アリウスの王 作:大嶽丸
悲鳴と共に、救急車が走り去る。
残された血痕。それは一発の銃弾がシャーレの先生へと撃ち込まれ、その肉を抉った証拠であり、発砲した張本人であるサオリはその結果に茫然としている様子だった。
ヘイローを持たぬ人間は、銃弾一発でも受ければ死にかねないか弱き生き物。ならば、こうなることは分かりきっていたことだというのに。
言い知れぬ不快感。
「──錠前」
「何故……何故だ? 何故、こうも動揺している?」
覚悟していたはずだ。
まさかあの至近距離からの銃弾も防ぐバリアが機能していないとは思わず、不意を突かれる形ではあったが、それでもサオリはとうの昔にこうなることも視野に入れていたはずではないのか。
アリウスにとって、失楽にとって、障害となるのならば、危険分子となるのならば、その存在をこの世から
にも拘わらず。
いざ引鉄を引き、それがもたらした結果をこの眼で目の当たりにした瞬間──。
カタカタと、拳銃を握る手が、小刻みに震えていた。まるで新兵のように。
「私は、兵士だ。一発の炸薬だ、罪を犯すこと、手を汚すことなど、今更恐れてどうする」
「──錠前」
「その覚悟は、忠誠は……偽りだったのか? 否、違う。そんなはずは──」
「──錠前。……
「ッ────」
肩を掴まれ、思考が引き戻される。
ハッとした様子で振り向けば、ニトが真剣な眼差しでこちらを見据えていた。
「か、閣下……その、申し訳ありません。私は──」
「安心しろ、急所は外れていた。あのまま的確な手当てをすれば大事には至るまい」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。脇腹を掠めた程度だ。確かに視た……如何に我らと比べて脆弱といえど、あの程度で死ぬタマではないさ」
静かに、落ち着かせるようにニトはそう言う。確かに命中したのは腹部の辺りだったが……すぐに救急車へと引き込まれて走り去ったのでサオリは正確に視認出来なかったが、自分よりもずっと高い視力を有するニトがそう言うのだから、間違いないのだろう。
それを聞いてサオリは胸を撫で下ろし、次の瞬間には顔をしかめ、苛立ちを覚える。
──人を殺さずに済んだ、その事実に酷く安堵している己に対して。
(やっべ)
一方、張り付けたポーカーフェイスの裏でニトは大焦りしていた。空崎ヒナの猛攻によるダメージなど意に介さぬ程に。
完全に予期せぬ展開。まさかあのバリアが機能しておらず、そんなタイミングでサオリが撃った弾丸が命中してしまうとは。
(確かに急所は外れていた……いたけれども、出血の次第では……弾は貫通していたか? 内臓に損傷は? 助かったとして、後遺症が残ってしまったら……)
サオリを落ち着かせる為にああ言ったが、結局のところ急所が外れていても普通の人間にとって銃創は致命的な傷であり、処置が間に合わなければあのまま失血死する可能性は充分にあった。
故に、ニトは最悪の事態も想定し、どうしたものかと頭を抱えたくなる。
(ううむ……オレが治療すれば確実なのだが。どうか無事でいてくれよ、先生)
ニトならば医学知識と異能を併用して致命傷でもない限りは治療することが出来る。とはいえ今から救急車を追跡したところで撃った側のニトの治療を受け入れてくれるとは思えない。
ゲヘナの医学部がヘイローを持たぬ人間の銃創に対して適切に処置することが可能かどうか、こればかりは祈るしかなかった。
「……さて、シャーレの先生のことはゲヘナに任せて、作戦を続行するとしよう」
良い風に捉えれば、これで一番の不確定要素であったシャーレの先生は完全に離脱した。彼を乗せた救急車は今頃トリニティを脱出してゲヘナの方へと向かっていることだろう。
作戦を、より円滑に進められる……が、ニトとしてはシャーレの先生は万が一に備えての“サブプラン”として活用しようとも考えていたので少しばかり不安が残る。
──曰く、彼は“特異点”なのだから。運命とやらを変えるには打ってつけの要素だ。
「ッ……了解しました。では、手筈通りに」
ニトのその言葉に、先程からずっと上の空だったサオリはどうにか意識を切り替え、素早く敬礼しながら応じる。
「ああ。スクワッドと合流し、事態の鎮圧を行いつつ、ベアトリーチェの襲来に備えよ」
「は。……しかし、本当に来るのですか? 奴は」
了解しつつもサオリは懐疑的だった。巡航ミサイルが防がれ、守護者の複製も恙無く完了した今、あの狡猾な女がこの期に及んで姿を現すリスクを犯すのだろうかと。
何せ、七年前に撃退された後、一度足りとも姿を見せずに隠れ続けていたのだ。今回も分が悪いと判断すればまた雲隠れするのではないか。
「無論。間違いなく、奴は来るさ」
対して、ニトは確信を以て断言する。
不倶戴天の敵と遂に雌雄を決することを、微塵も疑っていない。そうであるからこそ、彼女はこの作戦を決行したのだ。
「片手でも命中させられ……い、いや流石に無理ね。両手で撃つわ!」
時は少し遡り、
それが決め手となり、先程からずっと袋叩きに遭い、半壊寸前だった万魔殿の飛行船は遂に航空を維持出来なくなってゆっくりと降下していく。
──そして、近くの湖へと墜落。
「や、やった! やってやったわよ!」
「凄いアルちゃん! よっ、流石は我らが誇る超凄腕スナイパー!」
「アル様最高です! 強靭無敵最強!」
「ふふっ! 当然よ!」
「いや……実質ハイエナみたいなものだけどね」
煽てる浅黄ムツキと伊草ハルカに得意気に胸を張る陸八魔アル。これに対して鬼方カヨコは溜め息混じりにそう呟き、少し離れた所に居るガスマスクを装着した水色の短髪の女へと視線を向ける。
その姿には見覚えがある。アビドスでカイザーPMC理事が乗ったゴリアテとか呼ばれていた兵器を瞬殺した死神がごとき人物……今回は高射砲のような、とてもではないが人間が扱えるような代物ではない 巨大な武装を平然と駆使して飛行船へ多大な損壊を与えていた。
明らかに空崎ヒナや小鳥遊ホシノと同等以上の化け物でありながらあの失楽ニトと同じく今の今まで噂一つ無かった正体不明の存在。彼女もEmpty skyの傭兵なのだろうか、それとも──。
「──アリウス分校、か」
「いやぁ吃驚だよねー。ニトちゃん、まさか生徒会長だったなんてさ」
先日、ニトからこの仕事について紹介され、“エデン条約の調印式を乗っ取る”というその規模の大きさと破格の報酬に惹かれたアルが二つ返事で快諾した後に告げられた衝撃の事実。
ニトの正体は、アリウス分校というかつてトリニティに弾圧されて追放された学園のトップ。ついでに前々から繋がりを疑っていたサオリ達もそこに所属している生徒であることが明かされた。
これにはカヨコも驚愕し、だが合点が行く。トリニティの闇、地下へと追いやられた学園。初めて会い、矛を交えたあの日、どうにもキヴォトスの常識について疎かったのは、表舞台へ出たのがつい最近だったから、あれだけの強さで無名だったのもそういう理由なのだろう。
「ゲヘナとトリニティの両方を敵に回す、ってのはどうかと思ったけどここまで見事な手際だと文句の言い様が無いよねぇ……あの古聖堂の爆破とか凄かったほんと! くふふ、かなり厳重な警備だったろうに、一体どうやったのかな?」
「は、はい。見事な爆発でした。わ、私も負けていられません……!」
「……私としては気が気じゃないけどね。あそこには先生も居たんだから」
称賛するムツキとハルカに対してカヨコはそう言う。アビドスの件以降からシャーレの先生と交流することも何度かあり、その人間性にカヨコは好印象を抱いている。
故に、彼を巻き込むような今回の仕事には少なからず不満があり、複雑な心境であった。
「大丈夫じゃない? ほら、サオリっちの銃撃を防いだバリアがあるし。まあ怪我でもしたら心優しいカヨコっちは罪悪感が湧いちゃうかな?」
「……それを言うなら社長の方が心配でしょ」
「それはそう☆ 今はここでの大活躍と一学園の生徒会長とビジネスパートナーっていうシチュエーションに酔いしれちゃってるけど後々ショック受けそうだよねー」
とはいえ、決めたのはアルである。故に、ムツキはその時はその時だと小悪魔的に笑い、カヨコは肩を竦める。ハルカはおろおろしていた。
何せアルもまたシャーレの先生のことを便利屋の経営顧問に勝手に任命する程に気に入っているのだ。それが怪我するような事態に自分達も荷担していたとなれば罪悪感に苛まれることになるのは容易に想像がつく。
「古聖堂の爆破さえなければ、その憂いも不要だった。あれは本当に必要なことだったと思う?」
「ん? ……あー、確かに。あのまま放置しておいた方が勝手に自滅しちゃって楽だもんね」
爆発の直前に起きた一発の銃声による暴動。あれは間違いなくアリウスの内部工作によるものであり、ああなってしまった時点で条約は破綻したも同然だった。
「でも、それでも爆破したってことはやっぱり必要なことだったってことでしょ? 多分ニトちゃんは両校が“戦争”になって共倒れになることを避けたいんじゃない?」
「だから、爆発で有耶無耶にしたし、こうして暴動の鎮圧しようとしている、か……そうだね。恐らくそういうことだとは思う」
ムツキが考察を述べればカヨコも頷く。
現在、便利屋68はEmpty skyの傭兵としてトリニティを制圧しようとしていた万魔殿、そしてゲヘナまで攻め込まん勢いのパテル派を筆頭とした聖園ミカが秘かに結成していた反ゲヘナ部隊、及びその他諸々の暴走する勢力の鎮圧にあたっていた。
飛行船が墜落したことで万魔殿の勢いは減退すると思われるので後は反ゲヘナ部隊をどうにかすれば事態は終息していくことだろう。
「しかし、そうなるとまた疑問が一つ。何故そうまでしてこんな派手なことを仕出かしたのか──」
「さあ? でもニトちゃんのことだからすっごいこと計画してるんじゃない? アリウスの戦力を見るに、それこそキヴォトス征服だって夢じゃないよこれ。羽沼マコトがヒナちゃんレベルに強かったら……、と考えるとヤバいじゃん?」
「ヤバいどころではないね。──まあ、目的はどうであれ、敵には回したくない……とりあえず勝ち馬に乗っておくべきか」
「そそ。そういう意味じゃ、ニトちゃんが私達を贔屓にしてくれてるのはラッキーだったねー」
ほぼ間違いなく、Empty skyはアリウスの傘下であり、それ以外にも様々な“表の顔”を有し、裏社会に広く根を伸ばしているのだと思われる。
加えて、サオリ達から察せられる生徒らの戦闘力の高さ。少なくともそこらの学園よりは規模が大きく、それをニトという怪物が率いる……あのガスマスクの女もそうならば最強格が二人存在していることになり、それだけで三大校に匹敵する戦力だと言えよう。
ムツキもカヨコもそれを理解しており、前者は純粋にこの混沌を楽しみ、後者は今後便利屋が呑まれないかと憂い、対策を講じようと逡巡する。
「ええ! 流石は私達のビジネスパートナー! なんてアウトローな人なのかしら!」
一方、理解しているようで理解していないアルは二人の会話の一部を耳にして笑顔でそう述べた。ニトへの憧れはより一層増し、すっかり気分が高揚している。
これをムツキは愉快そうに見つめ、カヨコは溜め息を吐く。詳しく説明すれば、きっといつものように白目を剥くことだろう。
「……あれが便利屋68、ですか。確かに高い実力を有しているようですが、閣下が何故あそこまで気に入っているのかは解せませんね」
一方、離れた場所からわいわい騒ぐ便利屋一行を観察している人物が居た。
「そうかァ? 面白そうな奴らじゃねーか」
怪訝な表情を浮かべるその人物に対して横に立つ銀髪を一本に束ね、ホーステールにした少女がそう言って笑う。
「あなたは強ければ何でもいいだけでしょう。ラミ」
「は、当たり前だろ。傭兵に強さ以外を期待してどうする、スバルちゃんよ」
雷同ラミ、アルファ隊・隊長。
梯スバル、ベータ隊・隊長。
アリウスの主力部隊を率いる隊長二人が言葉を交わしていた。
「ただ、あのハルカとかいう奴は雰囲気が
「そんな訳ないでしょう。ヒヨリに関しては、閣下の慈悲深さとあの子の甘えたがりと図々しさが上手く噛み合った結果ですよ」
自分が話しかければいつも怯えた反応を見せる狙撃手を思い出しながらラミがそう言えば、スバルは呆れた様子で否定する。
尚、ハルカとヒヨリは一見するとネガティブな面や気弱そうな雰囲気など共通点はあるものの内面は別にそこまで似ていない。
「慈悲深さって……要するに、世話焼きってことだろ? お前と同じで」
「む、そのような俗な言い方はやめてください。閣下は王として我ら臣民にも寛大な御心を……というか、わ、私も別に世話焼きという訳ではありませんから」
「は……ボスに対するその狂信っぷりはサオリの奴とよく似てるな」
「錠前サオリとも一緒にしないでください! あいつと違って私はアリウス全体を見ていますので!」
声を荒げるスバルに対してラミは肩を竦める。どうにも彼女はサオリのことが気に食わない様子だった。
「そもそも狂信、などと人聞きが悪い……至極真っ当な忠誠心ですよ」
「ああそう。ま、副会長とかと比べたら普通ではあるか」
「はい。アリウスの人間ならば普通のことでしょうに。あなたは違うと?」
歴代最高の生徒会長。
これまでニトが成した偉業と功績を知れば、アリウスの誰しもが敬意を抱き、忠誠を誓う。そんな当然の感情に対してどこか冷ややかな反応を見せたラミへスバルは怪訝な表情を浮かべる。
「私は強い奴に従うだけだ。完膚無きにまで叩きのめされ、軍門に下れと言われたから下ったまで」
「……閣下に挑んだという話は本当だったのですか」
身の程知らず、というには当時から雷同ラミという少女は強かった。その噂はスバルもよく耳にしており、増長する前に鼻っ柱を折ってくれたのがニトだったのは彼女にとって幸運だったのであろう。
「しかし、その言い分だと閣下以上の強者が居れば、そちらに靡く、ということでは?」
じろりと、スバルは見据える。
「安心しろ。強い以前に気に食わない奴には従わねーし、たとえボスが負けようとも、一度取り決めたことを違える気はねぇ……もう私はアリウスの生徒であり、“兵士”だからな、行く先が地獄だろうがついて行ってやるよ」
対してラミはそう言い切り、薄く笑みを浮かべながら視線を返す。
「お前はどうだ? ボスが落ちぶれたのなら、一緒に落ちぶれてやる覚悟はあるか。スバルちゃんよォ?」
「…………!」
その問いに、スバルは言葉に窮する。彼女のニトへの忠誠は確固たるものであるが、それでも彼女が最も優先するのは──。
「私、は……それが
「ふうん……そうか。悪いな、妙な質問をして」
言い淀みながらもどうにか言葉にして、そう答えるスバルに対し、ラミは淡泊な反応をしつつも感心する。決してその場凌ぎの回答ではなく、虚偽が無いということを読み取ったが故に。
信仰に近い忠誠への盲点を突かれ、けれどもスバルという少女はその向き合い方について今一度考えようとしていた。
「……いえ、こちらこそ試すような真似をしても申し訳ありません。白洲アズサの件もありましたから」
もしや不穏分子では、とラミのことを疑ったスバルだったが、自分達とは違う形ではあるものの、彼女にも彼女なりの忠義があるのだということを理解し、謝罪の言葉を述べる。
「ああ、アズサちゃんか。ありゃ意外だったな、クソ真面目な奴だったし、なかなか見込みもあった」
──アリウスの裏切り者。
アルファ隊に所属していた彼女のことを隊長であるラミは当然認知しており、また兵士として優秀であったため印象に残っている。
「しかし、納得も出来る。あいつは自分の根っこを絶対に曲げないタイプだ。清濁併せ呑むことが出来ず、意に反することは真っ向からとことん反抗するだろうよ」
基本的に任務に忠実ではあったが、疑問や不服があれば臆せず積極的に意見具申していたとラミは思い返しながら語る。
「つまり……あのクーデターに反発したと?」
これにスバルは眉をひそめ、溜め息を吐く。
「愚かなことです。目先のことに囚われず、広い視点で見ればあれがあの場において被害を最小限に出来る手段だったというのに……」
木を見て森を見ず。その結果が眼前で燃え盛る古聖堂……クーデターが成功していればアリウスは今回の調印式襲撃を決行することはなかった。
スバルとしてもクーデターや今回の襲撃には思う所が無いと言えば嘘になるが、それでもアズサの選択は早計であったと言わざるを得ない。
「理屈じゃねぇってコトだ。お前がアリウスという組織を重視し、それが揺るがぬように、あいつにもあいつにとって譲れぬモノがあって、それで道を違えた……ただ、それだけに過ぎない。尤も、私からすればどちらも
主義主張などにラミは興味が無い。強いて言うならば彼女が尊ぶのは純粋な“強さ”と血湧き肉躍る“戦い”のみ──。
「しかし……もしかしたら、ここへ乗り込んでくるかもしれんな? アズサちゃんの奴」
笑みを浮かべ、その可能性についてラミは呟く。調印式の様子は今も生中継されているし、状況は把握していると思われた。
「だったら元上官として渇を入れてやるとするか……空崎ヒナも剣先ツルギもスクワッドの奴らに先を越されちまったから、退屈していたところだ」
作戦は順調であるが、ラミからすればあまりにも順調過ぎてしまった。
戒律とやらの複製も恙無く完了し、後やることはその試運転と暴動の鎮圧くらいだった。ゲヘナ・トリニティ双方の実力者とは未だに交戦していないラミは仄かに期待する。
「あなたが戦闘狂なのは今に始まったことではありませんので何も言いませんが……任務遂行と部隊指揮は怠らないようにしてくださいね? ──それに、白洲アズサもスクワッドに譲ることをオススメしますよ」
「あん? 何でだ?」
「元々あの子は錠前サオリのチームに居て、目を掛けられていました。それこそ、スクワッドではなくアルファ隊へ配属されたのが意外だったくらいには……あの子のトリニティへの転入を生徒会へ推薦したのもあいつだとか」
「だから、サオリに尻拭いさせるべきだと?」
言い分としては理解出来るが、ラミは訝しげな視線を送る。
対して、スバルは目を伏せた。悲しげに。
「はい。何より、他ならぬ本人がそれを望んでいますから──」
雨が降る。
まるで空が泣くように。降り注ぐ水滴は次第に勢いを増し、下にあるもの全てを濡らす。
であれば果たして、それは何に泣いているのか。
「久しいな、アズサ」
──それでも消えず燃え続ける炎の中、二人は対峙していた。
錠前サオリと白洲アズサ。
道を違えた、かつての同胞。とてもではないが、それだけでは言い表せぬ間柄。
視線が交錯する。片や瞠目し、もう片方は──。
「ッ……サオ──」
言葉は続かなかった。頬を掠めた鉛弾がそれを阻んだ。
「どの面下げて私の前に現れた?」
低い声が、反響する。
怒りと憎悪。向けられるその感情を前に、アズサは動揺を隠せない。ここまで激情を露にした彼女の姿を、果たして見たことがあっただろうか。
否、分かっていたはずだ。
“お前に対して我々が告げる言葉は特に無い。だが、きっとサオリの奴は違うだろう。”
あの夜、親衛隊が残した言葉。
分かっていた、とうに覚悟していた、そのはずだというのに──。
「サオリ……!」
「黙れ。閣下はお許しになったらしいが……私は断じて許すつもりなどない」
突き付けられる銃口と共に告げられたその言葉に悲痛な面持ちになってしまう。
「──私の手で、お前へ罰を下す」
今一度、アズサは知る。
己が決断し、選択したことで招いた結果を。
その責任を──。