?」

 

 鮮血が飛び散る。

 

 放たれた一発の弾丸は、寸分狂わずに先生へと命中し、その脆弱な肉体へと確かに撃ち込まれるのだった。





冒頭の世界線
 方舟が撃ち落とされた日。端的に言うアリウス・キングダム爆誕ルート。
 どのような結末に至るかは不明で無限の可能性が広がっているが、少なくとも透き通るような青春の物語では無くなることだろう。
 “色彩”への対応次第で分岐する。

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